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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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九十二話:目覚める七難八苦



 ナギたちは食後の運動しに出ていき、引き続き食堂に残るのはガーデンの三人と海老澤、そしてゾウステであった。仕事の話をすることになり、手始めにドローンを起動させる。


『エビやん! おひさーッス!』

「おお、ケンちゃんよ。元気そうだなー!」


 動いたドローンを抱きしめながら海老澤は毛利との再会を喜んだ。魔人なんかより人と仲良くしていた男である。サブローを含めて三人で飲み明かす約束を勝手にしていた。


「それで海老澤さんの扱いはどうなりましたか?」


 先に報告は済ませてあるので、今回結果を教えてもらう約束になっていた。


『きっちりガーデンに所属させることが決まったッスよ。隊長の前例があるのが効いたッスね』

「ガーデン所属か。あの堅苦しいところにいるのはだいぶ不満だけど、仕方ないか」

『その辺ちゃんとフォローするッス。エビやんなら大歓迎ッスよー!!』

「いつもすまないね……」

『お父ちゃん、それは言いっこなしですよ……』


 時代劇のお約束なやりとりをしてから海老澤はグッと親指を立てた。ミコは頭が痛そうにしている。思った以上にやかましいのだろう。サブローはすっかり慣れていた。


『それと隊長、長官が水の国と交渉することに前向きッス。段取りを整えて欲しいそうッスよ』


 サブローは了解の意を伝えた。こちらとしても望むところである。こまごまとした意見を毛利と交わして調整をする。


『こんなところッスかね』

「まあだいたいは。後はまとめるのをお願いします」


 毛利が返事をしてドローンが大人しくなる。サブローは電源を切って荷物に持ち込むだけという段階で、肩を叩かれて振り返った。


「サブロー、倍にして返すから金貸して。ちょっと遊んでくる」


 その場にいる全員に呆れられながらも、海老澤は堂々と言い切った。




 ガーデンの長官が国王パルミロと会談するのは五日後となった。

 王族としての仕事はそれまで片づけておくので好きに水の国を見回ってほしいと言われ、サブローは暇を持て余していた。いざというときはノアに用事を言いつけるように言われている。ただ、これはついてくるクルエの相手もしてほしいという意味も含んでいるだろう。


「あのバカ魔人はいない? いない!?」

「おひい様、はしたないことを口にしてはいけません」


 一同に貸し与えられた大部屋で、クルエは海老澤を警戒しながらノアに付きっきりであった。なんとなく侍女を独占している姿を自慢したいのではないかとサブローは考える。

 遊びに出かけたことを伝えると、クルエは少しつまらなさそうにノアから離れた。


「じゃあフィリシア、ミコ、わたくしの相手をしなさい!」

「かしこまりました、クルエ様」


 フィリシアとミコを独占しながらも、時折挑発的な目を向けてくる。あれはあれで甘えられているのだろうか。施設でも似たようなことがあったとき、構った方がいいのかいつも悩む。

 かまっても放置しても、どっちの対応でも失敗したり成功したりまちまちだ。人の心は秋空のように移り変わりが激しい。


「ハァ、おひい様は本当に……皆さん申し訳ありません。礼儀作法の教師に来ていただく少しの時間だけ、相手をしてもらえませんか?」

「私たちでよければ」


 ノアは嬉しそうにするクルエを見送ってから、サブローに頭を下げる。


「カイジン様方の都合もあるのにお二人をおひい様に付き合わせていただいて……」

「二人も楽しそうですし問題はありませんよ」

「本当、いつも迷惑をおかけします。そういえばもう一人の魔人……エビサワ様はどこに出かけたのですか?」

「遊戯区画です。ゾウステさんも一緒ですし、居場所はいつでも特定できます」


 仕事に使っているタブレットで海老澤の居場所は特定できた。彼につけてもらっている制御装置のおかげである。きちんと本人に同意を取っているため外すこともないだろう。

 ガーデンからの指示は特にないので本人の意思で自在に外せるように設定してある。ただ、海老澤は束縛されるのを嫌うので、そのことを毛利がしつこく言い含めた可能性が高い。

 そうなると異世界ならともかく、日本ではどうなるかわからなかった。慎重に確認しておいた方がいいだろう。


「それにしても勇者に選ばれたカイジン様はともかく、エビサワ様も伝説に伝わる魔人とは違うのですね」

「アニキとエビサワってのが特殊だと思うぜ。魔王はたいがい自分の好みで魔人化させるからな」

「まあ僕や海老澤さんの場合はやむを得ずというか、兄さんという脅威が居たのが大きいです」


 イチジローが手を出しにくい相手ということで魔人にされたサブロー。A級魔人になる素質を見出され、戦力として性格は二の次にされた海老澤。

 他にも気まぐれと技能を見込まれて洗脳された仲間たちなど、少数派であろう。恩義を感じて魔人になった鰐頭もその辺に分類される。


「つーかアニキも強いけどあのエビサワってのは輪にかけて強いのに、さらに強いのかお兄さん。ドンだけだよ……」

「同等に強い人があと二人いましたよ。片方は亡くなりましたけど」

「ドンだけだよ!!」


 創星が驚愕に怒鳴り倒す。サブローとしても頂点にいるあの三人は雲の上だ。


「お詫びですが、水晶彫刻の展示場への招待券をお渡ししておきます。後でお二人を誘って向かわれてはいかがですか?」

「あの恋人に人気とかいう……よろしいのですか?」

「おひい様をよくしてもらっていますのでせめてものお礼です。順番待ちの多い水晶の大樹への立ち入りを優先させてももらえますので、以前から見物したいと仰っていましたフィリシア様も喜ぶでしょう」


 それはいい話を聞かせてもらった。彼女が喜ぶというのならサブローはありがたく頂戴する。ノアに礼を言って招待券を受け取った。


「それと魔人であるサブロー様には興味深いものが置かれております。レプリカになりますが」

「レプリカ?」

「見ればすぐにお分かりになるかと。特に創星様には懐かしいものとなるでしょうし」


 創星は思い当たることがないらしく刀身を傾けていた。向かってからの楽しみで良いだろう。ノアと互いにほほえみを交わしていると、それに気づいたクルエが過敏に反応した。


「ちょ、ちょっと! まさかあんたもあのバカ魔人みたいにノアを狙っているわけじゃないでしょうね!」


 クルエが慌てて割って入ったので、安心させるために優しく首を横に振る。もっとも誤解は解けずに警戒され、教師が来るまでの自由時間を奪ってしまい申し訳なく感じた。




「私たちもちょうど誘おうと思っていました」

「先を越されちゃったね」


 招待券の話をすると二人は複雑そうな顔をする。初耳だったのでサブローは驚いた。そんなに行きたかったのだろうか。


「まあいいや。誘ってくれるならちょうどいいし。男一人に女二人って浮くかな?」

「貴族の方も来ますし、そういった方々は複数の女性を連れていくことも多いので、そこまで目立たないかと」


 それはサブローにとってもありがたい。異世界の人間ということでただでさえ目立つので、ことさら浮いているような状況はなるべく避けたかった。

 招待券の使用期限は特に記載されていない。王族用の特別な代物のため、いつでも使えるとフィリシアが説明をした。

 ならば特に急ぐことはないのだが、期待している二人を待たせるのも悪いので早めに使うことにする。そのことを伝えると今日さっそく向かいたいと希望された。

 ノアに伝えると部下である騎士を一人付け、船を使って向かうことを勧められる。若いが鍛えられた肉体を持つ騎士が鯱張った態度で挨拶をした。


「勇者一行と同行出来て光栄であります!」


 ナギならともかくサブロー相手に珍しい態度だった。気を楽にしてほしいと望んでも彼は丁寧な態度を崩さない。真面目な性格のようだ。


「遊びに行くのに付き合わせて申し訳……」

「気になさらないでください。いずれこの国に訪れる一大事に対応してくれると聞かされています! 気晴らしに付き合う程度苦でもなんでもありません!!」


 もともと声が大きいタイプなのか耳が痛くなるほどの声量で答えられた。よく観察するとその態度に恐怖はなく、尊敬する気持ちが見られた。サブローは心当たりがないのでしきりに頭をひねった。


「自分、カイジン様が闘技場で戦う姿を目撃しております。長期休暇の旅行で目にすることができたのですが、その試合内容にいたく感銘を受けております!!」


 まぶしいくらいまっすぐ好意をぶつけられてサブローは戸惑った。フィリシアとミコは嬉しそうにしている。

 暇な時に訓練つけてほしいと頼まれて、サブローはたどたどしく請け負った。



◆◆◆



 神聖都ヒュエナは水の国内で特殊な地位にある都市であった。

 街の中央には巨大な神殿が置かれ、一部の人間しか訪れることのできない封印の間には、最悪の魔人である七難を封じた水晶の柱が並べられていた。

 七難と呼ばれた魔人の力はすさまじく、五百年前の初代勇者たちでさえも倒しきれず、封印をするしか手段がなかった。水の国の創始者である女王が封印の儀式を使い協力したことは伝説に刻まれていた。

 いつもは神官が厳かに構えている神殿の最奥でむせかえるような血の匂いが充満する。


「ちっ、面倒くせえ。首領に指示された場所はここでいいよな?」


 並ぶ七柱を前に電気ウナギの魔人はぶつくさ文句を言う。ここに潜り込むまでの間に勘付かれるような虐殺や強姦は固く禁じられ、その上侵入するにあたって複雑な水路を潜らされたため機嫌が悪い。地上からの出入りは専門の血族しか使えない転移の魔法陣しかなく、まともに入るには水中を自在に移動できる魔人でないと不可能だった。

 彼は焼け焦げた死体を踏み砕き、スクロールという魔法の封じられた紙を広げて前に向けた。


「たしか……オン、でよかったんだっけ?」


 確かめるようにつぶやいただけなのにスクロール反応して眼前を爆破させる。建物全体震え、電気ウナギの魔人は状況についていけずにポカーンとなった。


「し、知らねえぞ。これを使ったら爆発するなんて、俺は知らなかった――――」

「無責任だのう。こんな熱烈なラブコールを送っておいて」


 耳元でささやかれた爆破犯は思わず後退った。瞳に危険な光を宿した初老の男が値踏みするように佇んでいた。


「ラセツは相変わらずイタズラ好きね」


 女の声がして振り返ると炎が吹きあがる。炎の中心に居た女は艶やかな黒髪を持つ整った顔立ちをしていたため、電気ウナギの魔人はつい口笛を吹いてしまう。その後、間をおかずに衝撃に吹き飛び、無様に地面を転がった。


「ミズ、私たちを蘇らせた恩人なんだから殺しちゃだめよ」

「……姉さんに色目を使った」


 ミズと呼ばれた巨体の男は淡々と口にした。魔人かもしれないとはいえ、人のまま電気ウナギの魔人――技電宇名(ぎでん うな)をここまで吹き飛ばすとは信じられない。


「ハッ、相変わらずのシスコン野郎だな。ヒお姉ちゃんに夢中でちゅー、ってか。お前も災難だな」


 下品そうな男が手を差し出してきたので技電は素直に掴んだ。その様子を見て相手は笑みを深める。


「助けると思ったか? ハッハッハ!」


 男はそう言い放ち腹を蹴りあげた。さすがに理不尽すぎて技電は怒り、電撃を放つ。敵は無防備にも受け入れた。


「んっん~。肩こりに効くな。なら生かしてやるか。上下は叩きこむがな!」


 次の瞬間には技電の頭に踵を叩きこまれ、床を舐めさせられた。シカを模した兜をかぶる魔人に変化した男はぐりぐりと頭を踏みにじる。A級魔人に似た印象を持つものの、穏やかそうな姿と違って凶暴な男に恐怖を抱く。


「……うるさい、アッキ。起きたばかりで不愉快」

「相変わらず人嫌いかトウジョウ」


 両膝を抱えて座るトウジョウと呼ばれた少年が疎ましそうな視線を周囲に放った。そこから少し離れたボロボロの法衣を着た男が物憂げな顔で黒こげの死体を見つめる。


「幾年経ったかは分からぬが、まだ世界には悲しみが満ちていると見た。我欲にまみれた人々……神は救ってはくれぬ世の中だというのに。解放……人を苦しみから解放せねば、世界を壊さねば」

「オンゾク、お前は封印から解けてもまたそれかよ」

「無辜の神の徒の次はお前たちだアッキ。キサマらが一番我欲に捉われ、苦しみに満ちている」

「相変わらず会話にならねー。これだから神が確認されていない宗教にハマった奴は……」


「あ――――――――ッ!」


 あまりの大声にその場の全員がギョッと叫んだ女に視線を集めた。ヒと呼ばれた女とはまた別の美しさを持つ女である。

 しかし白い髪を振り乱し、赤い目を限界以上に見開いたその姿は恐怖しか呼び起こさなかった。


「どうしたよ、カセ」

「思い出せない! あたしの大事な人の名前、思い出せない!!」

「思い出せないって……あの女勇者か。名前は…………あれ? 本当に思い出せないぞ!?」

「ふーむ、どうやら長きにわたって封印されたようだのう。昔の記憶の大部分があいまいになっとる。まあカセ以外問題はなかろう」


 ラセツはそうまとめ、技電の顔を無理あげて見下ろした。


「さてさて、この新人をどう可愛がったものか」

「肩こりに効くから生かしてもらわないと困るぞ」

「殺す。姉さんに近づけない」

「およしよミズ。でもあんまり生かしておく必要も感じないわね」

「……どーせ魔王様のつかいでしょ。面倒くさいことを言いつけられる前に殺そうよ」

「おお、苦しみを抱く少年トウジョウよ。そして新たな魔人よ。そなたらも世界の苦しみから解放せねば!」

「思い出せない! 思い出せない――――ッ!!」


 七人の魔人たちが口々に好き勝手喋り倒す。技電はどうにか人の姿に戻り、懐から紙を取り出した。


「こ、これを。首領……魔王様からの手紙です」

「手紙なんて殊勝なことするようになったのね。燃やしちゃう?」

「まあ待て。内容を確認してからでも遅くはあるまい。新たな強者と戦える機会があるかもしれないしの」


 ラセツは好戦的な笑みを浮かべて手紙に目を通した。読み進めていくうちに顔の喜色がどんどん強くなっていく。


「ほう、興味深い!」

「どうしたよラセツのじいさま」

「なんと今魔王城にはわしら全員を合わせても勝てぬ魔人がおるらしい!」


 ラセツの言葉で他の六人の魔人が殺気立つ。面倒そうにしていたトウジョウや、世の中を憂いるオンゾクでさえも。


「大きく出たな魔王様。何年経ったかわからねーけど、俺たち以上ねぇ。あの姫様以外にいるんかね?」

「確かめに行くしかあるまい。嘘をついていたのなら……魔王様を殺して我らが天下を取るのもよかろう」


 全員がうなずく。話を聞いていた技電はとんでもない連中を蘇らせたのではないか不安になった。


「さてさて、その前に寝覚めの運動と行きたいが……おぬしこの街の住民を皆殺しにしとらんかのう?」

「ま、魔王様からあんたらのために残しておくように言われたから、その通りにした」

「よい、よい。さすが我らのことをよくわかっていらっしゃる」

「ヒャッハー! 久しぶりの狩り放題だ!」

「あーあ……うるさくなるよ」

「救済! 人々の魂に安寧があらんことを」


 ぞろぞろと外に向かっていく七人に、技電は首根っこをつかまれて引きずられながらついていった。恐ろしいほどの貧乏くじを引かされた予感がしながら、いにしえの魔人たちの行動を見届けた。



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