22-2
端的にいうと、失敗した。
服を買って、ルル自身が選んだことも伝えたが、モトユキは「ありがとう」と微笑むだけだった。最中に何度もミヤビは背中を押したが、遂に目的を達成することはできなかった。
寝室。今日は、ミヤビとルルがともに同じベッドに入った。ディアとルベルが寝静まった後で、こっそりと会議が行われる。モトユキはリビングにハブられている+ルルの能力で暴走を押さえつけているので、起きる心配は無い。
「意外とシャイなのねぇ」
「……」
「うーん、まだ諦めてないんでしょ?」
「……」
ルルは頷いた。同時、再びミヤビの記憶を覗き、考える。
『……お前は悪くないよ、ルル。よく頑張ったね。偉いぞ。よしよし。可愛い奴め』
低い声で綴られる誉め言葉を想像して、悦に浸った。
「……そうだなぁ。もっきゅんの喜ぶこと、思わず頭を撫でたくなるようなこと……うーん、やっぱハニートラップなら一撃だろうけど……でもそれは嫌なんでしょ? だったら、徹底的にもっきゅんに尽くすしかないね」
「……?」
「何をすればいいのって? うーん、肩をもんだり、料理を作ったり、あ、お菓子もいいかも。それから、わざと失敗してみるとか、無防備な姿を晒すとか、そんなのもいいかもしれない」
「……」
「男は狼だからねぇ……」
悪い顔をしてやはりエロの方へ持っていこうとするミヤビは、息が荒くなってきて酒臭かった。「かわいいねぇ」と抱きしめられ、撫でまわされたが、それで心が埋まるほど単純な問題ではなかった。
☆
それからルルは、いろんなアプローチを行った。ミヤビのアドバイスは一通り試したが、どれもこれも涼しい顔をして「ありがとう」と言うだけだった。
半べそを掻きながら、ルルは考え込む。
……やっぱり、「色仕掛け」しかないのかなぁ。
しかしながら、モトユキの性癖は読み取ったことがない。そもそも彼に性欲というものが存在するのか自体が怪しいレベルだ。故に、「色仕掛け」をどう行っていくかが分からない。
そこで考えたのが「エロ本作戦」である。要は、ロリ系のエロ本を用意して、モトユキの目に留まりやすいところで、尚且つ誰も見ていないところに置く。あとは、こっそり蔭から見るだけでいい。そうすれば、モトユキが何らかのアクションを起こしてくれるはずだ。
モトユキが夢中になって読み、妄想を掻き立てるのならば、突入。
関心を示さなければ、そこで諦め、別の手を考える。
失敗してもほとんどデメリットのない、完璧な作戦だ。
彼女は早速図書館に向かい、エロ本を探しに行った。
というのも男どもの心を読めば、「図書館の一番奥の左から二番目の棚二段目」が、エロ本置き場になっていることは簡単に分かった。
図書館。
「館」といってもそう大きくはなく、ちょっと大きな家、というくらいが丁度良い。持ち出しは自由であり、管理人も特に設置はされていない。全員が顔見知りの田舎ならではのルールだ。幸いにも、先の戦闘で破壊はされなかった。
……人は居なかった。誰も来ていないという訳ではないが、わざわざここで読む者などいないだろう。惨劇があった直後では、尚更。
さっそくルルはエロ本を物色し、良い感じのモノを見つけた。
エロ本と言っても、「官能小説」だったが。絵の描いてある、読むのが早くてインパクトが強いモノが良かったが、残念ながらそのプレミア物は男どもの家に隠してあるため、盗み出すことは不可能だった。
ともかく、餌を用意したルルは、速攻で家に帰る。
家に居たのはモトユキとビルギットだけであり、他の三人は外出中だった。彼は図書館から持ってきた本に集中している。「魔素」に関する本だったが、彼はほとんど理解できていないようだった。それもそのはず、昔の大学とかがあった時代に、その学生が読むように作られた専門書だったから、常人に簡単に理解できるものではない。
ステルスで移動し、モトユキの隣に積み上げられた本の上に「エロ本」を置いた。ビルギットに視線を移したが、瞳を閉じて何も思考していないから、寝ているのだと判断する。
ビルギットの意識はちょっと特殊だった。なんだかビリビリする。
モトユキの死角に移動し、じっくり機会を伺う。
内容は……悪い魔女の魔法で体が小さくなってしまった女の子が、元に戻るために恋人となかよしするというものだ。
女性向けなのか、ストーリーがなかなか凝っていて甘酸っぱい青春を感じさせる。しかしいざそのシーンになれば、まるでその場にいるかのような甘い臨場感を味わうことのできる、秀逸な作品だ。
初めの方は、読んでいても官能小説だとは分からない。普通の小説のような印象を抱くだろう。しかし、なかよし現場に差し掛かる頃には、物語にのめりこんで抜け出せなくなる。感動的で尚且つエロティックな雰囲気に、読む手を離せない。妄想が止まらない。
モトユキが「駄目だな」と本を閉じ、そして次の本(エロ本)を手に取った……。
場は一気に緊張する。そう感じているのはルルだけだが。
……あれ? 小説か、これ。間違えたのかな。
まぁいいか。ちょっと最近張りつめすぎてたし、気分転換に読んでみるか。ここの文化を感覚的に知る良いチャンスになるかもしれないしな。
その思考を読んだルルは、静かにガッツポーズ。
――――彼女の頭の中には、最早「罪悪感」というものが残っていなかった。ただ己が欲に従い、罠にかかりそうな獲物をじっくり伺う獣だ。
ここで初めて、彼女は「色欲」を理解する。体の芯が少しずつ熱くなる感覚がして、その雪のような頬を赤色に染めた……。