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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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七十九話:罰ではない憎しみ



◆◆◆



 ――ついて、こないでください!


 サブローは強いの拒否の言葉を脳裏に何度も反芻していた。彼女に拒絶されたこと以上に、その瞳に浮かんでいる感情の色に戸惑ったのだ。

 あれは紛れもなく嫌悪の感情だ。その感情がサブローに向けられているならまだよかったが、どうにも違う気がする。フィリシアの調子が崩れたのはサブローの顔を見てからだが、その瞬間はなぜか後悔があった。原因がわからない。

 そのうえで踏み込んでしまえば、よけい彼女を傷つけることになるのではないだろうか。追いかけるべきか、二の足を踏んでしまった。


「サブ」


 ミコに呼ばれて振り返ると、視界いっぱいに拳が広がった。正拳突きが綺麗に顔面に決まり、サブローは椅子と机を巻き込んで吹き飛んだ。

 シュゼットが小さな悲鳴を上げ、ガドスが戸惑う。


「なに突っ立っているの!? さっさとフィリシアを追いかける!」

「ですが、下手に動いてフィリシアさんを傷つけると……」


 鼻血をぬぐうサブローを、ミコは胸ぐらをつかんで無理やり立たせた。


「傷つけてでも傍にいないといまのフィリシアはダメでしょ!」


 サブローはハッと息を飲んだ。確かになにを躊躇していたのか。


「なんで逃げたのか、サブを見てなにを思ったのか、聞かないとわからないじゃない。それにフィリシアが泣いていたんだよ。辛く思っているんだよ! サブなんだからちゃんとお節介をしなよ!」


 まったくもってミコの言う通りだった。自分が原因かもしれないとなにを弱気になっていたのか。こういう時こそ傍にいるべきだ。

 目の前の幼なじみはいつも正しい。自分が間違っているときは殴ってでも正しに来てくれる、ヒーローのような存在だ。


「ミコ、ありがとうございます。創星さん、こちらで待っていてください」

「えー、オレお留守番ー。アネゴ二号のピンチなのに……」

「野暮なことは言わない。サブ、あたしだっているんだから大丈夫。あんたに言いにくいことを後で聞くのはあたしの役割だから」


 笑いながら創星をそこそこ重そうに受け取り、無敵の幼なじみは請け負った。


「では行ってきます。フィリシアさんは任せてください」


 一度シュゼットとガドスに頭を下げてから反転し、全速力で駆け抜ける。姿を魔人に変え、すれ違った人々を怯えさせたが謝罪は後だ。強化された五感のすべてを総動員してフィリシアの居場所を探した。




 フィリシアの居場所は簡単に見つかった。広い屋敷と言ってもしょせんは室内だ。主であるシュゼットの許可なしに庭園に隠れるわけにもいかないと思ったのか、使われていない部屋で息を殺していた。感情的になっても変なところで真面目である。

 サブローは苦笑して扉をノックした。


「あっ! サ、サブローさん……ですか?」

「はい、僕です。開けてもらえませんか?」


 返ってきたのは沈黙であった。やんわりと拒否されたサブローは仕方ないと扉の傍に腰を下ろした。


「ならばそのままで構いません。少し話を聞いてくれませんか?」


 やはり返答はない。サブローは構わず続ける。


「フィリシアさんがガドスさんと出会ってから、どうしたらいいのか迷っていました」


 懺悔なのかもしれない。胸の中で彼はそう思う。


「本陣に行って馬を逃がしたり、食料庫を燃やした話はしましたよね? 僕はその時に彼を見かけたので、名前はともかくどういう人なのかはすぐに察しがつきました。同時にどう対処をすれば丸く収まるのか、考えがまとまりませんでした。おかしいですよね。真っ先にフィリシアさんを気遣うべきでしたのに」


 サブローは自身を中途半端だと痛感した。もっと早く口を挟むべきだったのだ。その結果彼女に嫌われたとしても。


「こんな僕ではフィリシアさんに拒絶されても仕方ありません。ですが、どうにかもう一度チャンスを――――」

「ち、違うんです! それは誤解です」


 先ほどまで泣いていたのか震える声が扉の向こうから聞こえてきた。サブローは少し驚いて思わず聞き返す。


「ではどうしました?」

「答えたくありません。だって……私、サブローさんに嫌われたくない…………」


 消え入るような声を耳にした瞬間、サブローは立ちあがってドアノブに手をかけた。後で謝ることを覚悟しながら無理やり回して引きちぎる。

 二人の間を隔てる扉は力なく開き、ギョッとしているフィリシアが視界に入った。サブローはもぎ取ったドアノブを床にそっと置いてから大股で近寄っていく。


「さて、顔を合わせて話をしましょう」

「え……ですが…………」

「逃がしませんよ」


 サブローは彼女が背を預けている壁に手をついて逃げ場を腕で奪い、顔を近づける。泣き腫らした跡が見て取れた。どこか顔も赤い。

 構わずにサブローがただひたすら無言でにこやかに笑顔を浮かべ続けていると、やがれフィリシアは観念したように視線を落としてため息をついた。


「わかりました。話しますので、少しだけ離れてください」


 「はい」と答えてから彼女の眼前に座る。どことなく居心地悪そうにしているフィリシアは顔を伏せたまま口を開いた。


「ごめんなさい、サブローさん」

「フィリシアさんが僕に謝るようなことはなにもありませんよ」

「でも、私は……私は…………あの人を許せないんです」


 あの人とは彼女の故郷を攻めたガドスのことだろう。それがどうしてサブローに嫌われる話になるのだろうか。


「フィリシアさんだけではないと思いますよ。エリックさんやアリアさん、アレスだって同じことを言うと思います」

「でも、私はあの人を恨む資格がないんです!」


 フィリシアは自分の身体を強く抱きしめる。なにかを溢れさせないように、強く、必死に。


「頭ではわかっています。あの人は逢魔に騙されただけです。……サブローさんと似たような立場の人だって気づいたんです」


 途中でおかしな反応をしたことにようやく合点がいった。真面目すぎる傾向のある彼女はサブローとガドスを重ねてしまい、憎いのに憎んではいけないと苦しんでしまったのだ。


「本当はサブローさんに嫌われるなんて思っていません。ですが、ここで彼を責めてしまうと、私はサブローさんを困らせている人たちと同じになってしまいます。それに気づいて、でも憎くて憎くて、私は……私が嫌いになりそうです」


 サブローは自然と彼女の頭を撫で始めた。フィリシアは困って手首を弱々しくつかむ。


「さ、サブローさん、優しくしないでくださ……」

「憎まれるということは、罰ってだけではないんですよ」


 フィリシアは不可解そうに「え?」とつぶやいた。それもそうだろう。サブロー自身、自分で言っていてどうかと思う。


「自分のやらかしたことは、相応に裁かれたいと思ってしまうものです。フィリシアさんは彼と僕が似たような立場だと仰いました。けれども、僕が一番迷惑をかけた人々はよりにもよって僕を救おうとしていて、悪くないと言ってくれます」


 兄や園長、そしてガーデンの人々の顔が浮かぶ。みんなが優しいからこそ、辛いこともあった。そんなわがままを言える立場ではないと、わかってはいるのだけど。


「洗脳されているときの記憶はちゃんと残っています。殺した相手の顔は誰一人としては忘れはしません。残された人々は魔人が人である事実を隠されていますので、恨みをぶつけられる行き場がないんですよね。それが少しだけ辛かったりします」


 だから、とサブローは続けてから、柔らかいはちみつ色の髪から優しく手を離した。


「フィリシアさんがあの人に僕と同じものを感じたというのでしたら、ちゃんと恨んであげてください。それが救いになることだってありますから」

「ですが、ですが……」


 フィリシアはぽろぽろと涙をこぼしながら、弱々しく首を横に振る。


「私はサブローさんを責める人が嫌いです。嫌だってずっと思ってきました。なのにいまさら……」

「それは僕への救いです」


 ずっと伏せていた顔を、ようやく彼女は上げた。


「フィリシアさんもご存知の通り僕はこういう性格ですから、理不尽なことを言われても仕方ないとか、諦めたりしちゃうんですよね。けどフィリシアさんを始めとして僕の大事な人たちはそれを間違っている、って代わりに怒ってくれます。だから僕は……」


 サブローは万感の想いを込めて涙をぬぐった。感謝の気持ちが胸を暖かくしてくれる。


「魔人でなく人間なんだと強く実感できます。いつも僕のことで怒ってくれて、ありがとうございます。ですから今度は、自分のためにも怒ってあげてください」


 フィリシアが弾かれたように胸に飛び込んできた。胸を涙で濡らす姿に、いつかの夜を思い出す。あの日と同じく慈しみ、背中をトントンと叩いた。


「自分勝手な理由で、怒っていいんですか……恨んで、いいんですか?」

「自分勝手なんかではありません。それにたぶん、彼もそれを望んでいます。怒ってください」

「どれだけ酷いことを言ってもいいんですか? 許せなくてもいいんですか?」

「はい。僕はずっとあなたの味方です」

「私、良い子ではありません。サブローさんのためだと我慢できただけで、嫌なことがいっぱいありました。本当は王国の力なんて借りたくありませんでした」


 ぐっと、フィリシアの手に力が入る。


「シュゼット様は今でも大好きです。でも王国は私たちの里を焼き、お父さんたちを殺しました。広場のあの日、シュゼット様の宣言を断りたくて、でもサブローさんのためには必要で、私、わたし……は……」

「とても助かりました。フィリシアさんはすごいです」

「もっと……もっと褒めて…………これがおわったら、わたしがんばるから。もっとつよくなるから、なりたいから……」


 フィリシアはそういってますます懐に潜り込む。サブローはただ優しく声をかけ、頭を撫で続けた。

 たとえ後で思い返して、気恥ずかしさに悶絶するのだとわかっていても、今は妹たちのように甘やかしてあげたかった。



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