八十一話:異世界交流と上司接待
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「水の国か。アタシ、今手が離せないからついていけないのよねー」
ドンモが心底残念そうにぼやいた。ナギ邸の一室にはドンモのパーティー全員と、ナギ、そしてサブローたち三人が顔を突き合わせていた。エルフの翁の話を相談していたのである。
インナの方も都合が悪いと謝られた。別に気にすることないのだが、ついていきたかったのか彼女はとても残念そうだった。
「俺は行くよ。王都の方は『名前はまだない』が引き継いでくれるみたいだし」
ゾウステが同行を申し出てくれたのでありがたく受ける。ドンモとインナが微妙な顔をしたが、聞いても言葉を濁された。
「もちろんわたしも行くぞ。魔人関連なら勇者が二人いたほうがいいだろう」
「アンタが正論を言うと怖いわね。まあよろしく頼むわ」
ナギが満面の笑顔で引き受けた。いつかのように親衛隊も連れていくのだろう。誰が来るか少し楽しみだ。
そして話題は移動方法に移る。ナギたちは船が一番早いだろうと教えてくれた。ちなみに飛空船はクトニア国内しか運航していない。
他国が上空から地形を記されることを嫌ったためである。五百年前に共通の敵が現れて以来、人族同士の争いは減ったとはいえ、さすがにそこまで馴れ合ってはいないようだ。
実際小さな戦争はいくつも起き、国もいくつか滅んだり興ったりで入れ替わっていると創星が解説した。そうなると海での旅が一番早くなる。
「ここからなら船旅で二週間と少しくらいか。楽しみだ」
「船ですか。久しぶりですね。よく鰐頭さんと任務に出かけて…………地獄の海中訓練」
サブローはぼそりと呟いて当時を思い返した。魔人の身体でさえ重たいコンテナをくくりつけて訓練されたことがあった。鰐頭も水中で活動できる魔人であるためよく付き合ってくれた。
「やりたいって話なら却下」
「ミコ、僕をなんだと思っているんですか。さすがにやろうとは……少しだけはダメですか?」
ミコにじろっと睨まれたサブローは慌てて撤回する。つい船旅と聞いて懐かしくなっただけなのに仕打ちが厳しい。
「なんだなんだ? 地獄の訓練とやらは?」
興味津々で聞いてくるナギにフィリシアがガーデンでの出来事を大げさに説明した。初耳であるドンモたちはだんだん顔を歪ませて、一同サブローを見てから呆れたようにため息をついた。
「うむ、サブローそういう訓練は良くないぞ。わたしは万全な状態の君でいてほしい」
自分の身体を大事にしていない筆頭であるナギにさえ諫められ、サブローの立つ瀬はなかった。
屋敷の地下倉庫でドローンは浮いていた。現在は昼であり、転移の魔法陣を起動するには暗い場所で行わないといけないためだ。ナギはもちろん、一部親衛隊と興味津々な子どもたち、そしてゾウステが見学していた。
一方、サブローとミコは緊張した面持ちでその様子を見守っている。フィリシアもどこか落ち着かない。
『んじゃ準備はいいッスね。長官をそっちにおくるッスよ』
毛利の宣言にサブローは頷くと、魔法陣が輝いて中央に話題の人物を呼び始める。
今日は上井長官をギルド長に会わせる約束を取り付けていた日だ。職員ではなく上司が来ることを報告に向かったとき、ギルド長は勇者とはいえ魔人であるサブローの上司ということで多少警戒した様子を見せたが、確認したいことがあったのかあっさり了承した。
そもそもこの国には交渉のための人員が来ると思っていた。長官がもともとそのつもりだったと張り切りだし、サブローたちはかなり焦って迎える準備を整えたのだ。いまだ緊張をしている。
青い光が薄らいでいくと、ドローンの下に渋い顔を引っ提げて上井喜敏が現れた。
「ほう。なかなかいい“灯り”じゃないか」
ナギが感心したようにつぶやくと、緊張の糸が切れたのか初めて見た者が口々に転移の感想を述べ始めた。ゾウステなど子どもに混じってはしゃいでいる。
サブローは前に進み出て、長官の到着を歓迎する。
「長官、わざわざご足労をおかけしましてありがとうござ……」
「構わん、サブロー少年。今は半分プライベートみたいなものだ」
はあ、と気の抜けた返事をサブローはした。長官はすたすたと小気味よくナギたちの前に出て、軽く頭を下げる。
「すでに説明をされていると思うが、私がサブローたちの責任者である上井喜敏だ。勇者ナギ・オーエン、ならびに親衛隊のみんなにゾウステさん、部下が世話になった。心から感謝をしたい!」
「気にすることはない。キトシ、サブローたちに言ったようにあなたも楽にしていいぞ。それとわたしはナギと呼び捨てにするように」
「了解した、ナギ」
長官はナギに気に入られたらしく、友好的に迎え入れられた。親衛隊、ゾウステと握手を交わしてから、冒険者ギルドへと案内する運びになる。
サブローたちは長官を案内するために街道へと出た。
歳の割に鍛えられた肉体を持つ長官はきびきびと歩いて、冒険者ギルド本部へとたどり着いた。
中に入るとサブローに対して複雑な視線が飛んでくる。妬み、恨み、怒り、疑い、負の感情が大盤振る舞いだ。創星がイライラしていたので小声で宥めながら、ミコとフィリシアを一階で待たせ、職員の指示通り二階へと上がった。
通された部屋は広く、待っていたギルド長は立って歓迎する。
「お待ちしておりました。勇者カイジン・サブロー殿、そして上司であるウエイ・キトシ殿」
「こちらこそ予定を開けていただき感謝をします。ガーデンの逢魔対策本部の長官を務めております。うちの職員である海神からよくしてくださると話は聞いていました」
よくしてくださる、の部分にギルド長は多少複雑な顔をしたものの、すぐに気を取り直して話を進める。サブローはソファーで上司の隣に座り、話し合いの始まりとなった。
今回の二人は魔王軍、つまり逢魔についての情報交換するために集まった。長官が資料を取り出して自分たちの世界での逢魔の活動を詳細に説明し始めた。ところどころサブローに細かい補足を求める程度で、明瞭かつ簡潔にこちらがつかんでいる情報を開示し続ける。
ギルド長はこの世界の文字で作られた資料をめくりながら、感動して何度もうなずいた。話のわからない部分の説明を求められると、長官は迷わず資料を指さしながらより詳しく切り込んでいった。
どうやらこちらの文字も把握している様子なので、長官の優秀さにサブローは舌を巻いた。
「なるほど、なるほど。ここまで詳細な資料をいただけるとは……」
「奴らとは十年の間、渡り合っていました。今度こそ決着をつけたいと思います」
ギルド長と長官は互いに意思を確認しうなずき合う。ギルド長からは王都の被害と伝承による魔人と魔王の力、そして生き証人であるエルフの翁と面会する機会を作ることを約束される。
「それにしても、『魔人を殺す魔人』ですか」
「偶然の産物とはいえ、完全に人の手で生まれた魔人です。この不確かな技術に身をささげ、長年戦い続けた明光寺はとても高潔な男です。こちらでの魔人の殲滅が確認できしだい、送りたいと思います」
「……アニキたちの世界、さらっととんでもないことしているな。魔人を人の手で再現とか……まあそれもすごいけど、本当にそのお兄さんアニキより強いのか? オレ、アニキより強い魔人はあんまり知らないぞ」
「え? それは初耳ですが」
サブローはつい創星に聞き出す。聖剣は「ああ」と短く答えてから当時を思い返した。
「魔人の伝承は割と大げさに伝えられているけど、魔王軍で勇者とタイマン張れた奴は多くない。五百年前ならアニキ魔王軍の幹部になれる強さだわ」
創星はすごいことだと褒めたが、あまりうれしくなかった。魔王軍の幹部なんて頼まれても嫌だ。
「まあ魔人の中でも一人、別格レベルでやばい奴がいたけど……こいつは魔王より強い。魔王軍が滅んだあと大人しくして姿を見せなくなったのが意外だわ」
「逢魔の首領を引き合いに出されると、なんだかあんまり強い印象がなくなります。あいついまはこんなですよ」
サブローは資料をめくって目的のページを見せた。一枚の写真に写る骸骨の化け物を見てから、創星は吹きだした。
「ぶっは! 魔王、今はスケルトンになっているのかよ! ああ、どおりであの一撃から生き延びたわけだわ。いや、死んだから仕方なくアンデット化したのか? どちらにしてもこれじゃ魔王の戦闘力は発揮できねーな!」
「それはまことですか? 創星様」
勢い良く食いつくギルド長に創星は肯定をする。
「この様子なら最大の武器の巨人化も出来ねえ。しーちゃんの星の輝きも無駄じゃなかったってことだな。アニキの話からその能力の話がなかったのが不思議だったけど、ようやく合点がいったぜ」
「しかし……本当に僕は当時の魔王軍幹部になれるレベルなんですか? 僕はB級止まりなんですが」
なんだそれ、と尋ねる創星に逢魔の魔人のランクを話した。その後、長官がサブロー自身はB級でもほぼトップであり、上は五人のA級だけと付け加えた。
「……あのやべ―奴と同レベルじゃねーだろうな? A級連中」
ブツブツ独り言をつぶやいて自分の世界に入った創星は使い物にならなくなる。ギルド長はこれ以上聞き出すのを諦めて、自分たちとより詳しい打ち合わせをした。
長官は冒険者ギルドを出ると、空いた時間でエグリアを見て回りたいと勝手に歩き出した。なにかあっては大変だとサブローたちも後を追う。
「別に屋敷に戻っていて構わないぞ。道は覚えた」
「そうもいきませんよ。長官になにかったら僕らの責任ですから」
そうか、とだけ短く告げて長官は歩みを再開する。首都でもあるため道通う人波は多いはずだが、一度もぶつからずすいすいと進む。サブローは魔人の鋭い感覚もないのによくやるもんだと内心驚きながら、四苦八苦するフィリシアを手助けした。
ある程度距離が開くと長官はサブローたちが追い付くのを待ってくれた。申し訳なくなって謝ると、
「フィリシアくんの歩幅を考えずに歩く私が悪い。人々の明るい顔を見ていると気分が良くなってつい先を行ってしまうんだ。すまない」
「いいえ、私が鍛え足りないだけです」
フィリシアが恐縮し、何度も手を振って否定する。長官はいや、と続けてフィリシアの肩を強くたたいた。
「たった数か月で天使の輪を物にし、多くの人を救い続けている。フィリシアくんは立派にやっているさ」
力強く保証する長官にミコが同意をする。サブローだって同じ気持ちだ。むしろフィリシアは頑張りすぎているくらいであった。
「……この世界で人々を守る任務を君たち三人だけに背負わせたことは、すまなく思っている。何度も言ったが、出来るだけ人員を送り込み万全の体性を整えたくても時間も基盤も足りない」
心底悔しいのだろう。長官は苦渋に満ちた顔を隠さず、胸の内を明かす。
「私はな、少数に世界の命運を預けるのは間違っていると考えている」
長官は断言して周囲を見回した。表通りであるため人々の顔には笑顔が多く浮かんでいる。
「そのため限られた人員しか置けないという状況を改善したい。もう少し魔法大国とうたうこの国で魔法陣について調べようと思っている。事前にエリック少年からめぼしい場所を教えてもらっていたしな」
そして水の国へ向かう準備もあるため、別れて行動しようと長官が提案してきた。さすがに上司を放置するのはどうかと思うので、サブローはミコとフィリシアに準備を頼んでからついて回ることにした。
一人で回れないことに不満そうな長官を宥め、サブローは上司を接待するサラリーマン気分で一日を過ごした。




