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砂漠と踊りの国の物語

作者: そらいろ

初めて投稿します。

良ければ見てください。

彼女は、天賦の才を持った女性だった。


すらりとした長い手足が揺れる度に目を引き、長く豊かな黄金の髪が広がる度に息を飲んだ。

長いまつげに縁取られた切れ長の目は、まるで心を射抜かれるように強く、どこまでも見通すかのよう。


そして、筆舌に尽くしがたいのは、彼女の「踊り」の才能だ。

彼女の名前は、ミーニャといった。


ーーーーここは、砂漠と踊りの国。

点在する街や村を、多くの踊りの一座が渡っていく。

踊りで名を広めれば権力者に呼ばれるようになり、見初められれば協力なバックアップを手に入れることになる。

結婚相手になることだってある。


しかし、踊りは下手な権力に勝るとも劣らない。

有力者に謁見できるのも、意見を通すだけの人気も、政治に民がついてくる人望も、知識欲を満たすために学ぶ場も、

全て踊りが上手ければ、手に入る。


そのためか、どんなに小さな村娘だろうと、物心ついてからは踊りに憧れ、周りから踊りを教えられる。

男の子も、偉くなるためには踊れるようになることが一番の近道だと知り、踊り始める。

そこで才能や適正を見出すことができれば踊りの一座に引き取られ、そうでなければ地道に他の勉強を始める。



そして、とある踊りの一座に、1人の女が訪れた。





 私の名前は、ガイシャ。

 年齢は20歳で、この伝統ある一座の顔と言っても過言でない地位にいる。

 いや、『居た』と過去形にすべきかもしれない。


 先日、いきなりあの女が現れた。

 あの女は、いきなりこの一座に来て、ここに置いてほしいと言ってきた。

 それ事態は珍しいことではない。


 私のいる一座は、伝統と格式ある一座ということで、とても有名だ。

 踊り子は30人という特に多くもない数字だが、これは、座長が認めた人しか残さないからだ。

 

 この一座に名を置いたという実績だけで、将来は安寧だ。

 新たに就職するにも、嫁ぐにも口利きしてもらえるし、それが断られることはほぼ無いだろう。

 中心で踊っていたのであれば、尚更だ。


 中心で踊るというのは、並大抵のことではない。

 100年に1人の才能だ、と持て囃された私ですら、物心ついてからはひたすらに練習していた。

 慢心することなく、寝食を忘れることなんてざらになるほどに。

 才能があるという事実だけでなく、人一倍努力してきたという自負がある。



 なのに。

 あの女が全て奪っていく。


 一座に名を置くことを求める人が、無碍にされることはない。

 座長や幾人かの踊り子の前で、踊る権利を与えられる。

 それで認められれば一座の仲間入りだし、認められなければさよならだ。

 

 私のように、幼い頃からここにお世話になっている者も多い。

 父親か母親がかつてこの一座で踊っており、子を生み育てるために一度抜けるものの、子に才があれば、一緒にここに戻ってくる。

 ここは、子供にとっては最高の学べる場だから。

 たくさんの一流の踊り子たちに囲まれ、その子も一流に染められていく。

 

 一座に応募してくる踊り子たちだって上手な子が多いが、その程度だ。

 「上手」と「一流」には決して乗り越えられない壁がある。

 だからたいていは、一度踊ってもらうが、すぐに帰らされる。 

 納得いかないようであれば、一座の誰かが踊ってみればすぐに黙り込んで去っていく。


 今回も、すぐに去っていくだろうとたかをくくっていた。

 確かに稀に見る美しい容貌をしていたが、それでやっていけるほど優しい世界ではない。

 

 だけど。

 ああ、だけど。


 あの女がステージに立ち、音に包まれた瞬間に、背中がぞわりとした。

 顔を上げ、踊り始めた瞬間、全身にびっしりと鳥肌が立った。

 体中を危険信号が駆け巡った。食われる!と。


 この女は異次元の存在だ、と、誰もが思っていたに違いない。

 めったに褒めることの無い座長が、まるで恋を覚えたての少年のように顔を赤らめほおけていたし、

たまたまその場にいた休憩中の踊り子たちは、身動きひとつ、できていなかった。

 

 しなやかに腕がふるわれ、艷やかな長い足が絡むことなく軽快にステップを踏んでいく。

 見慣れた踊りのはずなのに、初めて見たとき以上の衝撃が体を襲う。

 この踊りは、彼女のために存在するのだと、一瞬でもそんなことを思ってしまった自分に腹が立つ。


 そして、あの女の踊りが終わる。

 音楽はとっくに鳴り止んでいたが、誰も動けない。言葉もでない。

 そんな状況だ。


 「どうでしょう?」と女が(のちにミーニャと名乗った)聞いてきても、

 座長はコクコクとうなずくことしかできないでいた。


 ミーニャは、またたく間に人気者になった。

 もともとこの一座はいつも客席を満員にしていたが、ミーニャみたさに人がこぞった。

 噂が噂を呼び、どれだけ値をあげても、客層が変わるだけで、抑止力にならなかった。

 むしろ、ミーニャの希少性をさらに高めていただけかもしれない。

 悔しい。



 ある日、私の想い人がとある街から戻ってきた。

 彼はとても優れた踊り手で、今回もとある有力者の主催するパーティに招待されていたのだ。

 

 最近のこの一座の噂を道中に聞いてきたらしく、楽しみにしていると言っていた。

 私は、嫌な予感しかしなかった。


 予感は、現実となった。

 彼はミーニャの虜となった。

 ミーニャの踊りに魅入られただけじゃない。

 それなら、ミーニャ以上に踊れるようになれば・・・と淡い期待を持てただろう。

 彼は、ミーニャ自身に焦がれ、愛し始めた。

 

 ミーニャはただ、困ったように微笑んでいただけだった。

 否定はしない。受け入れもしない。

 それが余計に苛立たしかった。


 ある時、座長に私が呼び出された。

 今度の公演について、私が主役の予定だったものをミーニャに変更するとのことだった。

 相手役は彼で、私が密かに楽しみにしていたものだった。


 憎い。

 憎くてたまらない。

 あの女が、私から奪っていく。

 私の地位も、人気も、居場所も、彼も、全て。全てを奪われていく。


 彼女が踊り始めるたび、踊らないで!と願ってしまう。

 お願いだから、私にその差を見せつけないで。

 お願いだから、彼の心をこれ以上奪わないで。


 行き場のない思いが体中を蝕んでいく。



 どこにも吐き出せない。

 だって周りはみんな、彼女を尊敬し、彼女の存在を喜び、彼女を大切にしている。

 こんなに汚い感情を向けているのは、私だけだ。


 彼女は、私を含め他の踊り子たちを「先輩」として扱う。

 一番人気者ではあるけれど、確かに一番最後の入団者であるから、間違いではない。

 だからこそ、私も「先輩」として自分の醜い思いを隠さなければいけない。


 ああ、本当に行き場がなくなっていく。

 この腹の中に貯めたどす黒い思いは、どう処理していけば良いのだろう。


 彼女に、非はない。

 わかっている。だからこそ。



 彼女さえ、いなければ。



 その思いが日に日に増していく。

 

  

 そして私は踊りを辞めた。


 とある街に、一座が呼ばれた。

 ミーニャが来る前に、よく行っていた街だった。

 そこの有力者が、私に求婚してきた。


 彼女が主役になる以前は、その人のみならず求婚されることはよくあった。

 そして、好いた相手がいるからと断っていた。

 

 今回の公演は、なぜか私が中心で踊っていた。

 おそらく、ミーニャをたまには休ませてあげようという団長の配慮なんだと思う。

 私は嫉妬に狂う寸前で、とても疲れていた。


 だから、求婚されたとき、その話を受けたのだ。


 踊りをやめてしばらくは、私の胸の内で嫉妬の炎が燻っていたが、

 少しずつ鳴りをひそめていた。


 時折、鮮やかに蘇るときはあるけれど、その都度、夫が抱きしめてくれた。

 どうやら、ミーニャがくる以前に私が中心で踊っていた頃、すでに私を見初めていたらしい。

 ただ、私に想い人がいるということも知っていたとのこと。


 あきらめるために、最後に私に玉砕覚悟で求婚しようと一座を呼び、

 座長に踊りの中心を私にするよう指名したとのことだった。


 ミーニャの踊りを見なくてよかったの?と聞くと、一度は見たことがあるし素晴らしかったけど、

僕にとっては君の方が輝いて見えていたんだ、とはにかんだ。


 ああ、私を見てくれる人がいた。


 それだけで、全て報われた気がした。

 そしてその後、子を産んだ。

 

 今、子供に踊りを教えながら気づいたことがある。

 私は、踊りが好きだったが、教えることがとても得意だということ。

 一座で教わり続けていたから、どう教えたら良いのか、手に取るようにわかる。


 教えることに夢中になって気がつけば、私は今、指導者として名を広めているらしい。

 嬉しいことに違いはないが、そんなにこだわりはない。


 なぜなら、私は今、とても幸せだから。

 


  






いかがでしたでしょうか?

どんなに辛くても、最後に幸福が待っているし、

執着を捨てれば思わぬところで幸福が舞い込んでくるというお話。

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