日常
よいしょ、とユキちゃんは机に荷物を置く。
今日配給された卵や野菜類をビニール袋から出し、冷蔵庫にしまう。
見慣れた光景。私は恐る恐る呟いた。
「あのね、ユキちゃん。…今日弘樹さんに会ったの。」
ユキちゃんは、急に振り返り私を見つめた。
「何…言ってるの。見間違いじゃない?だって弘樹さんは…」
そう言い、沈黙が流れる。
申し訳なくて下を向く。
「…そろそろお風呂入ろうか。」
ユキちゃんはお風呂場にお風呂を沸かしに行った。私は気まずい時間が終わりホッと胸を撫で下ろした。
5年前、大人たちが一夜にして姿を消した。
8月1日天気が良くとても暑い日。
朝起きたら大人が消えていた。
消えていた、のだ。死んだのではない。忽然と姿を消した。
世界は大パニックだった。泣き叫ぶ人、現実逃避をする人、帰ってこない人をただ探し続ける人。
私はというとそのどれでも無かった。
大人が消えた、…父親が消えた事実をただ受け入れていた。
消える大人には一応基準があるらしく、20歳以上らしい。
そして四年前の8月1日、新しく20歳になった大人も消えた。その翌年もその翌年も。
なぜ消えたのか、分からない。大人と一緒にその日を過ごした人でさえ、記憶が曖昧だと言っていた。
大人の居ない世界で私たち子供は、食事や服やその他諸々のものは基本的に供給された。
白い服をきた大人たち。顔はマントで覆われている人が私の家に配給物を持ちやってくる。一体誰なのか。
一度勇気のあった少年が確かめに行ってくると言って出掛けた事がある。
だが、帰っては来なかった。
一年前、弘樹さんは消えた。
弘樹さんは一年前20歳になった。消えるのは自然の摂理。当然のこと。なのにあれから私は心にぽっかりと穴が開いてしまった。それをどうにか補おうとしてるけどどうにも出来ない。
だから、あんな幻覚出ちゃったのかも。
私はきっと会いたくて仕方なくてあんな妄想が出たのだ。頭がおかしい。狂ってる。でも、こんな世界では仕方ない。皆、徐々にネジが外れていくのをどうにか抑えている。正常な人間なんていやしない。
布団に入り、ぼんやりと壁を眺める。
何が正しくて、何をすればいいのか分からない。
ゆきちゃんが私の背中をギュッと抱いた。
優しいな本当に。ぬくもりが気持ちいい。
彼女とは五年前から一緒に生活している。
あかりはなんだかぼんやりしていて不安だから一緒に暮らそうって言ってくれた。私の不安分かってくれてたのかな。優しいなユキちゃん
そんなことを思っていると自然に瞼が落ちていった。
夢を見た。
聞き慣れた声が私を呼んでいる。
「あかりちゃん。」
優しく私を呼ぶあの声だ。
「弘樹さん…!」
駆け寄る私。ギュッと抱きしめると暖かい感触が伝わる。
生きてる…!生きてる、生きてるよ。
やっぱり死んでるなんて嘘だよね?
この世にいないなんて嘘だ!だって私、弘樹さんの死体見てないから。どこに行ってたの?
背中に回されていた手が離れる。
「あかりちゃん。…バイバイ」
そう言うと身体は冷たくなり、死体になった。死体はコロコロ転がっていく。
私は、ただそれをただじっと見ていた。
朝起きたらユキちゃんが心配そうにこちらを見ていた。それになんでもないよ、なんて答える。なんでもないなんて、そんなわけないのに。