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リストラ神さまは青春がしたい!  作者: ユユ
第1章 日常の終わりはすぐそこに
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1-1 ふしぎな夢



 視界に映るのは、淡く光る『白』だけだ。




 上下左右どこを見渡しても終わりが見えない真っ白な世界に、俺はぽつんと立っていた。

……いや、天も地もないような場所だから、浮いているといった表現の方が正しいのかもしれない。


 ここがどこかも分からなければ、どうやってきたのかも覚えていない。

 とにかく、気がついたらこの奇妙な空間にいた。


 死後の世界かな?


 なんて思ったが、死んだ記憶もない。

意味不明な状況に困惑していると、どこからか反響するように女の声が聞こえてきた。


『シュヤララク様、聞こえますか』

『どこにいるの、シュヤララク! ちゃんと返事しなさいよッ!』


 やたら色っぽい声と、それに相反するハツラツとした声。

 ふたつの声が切羽詰まったように何度もそう繰り返している。


シュヤララク? 何だそれ。人の名前か?

シュヤララク……シュヤララク。うーん。


 最初は知らないと思ったが、どこかで聞いたような気もする。

 首を捻っていると、だんだんと視界の端が暗くなっていき――――暗転。


 そこで俺は目を覚ました。





 どうやら珍しくファンタジーな夢を見ていたらしい。


 いつも見るのは『宿題を忘れてなぜかクラス全員分の弁当を作らされる』だとか、『可愛い女子に言い寄られたと思ったら、実は男でした』だとか、くだらなくも微妙に現実を織り交ぜたような内容ばかりだったというのに。

……今日はどうした俺。


 昨日寝る直前までRPGゲームをしていたから、その影響だろうか。


 そういえば、夢は記憶の整理だと聞いたことがある。

 もしかしたら夢の中で何度も繰り返されていた“シュヤララク”という耳慣れない言葉も、実はゲームに登場していた言葉なのかもしれない。


 妙に耳にこびりついて離れない単語を、枕もとのスマホを使って調べた。

 眠い目をこすりながら検索窓に文字を打ち込んでページを開くと、表示されたのは期待はずれの一行。




『シュヤララクに一致する情報は見つかりませんでした』






 その後もずっと『シュヤララク』の意味が気になって仕方がなかった俺は、朝食の席で妹の玲菜に相談してみることにした。


 まずは夢の内容について順を追って話す。ふたりの女の声が――のくだりで、玲菜は眉をわずかにしかめた。


「お兄ちゃん欲求不満なの? 玲菜、朝から下品な話は聞きたくない」


 トーストにイチゴジャムを塗りながら淡々とした声で言ってくる。

 いつものことながら、クールな表情と抑揚のない口調のせいで可愛らしい一人称があっていない。


「ちげーよ。そうじゃなくてだな」


 スクランブルエッグを牛乳で流し込んで、本題である“シュヤララク”の名前を出した。

 普段から色んな本を読みあさっている博識な妹のことだ。

 もしかしたらその名前について心当たりがあるのではないかと期待したのだが、


「知らない」


 と即答されてしまった。


「だよな」


 少し残念に思いつつも納得してごちそうさまをする。それから玲菜の分の食器も片づけて、洗濯物を干すためカゴを抱えてベランダに出た。


 うちは両親ともに海外に出張中なので、食事洗濯など家事全般は俺がやっている。


   すべてをひとりでこなすことに不満はないが、妹の下着事情を嫌でも知ってしまうことにだけは抵抗を感じさせざるを得なかった。

 アンダーバストなるサイズが大きくなっていれば『あ、太ったんだな』と、思わず栄養バランスを考えてしまうし。色気のないコットン生地のパンツばっかりだったのに、急にピンク色のレースがついた紐パンが洗濯籠の中に入っていたら『男でもできたのか』と下世話な想像をしてしまうからだ。


 ちなみに今日は可愛らしいクマの刺繍がついたガキっぽいパンツだった。

 これに対する感想だって?


 兄貴に下着を選ばせるな、だ。


 これは俺が頼まれてスーパーで買ってきたものだった。

 下着売り場に入るのが恥ずかしくて、どうにか手にできたのがレジ近くのセールワゴンに置かれたこの色気のないパンツだっただけの話であり、断じてそういう趣味があるとかじゃない。


「お兄ちゃん、まだ?」


 同じ高校の制服を身に着けた玲菜が、窓のサッシから顔を覗かせた。

 急かしているわりに手伝う気はないらしく、長い睫毛に縁どられた大きな瞳でじっと俺を見つめてくるだけだ。

 目の前で妹のパンツを干すのはいたたまれない。


「もう少しで終わるから、先に靴履いて待ってろ」


 そう告げると、玲菜はこくりと頷いて玄関へ向かった。本当に無口な奴である。


 肩をすくめて吐いた息はほんの少し白かった。十月も終わりとあって少し肌寒い。制服のジャケットごしに腕をさすってから作業に戻る。

 すべて干し終えると、玄関の段差に腰を掛けて待っている玲菜に声をかけた。


「お待たせ」


 無表情で俺を見上げ、無言で頷く玲菜。こいつ、三時間くらい待たせてもこんな感じで反応が薄いんだろうな。


 登校中はいつも俺の方から色々話を振って会話が途切れないのだが、今日は兄と妹、互いに黙ったまま通学路である住宅街を進んでいた。

 俺が珍しく喋らない理由。

 それは、夢のことを思い出してしまったからだった。

 一度考えはじめると“シュヤララク”が何なのか、気になって仕方ない。

 赤信号で止まった時、こっちを見つめてくる玲菜の視線に気がついた。


「ん? どうかしたか?」

「別に。何でもない」


 口ではそんなことを言っているが、俺がやたらと静かなことを訝しんでいるのだろう。

余計な心配をかけないためにも、夢のことなんてさっさと忘れるべきだ。

 そう、思っていたのだが――――。


 結局、学校に着くまで考え込んでいたらしい。

 いつの間にか玲菜と別れて自分のクラスである二年B組の前に立っていた。

 記憶がないほど夢の内容にとりつかれるなんて、自分でもちょっと怖い。


「何の呪いだよこれ……」


 ぽつりと呟いて、俺は教室の扉をあけた。

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