4.試練②
先ほどまで勉強部屋にいた私は、一瞬で別の場所に移動していた。
今までの流れを考えると、今回も私の過去を見せられるのだろう。
(だから…、きっとここにも前世の私がいるはずだ)
私は、部屋の中央に設置されたソファーに座っていた。
向かいのソファーには、見覚えのある中年の男女が手をつなぎ合って座っている。
部屋の奥に目をやると、窓際には立派な机があり、左右の壁の本棚には本が所狭しと並べてあった。
部屋の様子を確認し終わった私は、改めて目の前に座っている男女をじっと見つめる。二人共それなりに年を重ねてはいるが、前世での私の父と母だとすぐに分かった。
それから、姿の見えないサラ、つまり前世の私はどこにいるのだろうと、周囲を見回してキョロキョロとしていると、ドアのノック音が響く。
「入れ」
入室の許しが出て、老齢だが体のガッチリした男性が部屋に入ってくる。
「ルーベンか…。して状況は?」
「すでに屋敷の周囲は完全に取り囲まれており、脱出は不可能かと。応戦中ですが、敵兵の数があまりにも多いため劣勢です。もはやいつ邸内に侵入されてもおかしくありません」
ルーベンの話を聞いて、一気に落胆する父。
「抜け道は?」
「残念ながら、出口はすでに敵の兵士が固めておりました。おそらくカイル様から抜け道の情報が漏れたのではないかと」
「トラヴァーズ家の糞坊主め――。サラと結婚し、このハイラート家を継ぐと言ったのは偽りだったのか!」
父は苦虫を噛み潰したような顔で悔しがっている。
屋敷が包囲されたとか、応戦中とか、さっきから物騒な話が続いている。
それに聞き捨てならないのは…、今なんて言っていました?
結婚!?――そもそも、カイルって誰!?
しかもその言葉が合図になったのかのように、私の頭の中へ洪水のように前世の記憶が流れ込んできた。しかも一気に記憶が流れてきたので最初は混乱してしまい、なかなか頭の中で処理が追いつかなかった。
だがバラバラだった点と点が繋がっていくかのように、次第に意識がはっきりとしてきた。説明するのは難しいが、記憶を取り戻していくというのは、本当に不思議な感覚だ。
こうして私は、自分がローラン王国ハイラート辺境伯の一人娘のサラだった事を思い出したのであった。
しかし…、なぜ前世の記憶を突然思い出したのだろう。
とにかくわからない事が多すぎる。私に沸き起こってくるのはいつも疑問ばかりだ。
こんな事なら女神ヘル様にもう少し色々お聞きしておけばよかったと、私は後悔していた。
しかし前世の記憶が甦ったのは、ある意味幸運なのかもしれない。
私が前世の光景を見せられ続けている理由を知るためにも、この過去の記憶が役に立つかもしれないと思ったのだ。
それにしても屋敷が包囲されてしまうとは、一体何が起こっているのだろうか。
この緊迫した状況から脱するにはどうすればいいのか、私は蘇った記憶を使ってこの先どうなっていくのかを探ろうとした。しかし、これから起こるであろう記憶に関してはどうしても思い出せない。
――もしかして全ての記憶を思い出したわけではないって事?
どうやら、また新たな疑問が出てきてしまったようだ。
ただ、思い出した記憶から、今ハイラート家に危機が訪れている事情は把握することができた。
簡単に言えば、ハイラート家は裏切られたのだ。
事の始まりは、王国の賢才と謳われた王太子が、重い病で早世した事だった。これがきっかけとなり、それまで王太子が取り持つ事で保たれていた隣国との間の微妙な均衡が、徐々に崩れていったのだ。
王太子の死後から数年、両国の間には不穏な空気が蔓延して、すでに危険な兆候はあった。たが、サラとカイルの婚礼が数日後に控えていた事もあり、ローラン王国側はすっかり油断をしてしまった。
というのも、サラの結婚相手だったカイルは、隣国であるバーダル帝国公爵家の三男だったからだ。王国側は、この縁組により両国の関係が改善されると信じていた。
そんな淡い期待の中、バーダル帝国と帝国が新たに同盟を結んだセンチネル神聖国が突然ハイラート領へ攻めてきたのである。ハイラート領は、隣国バーダル帝国との境にありローラン王国における防衛の要所だった。
このハイラート領が陥落されてしまえば、おそらくローラン王国はひとたまりもないだろう。
こうして、今現在のハイラート伯爵邸が敵に攻め込まれている状況へと繋がっていく。
「せめてお前たち二人だけでも、ここから逃してやりたかったのだが――」
そう言うと、ハイラート伯爵は妻と私を交互に見つめた。
(あれ?―――、もしかして私を見ているの?)
私は慌てて、自分の体がどうなっているのかを確認する。
先程までは自分の手や足・体が全く見えなかったのに、今はしっかりと自分の体を見ることができる。
それまで向かいに座っていた母が、立ち上がって私の隣に座ってきた。
そして、私の手をぎゅっと握る。
「私はどうなってもいいのです。ただ、せめてサラだけでも」
私は自分の手を掴まれた事に驚いていた。
今まで私は、誰にも見えない存在だったはずだ。
これでは、まるで私が前世のサラ本人になってしまったようではないか。
私は今自分が認識されている事に驚くと同時に、ある欲求を抑えきれなくなっていた。
―――前世の両親と話してみたい。
もしも私の姿が見えているなら―――。
私の声だって相手に伝わるのかもしれない。
そう思った私は、思い切って前世の…、いや、母に話しかけてみることにした。
「あ、あの―――」
「サラは何も心配しなくていいのよ」
母は私を見て微笑む。
「お、お母様、私―――」
そんな私の言葉を途中で遮り、母は執事に声を掛ける。
「レナをここに呼びなさい」
執事のルーベンは、軽く会釈すると部屋から出ていく。
「あのお母様、これは前世―――」
「前世…?きっと混乱しているのね。でももう何も言わなくていいの。絶対あなたを守ってみせるわ」
どうやら私の声は聞こえていたようだ。
ただし私の話を全く聞く気がないらしい…。
母はまるで小さな子供をあやすように対応していた。
――こんな状況の時に私の話なんて聞いてられないって事か…。
結婚する歳になっても子供扱いされていた事が、私には悲しかった。
突然、母が私を抱きしめてきた。
きっと私が不安になっているとでも思ったのだろう。
不思議な事に、ちゃんと母のぬくもりを感じる。
そして私の中に、切なくて懐かしい気持ちが溢れてくる。
これは過去の出来事ではなく、今実際に起こっている現実なのではないだろうかと思わず錯覚しそうになる。
程なくドアがノックされ、一人の侍女が入ってきた。
(私、彼女を知っている。私付きの侍女だわ)
これまでなら登場する人物がいったい誰なのか、私にはわからなかった。
だが今の私には、全てを思い出したわけではないが、前世の記憶がある。
この部屋が父の執務室だということも、前世の記憶ですでにわかっていた。
「お呼びでしょうか、ソフィア様」
「サラをどこかに匿いたいの。屋敷内にどこか安全な場所はないかしら」
侍女のレナはしばらく考えた後、話し始める。
「お嬢様が普段行かれないような場所はどうでしょう」
「もっと具体的に言いなさい」
「はい。では…、お針子部屋などはいかがでしょう。物が沢山置いてあってとても狭いので、まさかそんな場所にお嬢様が隠れていらっしゃるとは、奴らも思わないかもしれません。」
話を聞いていた父と母が顔を見合わせ、そして互いにうなずいた。
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父と母を残して執務室を出た私は、レナに連れられてお針子部屋へ向かった。
屋敷内はすでに敵兵に侵入されており、あちこちで戦闘が始まっていた。
「お嬢様!ここは危険です。急いで下さい」
レナは、私をここから連れ出そうと必死だ。わたしも必死に走っているのだが、小さい頃から運動をしてこなかったツケもあって、何度も躓きそうになる。
それでも彼女は――、レナはなんとか私をここから逃がそうと頑張ってくれていた。私も必死に走っているつもりなのだが、体がついていけない。
やがて、とうとう足がもつれて倒れてしまう。
「さあ立ってください!行きますよ」
私が彼女に支えられて起き上がった時、突然目の前に剣を持った男が現れた。
「覚悟しろ」
男が突然私に斬りかかってきた。
もうダメだと思った瞬間、レナが身を呈して私を庇った。
「レナーーー!!」
私は叫んでいた。
男に斬られたレナは、ゆっくり倒れていく。
「次はお前だ」
男は私の方を向くと、ゆっくり近付いてくる。
私は座ったまま、男から離れようと後ずさりする。
もうダメだ!斬られる!と思ったその時、男の動きが止まる。
「お…、お嬢様…、お逃…、げ…、ください、早…く」
そこには最後の力を振り絞り、男の足を掴んでいるレナがいた。
「こいつ…。この死にぞこないめ、さっさと死ね!」
男はそのままレナの体に向かって剣を突き刺した。
そのままレナは動かなくなった。
私は思わず手で顔を覆う。
「クソが…。待たせたな、今度こそお前の番だ」
男は私の方に顔を向けると、薄気味悪い笑顔を浮かべる。
――とにかく逃げなくては。
だが、あまりの恐怖で体が動かない。
気が付くと、男が私の目の前にいた。
――もう駄目…、今度こそ殺される。
そう思ったまさにその時、再び男の動きが止まった。
男はその場でうめき声をあげると、口から血を垂らしながら崩れていった。
そして倒れた男の後ろから、短剣を持った男が現れた。
「ルーベン!」
「お嬢様、ご無事でしたか」
ルーベンは私を助け起こすと、私を抱きかかえるように走り出した。
よく見ると、ルーベンは頭から血を流している。
「ルーベン、その怪我は…」
「たいしたことはありません。それよりもどこかに隠れないと」
「そういえば、お針子部屋に隠れようとして―――」
「では、そこへ隠れましょう」
そして、私たちは何度か危ない目に遭いながらもなんとかお針子部屋までたどり着くと、中から鍵をかけた。
「大丈夫ですか?」
執事のルーベンが私を気遣う。
「ええ何とか。ところで、お父様とお母様はご無事なのですか?」
ルーベンは黙ったまま何も答えてくれない。
「ルーベン…。ねえルーベン!」
私が何度問いかけても返事はなかった。
「まさか――」
私は、ずっと黙っているルーベンを見て、父と母がどうなったかを察する。
やがてルーベンは、ぼそぼそと話し始めた。
「敵に襲撃されているにも関わらず、旦那様は自分たちは構わないからサラ様を守るよう、私にお言いつけになりました」
「そんな…」
「私が最後に見た時、お二人はまだ生きておいででした。ただあれだけ多勢に無勢の状況ではさすがに――」
自分たちよりも私を優先する父と母の気持ちが、逆に私には堪えた。
「ですからお嬢様、お二人のためにも、あなたは生きなければなりませ―――」
突然ルーベンは話の途中で会話を止めると、私に静かにするよう、自分の人差し指を口元に当てる。
息を潜めていると、この部屋の扉を開けようとする音が聞こえる。
「おい鍵がかかっているぞ」
きっと敵国の兵士の声だろう。
私はここに来ないで!と必死に祈った。
だがその思いは通じなかった。
「こじ開けようぜ」
「よし」
ドンッ!ドンッ!…、ドッカーン!―――
とうとう扉が蹴破られてしまい、私達の目の前に兵士が二人飛び出してくる。
ルーベンが、私を庇うように身構える。
「どうやら俺たちは当たりを引いたみたいだな」
「ああ、これで報奨金はもらいだ」
二人の兵士は剣を構え、一斉に襲いかかる。
手負いのルーベンも必死に短剣で応戦するが、二人対一人の状況で、さらに足手まといの私を庇いながらでは、さすがに分が悪かった。
やがてルーベンは力尽きる。
私はその間何も出来ず、ただ怯えて座り込んでいただけだった。
「お嬢…様…、申し訳ありま…」
ルーベンはそのまま動かなくなった。
もう私を守ってくれる人は誰もいない―――。
私は恐怖で足が震える。
今度は私に剣を向ける兵士たち。
「悪く思うなよ」
私に激痛が走る。
その場に倒れた私はもう動けなかった。
きっと私は死んだのだろう。
それなのに―――、なぜか私にはまだ意識があった。
兵士の会話が聞こえてくる。
「しかし、こんな何も出来ないような女が本当に危険人物なのかね?」
「たしかにな。でもセンチネルの聖女様の予言では、サイラート辺境伯爵家の娘は将来両国に立ちはだかる脅威となるってことだろ?」
聖女様?私が脅威?いったい何の話をしているのだろう―――。
「まあ、俺たちは言われた事を実行するだけだ」
「そう言えばトラヴァーズ様の所の馬鹿息子は?この女の事を気に入ってたんだろ」
そう言いながら、倒れたまま全く動かない私の体を蹴りつける隣国の兵士。
「この女だけは助けて欲しいって頼み込んでいたらしいからな。で、助ける見返りにハイラート家の情報を色々提供してたって聞いたぞ」
「利用されてるのも知らずに、馬鹿な男だな」
「まあ、そのうちこの女の事も忘れるだろ。公爵家では、すでに別の婚約者を見つけてあるらしいからな」
兵士は笑いながら、私の体を思いっきり蹴飛ばす。
私の体はコロコロ転がっていく。
「よし!さっそく報告しにいこう」
「報奨金がいくら出るのか、今から楽しみだな」
そう言いながら、兵士が部屋から出ていく。
―――許せない、絶対に許せない。
私の中で憎悪が広がっていく。
私が将来脅威として立ちはだかるですって!だから始末するってどういう事よ!
たかだか予言だけで、こんなにも大勢の命を奪うなんて…。
そもそも私みたいな何も出来ないどうしようもない人間が、国を脅かすような存在になんてなれるわけないじゃない!
私を守ってたくさんの命が散っていったのよ…、こんな私を守るために―――。
私の心は怒りで震えていた。
私は何でも両親に頼りっぱなしだったし、泣けば何でも許されるような人生を送ってきた。
もっと強い人間に育っていたら、こんな結末は迎えなかったかもしれない。
小さい頃から外でいっぱい遊んで体を鍛えていたら―――、
転ばずにちゃんと走って逃げられて、レナを死なせる事はなかったはず。
嫌がらずにちゃんと武術を学んでいたら―――、
敵の攻撃から自分の身を守れ、ルーベンを死なせる事はなかったはず。
魔法の鍛錬を毎日きちんとしていたら―――、
父と母の事だって守れたかもしれない。
今更悔やんだって遅い、そんな事はわかっている。
でも…、彼らの死を無駄にだけはしたくない。
(絶対に復讐してやる!あいつら全員呪ってやる!)
私の体の中が、怒りと憎悪で満たされていく。
やがて、どす黒いモノが私の体を覆い始めた。
思わず意識が飛びそうになるが、それでも私の怒りはおさまらない。
そして、体がすっかり覆われようとしていた、まさにその時だった。
倒れている私の視界に、キラッと光るものが見えた。
その光は、まるで私に「ここを見て!」と言っているようだった。
私は光っていた場所へ意識を向ける。
そこにあったのは、私が婚礼で着るはずだったドレスだった――。
たしか裾の長さを直したいとかって、お針子さんが言っていたわね。だからこのドレスがお針子部屋にあるのね。
私は意識を失いそうになりながらも、必死にドレスを見つめていた。
(そういえば、小さい頃の私は魔法が苦手だったから、お嫁に行けないのではないかって本気で心配していたっけ…)
いつの間にか、憎しみでいっぱいだった私の心の中に、小さい頃の思い出が入り込んでいく。
そうだった…。お嫁さんになる事が、私の小さい頃の夢だった。
勉強も魔法も苦手、運動も苦手で、武術も習得できなかった私――。
私ったら、今思えば本当にどうしようもないくらい、何も出来ない子だったわ。
それでも、そんな何も出来ない私を守ってくれる、素敵な王子様がいつか現れると信じていた。
(あーあ…、もうちょっとで、子供の頃の夢が叶ったのに―――)
気がつけば、先ほどまで強く抱いていた憎悪の気持ちは、すっかり無くなっていた。
体中を覆っていたどす黒いモノもすっかり消えている。
「―――お嫁さんに…なり、たかった…な…」
最後に小さくつぶやいた私は、そのまま事切れたのだった。
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二人の神が、サラの試練の様子を時の狭間からじっと見ていた。
「相変わらず悪趣味な試練ね…」
露骨に嫌な顔をしている女神フレイヤを見て、女神ヘルは得意げに語りだす。
「そうでしょ?そうでしょ?あの世界は魂が持っていた強い恨みを具現化したもので、ほぼ100%の事実再現率になってるのよ。すごいでしょ」
「あの…、ヘル?私はあなたの事なんて一言もほめてないんですけ―――」
「強い恨みを持つ原因となった記憶をもう一度彼らに経験させて、憎悪の感情を最後まで抑え込めたら試練に合格よ。でも彼らが見ているのは、自分の中にある強い恨みの記憶。ほとんどの魂は憎悪に支配されちゃって、試練に失敗しちゃうのよねえ…これが。うふふふ」
さすが死を司る女神だけあって、さっきから言っていることがえげつないと、フレイヤは心の中で思った。同じ神ではあるが、豊穣を司る自分とは大違いの存在だ。
「それはそうと、フレイヤ?」
ヘルがフレイヤを細目で見る。
「あなた、あの子の試練に干渉したでしょ?」
「な、な、何を言っているのかしら…」
「あの子が憎悪に取り込まれる寸前、いきなり体中を覆っていた憎悪が消えていったのよね…。魂にあんな事が出来るわけないもの」
ヘルの言葉に思いっきり動揺するフレイヤ。
これではフレイヤが助けたって丸わかりである。
「本当に余計なことしてくれたわね。せっかく憎悪の感情に支配されかかっていたのに―――」
ヘルは悔しそうにつぶやく。
「で、でっ、でもこれで彼女は無事試練を通過出来たってことよね。はい、これで一件落着。さあ、いつまでも彼女に執着してないで、さっさと他の魂を救ってあげなさいよ」
「そうねぇ―――」
ヘルはそのまま黙り込んでしまった。
その後しばらく考え込んでいたヘルだったが、突然声を上げる。
「あっ、そうだ!――うふふっ、いいこと思いついちゃった」
嬉しそうにニヤリと笑うヘル。
「ねえヘル?私、すごく嫌な予感がするんだけど――」
そんなヘルを心配そうに見つめるフレイヤ。
こういう笑顔をしている時の彼女は、たいていロクな事を考えていないのだ。
だが、ここで彼女は意外なことを言い出すのだった。
「あたし今までのお詫びとして、彼女に祝福を与えようと思うの」
意外な提案にフレイヤは拍子抜けした。
てっきり彼女に嫌がらせでもするのかと思っていたのだ。
「あら、素敵じゃない。神から祝福を受けた人間なら、きっと幸せな人生を歩めるわ。ヘルったら意外と良いところがあるのね」
「でしょ?」
だがフレイヤの抱いた危惧は、決して間違っていなかったのだ。
「ねえ、フレイヤ。女神の祝福を受けた子を人間はどうすると思う?」
「そうねえ…」
考えているフレイヤの顔を見ながら、ヘルはニヤニヤしていた。
「特別な力があるのだから、きっと大切にしてもらえるんじゃないかしら」
「まあ、フレイヤったら甘いわね。特別な力を持つ者を、権力者たちが放っておくわけないじゃない。神から祝福を受けた者は、一生監視され続ける事になると思うの。そして権力者に死ぬまで飼われ続けるの。そうなったら、とても普通の生活なんて送れなくなっちゃうわよね?」
「やだ!怖い話ね。たしかに普通の生活は出来なくなるかもしれないわね―――、って、ねえヘルっ!それどういう意味なの?!」
ヘルはニヤリと笑ったあと、こう答えた。
「あの子はお嫁さんになりたがっているようだから…、それを邪魔するのよ」