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10.家庭教師ベリンダ・アーモンド

 王都からハイラートに向かう商人の貨物馬車――、そこに場違いな服装をした一人の女性が乗っていた。

 彼女の名前はベリンダ・アーモンド。

 彼女はハイラートへ向かう商人に頼み込んで、ハイラートまで一緒に同乗させてもらっていた。


「しかし、こんな乗り心地の悪い貨物馬車に、金はちゃんと払うから乗せてほしいってあんたが言ってきた時はびっくりしたよ」

「乗せていただいて本当に助かりました。実はあなたに会うまでに、何人もの商人の方に声を掛けたのですが、ずっと断わられ続けていたので――」


 メリンダはそう言うと、苦笑いした。


「こんな小奇麗な格好してる子が、突然『馬車に乗せてくれ』なんてさ、どう見ても怪しいから当然だよ。それにお嬢ちゃんは貴族さんだろ?」

「ええ。ただ私の家は下級貴族ですから」


 メリンダの実家は、武勲を上げた父親が騎士爵を賜った、いわゆる世襲が許されていない準貴族の家だった。

 そんなわけで貴族とは名ばかりで、決して裕福な家庭でもなかった。


「でもそんな怪しそうな人間を、なぜ乗せてくれたんですか?」

「俺にはお嬢ちゃんくらいの娘がいるから、その、つい…な――」

「それでは娘さんに感謝しないといけないですね」


 それを聞いた商人は、大口を開けて笑った。

 おそらく彼なりの照れ隠しなのだろう。


「ああ、娘に必ず伝えておくよ。ただ乗合馬車なら、貨物馬車と違って砂埃も気にせずに快適な旅が出来ると思うけどいいのか?なんなら途中の街で降ろしてもいいんだぞ」


 乗合馬車は、馬車を一台借りるよりも手頃な値段で移動が出来るので、遠旅には欠かせない交通機関だ。特に馬車を所有していない庶民には重宝されていた。


「少しでも早く到着したいので、このままハイラートまで乗せてください。お願いします」

「そうか、それならいいが。ちゃんとハイラートまで乗せていってやるから安心しろ」


 少し前の話になるが、実はメリンダはハイラートへ仕事の面接を受けに行った時に乗合馬車を使っていた。今回、彼女はあえて貨物馬車の方に乗りたかったのだ。


 というのも、乗合馬車は街と街との間を結ぶ交通機関なので、次の街へ行くにはまた新たな乗合馬車に乗り換えなければならない。

 だから、もしも乗り換えの際に到着と出発時刻が上手く合わなければ、何時間もその場で待つことになる。下手したら馬車がすでに出発してしまっている時もあり、まだ昼間なのに足止めされたままその街に宿泊しなければならない事もあったのだ。


 とにかく乗合馬車は値段がお手頃な分、それなりのデメリットもある乗り物なのである。


 ベリンダも王都からハイラートまで行った時は、面接の予定日から遡って、最低でも二週間プラス数日の余裕を見て出発しないといけなかった。早く到着する分には構わないが、面接に遅刻するわけにはいかなかったからだ。

 当然宿泊代も別途でかかるので、金銭的に余裕のなかったベリンダには、王都からハイラートまでの往復費用はかなり痛い出費になっていた。

 これで面接に落ちていたら、目も当てられなかったところだ。


 そんなある日、貨物馬車なら王都からハイラートまで八日で到着出来るとベリンダは知った。


 貨物馬車とは、商人には欠かせない乗り物だ。仕入れた商品を運ぶ時も、行商人として各地を巡る時も、この貨物馬車がないと話にならない。

 そして目的地にも直接向かうため、乗合馬車のように乗り継いでいく必要もない。

 だから移動時間を大幅に短縮できるのだ。


 ベリンダが貨物馬車に乗ろうと思った理由は、まさにそれだった。

 乗合馬車の運賃分を商人に支払って同乗させてもらい、少しでも宿代を浮かそうと思ったのだ。


「お嬢ちゃんはハイラートに何しに行くんだい?」

「働きに、です。領都のケーネで割の良い仕事が見つかったので――」

「へえ、そいつは景気がいいな」


 ――ぜんぜん景気の良い話なんかじゃないのに…。


 もともとベリンダは、ハイラートで働く気なんてなかった。


 彼女には小さい頃から夢があった。

 騎士として働いていた父に連れられて訪れた王宮――。

 そこで官吏として働いてた女性の姿に目を奪われたのだ。

 女性でも外で活躍できる場があると知ったベリンダは、あの女性のような官吏になりたいと思うようになっていた。


 王宮で官吏になるという夢を持ったベリンダは、必死に勉強をしてきた。

 学校の成績も良かったため、学校側が王宮宛に推薦文を書いてくれる事にもなっていた。


 ところが、ある問題が起こってしまい、その予定が狂い始める。


 ここ数年ハイラート王国は、隣国との関係が良好のため景気がよかった。だがそのせいで、物の値段が急激に上がり、決して裕福ではないベリンダの実家の家計を圧迫し始めたのだ。


 今年十二歳になったベリンダの弟は、王都の学校へ入学する予定だった。

 ベリンダの実家は彼女の学費ですらなんとかギリギリ支払っている状態だったが、彼女が卒業して弟が入学するため、丁度入れ違いになるので、今後もなんとかやりくりが出来るはずだった。

 だが、最近の物価上昇で家計が苦しくなってしまい、弟の学費を支払う余裕がなくなってしまったのだ。


 ベリンダの弟は跡取りではあるが、準貴族のアーモンド家では爵位を継げない。

 そういう事情もあり、ベリンダは自分が稼いで弟を学校に通わせ、彼に将来の選択肢を増やしてあげたいと思っていた。

 だが駆け出しの官吏の給料では、とても家計を助けることは出来なかった。


 そんな中、ベリンダが通う王都の学校にハイラートという辺境地から求人が届いた。それはベテラン官吏よりも高い給料がもらえる高待遇な仕事だった。

 ただ仕事場が王都から遠く離れた辺境地だったため、就職活動中の学生は見向きもしなかった。辺境地といえば「田舎の街」というイメージがあるため、学生から敬遠されたのだ。


 たが、ベリンダだけはこの求人に飛びついた。

 結局彼女は、家族ために自分の夢をあきらめる道を選んだ。

 もちろん最初は悲しかったが、自分の夢よりも大切な物が彼女にはあったのだ。


 ハイラートで働くことが決まった時、ベリンダの夢を知っていた彼女の家族は本当に申し訳なさそうにしていた。

 彼女の両親は彼女に申し訳ないと何度も謝り、弟は学校に行かないと言い出した。

 何とか学校に行くように説得出来たが、彼女の弟はギリギリまで、学校へは行かずに働くと言い張っていた。


 それ以来彼女は、家族の前ではわざと明るく振る舞うようになった。

 面接の時に行ったハイラートが、どれだけ活気があって大きな街だったのか、そしてその街で自分が働けるのがすごく嬉しいと、家族の前で散々自慢して回った。


 ハイラートに行くことは決して辛いことではない、家族の役に立てて本当に嬉しいんだと、ベリンダは家族に伝えたかったのだ。



 貨物馬車に揺られながら、ベリンダは優しい自慢の家族を思い出していた。


「おや、もうホームシックにでもなったのかい?」

「そうかもしれないです」


 ベリンダはなぜか嬉しそうに微笑んだ。


「まあ向こうに行ったら新しい出会いもあるだろうし、そのうち寂しさも消えるさ」

「そうだといいんですけど」

「そういえば、お嬢ちゃんはハイラートでどんな仕事をするんだい?」


「私は―――」


 無事に学校を卒業したベリンダ・アーモンドは、ハイラートへ向かっていた。

 伯爵家の一人娘、サラ様の専属家庭教師になるために。


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