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感覚

作者: ごん

蕭々と降る雨の音を感じながら、私はベッドに横たわっていた。

明日だ。

明日になったら、あの人に会える。

それ以外の事は考えられなかった。刻一刻と迫り来る「その瞬間」を、何もせず待ち、ただ呆然と天井の一点を見つめていた。


ふと時計に目をやると、その針は二十二時二十八分を刻んでいた。

掛け時計の、秒針の音がいつもよりよく響く。


半月待った。二週間前、初めて言葉を交わしたその日から、私は待ち続けた。

あの人がくれたメモを、肌身離さず持ち歩いた。

B5の紙を、小さく折りたたんで、時には握りしめ、時には丁寧に開いて眺め、いつしかそれは私の中で「最も」大切なものの一つになっていた。あの人は憧れの対象から、やがて崇拝の対象に成り代わっていった。



しかしながら、どこかに一抹の不安を抱えていた。

というよりは、どこかで、明日になって欲しくないと、明日が迫ることを躊躇っている自分がいた。

会いたい。

それは事実でしかない。この半月あの人のことを忘れた日はなかった。常に私の中で、あの人は生き続けた。

今何処にいるんだろう。

何してるんだろう。

気づいたときにはそう思いを馳せることが多かったような気もする。考えたところで答えの出てこない疑問を、常に都合の良い解釈で、私は自らに問いかけていた。

答えの出ない、それこそが至福の対象だったのかもしれない。

あの人と会える日数は限られている。そんなことは、生を持つものなら誰しもが知っていることである。

それだから?

その日数が減っていく、そう、今まさに迎えようとしている「明日」に……数が一つ下がる、その事に不安を覚えているのか、悲哀の念を感じているのか、我ながらよくわからない。ただ、「会う」こと、それがもたらすものが、私を狂気の沙汰に陥れると、どこかでそう感じているのかもしれない。

無力な私には、どうすることもできない。


会いたいのに、会いたくない。


安い感情なのだろうか。

子供じみた、幼稚なものなのだろうか。


だとしても、私は今、ちょうど今、その葛藤の中にいる。



天井の一点は何もしない。動かない。話さない。

おいと言われても、おまえはどう思うと聞かれても、何も答えない。やつは答えることができない。

私にはどうもそれがぶっきらぼうなやつ、に見えた。

私は天井から目をそらした。次に目をやったのは、あの「メモ」だった。

メモをゆっくりと開く。

二週間前の、あの時の様子がありありと脳裏に映し出される。

記憶力が良くてよかった。

そうだ。

私は立ってて、あの人は座ってた。

だからふと私が目をやると、あの人のTシャツの内側がちらりと見えたのだ。私は慌てて目を逸らしたんだった。

あの人の筆跡を、私は指で辿った。

私の目指す先に、あの人はいる。

あの人の高みを目指しているの?

追いつきたい?

超えたい?


背中に触れられたら満足、肩を掴んで振り向かせたら満足、こっちを向いて立ってもらえたら満足……?



私はベッドから起き上がった。メモを閉じると、両足を床に下ろし、立ち上がった。


時計を見た。二十三時九分。

止まらない秒針をしばらく睨み続けた私は、紙とペンを取り出して、机に向かった。



まずは、私という存在を認めてもらう、そこからだ。



不安はもう、押し殺すことしか出来なかった。



雨の音は、もう、聞こえなかった。

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