九十四話:七難襲撃
ガーデンの長官を出迎える日がやってきた。またしてもこの世界の大国との交渉に職員でなく、自ら出向くと主張をしたのだ。幸い、今回は二人の専門職員と護衛数名がつく。ドローンの転移魔法陣では無理であるが、国王パルミロがこれを可能にした。
彼の提案で、サブローたちは水の国が保有する転移の祭壇へと訪れた。この国は自国内の主要三都市に転移の祭壇を置いている。また、ヒュエナという重要らしい都市の神殿は転移でしか迎えない部屋があるそうだ。おそらく、先日の話に出ていた魔人を封印している部屋であろう。
創星とフィリシアに教えてもらったことを伝えると、自分が話したかったのか王は落ち込んでいた。
ともかく、転移の魔法陣で日本と行き来していると知った彼が、大人数を呼べるようにと転移の祭壇を使う許可をくれたのだ。その代わりとして見物することを主張された。この王、好奇心が強すぎる。
「異世界からの転移は初めて見る。楽しみだな」
そういって王は率先して進んでいった。ちなみにお忍び用の格好をしていており、豪商の息子で遊び人という設定だ。
王の後を追いながらフィリシアがふと思い出したかのようにつぶやく。
「それにしてもクルエ様は残念でしたね」
「うむ。見物したがっていたが、ノアが決めた教育スケジュールを曲げるわけにはいかぬ。そなたたちの上司の帰り際には予定を開けてもらう手はずだ」
王もどことなく残念そうに何度もうなずいた。話題の中心であるクルエは今回珍しくついてきていない。なんでも神聖都市ヒュエナから精霊王の教えを説く神官が訪れるとか。
クルエ自身は乗り気ではなかったのだが、王族として精霊王を深く知らねばならないとノアに尻を叩かれて連行されたのだ。どうせならとフィリシアかミコを同行させてもいいと申し出たのだが、甘やかしたくないうえにこちらの仕事もあると断られた。後ろで泣きそうな顔をしているクルエを思い出して胸が痛い。
そんなことを回想しながらサブローたちは今まで見た転移の祭壇が比べ物にならないほど広い建物を歩き、魔法陣へとたどり着く。
「キトシと会うのは久しぶりだ」
「あの愉快なおじ様ですねー。美味しい飴をもらったので楽しみですー」
「……ディーナがいつの間にか餌付けされている」
呆れ顔でぼやくセスを見てナギが明るく笑った。相変わらずの仲の良さにサブローは和む。一方で俗な会話を繰り広げる男に呆れた視線を送る。
「あー金が欲しい。あんとき金を突っ込まなきゃなー」
「エビサワの旦那、破滅願望がおありですかい? あそこで突っ込むとかありえねー」
「ゾウステっち、酷いことを言うな。だって儲かったかもしれないじゃないか!」
「ダメだわこの人。俺もたいがいダメ人間の自覚があるけども」
「……海老澤さん、国王陛下の前ですよ」
「よい、許す。なにしろ余はただの遊び人だ。それになかなか面白い話をしているしな!」
パルミロが上機嫌に笑い、海老澤がますます調子に乗らないかサブローは頭が痛くなった。彼は上司になるだろう長官に会うというのにご覧のありさまである。
「そういえばカイジンの旦那。エビサワの旦那が俺らが聞き込みに行った裏賭博場に行ったときは肝を冷やしやしたぜ」
「ゾウステっちを見かけたら丁寧に対応してくれたな。裸の女が対応しようって付きまとうのは鬱陶しいかったけど。ストリップバーってのは賭けするのに向いてねーな」
「ストリ……はぁ!? 聞き込みって…………サブ行ったの?」
「まあ、必要でしたので。逢魔時代からやけに縁があるんですよね」
「つーても俺と会ってからじゃね? 最初はめっちゃ嫌がったから面白くて無理やり引っ張っていったわ」
「おかげで慣れざるを得ませんでしたが……ぜんぜん嬉しくありません」
「まあ最初から裸より脱がす方が興奮するしな、俺ら」
「勝手に巻き込まないでくれませんか!?」
フィリシアとミコの視線が痛い気がした。身内に隠していたエロ本を見られたような気分である。もっともサブローにはそんな経験がないが。
興味はあるものの買えるようになる年齢のころには逢魔にいたし、日本に戻ってからはそんな余裕一日たりともなかった。
「……次、聞き込みに向かう場合は、私か師匠さんがついていきますからね」
「うん、フィリシアの言う通りだ。サブ、拒否権はないよ」
背中にうすら寒いものを感じながらサブローは了解した。しかし気の弛んだやり取りである。海老澤がいるといつもこうだった。
こうして王を連れているとは思えない一団が転移の準備を整えた。実際に働いているのはごく一部であったのだが。
ドローンの向こうで毛利が調整し、エリックが魔力を送るだろう。サブローたちが長官の到着を待っていると、魔法陣が青く輝きだした。
「ほう。転移の魔法陣が放つ色が違うのか」
興味深そうに王がつぶやき、光の中から長官が余裕の佇まいで、今回異世界へと初めて訪れた職員は戸惑いを隠せず姿を見せた。
「みなさん、足を運んでいただきありがとうございます」
「こちらこそ苦労をかける。ナギ、そして親衛隊の二人も久しぶりだ」
「元気そうでなによりだ。キトシ、お前が居合を披露した剣はもってきてあるぞ」
「それはありがたい。そして初にお目にかかります、上井喜敏と申します」
「よろしく頼む。今の余は遊び人の……そうだな。パルさんだ」
「ハッハッハ! 話に聞くよりも豪の者のようですな。いいでしょう。パルさん、手を貸してください」
話が通じると思ったのか、国王は不敵な笑みを浮かべて長官とがっちり握手を交わした。なんだか気が合いそうな二人である。
「そして君が海老澤利秀か。私がガーデンの逢魔対策本部で長官を務める上井喜敏だ。よろしく頼む」
「おうさー。よろよろー」
「海老澤さん……長官は上司になるのですから、もう少し対応を丁寧にお願いします」
「そうは言われてもサブローも知っているだろ。俺が社会不適合者だって」
自分で言うことだろうか。長官の護衛が警戒するが、肝心の二人は意に介していない。
「これが例の制御装置だ。異世界に限り君の意志で着脱が可能だ」
「……いいのか? こういっちゃアレだが俺は半年前まで逢魔にいたぞ」
「君の場合、逢魔に所属してから活動期間が短かったおかげで、重い罪を犯していないからな。日本に来たとき、魔人化をこちらの判断にゆだねるだけで問題ないと決定した」
「話がわかるおっちゃんだわ。さんきゅーなー」
「海老澤さん、あとで話があります」
最低限上司に対する言葉づかいを注意しないといけないだろう。でも逢魔でも似たような流れに何度もなっていた気がする。サブローはとても気が重かった。
「それでは外に出ようか。父上の知り合いが王との面会までこぎつけてくれ……」
「国王陛下! 一大事でございます!!」
遊び人のパルさんという設定が崩壊して彼は不機嫌な顔をし、息を切らせて近づく衛兵を睨みつける。しかしただならぬ雰囲気の兵は気づかずに話を続けた。
「余は王ではなく遊び人の……」
「封印された魔人が目覚め、ヒュエナが全滅したそうです!!」
パルミロの表情が真剣味を取り戻し、「詳しく話せ」と短く返した。衛兵は頷き、後をついて来てほしいと懇願する。
「勇者たちもついて来てはもらえぬか?」
「もちろんです」
サブローは答え、その場にいる全員がそのまま移動した。
転移の祭壇の入り口で全身傷だらけの兵が治癒魔法を受けながら、膝をついて臣下の礼を取ろうとする。王はそれを止めて報告を優先させた。
「はっ、はい……。どういうわけか神殿から八体の魔人が現れ、ヒュエナは蹂躙されてしまいました……」
「八体だと? 七体ではなく、八体なのか?」
「神官長殿が言うには一体だけ、見慣れない魔人が存在していたとのことです……!」
「まさか、そいつがアネゴたちが頑張ってやり遂げた封印を解いたのか!」
創星が我を忘れて前に出るのを、サブローは押しとどめた。まだ話は終わっていない。
「しかしどうやって神殿の最奥にたどり着いた? あそこは神殿内部で転移するしか移動方法はない。無理やり破壊して入ろうとすれば部屋ごと埋もれる作りになっているはずだ」
「それが……見慣れぬ魔人がウナギを模した魔人だったので、水路を使われたのではないかと……」
「あの複雑怪奇な水路をたどり切ったというのか? 魔人というのは恐ろしい……」
王の顔に焦りが見えた。話を聞いてサブローは黙っているわけにもいかず、グッと拳を握りしめる。
「ヒュエナという都市はどの方向になりますか?」
「やる気になっているのはありがたいがしばし待つがよい。まだ話は終わっておらぬ。そなたはどうにか逃げおおせて、そのことを伝えに来たというわけだな。後で褒美を取らす。ゆっくり身を休めるがよい」
「……いいえ、違うんです、違うんです!」
男は一度叫んでから泣き崩れた。治療師がしっかりするように呼び掛けるが、嘆きは止まらない。
「たしかに神官長にこのことを報告するように言われ、“我々”は出発しました。しかし、追いつかれました……追いつかれたんです!!」
恐怖を思い抱いたのか彼はガタガタと大きく震えた。
「街を蹂躙していたはずなのにあっという間に追いついた魔人は、我々の部隊をなぶり殺しにしながら私に言ったんです。『このままでは面白くない。わざと逃がすから王族に危機を伝えろ。お前が首都ドライアにたどり着いてからそう遠くない時間に我らは襲い掛かるぞ』と!」
恐怖とともに吐き出された言葉が一段落すると同時に、首都の西門から火柱が上がった。自己主張の強い連中だが、今は助かる。
「長官、国王陛下、僕たちはあそこに向かいます!」
「…………頼む。西門の近くの神殿にはクルエたちもいる」
「国王陛下のことは任せろ。万が一こちらに現れるようなことがあれば時間を稼ぎつつ、連絡を入れる」
長官の頼もしい宣言に後押しされて、天使の輪を展開したミコの腕に掴まった。海老澤、ナギも同様にミコやフィリシアの世話になっている。
「セス、ディーナ。キトシとともにパルミロ様を頼む」
「は、はいー」
「任せろ、ナギ」
「旦那たち、こっちの面倒は俺も見る。だから遠慮なく暴れてきな」
親衛隊とゾウステの返答が頼もしい。フィリシアとミコは魔人と戦えるメンツを抱えて西門へと飛んだ。
「みなさん、急ぎます!」
「加減なしだから気をしっかり持ってよね!」
言葉通りに遠慮なしのGが身体に襲い掛かる。けれどもナギも海老澤も、もちろんサブローも苦にすることはない。その程度耐えられるメンツだ。
ミコが背負うリングが炎の尾を引いて空を駆け続ける。目標に近づくにつれて人々の悲鳴が聞こえ、サブローの胸は張り裂けそうだった。




