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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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九十話:変人奇人そして魔人



 すぐにフィリシアたちが呼んだ騎士団が駆けつけてきた。創星が魔人の気配をかぎつけた段階で呼び出し、クルエを船に戻すために預けてからカジノに足を踏み入れたとのことだ。

 その際に姫にディーナだけをつけて、フィリシア、ミコ、ナギの三人が創星とともにサブローたちと合流したという形だ。


「サブロー、それガーデンの制服だよな?」


 騎士が厳重に周囲を固めて連行するように進む道中、海老澤は隣にいるサブローに興味深そうに話しかけてきた。


「逢魔を倒すために所属しました。日本と行き来していますし」

「逢魔を倒すため? ……洗脳が解けたのか?」


 サブローが肯定すると彼はカラッとした笑顔で祝福し始める。


「そいつはよかった。これであんなつまんねー逢魔にいる必要もなくなったわけだな。清々する」

「オーマにいる必要がない? あんた魔人だろ。仲間意識とかないのか?」

「冗談。わけわかんねー世界に連れてきたと思ったら、魔王とか痛いことを言い出して付き合いきれんわ。サブローが召喚されるかもしれないから、一応籍は置いていたけど、洗脳が解けたってなら一緒にいる義理もないね」


 ゾウステに手のひらを振って返した海老澤は、微塵も後悔を見せずに言い切った。魔人の中では割と新参な方の彼は浮いており、同じく浮いていた洗脳組と仲良くなった。とは言っても、当時生き残っていた洗脳組の魔人はサブローとサンゴだけだったが。

 フィリシアがなぜか嬉しそうにしながら海老澤に話しかけた。


「ではサブローさんの味方になってくれるのですね!」

「味方というか……」


 なぜか海老澤は複雑そうな視線をサブローに向けてきた。その意味を理解できずに眉根を寄せる。


「サブローだけは敵に回したくないな。本当……」

「僕に何十回も勝っておいて、それはどうかと思います」

「はあ? まともな状態のお前と訓練やったのは十回くらいだぞ」

「あれ、そんなに少なかったですっけ? で、ですがそれでも海老澤さんの方が勝った回数は多いはずです」

「三回負けたわ。しかも勝った七回もだいたい辛勝……やり合って身体の一部どっか持っていかれるとか俺は嫌だぞ」


 うんざりした視線を向けられてサブローは衝撃を受けた。


「わたしはサブローとの再戦をしたいと思っているが、あのやりにくさは避けたいと思う者も出てくるのだろうな」

「なんだ、オーエンはこいつとやり合ったんか? てかもっかい戦いたいってドンだけ戦闘狂だよ。俺は勘弁だわ」

「嫌なところをついてくるが、サブローは気持ちのいい戦い方をさせてくれる。しかしエビサワ……お前の“灯り”はなんとも判別がつかん」


 ナギは海老澤本人にはあまり興味を示さなかったが、不思議そうな顔はしていた。理解できないという顔をした海老澤のために『聖捌』の説明をする。


「はー、魔法ってよーわからんな」

「ナギ、そんなに彼の“灯り”は特殊なんですか?」

「特殊というか……大きさも鮮やかさも特に目を惹くものはない。悪人ではないと思うし、善良寄りではある。ただ、普通の人間だと断じるには形が変だ」


 よって特に興味は持てないが、結論がつかないとナギは感想を述べた。質問をしていたセスは複雑そうな顔をする。ナギの目を信頼しているため、海老澤に対してどういう感情を抱けばいいのか判断がつかないのだろう。

 サブローは彼と一年程度の付き合いではあったが、組んでからは四六時中行動を共にすることが多かった。海老澤が言うには退屈しないからだそうだが、多くの時間を共有した割にいまだどういう人物か謎が多い。


「女の心理テストに付き合っているみたいで背中がかゆくなる話だな」

「同意を求めないでください。こちらはそのおかげで結構苦労したんですよ」


 ふざける海老澤に抗議しておく。ナギの獲物を狙うような視線を背中で感じ、うすら寒くなった。


「しかしこれでサブローへの借金が増えた」

「借金…………もしかしてサブローさんが三百万円を貸している相手というのは……」

「フィリシアさんの予想通り彼ですよ」

「三百万? 五百万の間違いじゃないの?」


 海老澤がしれっと訂正したので、フィリシアの眉の角度がどんどん吊り上がっていく。金額を少なく言われたと怒っているようだ。サブローは慌てて正しに入る。


「いや、僕が貸したお金は全部で三百万のはずですよ! 記録もつけていましたし……」

「賭けの勝ち分を入れていないだろ。なんでお前強いんだよ。訳が分からねぇ」

「それで思い出した。カイジンの旦那にしばらくメシを奢らないといけないんだった。あんたも被害者か」

「災難だったな。こいつ賭け事にめっぽう強いくせに、基本乗り気じゃないから腹立つわー」


 数秒前まで警戒していたゾウステが一気に海老澤と打ち解ける。ダシに使われたサブローとしては複雑極まりない。

 しかしこれでサブローは嘘をついたわけではないとフィリシアに主張できる。彼女は渋々と納得はしてくれた。


「それにしても五百万全部が賭けの負け分なの?」

「せっかくチップを払っているんだ。つぎ込んだ分見返りが欲しいもんさ。今日負けても明日勝つかもしれないしな!」

「だ、ダメ人間……」


 ミコがあきれ果ててサブローを心配そうに見た。あれは付き合う相手を選べと言いたいのだろう。


「これでも魔人の中ではまともな人なんですよ」

「これでもって……もっとオブラートに包んでくれや」

「いまさらそういう仲でもありませんし……あ、ケンちゃんもガーデンにいますよ。今組んでいますから後で連絡取らせます」

「お、マジか。いつもの三人がそろうな。飲みに行こうぜ飲みに」

「酔えないでしょう」

「別に酒は酔うためだけにあるもんじゃねーよ。味わうためにあるんだおこちゃま舌」


 にひひ、と悪戯っぽい笑顔で海老澤はからかってきた。そういえば仲間内でサンゴに次いで酒に付き合わされた相手だった。こちらが未成年にもかかわらずだ。

 緊張している騎士団も海老澤との間の抜けた会話に脱力していく。警戒しても無駄な相手というものはいるので、彼らも慣れてほしい。

 半日ぶりにサブローの腰に収まってご機嫌な創星が仲間に加わる。


「アニキ、魔王連中がどうしているか聞いたらどうだ?」

「それもそうですね。海老澤さん、逢魔の様子を聞かせてください」

「俺、半年近く前の連中しか知らんぞ」


 意外な事実にサブローたちは驚きを示した。それではゾウステの方がよっぽど情報を持っているくらいだ。


「なんでそんな真似を?」

「んーと鷲尾と斉藤、覚えているか?」


 当然だ。サブローだけでなくフィリシアも反応したが、海老澤は気づくことなく続ける。


「あいつらと一緒に魔人を召喚する魔法陣を確保してこいって言われたんだよ。けど途中で斉藤が村襲おうとするわ、鷲尾が口うるさいわで付き合っていられないから逃げてきた」

「……そのまま向かっていれば魔法陣で召喚された僕と合流していたんですよね」

「マジで!? あーそいつは悪かった。ついていけばよかったわ」


 海老澤が謝り倒す。その横でフィリシアが胸を撫で下ろしているのをサブローはちゃんと気づいていた。

 海老澤の性格上、虐殺や無駄な殺戮に手を貸さずに止めようとするとは思うが、言って聞くような相手ではない。大方斉藤に注意しているうちに面倒になって離れたのであろう。相方だけに簡単に想像がつく。


「ってーとエビサワの旦那からは有益な情報を得られないってことか。あいつら囚人を魔人化させていたぜ」

「こっちの世界の魔人はあんまり強くないとか愚痴っていたわりに結局やるんだな。まあピートもやる気ないし当然か」

「…………彼の目的から遠いですもんね、ここ」


 話題のピエトロ・センチは海老澤と同じA級魔人の一人だ。元はガーデンの隊員でイチジローの同期であったが、とある目的から裏切り逢魔についた。

 こういうと酷い人物のように見えるのだが、律儀にガーデンに退職願いを出してから逢魔に来た天然である。目的以外は本当に興味が薄く、逢魔の首領や世界征服もどうでもいいという変人だ。

 そのことを彼を知らない人物に簡潔に説明し、微妙な顔をされた。おそらくこの世界にいる魔人で最大の障害になる男の話なのに、気が抜ける情報しかないので仕方ないのだが。

 一段落ついて、海老澤は先ほどから気にしていた創星のことを質問してきた。


「しかしなんだその剣。呪いの剣か?」

「失礼な奴だな! オレはアニキを勇者に選んだ創星の聖剣だ!」

「ぶっ! 勇者!? サブロー、お前勇者になったの!!」


 急にはしゃぎだす海老澤にサブローはいやいや頷いて肯定する。満面の笑顔の彼はバンバンと痛いほど背中を叩いた。


「なんだ見る目あるな剣。ぶふーっ、似合っているぞサブロー。いや、勇者様!」

「バカにするようならここで殴りますけど? 今の僕は空も走れますからね」

「そこは飛べるじゃないのか!?」


 などと海老澤と小学生のようなやり取りを交わして桟橋へとたどり着く。ミコやフィリシアはすっかり呆れ顔で相棒とのやりとりを見ていた。

 どうにも海老澤は仲良くなった相手を童心にかえらせるなにかがある。子どもっぽいやりとりが不快にならない得する性格をしていた。

 緊張感のなくなった一行が桟橋に待機する川船にたどり着くと、クルエが一目散にフィリシアに抱き着いた。


「遅いじゃない!」

「クルエ様、ただいま戻りました」


 ディーナが「大変でしたー」とナギに頭を撫でてもらっているのをしり目に、クルエはミコも引き寄せて満足そうにする。そのまま王女はサブローに挑発的な目を向けてきた。


「二人はわたくしの相手をするの。あんたはすみっこにでも行っていなさい」


 舌を出して独占するためにサブローを遠ざけようとする彼女の姿につい微笑ましくなってくる。サブローが「はい」とだけ明るく答えて距離を置こうとした時、海老澤は不思議そうに彼女に近づいて無遠慮に眺めた。


「サブロー、なんでガキがいるんだ?」


 見知らぬ相手を前にしたせいか、クルエはひるんでフィリシアの後ろに隠れてしまった。その対応に若干傷ついた顔をして海老澤は手を前に出す。


「とって食ったりしねーってチッチッチッチ」

「猫じゃないんですよ!?」


 アホな対応に突っ込んでいると、船でクルエの護衛についていた騎士が剣を向けて離れろと忠告する。魔人と知っている騎士が顔を青くするが、海老澤のとった行動はたしかに王女相手の対応ではない。


「キサマ、このお方をどなたと心得ている!」

「時代劇でしか聞かないセリフを言われるとは……まあお嬢様っぽい雰囲気だけども」

「この国のお姫様ですよ」


 サブローが補足すると彼はしきりに感心する。


「生姫様なんて初めて見たわ。こわくないぞー」

「キサマッ!」


 さらに怒鳴りこもうとした騎士の剣をさっと海老澤はかすめ取り、逆手に持ちながらへらへらして続けた。


「いやお兄さんが怒るのも仕事だから仕方ないけどさ、意味ないよ。なにせ……」


 海老澤はその身体を魔人へと変えた。線の細い優男のシルエットが一転、巨山のような印象を与える大男へと変わる。

 ゆうに二メートルを超える恰幅のいい黒い鎧武者姿の魔人が現れた。エビの意匠を持つ兜の瞳の部分が妖しく光る。

 彼が人の身であったころは立派だった剣が、魔人の姿ではマッチ棒のようで頼りない。黒い魔人はそのまま騎士の剣を自らの身体に突き刺し、刀身を砕いた。


「このとおりの有り様だからな」


 言いながら人の身に戻って、尻もちをついている先ほどの騎士の前に折れた剣を投げた。サブローはため息をつき、制御装置を外したままの姿勢で注意をする。


「あまりそういうことは感心しません。僕はあなたとはやり合いたくないのですが」

「それはこっちのセリフ……あれ? お前魔人の気配が戻っているぞ」

「普段はこれで消しています。魔人の力を封じることにもなりますが、お一ついかがですか?」

「あの鬱陶しい逢魔連中に追われないってのは便利だな、後で一つ頼むわ。けどサブロー、お前も知っているだろ。俺は舐められたままってのは我慢できないって」


 獰猛な獣の笑みに剣呑な雰囲気が満ちる。サブローだけでなくナギやミコも臨戦態勢を取っていた。

 その状況に気づいているだろうに、海老澤はいつもの人懐っこい笑顔に戻って、眼前の騎士に無理やり手を貸して立たせた。


「ま、だからと言って憂さ晴らしに暴れたり、無駄に殺したりはしないって。なあ、サブロー」

「その通りだとは充分理解していますが、いまいち信用しきれないんですよね。海老澤さんって」


 サブローのぼやきに彼は「ひでえ!」と抗議した。過去の行いから当然の判断なのだが自覚がないらしい。船上の空気が変化していく中、奥で指示していたノアが慌てて非礼を詫びに来た。


「魔人の方。こちら側に非礼があり、気を悪くしたようでお詫びを申し上げます。城の方にお越しいただきましたら、心づくしの歓迎を行いますので、それで気を取り直していただけませんでしょうか?」

「それには及びませんよ!」


 急に海老澤が張り切りだして決め顔を作る。サブローはまたかと頭を抱えた。


「あなたのような美しいお方が傍にいるというだけで俺……いえ私は天にも昇るような気持ちです。今夜食事をとるというのでしたら、あなたに同席をお願いしたいのですが……」

「は、はあ?」


 急に態度を変えて歯の浮くような言葉で口説きだす海老澤に、ノアだけでなく周囲も困惑した。毛利がいれば「あのメイドさん、エビやんの好みどんぴしゃッスからね」とか言って笑いだしただろう。

 唐突な展開にフリーズしている一同の中、クルエが一番に動き出した。


「あー! ノアに近づくな!!」

「ふふ、ここからは大人の世界さ。おこちゃまはおとなしくベッドで寝んね……ぐおっ!?」


 怒りのまま突進してきた姫様の全身が海老澤の股間を打ち抜いた。剣では傷つかないと豪語した彼の身体が、情けなくも崩れて悶えている。生身でもある程度頑丈になっているとはいえ急所は急所のままだ。むしろクルエの一撃を受けたことに油断しすぎだと呆れかえった。

 その大金星を果たした少女は悪をたおしたと言わんばかりにノアとの間で仁王立ちし、フンスと鼻息を荒くして海老澤を見下ろした。


「ノアはわたくしのなの! 手を出したら許さないんだからね!!」

「お、おひい様……」


 ノアがジーンと感動して窘めるのも忘れていた。クルエに恐れられているだけではないのかという不安は見て取れたので、今はとてもうれしいのだろう。

 そんな空気も読まずに、股間を抑えた情けない格好で立ちあがった海老澤は顔を突き付けた。


「おまっ、やっちゃいけないところってあるんだぞ! ふざけんなっ!!」

「ふざけているのはそっちでしょう。わたくしのノアに汚い手で触らないでよ!」

「汚くないわい! ちゃんとトイレの後で手を洗って……洗ったよな?」

「汚いじゃない! もう、これ以上近寄ったらバリア張るからね! 精霊王の加護つきなんだから!」

「んだとこのガキャァ! お姫様だからってちやほやされると思ってんじゃねーぞ。このバーカ!」

「バカ!? バカと言った方がバカだもん。このバカ魔人! バカバカバカバカ!」

「言いやがったな! ふざけんなバーカバーカバーカ…………」


 際限のない言い争いが始まる。先ほどまでの針を刺すような緊張感はどこへ行ったのやら。すっかり弛緩した空気の中、騎士もそれぞれの立ち位置に戻って仕事をこなし始めた。

 ミコがサブローの隣に立ち、大の大人が子どもと言い争っている姿を見て口を開く。


「サブ、付き合う相手は選んだ方がいいよ」


 今度は口に出されたそれを、サブローは言い返す気力もなく曖昧に笑うしかなかった。



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