八十三話:休日での施設と現れるペガサス
二週間の船旅は順調であった。
ミコも薬と慣れでだいぶ体調を回復しており行動に支障がなくなってきた。さすがに船の上ではフィリシアを鍛えられないが、一緒に軽い筋トレくらいはしている。
フィリシアと言えば水の国にあてた手紙の行方を気にしていた。かの国の王族は精霊術一族であったが、族長同士の集まりに顔を出すかどうかは代によって違うらしい。今代の王はよく顔を出す方で、フィリシアの覚えもよかった。
なんでも風の族長である父親と仲が良かったそうだ。自然子ども同士も付き合いが出来たという。
「魔道具も使って郵送を速めましたから、こちらより先につくと思うのですが」
与えられた船の客室でフィリシアは不安そうに呟いていた。この世界の郵送は不安定だ。道が整備されているとは言いづらく、道中魔物や盗賊の襲撃など警戒すべきことは山ほどある。インナを通してシンハ教の郵送団に頼み、魔道具もつかったとはいえ確実というわけではない。
手紙が水の国に届く前に船が到着する方が早い可能性が高いだろう。
「そういえばこのあいだ休日をもらったではありませんか。その時の話なんですが……」
船旅だと報告を受けたガーデンが二回目の休日を与えたのが話題の日である。その際のことを思い出してサブローは話し始めた。
二回目もまたサブローが先に帰ることになった。そんなに女同士で語りたいことがあるのかと寂しく感じながら了承し、スケジュールをガーデンに報告する。
確認が終わってサブローが魔法陣に入り、見学していたゾウステが興奮するのを見送ってから世界を渡った。ちなみに今回は創星付きである。ここで待たせようかと迷っていると教えると、強固についてくると主張してきた。ナギがやはり聖剣は持ち主に執着するなと笑って言う。
「やっぱ簡単に行き来できるほど門が緩んでんなー」
「広場で言っていた魔人ですね。どんな人だったんですか?」
「やべ―奴。封印されたわけでもないからもう寿命で死んでいるのが幸いだな。ちょっと前に言った魔王より強い魔人」
あの話題の魔人かとサブローは妙に感心した。最強かつ世界を自由に渡れるとかどれだけ盛るのだろう。
ひとまず長官とスタッフに挨拶をし、用意されたギターケースに創星を収めて施設に帰る。途中お土産を買っていくのも忘れない。
施設の門をくぐり玄関の戸を開けるころには月が姿を見せた。
「ただい……」
「おにいちゃん、おめでとう!!」
サブローは最後まで帰りを告げられず、突進してきたマリーを受け止める。玄関で帰りのを待っていてくれたのか、エリックやタマコをはじめとした施設の家族が勢ぞろいをして口々に祝いの言葉を送っていた。
「えー……と、僕はなにを祝われているのでしょうか?」
「とぼけないでくださいよ。ぼくらの世界の勇者になったって聞かされていますからね」
ガーデンに頻繁に出入りするエリックの説明を受け、目をまたたかせるサブローの背中でギターケースが震えた。期待で目を輝かせる一同を前に怯みながらも聖剣を解放する。
「プッハー! よう、オレが噂の聖剣さまだーいたた! 痛い、アニキ痛い!!」
「子どもの前ですから鞘を脱ぎ捨てないでください。危ないでしょう」
大切な家族を前にしているのでつい刀身にかける力と言葉がきつくなる。創星も自分が悪いとわかっているのか素直に従った。
「ごめんなさいアニキ」
「聖剣……? エリック、聖剣ってこんなもんばっかりなのか?」
「いえ、もっと威厳がある存在だと見てきた人はみんなそう言っていたのですが……」
呆れるケンジにエリックが心もとなそうに答えた。まあ創星の態度には戸惑うのも仕方ない。どう説明したものか頭を悩ませていると、アレスが先に口を開いた。
「しかしマリーの姉ちゃんがサブロー兄ちゃんが勇者だ、って話し始めたときはまた兄ちゃん好きを暴走させてんなって思ったけど、マジで選ばれたか。憧れの必殺技は使ったか?」
「憧れ!? アニキ、オレを持つことを憧れていたのか!?」
そうと言えばそうなのだが、違うといえば違う。迷いの森のときは冗談のつもりだった。あいまいな態度を返すと創星はやたらテンションを上げていく。飼い主に褒められた犬のような態度で将来が心配になった。
なんて考えると聖剣の将来ってなんだろうかと自分にツッコミを入れるのだが、アニキと呼ばれていることもあって弟分のような扱いになっていた。
「なかなか便利ですよ。今日はもう遅いですし明日にしましょう。それより中に入れてください」
サブローが言うと聖剣に群がっていた家族がハッとなって中へ招いた。マリーたちに食堂で待っているように頼んで自分の部屋に荷物に置き、園長に帰ってきたあいさつに向かう。
彼女の部屋の扉をノックすると入るように言われた。久しぶりに聞く優しい園長の声に胸が温かくなる。
「ただいま戻りました、園長先生」
「お帰りなさい、サブロー。あちらでの活躍を聞いていますよ」
「そんな……ミコやフィリシアさんの方が頑張っています。それにもう一つ報告が……」
「おーす! オレが創星の聖剣だー。アニキの育て親だって聞いているぜ。とりまーよろしくしようじゃ……いでで、アニキ痛い!」
「なんといいますか、創星さんはもう少し落ち着けませんか?」
サブローが非常に残念なものを見る目で伝説の聖剣を見下ろした。初対面の園長に対して失礼すぎる。
「サブロー、私は構いませんから許してあげてください」
「園長先生ならそういうと思っていましたが、この聖剣さんは万事が万事この調子なんですよ」
おかしそうに頼む園長に対し、サブローは憮然とした面持ちで応える。創星が最初に見せた威厳はどこにやら、サブローの剣になってから株が暴落する一方である。
ひとまず園長と創星の顔合わせも済ませたので許可を取ってから部屋を出た。そのまま子どもたちが集まっている食堂へと向かう。
「おにいちゃん、こっちこっち」
サブローの姿を発見したマリーが自分の隣の席を叩いて誘う。素直に従ってサブローが腰を下ろすと、彼女はそのまま膝に飛び乗った。いつもの光景である。
「創星さん、マリーだよ。よろしくね」
「おう、よろしく。懐かれてんなーアニキ」
「付け加えておきますとこの子はフィリシアさんの実の妹です」
「アネゴ二号の!? こ、これは失礼な態度をとってしまい、申し訳ありません……」
急に勢いを失う創星に周囲の家族が不審な目を向けていた。マリーもびっくりしている。
「創星さん、おねえちゃんがこわいの? マリーもだけど……」
「あー、いえアネゴ二号が怖いというよりは、似ている元祖アネゴ……先代勇者が怖かっただけです。はい」
「報告にフィリシアさんが創星の聖剣の初代勇者と似ているという記載がありました。しかしここまで怯えているとは……」
報告書に目を通しているエリックが周りに解説をする。周囲はどう反応していいか戸惑っていた。
「アネゴって人そんなにおねえちゃんそっくりなの?」
「最初にアネゴ二号を見たときは地獄からオレをしばきに蘇ったのかとびっくりしたくらいです……」
「勇者なのに地獄行き決定なんだ……」
タマコが呆れ声でつぶやいた。先代の話を山ほど聞かされたサブローとしては納得いくようないかないような、複雑な気分である。
「アネゴの場合自分から望んで地獄いって性根を叩き直しそうななにかがあるからなー。あーでも先代勇者は一人除いて自分から地獄に行きそう。虹夜の初代なんて天国より地獄の方が剣の腕を磨けそうだって笑い飛ばしていたからなー」
「やめて! 勇者のイメージがほうかいする……」
アイがいやいやと頭を振って続きを聞くことを拒否した。物語を親しみ勇者に幻想を抱いている彼女にとっては知りたくない話だろう。
アリアが呆れた目を創星に向けながら今までの感想を漏らした。
「勇者って濃い人ばっかり」
「初代はちょっとネジ飛んでいる連中ばかりだからな。そう考えると今代の勇者はナギを除いて大人しい」
「……ラムカナさんはおとなしい方なんだ。確かにしゃべり方以外まともな人だったけど」
アリアのつぶやきにサブローは同意した。ドンモは先輩勇者である以前に人として尊敬できる相手である。
「それにしてもサブローさん、大変お疲れ様です。勇者になってからのひと悶着は聞いています」
「ナギやラムカナさんたちが味方になってくれたのでけっこう順調に解決しましたよ」
「ナギの趣味に付き合って闘技場で戦わされたのによく言うな、アニキ」
「それはぼくも聞きました。なんというか、すごい人ですね。ナギ・オーエン様」
エリックがナギへの印象をオブラートに包んで語った。あの試合以降は一般的な市民の対応はともかく、各組織の態度が表向き柔らかくなったので万々歳だとサブローは思っていた。
「ナギの行動が結果的に上手くいったしな。本人は深く考えていなさそうだったけど」
「人徳ですかね。ナギにはそういうところがあります」
サブローが笑って彼女のことを語ると創星が不機嫌そうに唸る。どうしたのか尋ねると不満を漏らした。
「だいたいそうなったのも頭の悪い連中のせいだ。アニキはなにひとつ悪くねー。だいたい魔人と勇者が一緒に戦ったのだって初代のころからあったってーの」
「そうなの!」
マリーが創星の話題に目を輝かせて食いついた。瞬間、聖剣がびしっと背筋――刃筋といった方がいいのだろうか――を伸ばして緊張する。
「はい、アネゴの親友がアニキに負けないくらいお人好しの魔人で大親友でした。アニキとアネゴ二号が一緒にいる姿を見てちょっと泣きそうになったくらいです。嬉しくて……」
サブローは創星の言葉にドキッとした。勇者に力を貸した魔人の話は広場で聞いていたが、この聖剣がそこまでお思い入れが深いとは考えていなかった。
踏み込んでいい話題か踏ん切りのつかないサブローに、マリーが顔を上げて嬉しそうな笑顔を向けた。
「よかったね、おにいちゃん。ちゃんと昔にもやさしい魔人さんがいたんだよ」
「…………そのようですね」
「でもどのお話にもそういうことは書かれていなかったよね。どういうことだろう?」
アイがもっともな疑問を口にした。サブローはなんとなく察していたので誤魔化してもよかったのだが、不機嫌な創星がそれを許さなかった。
「ハッ! お偉いさんは魔人に恐怖の対象でいてほしいとさ。アネゴがあんなに頑張って訴えたのに聞く耳持たねえと来た」
荒れた聖剣に周囲が悲痛な視線を送った。怒りに震える刀身をサブローはぽんと軽くたたく。
「なら僕と一緒に頑張りましょう。勇者として立派でいられるかはわかりませんが、手を尽くします。そうすればきっとその優しい魔人のことだって考え直してくれるはずです」
慰めたくてかけた言葉に創星は「アニキ―!」と叫んで全身を押し付けてきた。人間なら抱き着かれているところか。膝に座るマリーがよしよしと彼を撫でている。
話が一段落ついたと判断したナナコが話しかけてきた。
「そういえばサブおにいちゃんたち、次はどこにいくの?」
「水の国エナリアです。王族はフィリシアさんやマリーたちと同じく精霊術一族だそうで……」
「えー! おにいちゃんエナリアにいくの?」
マリーの反応が意外でその場にいた全員が丸くした。聖剣だけは表情が分かりようなかったのだが。その場でいち早くナナコが疑問をぶつける。
「どうしたの、マリーおねえちゃん?」
「あっちの王女さまきらい! わがままばっかりだしおねえちゃんもハイハイ言うこと聞いていた。マリーが同じことをいうと怒るのに!」
それは私怨という奴ではなかろうか。エナリアの王女というよりフィリシアに怒っているように見える。
「マリーは一度フィリシアさんと風の族長に連れられて、精霊術一族の会議に出たことがあります。その時の印象が悪かったのですか?」
「おねえちゃんは何度も会っているみたいだから扱い慣れていたよ。けどあの娘、マリーになんどもつっかかるからめんどうくさい。自分がおねえちゃんの妹になりたそうだった。そういったら泣きわめかれたし!」
エリックに返答するマリーの発言内容はまだ会っていないエナリアの姫様の威厳を損なうのに充分であった。しかしまあマリーが完全無視するような態度ではなく、アレスに対する態度に近いので人はそう悪くなさそうだ。
本当に嫌いならこんなに感情豊かに明言したりはしない。この子がそこまで嫌う相手に出会った時の姿を一度だけ見たことがある。無表情になってすぐ話題を打ち切ろうとするマリーの姿は姉にそっくりであった。
「あの子が変なことをいったら教えて。マリーが泣かせてあげる!」
「泣かせないでくださいよ。仲良くしてあげましょう」
プリプリするマリーの頭を撫でながら、もし顔を合わせる機会が出来たのならサブローは仲を取り持とうと決意をした。
「……ということがありまして」
「マリーは本当にもう……」
フィリシアが天を仰いでため息を大きくついた。自分のために言ったことなのでマリーのことは叱らないでほしいと念を押しておく。
「アエリアの王女……クルエ・リスベツ・ウンディ様は悪い娘ではありません。そこは保証します。どんな娘かは会ってみたほうが早いですね」
施設の妹たちに対するような柔らかい表情をしたので、サブローはフィリシアにとってどんな立ち位置の子なのか一発で分かった。彼女も面倒見がいいものである。
「あーそういや名前聞いてようやく思い出したわ。あの落ち着きのない娘だなー。アネゴ二号はお知り合いだったのですか?」
「同じ精霊術一族のよしみで何度も顔を合わせました」
懐かしんで話すフィリシアの表情が明るい。サブローはつい和んでしまう。
「そういえば精霊術一族なのに姓があるんですね」
「王族ですからないと格好がつかない、と水の国王陛下が教えてくれました。王族以外の精霊術一族は他の里と同じだそうです」
なるほど、とサブローは感心する。さらに話を聞こうと口を開きかけたとき、船室の外が騒がしくなった。
フィリシアも気づいて外に目を向けている。二人で廊下に出て近くを通ろうとした船員をつかまえた。
「この騒ぎはなにが起きたのでしょうか?」
「船に近づいてくる飛空騎兵が一騎あるそうです」
飛空騎兵とはワイバーンやグリフォンといった調教できる魔物を乗騎とした騎士のことである。少数ではあるが王国や魔法大国、そして水の国に配備されている。
国によって騎乗する魔物が違い、王国はワイバーン、魔法大国はグリフォン、そして水の国は――――。
「ペガサスだ、水の国からの騎士様か?」
外からの声がちょうどいいタイミングで届く。フィリシアと顔を合わせて頷き合ってから甲板へと急いだ。
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