20-1 「決着」
あの後、少しだけ仮眠をすることにした。
……ふと、圧迫される苦しい感じがして起きると、俺の体が成長していた。
まさかとは思って、寝室に置いておいた「パジャマ」を見ると、それが「学ラン」に変化していた。パツパツの服からそれに着替えている途中で、ミヤビが起きてしまった。
「え……!? 誰!??」
「俺だ。モトユキ」
「……へ、変態!?」
「違う……! 着替えようとしていただけだ」
そう、今の俺は傍から見れば変態だった。女子四人の寝室に忍び込んで、半裸になっているから。
流石にベッド二つの寝室に五人は狭すぎるから、俺だけはリビングで寝ていて、寝室は女子四人の楽園と化していた。ところが、俺のパジャマを入れたリュックは、その寝室に置いてあった。起きないだろうからここで着がえようという「ものぐさ」が、今の誤解を招いてしまったのである。
「な、いったいどゆこと?」
「分からない。昨日の思い出話のせいかもしれない」
「……ってか、声低っ!? え、そんな顔して声そんな低いの!?」
「多分、十五歳の身体だ」
「ツッコミが追い付かないよ」
俺は制服に着替え、ミヤビとともにリビングに戻ってきた。冬用のやつだから、上着は着ずに、カッターシャツの腕をまくる。サングイスの屋敷から拝借した制服に似ているが、やはりこっちのほうがしっくりくる。懐かしい。
「うぉう、あれから五年後は、こんな風になるんだ。少年っぽさはまだ残るんだね」
「……」
「もっきゅんって、背低いね」
「まぁ、そうだな。中三のときに測ったのが百五十三で、今のこの体は大体一年後だから百五十四とかそのへんのはずだ」
「そのあとは、伸びたの?」
「多分伸びてない。百六十いってないはずだ」
「マジ?」
「……マジ」
「わーお。私はあんまり気にしないけど、身長って女子の間じゃめちゃ大事よ?」
「んなこと言われても何もできない。でも安心しろ。俺なら力づくで相手の身長を縮められるから」
「ハハハ、もっきゅんらしい」
「冗談だぞ?」
「モテないっしょ?」
「何を今更分かり切ったことを」
「チビで影が薄い顔していて、話しかければ声が低くて理屈っぽくて……」
「傷つくなぁ」
「……でも、凄く優しい。誰も気づいてあげられないけど」
「優しい? 俺で優しいのなら、世の中聖人君子だらけだ」
「……ふふ」
俺がチビなのは、分割睡眠の弊害か遺伝子の関係だ。改めてこの身長になって分かるのは、「ミヤビはスタイルが良い」ってことだ。百七十センチは軽く超えているだろう。相手に指摘されて悪口を言われるのは腹が立つが、腹を立てたところでどうにもならない。今となっては、自分のことなどどうでもいいんだがな。
あー、と声に出してみると、だいぶ低くなっている。ドスを利かせるには十分だが、そもそもそんな機会が無いから、伝わりづらくなるだけデメリットだ。
「まって、もっきゅん腕見せて」
「何?」
ミヤビは何かを見つけたかのように、俺の腕を触り始める。
「……すごい。胸は?」
「なんだよ?」
「腹筋もある!? めっちゃ筋肉あるじゃん。地味な顔してるのに」
「うるさいな。いいだろ、筋肉あったって」
「運動部だったの?」
「いや、ずっと帰宅部だ。筋トレが趣味なだけ。スポーツ嫌いだし」
「え!? なんで!?」
「競い合うのが嫌いなんだ。大会とかがなけりゃ、俺も運動部入ってたかもしれない」
「ええええ……」
「……スポーツやってる奴を否定してるわけじゃない。頑張る奴は寧ろ好きだ。ただ単に、そういう仕組みが嫌いなだけ」
「やっぱり変な人。もっきゅんって」
「……」
この制服、いったいどんな素材でできているんだろう。俺の体の成長に伴って、変化しやがった。子供のパジャマと学ランとでは、素材の量も質も違う。魔法って何でもありなのな。
ミヤビも、もしかしたら、あの上着が変化するかもしれないのか。いや、それはないか。
俺は、「自身の印象」が十歳のまま時が止まっていた。さっきの思い出話のお陰で、十五歳まで体の成長が進み、同時にパジャマも変化した。ただ、異世界転生時に持ってきた「物」がそういう変化を見せるとしても、自分の印象が途中で変わっちまう奴なんてほとんどいない。ミヤビは、自身をはっきりと思い描けているから、存在が安定しているのだろう。
それとも「イレギュラーな転生者」だからだろうか?
「世の中には不思議なことがあるもんだねぇ」
「……俺って、本当に人間なんだろうか」
「さぁ。『本人』ではないかもしれないよね。私も、もっきゅんも」
「……」
異世界転生……果たして俺の動かしているこの体は、本当に「俺」なのか。もしかしたら完全な複製なだけであって、俺は俺でないかもしれない。そんな形而上学のような考えが、あれこれ浮かんでしまう。
分かんねぇことだらけなのは、確かだな。
「――――!?」
ミヤビが急に眼を見開いた。何かを見つけたが、その驚きのあまり固まっている。
「え、あ、え? ももも、もっきゅん、あれって、もしかして……!?」
「あぁ、ビルギットか」
テーブルに置いておくのも少し気持ち悪いから、隣にある本棚の上に乗せておいたのだ。
「え、さっき私たちが話してる間も、ずっと置いてたの?」
「うん」
「……怖ぁ、っての失礼かな。壊れるまで戦ってくれたのに」
「いや、壊れてないぞ」
「え?」
ビルギットは目を閉じているが、恐らくエネルギー補給の為だろう。彼女の動力源の「無限魔石」は、周囲の魔素を吸い込むらしいから、ああやって眠ってるだけでも動けるようになるはずだ。
俺は彼女を手に取って、テーブルに置く。そうすると、彼女がゆっくり目を開いた。
「……ア、オハヨウゴザイマス」
「な、なんか前よりメカメカしい話し方に……ってか、口が動いてないのにどうやって話してるの?」
「ゴウセイオンセイヲ、タレナガシテイマス。ナンカイモ、オドロカレテイルキガシマス」
「そりゃ、首だけだからな」
「ビックリバコノナカニイレルコトヲ、スイショウシマス」
「意味分かんねぇこと言うな」
「ジョウダンノツモリデス。シュン」
「え、ビルギット、そんなキャラだっけ? 『シュン』とか今、口で言ったよね」
「ヨリニンゲンニチカイハナシカタヲ、モサクチュウデス」
「……そんなことより、今何時か教えてくれ」
「ゴゼンジュウジ、デス」
「え? もうそんな時間!? ……ねぇ、もっきゅん。どうする?」
「何が?」
「子供たちを連れていくかどうか」
「連れて行く。ディアは何ともないだろうし、ルルにもどうせ後で心読まれてバレる。隠す意味があるのはルベルだけだが……今日の裁判は、特にルベルが見なきゃいけない」
「……あぁ、そうだね」
「アノ、ナンノハナシデスカ?」
「『裁判』。レンの仲間たちをどうするか。あと二時間後にある」
「ドノヨウニオコナウノデスカ?」
「話し合いはするが、結局全ては俺の判断だそうだ」
「スバラシイ、ジンボウデス」
「んまあ、救世主だもんね」
「嬉しくない」
「……ゴメンナサイ」
「とりあえずは、ビルギットの言った通りにするつもりだ」
「ハイ」