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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
二章 命の定義
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18-2

「やっぱり、駄目だよね」



 ルベルは仮面を外し、置いた。ルルは彼女の火傷に驚き、自分よりも背丈の小さい俺の背中に隠れる。尚も、ルベルは真っすぐこちらを見ていた。

 俺はその場にしゃがみ込み、これから話すべき内容を考える。でも、俺が何も言わなくても、彼女なら自身の手で突き進むことができるはず。ミヤビから受け継いだ強さで。もしかしたら、ただ俺が話したいだけなのかもしれない。



「君の顔を見た、皆の反応はどうだった?」


「びっくりしてはいたけど、でも、違う悲しみの方が大きかった」


「……君は今、自分が大嫌いになってるね?」


「そう。大っ嫌い。アタシはずっと、ずっと、自分のことでしか悩んでなかった。今こういうことを話してるアタシも、アタシが、アタシ自身にしか目を向けていないから。自己中っていうやつ」


「無限地獄?」


「いちいち相槌を打つ意味ないよね?」


「それもそうだね、全部知ってるんだし」


「……じゃあ、何しに来たの?」


「夜遅いから、迎えに来た」


「そう。なら、あと少ししたら行くから、安心して」


「あぁ、それと。俺は『ガス』が百パーセント悪いで、決定してもいいと思うよ」


「……」



 何かを言いたげに口をもごもご動かしたが、言葉が帰ってくることは無かった。代わりに乾いた唇を何度か舐めるだけ。

 嘘、ついてみようかな。そんな悪知恵が俺の頭によぎったとき、訝しげな表情で言った。



「それと、ミヤビだけどね。もしかしたら、助けられないかもしれない」


「……!? なんで、生きてるはずじゃ」


「うん、生きてる。でも、起きてくれないんだ。ルルの能力を使って、意識の世界とやらに入ったんだけど、そこでのミヤビはずっと『何もできなかった』って嘆いてた。俺が何を言っても聞きやしないんだよ」


「……」


「君はよくやったよ、悪くないよって繰り返したんだけど」


「アタシとおんなじことになってるわけだ」


「そ。でも、君は起きていられる」


「……どうして?」


「さぁ? そんなことより、ミヤビに何を言ったら立ち直ってくれるか、教えてよ。『家族』なんでしょ?」


「本当の家族じゃない。アネゴだって、アタシを好きで養ってくれてるわけじゃない」


「難しく考えないでよ。ミヤビと君は今、同じ状況にあるんだろ? 君が今一番言われたい言葉を、そのまま教えてくれるだけでいいんだ」


「一番言われたい言葉?」


「うん」


「……」



 ルベルは考え込んだ。自分が今、一番言われたい言葉。すっと出てこない辺り、「がんばったね」や「悪くないよ」とかそんなんじゃない。彼女は、自分が肯定されることを望んでいない。寧ろ、否定されることを望んでいる。だが、それは間違ってる。否定も肯定も待ってはいけない。こんな状況だからこそ、自分から動いてもらわないといけない。子供には厳しいな。大人である俺だってギリギリなんだもの。



「まってよ。アタシの記憶を見たんでしょ? モトユキ君が自分で考えればいいじゃん」


「……理解できないんだよ。君の感情が」


「……??」


「だから、俺は、ミヤビの感情も分からない」


「……どういうこと?」


「さっき言ったよ。俺は『ガスが百パーセント悪い』って。でも君は、それとは違う考えを持ってる。でも、どうしてそこにたどり着いたのかが良く分からないんだ。自分自身にヘイトを向けるところまでは分かる。確かに君は保身に走り、友達を傷つけた。ガスが死んだときに、笑ってしまった。それを拭うように、何度も自分を嫌った。でも、ガスが悪くない理由にはならない。どうあがいたって、人の弱みに付け込んだあいつが悪いに決まってる」


「つまり、アタシが良く考えてないってことだ」


「そんなことを言ってるわけじゃないんだけど……でも、そうかもしれない。君は一歩踏み出した。傷つけた友達に謝った。でも、その次は? 次はどうするの?」


「アタシに何ができるの?」


「それを考えてよ」


「……なら、こうかな」



 俺の予想に反して、ルベルは早くに答えを見つけたようだ。ミヤビとはまた違った脳味噌をしている。あっさりとしていて、そして本質を分かってる。



「アタシはやっぱり、アネゴを今でも信じてる」



 立ち上がった彼女は、火傷だらけの面を正面に向けて、俺に言う。



「アタシが今、一番言われたい言葉なんてのは分からない。ガスが悪いかどうかも、誰が見るかによって変わっちゃう。アタシは『悪くない』。モトユキ君は『悪い』。それでいいと思う。善悪なんて、神様じゃないんだから、絶対の答えなんかでない」


「……」



 彼女は仮面を踏みつけ、割った。


 神様じゃないから、か。

 だが、俺がガスを悪だと思うのは変わりない。健気に頑張っていたルベルを虐めたんだ。彼女にも非があったとはいえ、それで消えるほどの罪ではない。それに、俺にはルベルを責める資格が無い。自分の顔を見られるのが怖いという感情は、俺が容易に分かった気で語ることはできないんだ。



「アタシがアネゴを助けに行く。そして、喧嘩する。そうしたら、何か分かるはずだから」


「……喧嘩はしないでね」


「ルルちゃん、お願いできる?」



 ルルは不思議そうな顔をして、俺とルベルの顔を交互に見た。どうすればいの? と、俺に表情で訴えてくる。


 ルベルは「ミヤビと答えを探す」という選択をしたようだ。ミヤビに抱いていた不信感を考えないことにして、自ら突っ込むことにしたのだ。自分に何ができるか、何をすべきか、どう思うべきか、どう考えるべきか……そのすべてを。



 ルルは戸惑いながらも、頷いた。

 だが、急に何かを思い出したかのようにその場を離れてしまった。ルベルが「どうしたの?」と言ったが、彼女が止まることはなかった。


 ……どうしたんだ? 急に眠くなったのか?


 まぁいい。今回の親子喧嘩は、これで解決だ。


 次は、ルベルの実の母親、ヴェンデルガルドに関してだ。彼女自身は「悪魔」として記憶しているが、特にトラウマになっている様子は無い。「心のないモノ」と「血」のトラウマは、荒波にもまれる間に克服……いや、消滅したと言って良い。

 必要無くなったのだ。守られようという受動的な行動が、何かを見つけようという能動的な行動へと変化した。仮面を壊したのも、それが現れた一つだろう。恐怖こそは感じるだろうが、それに打ち勝てる。



 だが、俺が今、それよりも気になるのが、ミヤビと「結婚したい」という感情だ。


 俺が初めここに来た時、彼女は「アネゴと結婚するんだ」と話していた。実の母親じゃないとはいえ、母親と同等の存在に欲情すること……それは、とても不健全な姿勢だ。愛の形は様々だが、親子の間で肉欲が起こることはあってはならない。他人に、社会に目を向けることを恐れた、最悪の結果だ。

 もう、彼女は幼女ではない。少女だ。他人を理解し始めなければいけない。どんなに外へ行く勇気があったとしても、仮面を着ける生活に逆戻りしてしまう可能性があるのだ。



「……最後に聞いておきたいことがある」


「何?」


「なんで、ミヤビと結婚したいんだ? 強いからとか、そういうのはナシだ」



 ルベルはきょとんとした顔で、しばらく俺の顔を見つめた。だが、答えが返ってくるまでに、あまり時間は要さなかった。





「血がつながってなくても、家族になれるんでしょ?」





「……ははっ」


「な、何で笑うの!?」



 そうか、そうだよな。



「安心してよ。君たちは正真正銘の家族だ」


「……血が」


「血が何だ? 赤くてマズくてグロいあれが、そんなに大事なの?」


「……」


「結婚してるかしてないかなんて、紙切れ一枚で決まる。そんなんで本物の家族になれるわけないだろ」


「……」


「大事なこと、分かるだろ?」


「絆? ふふ、ちょっとこそばゆい」



 ルベルは少しだけ、笑った。

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