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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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八十四話:わがままお姫様



「おう、カイジンの旦那もきたか」


 甲板に出ると空を見上げていたゾウステがこちらに気づいて寄ってきた。周囲の人だかりもみんな珍しそうに一点を見上げている。

 サブローの視界も宙から降りてくるペガサスの姿を捉えていた。真っ白い馬が翼を広げて舞い降りる姿は幻想的であった。背に二人の女性を乗せており、サブローは違和感を感じた。

 話に聞いたところ飛空騎兵はその名の通り訓練された兵士が乗るものだと解説を受けていた。しかし今船に降り立とうとしているペガサスを乗りこなすのはいわゆるメイドであった。

 豪華なドレスの少女が相乗りしていることもあってサブローは余計に混乱する。


「フィリシアさん。飛空騎兵ってメイドさんでもなれますか?」

「なに変なことを言い出すので……メイド? まさか!?」


 フィリシアに思い当たる節があるのか人だかりをかき分けていく。サブローも後を追い、文句を言おうとして固まる人波に謝りながらフィリシアを追った。ついでにゾウステはこの人と人の合間を縫ってついてきている。さすがの一言しかない。

 人垣を抜けると呆れ顔の船長が着陸するペガサスを迎えていた。


「私の船にようこそ……と歓迎したいところですが、急にペガサスで乗り付けるのは感心しませんね」

「申し訳あ……」


「なにを言っているの! このわたくし、第四位王位継承権を持つクルエ・リスベツ・ウンディを出迎えられることを光栄に思いなさい!」


 気の強そうな水色の目を持つ幼い王女はそう言い放つ。青みのかかった銀髪と平坦な身体を包むドレスがひらひらと靡いていた。

 年齢はマリーに聞かされたので知っている。クルエは彼女の五つ年上、十三だと聞いていた。


「船長、高貴なるわたくしに対して態度が失礼だと思わないかしら? 頭を深く下げて無礼を詫びるというのなら、受け入れてあげなくも……」

「許可のないお方はたとえ王族といえど困ります。王女殿下はこれが初めてではありませんし」

「うちのおひい様がご迷惑をおかけして申し訳ありません。船長、こちらが乗船許可証です」


 この場で一番地位が高いであろうクルエの発言をぶった切る形で船長とメイドが話を進めた。


「珍しいですね。今回は事前にうちの組合に許可を取っていたのですか。はい、確認しました。乗船を許可します」

「乗船の許可、深く感謝をいたします。今回は言い出すのが予想できたので早い対応が可能でした」

「予想ですか? それはなんでまた……」

「ちょっと! ノア、なんでわたくしを無視しますの!?」

「おひい様がお話になるとややこしくなりますので黙っていてください。これは大人の話ですから」

「で、でも、わたくしは第四位王位継承――――」

「おひい様、国王陛下からあなたが国民、および周囲の人間に権威を振りかざすことがあるのなら、厳しい対応をして構わないと仰せつかっているのですが?」


 うぐ、とクルエがひるむ。船長といいこのメイドといい塩対応すぎないだろうかとサブローは不憫に思った。事実王女と呼ばれている少女は目の端に涙をためながら頬を膨らませてメイドと船長を睨んでいる。その程度の抗議しかできないらしい。

 いたたまれなくなっているサブローの隣でフィリシアが顔を綻ばせ声を張り上げた。


「クルエ様! お久しぶりです」

「フィリシア! あなたのご主人様が来てあげたのよ。感謝しなさい!」


 クルエはそういいながらも甘えるようにフィリシアに抱き着いた。頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。

 船長と話がついたノアと呼ばれたメイドはフィリシアに頭を下げる。


「フィリシア様、ご壮健でなによりです」

「ノアさんもお久しぶりです。まさか船の上で再会できるとは思ってもいませんでした」

「フィリシア様が無事であり、こちらに向かっていることをあるお方から教えられました。あなた様からの手紙を携えて」

「え、もう届いたのですか!?」

「少々特殊なお方ですから不思議ではございません」


 ノアは自らの主に向けていた厳しい視線をやわらげ、フィリシアに微笑んだ。サブローには心の底から無事を喜んでいるように見える。


「まっさきにわたくしのところに来なかった無礼は許してあげるわ。ノア、フィリシアを連れていくわよ。三人くらいは乗れるわよね?」

「おひい様、きちんと手紙をお読みになられたのですか? フィリシア様は遊びに来られるのではありません」

「そんなの知ったことないわよ! フィリシアはわたくしの相手をしていればいいのー!」


 クルエは母親を独占したがる子どものように縋り付いた。フィリシアは少し困った笑顔を浮かべている。


「またわがままを……」

「クルエ様、私は仕事で向かっていますからあまりお相手できないと思います。先にそのことは謝りますが……サブローさん、少しの間天使の輪を私用で使いますね」


 急に話を振られたサブローはどうぞと短く返す。後でどうとでも報告で理由づけられるだろう。

 こちらの同意を確認したフィリシアは機械の翼を解放して浮き上がった。周囲の人だかりからどよめきがあがる。


「えぇ! フィリシア、これなに!?」

「この通り今の私はこれで飛べますので、時間が出来たら一緒に空を回ることをお約束します。ですのでまずは良い娘にして待っていてください」


 なだめるように声をかけるフィリシアを前にし、クルエはうーと唸って不満を表してますます胸元に顔をうずめていく。簡単に納得はしてくれそうにない。

 フィリシアはゆっくりと彼女を伴って船に降りて機械の翼を腕輪に戻した。


「……それが報告にあった地の里を救い、クトニアの闘技場で魔物を制圧した武装ですか」

「はい。私がいま所属しているガーデンでは天使の輪と呼ばれています。……魔人に対抗するために生まれた武装ですが、まだうまく使えこなせませんので仲間を頼りっぱなしです」

「んなことありませんって。アネゴ二号の使いこなしっぷりは素晴らしい。ミコやアニキだってそう思っていますぜ!」


 いつの間にかサブローの元を離れた創星がフィリシアを持ち上げ始める。隣のゾウステがブッと吹きだしていた。

 あの聖剣は素を出すようになってから威厳が吹き飛んでいるのだが、サブローやフィリシアを前にすると輪にかけてチンピラ臭くなる。


「カイジンの旦那たちって見ていて飽きないわ」

「もう少し人前なのを考えさせるべきですかね……」


 肩を震わせるゾウステに返事をしながら、サブローはどうしたものかと頭を悩ませた。


「フィリシア、これなに? 変な剣」

「喋る剣? 創星様以外に存在をしていたのでしょうか? それにしても三下臭――――えっ!? この柄の形……失礼しました! 創世の聖剣様であらせられますか?」

「なに言っているのノア。創星の聖剣様はもっと格好良かっ……」

「静まりなさい、人間よ」


 久々のお仕事モードを発動する創星にクルエはギョッと目を見開いた。演出なのか聖剣は神々しい光まで放ち始めている。


「私は紛れもなく創星の聖剣です。主を得て自由の身となり、己を偽る必要がなくなっただけなのです。つーことで今のオレをよろしく」


 あまりの落差にクルエは驚愕を顔に貼りつけたまま固まり、ノアは辛うじて従者としての礼をとった。


「なにコントみたいなことをしているのですか?」

「いやだってアニキが空気じゃん。一の子分としては勇者であるアニキを立ててーなーって! ナギと違ってここじゃ避けられがちだしよー」


 創星の言う通り、サブローのことを認識した周囲は距離を取っていた。あれほど密集して人だかりを作っていたのにも関わらずだ。

 創世の聖剣に選ばれた勇者が魔人であることは有名な話だったため、他者に警戒されても仕方がない。船長の許可なく魔人にならないようにサインもしてあった。


「えー、この冴えない男が四人目の勇者? 地味ー」

「んだとコノヤロ……いたーい!」

「相手は王女様ですよ。失礼でしょう」


 剣先と柄の両方に力を入れて黙らせてから、サブローはクルエに笑顔を向ける。


「はじめまして。創星さんに紹介された通り、四人目の勇者になってしまったカイジン・サブローと申します」

「ふーん。まあフィリシアをパーティーメンバーにした目の付け所は褒めてあげるわ。連れていくけどいいわね?」


 クルエがさっさとサブローとの会話を打ち切ろうとしてフィリシアの手を引いた。その様子を見て侍女であるノアは血の気が引いた顔になる。


「おひい様! も、申し訳ありません、カイジン様。良く言い聞かせますので!」

「なによ、ノア。急に怯えて……」

「国王様から新しい勇者には失礼のないようにときつく言われていたではありませんか。もうお忘れになったのですか?」

「そういえばそんなこともあったわね。でも弱そうだし別にいいんじゃ……」


「お・ひ・い・さま!!」


 ノアが金切り声をあげてクルエの耳をつまんで引っ張て行く。「痛い痛い!」と抗議されるのに構わず、船内に連れ込んで姿を隠した。

 やがて言い争いをする声と、パシン!となにかを叩く音が響く。リズム良く聞こえてくるあたり尻でも叩かれているのだろうか。サブローはハラハラして成り行きを見守った。


「ノアさんのあれ、本当に痛そうなんですよね。なにせ彼女、昔は女性なのに騎士として名を馳せていましたから。クルエ様の傍につくために引退したのですが……」


 フィリシアの解説でペガサスを乗りこなす理由が分かった。


「しかしそんな人がなぜ引退を?」

「クルエ様は見た通り……なんといいますか、正直でして……」


 どうにか穏便な言い回しにしたのをサブローは感じた。あの子はナギとは違うベクトルで問題児なのだろう。


「悪い娘ではありません。けど反感を買うことも多く、そのことを心配した国王陛下が護衛兼教育係として厳しくするよう彼女に依頼をしたそうです。ノアさんはとても国王陛下を尊敬していますので、喜んで引き受けたと仰っていました」

「そうだったのですか。しかしあの態度を見た限りだと僕の体質についても知っているようですね」


 先ほどの印象を述べるとフィリシアは困ったように眉根を寄せた。


「サブローさん、クルエ様は今後も失礼なことを仰るかもしれませんが、許してあげてください。あれは悪意からというよりも……」

「フィリシアさんを独占したいから、ってところでしょうか。可愛いですね。ナナコもそういうところがありました」

「そうですか? ナナコは良い子だからそういうところを見たところがありませんが……」

「マリーによくフィリシアさんの隣を譲ってほしいと頼んでいますよ。実の妹であるあの子に頼んだ方が近道だって理解しているのでしょう。実に平和な解決方法です」

「ナナコは可愛いですね。今度帰った時が楽しみです」


 施設の妹について二人で和んでいると、存在を忘れられていたゾウステと創星がじーっと見ていた。


「なんつーか……カイジンの旦那たち、家に残した子どもの話をする夫婦みたいだな」

「そういやアニキたちは夫婦にならねーの? あーでもミコもそれっぽい雰囲気があったわ」


 一人と一振りの発言に思わずサブローは吹きだしてフィリシアと距離を取ってしまう。顔を真っ赤に染めあげて声を荒げた。


「急に変なことを言わないでください!」

「変なことつーか……全然関係が進んでいないことにびっくりだよ旦那」

「人間のつがいについてはよーわからん」


 二者それぞれの無遠慮な感想が飛び通う。フィリシアも顔を朱に染めて近寄りがたい雰囲気になっていた。若干、周囲の魔人を警戒する気配が緩んでいるというのにサブローは居心地が悪い。早くお仕置きが終わってほしいと船内に視線を向け、助けを求めた。



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