18-2
「やっぱり、駄目だよね」
ルベルは仮面を外し、置いた。ルルは彼女の火傷に驚き、自分よりも背丈の小さい俺の背中に隠れる。尚も、ルベルは真っすぐこちらを見ていた。
俺はその場にしゃがみ込み、これから話すべき内容を考える。でも、俺が何も言わなくても、彼女なら自身の手で突き進むことができるはず。ミヤビから受け継いだ強さで。もしかしたら、ただ俺が話したいだけなのかもしれない。
「君の顔を見た、皆の反応はどうだった?」
「びっくりしてはいたけど、でも、違う悲しみの方が大きかった」
「……君は今、自分が大嫌いになってるね?」
「そう。大っ嫌い。アタシはずっと、ずっと、自分のことでしか悩んでなかった。今こういうことを話してるアタシも、アタシが、アタシ自身にしか目を向けていないから。自己中っていうやつ」
「無限地獄?」
「いちいち相槌を打つ意味ないよね?」
「それもそうだね、全部知ってるんだし」
「……じゃあ、何しに来たの?」
「夜遅いから、迎えに来た」
「そう。なら、あと少ししたら行くから、安心して」
「あぁ、それと。俺は『ガス』が百パーセント悪いで、決定してもいいと思うよ」
「……」
何かを言いたげに口をもごもご動かしたが、言葉が帰ってくることは無かった。代わりに乾いた唇を何度か舐めるだけ。
嘘、ついてみようかな。そんな悪知恵が俺の頭によぎったとき、訝しげな表情で言った。
「それと、ミヤビだけどね。もしかしたら、助けられないかもしれない」
「……!? なんで、生きてるはずじゃ」
「うん、生きてる。でも、起きてくれないんだ。ルルの能力を使って、意識の世界とやらに入ったんだけど、そこでのミヤビはずっと『何もできなかった』って嘆いてた。俺が何を言っても聞きやしないんだよ」
「……」
「君はよくやったよ、悪くないよって繰り返したんだけど」
「アタシとおんなじことになってるわけだ」
「そ。でも、君は起きていられる」
「……どうして?」
「さぁ? そんなことより、ミヤビに何を言ったら立ち直ってくれるか、教えてよ。『家族』なんでしょ?」
「本当の家族じゃない。アネゴだって、アタシを好きで養ってくれてるわけじゃない」
「難しく考えないでよ。ミヤビと君は今、同じ状況にあるんだろ? 君が今一番言われたい言葉を、そのまま教えてくれるだけでいいんだ」
「一番言われたい言葉?」
「うん」
「……」
ルベルは考え込んだ。自分が今、一番言われたい言葉。すっと出てこない辺り、「がんばったね」や「悪くないよ」とかそんなんじゃない。彼女は、自分が肯定されることを望んでいない。寧ろ、否定されることを望んでいる。だが、それは間違ってる。否定も肯定も待ってはいけない。こんな状況だからこそ、自分から動いてもらわないといけない。子供には厳しいな。大人である俺だってギリギリなんだもの。
「まってよ。アタシの記憶を見たんでしょ? モトユキ君が自分で考えればいいじゃん」
「……理解できないんだよ。君の感情が」
「……??」
「だから、俺は、ミヤビの感情も分からない」
「……どういうこと?」
「さっき言ったよ。俺は『ガスが百パーセント悪い』って。でも君は、それとは違う考えを持ってる。でも、どうしてそこにたどり着いたのかが良く分からないんだ。自分自身にヘイトを向けるところまでは分かる。確かに君は保身に走り、友達を傷つけた。ガスが死んだときに、笑ってしまった。それを拭うように、何度も自分を嫌った。でも、ガスが悪くない理由にはならない。どうあがいたって、人の弱みに付け込んだあいつが悪いに決まってる」
「つまり、アタシが良く考えてないってことだ」
「そんなことを言ってるわけじゃないんだけど……でも、そうかもしれない。君は一歩踏み出した。傷つけた友達に謝った。でも、その次は? 次はどうするの?」
「アタシに何ができるの?」
「それを考えてよ」
「……なら、こうかな」
俺の予想に反して、ルベルは早くに答えを見つけたようだ。ミヤビとはまた違った脳味噌をしている。あっさりとしていて、そして本質を分かってる。
「アタシはやっぱり、アネゴを今でも信じてる」
立ち上がった彼女は、火傷だらけの面を正面に向けて、俺に言う。
「アタシが今、一番言われたい言葉なんてのは分からない。ガスが悪いかどうかも、誰が見るかによって変わっちゃう。アタシは『悪くない』。モトユキ君は『悪い』。それでいいと思う。善悪なんて、神様じゃないんだから、絶対の答えなんかでない」
「……」
彼女は仮面を踏みつけ、割った。
神様じゃないから、か。
だが、俺がガスを悪だと思うのは変わりない。健気に頑張っていたルベルを虐めたんだ。彼女にも非があったとはいえ、それで消えるほどの罪ではない。それに、俺にはルベルを責める資格が無い。自分の顔を見られるのが怖いという感情は、俺が容易に分かった気で語ることはできないんだ。
「アタシがアネゴを助けに行く。そして、喧嘩する。そうしたら、何か分かるはずだから」
「……喧嘩はしないでね」
「ルルちゃん、お願いできる?」
ルルは不思議そうな顔をして、俺とルベルの顔を交互に見た。どうすればいの? と、俺に表情で訴えてくる。
ルベルは「ミヤビと答えを探す」という選択をしたようだ。ミヤビに抱いていた不信感を考えないことにして、自ら突っ込むことにしたのだ。自分に何ができるか、何をすべきか、どう思うべきか、どう考えるべきか……そのすべてを。
ルルは戸惑いながらも、頷いた。
だが、急に何かを思い出したかのようにその場を離れてしまった。ルベルが「どうしたの?」と言ったが、彼女が止まることはなかった。
……どうしたんだ? 急に眠くなったのか?
まぁいい。今回の親子喧嘩は、これで解決だ。
次は、ルベルの実の母親、ヴェンデルガルドに関してだ。彼女自身は「悪魔」として記憶しているが、特にトラウマになっている様子は無い。「心のないモノ」と「血」のトラウマは、荒波にもまれる間に克服……いや、消滅したと言って良い。
必要無くなったのだ。守られようという受動的な行動が、何かを見つけようという能動的な行動へと変化した。仮面を壊したのも、それが現れた一つだろう。恐怖こそは感じるだろうが、それに打ち勝てる。
だが、俺が今、それよりも気になるのが、ミヤビと「結婚したい」という感情だ。
俺が初めここに来た時、彼女は「アネゴと結婚するんだ」と話していた。実の母親じゃないとはいえ、母親と同等の存在に欲情すること……それは、とても不健全な姿勢だ。愛の形は様々だが、親子の間で肉欲が起こることはあってはならない。他人に、社会に目を向けることを恐れた、最悪の結果だ。
もう、彼女は幼女ではない。少女だ。他人を理解し始めなければいけない。どんなに外へ行く勇気があったとしても、仮面を着ける生活に逆戻りしてしまう可能性があるのだ。
「……最後に聞いておきたいことがある」
「何?」
「なんで、ミヤビと結婚したいんだ? 強いからとか、そういうのはナシだ」
ルベルはきょとんとした顔で、しばらく俺の顔を見つめた。だが、答えが返ってくるまでに、あまり時間は要さなかった。
「血がつながってなくても、家族になれるんでしょ?」
「……ははっ」
「な、何で笑うの!?」
そうか、そうだよな。
「安心してよ。君たちは正真正銘の家族だ」
「……血が」
「血が何だ? 赤くてマズくてグロいあれが、そんなに大事なの?」
「……」
「結婚してるかしてないかなんて、紙切れ一枚で決まる。そんなんで本物の家族になれるわけないだろ」
「……」
「大事なこと、分かるだろ?」
「絆? ふふ、ちょっとこそばゆい」
ルベルは少しだけ、笑った。