表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
80/188

七十七話:次の目的地は水の国



 闘技場の一室で治療を受けているサブローは目の前に山ほど積まれた金貨の袋を前に唖然としていた。


「報酬のクトニア金貨一万になります。ご確認をお願いします」


 闘技場を管理する職員と名乗った真面目そうな男が淡々と告げる。たしか王国や魔法大国の金貨は金の含有量から換算して一枚二千円から三千円ほどしたはずだ。物価の差などあるため正確ではないが、二、三千万円ほど手に入ったことになるのだろうか。

 サブローはギクシャクと首を回しながら彼を見た。


「あ、あの、これはいったい?」

「こちらの闘技場にて長年頂点に君臨しておりましたナギ・オーエン様に勝利をした報酬でございます。また、こちらの管理不足であったマンティコアの事件についての賠償金は後ほど送らせてもらいます。ご了承ください」


 さらに事件の首謀者を擁していたンモラ教団からも賠償金を送られると聞かされた。そこまでしてもらわなくてもと思ったのだが、言おうとするとミコやフィリシアに睨まれる。今回の一件に二人は御立腹だった。

 その様子を見ていたベッドのナギが大きく笑いだした。彼女も治療のためにこの部屋に来たのである。


「ハッハッ……いたた…………クク、これで勇者になった報酬金も受け取ると、なかなかの小金持ちだな」

「……銀行を紹介してください」

「そういうのはベティに任せてある。そういうことでサブローたちの世話を頼むぞ」


 ナギにべったりだったベティは頷き、サブローに振り向いた。


「でしたらオコー様を頼るのがよろしいかと思います。各教団がお金の預かりや貸し借りも行っておりますし、商人ギルドの運営する銀行よりも安心して預けられるかと」


 昔の日本でも神社や寺が銀行代わりのことをやっていたことを思い出し、方針が固まる。後でインナがお見舞いに来ることも知らされていた。ベティはそのことも計算に入れて提案をしたのだろう。頼りになる。

 そんな彼女は複雑そうな表情をサブローに向けていた。


「ベティさん、どうかしましたか?」

「いえ、ナギにあそこまで付き合えるサブローさんが羨ましく思っただけです」


 フッと笑ってからベティはベッドの隣の簡易椅子に座る。


「ナギは闘技場で長らく頂点に立っていましたが、一度として満足のいく戦いは行えませんでした。ドンモさんやイ・マッチ殿下には断られていましたから」

「まだ諦めてはいないが、サブローとの戦いでけっこう満足した。うむ、やはり“灯り”を燃やす者との競い合いは素晴らしい。今度はわたしが挑戦者の立場だな!」


 笑い飛ばすナギにまたやるつもりなのか、とサブローは少ししり込みをしてしまう。戦うことは好きではないのだが、楽しみにする彼女に押されるといまいち断りづらい。


「しかしサブロー、途中からわたしの顔を狙わなくなったな。頭突きをしてからか?」

「ああ、この前の広場で頬を引っ叩いてしまったではありませんか。あの事がずっと引っかかっていまして、額から血を流すナギを見て嫌だなって思いましたら、なんとなく殴りづらくなってしまいました」


 不思議そうに切り出したナギに答え、全力で戦う相手に失礼だろうかと心配になった。相手は特に気にせず「紳士すぎる奴だ」とだけ言って笑った。


「それにしてもこんなに賞金をもらってよろしいのでしょうか?」

「わたしに勝った証だ。受け取ってもらわねばむしろ困る」

「そうは言いましても、途中僕のせいで邪魔が入りましたし、その賠償金だけでもナギに回した方が……」

「いや、あれはわたしを狙った暗殺だろう。事故に見せかけてな。よくあることだ」


 え、とサブローが目を丸くして発言主を見た。傍に控えてある創星が口を出す。


「自分の持ち主はいろんな奴に恨まれているからって、こーくんが心配しているぜ」

「虹夜の聖剣も君みたいに喋れるのなら楽しいのにな。まあそういうことなんでサブローが気に病む必要はない」


 朗らかに言ってのけるナギに対して、サブローはしかめっ面のままだった。一度ミコを見ると、彼女はその意味を理解して静かにうなずいた。


「ナギ、あなたの怪我が治るまでもう少しそちらで世話になってもよろしいですか?」

「引き続きわたしのところにいてもらうつもりだったが、なんで再確認をしたんだ?」

「命をよく狙われているというのなら、怪我をしている今は格好の標的です。治るまでは傍にいて警戒をしないとなりません。と言っても僕もこの状態ですから、ミコとフィリシアさんに任せっきりになりますが」


 ナギはしばらくの間きょとんとしてから、大笑いをする。傷に障るのも構わず、痛がりながらだ。


「本当にお前は面白いな!」

「……あの、ナギを守ってもらってよろしいのですか?」


 サブローがベティに頷くと、ミコが言葉を継いだ。


「言い出したら聞かないし、友人が狙われているって知って黙っていられるような奴じゃないから頼っていいよ。あたしたちだってナギのこと好きだし」

「よし、今夜二人ともわたしのベッドに……」


「いきませんからね!?」

「いかない!」


 二人は顔を真っ赤にして拒否をした。ナギが残念そうにするが、どういう神経をしているのかわからなかった。

 やがて見舞いに来たドンモによって主犯が捕まったことを知らされる。一通り喜んだあと、サブローの祝賀会をあげるとナギが主張して、負けたのに主催なのかと周囲を戸惑わせた。




 それからの数日間は割と緩やかだった。

 ギルド長が直々に訪れてサブローが勇者であることを認める旨、冒険者ギルドからの任命金の受け渡し、勇者としての特権と義務の説明などを非常に丁寧に行われ、引き受けることとなった。地の族長からの紹介状を渡し、逢魔についての情報を提供したいと告げると、ギルド長は快く承諾した。

 後日ガーデンから職員を送り、ギルド長と情報交換を行う予定になった。悔しいが毛利の言う通り勇者となったほうがほうぼう上手くいった。


「なあなあ、サブロー。魔人をたおしたときの話をきかせろよー」


 変わったと言えば、ナギの屋敷の子どもたちだ。この子たちも闘技場での試合を保護者の親衛隊と一緒に観戦したらしい。

 あの試合以来、親衛隊の何人かは態度が柔らかくなったのだが、子どもたちはその比でないほど慕ってくれるようになった。少しうれしい。


「よく飽きませんね。ドンモさんと一緒に戦ったときの話も、フィリシアさんと一緒に対処したときの話も、何回もしましたけど」

「だってドンモ様やフィリシアに聞いた限り、サブロー自分を弱そうに説明するじゃん」

「あの人たちに聞くとサブローもっと活躍していたしなー」

「闘技場でナギと戦ったときめっちゃつよかったのに、あの程度なわけないじゃん。ちゃんとほんとうのことはなせよー」


 なんだか侮られている気がするが、遠巻きにされるより全然良かった。買い置きしていたお菓子を出して話をすることを教えると大いに喜ばれた。

 もしかしてお菓子目当てではないだろうかと疑っていると、親衛隊の一人であるディーナが駆け寄ってきた。


「サブローさーん。お客さんですー」


 親衛隊の中でも特に若く感じる娘で、何事にも一生懸命だった。接していると周りの子どものように扱ってしまう。


「落ち着いてください、ディーナさん。まずは深呼吸を」

「は、はい! すーはーすーはー」


 素直に従う彼女に和んでしまう。子どもたちも「ディーナはおっちょこちょいだからなー」と笑い合っている。


「はー……落ち着きましたー」

「それで僕にお客さんとは、誰でしょうか?」

「あー! そうですそうです。創星様とサブローさんを白霧のカスペル様が訪ねてきましたー!!」


 白霧のカスペルは広場でサブローを魔人と知っても態度を変えなかったエルフだ。子どもたちに断りを入れて、ディーナに創星を回収してから向かうことを告げた。

 急いで部屋に戻り、日に当たって気持ちよさそうな創星に客が来たことを教える。


「お、エルフの翁が来たのか。なんの用だろうな?」


 サブローも特に思い当たらないが、広場の件で礼を言いたかったためいい機会だった。ナギからもらった革の鞘に納めてから踵を返した。

 通路を歩き、すれ違う子どもたちや親衛隊と挨拶をして客間へ向かう。窓の外にはフィリシアを鍛えているミコの姿があった。

 扉をノックして、入室の許可をもらってから扉を開けた。中には緊張した面持ちのディーナと、白いひげを撫でつける穏やかなエルフの老人がいた。


「お待たせして申し訳ありません」

「ふぉっふぉ、急に訪ねてきたのはこちらの方じゃ。気を遣いなさるな、カイジン様」


 様付けをやめてほしいとサブローが訴えると、カスペルはより上機嫌となった。続けて広場の礼をすると、相手は当然のことをしたまでだと気持ちのいいことを言ってくれた。


「それでエルフの翁、なんの用なんだ?」


 創星が軽い調子で本題に入るのを促した。カスペルは髭を一撫でして、穏やかな目を鋭く細めた。


「今すぐというわけではないのじゃが、水の国に不吉な影が落ちております」

「水の国……フィリシアさんに聞いたことがあります。たしか水の精霊術を使う一族だと」

「王家はその通りじゃの。なにせ大きい国じゃから、数の少ない精霊術一族だけでは回らないしのう」

「それでエルフの翁、不吉な影ってのはいったいなんだ? お得意の占星術でもつかったのか?」


 創星の言う通り、占星術の結果から近日中に水の国で大きな事件が起きる可能性が高いとわかったらしい。魔人によるものなのか、また別の厄災を示しているのかは判断がつかないと伝えられた。


「そんなにやばそうなのか?」

「おそらく勇者でないと対処ができないというくらいじゃの」

「いつ頃その不吉な状態になるかわかりますか?」

「申し訳ないが、大雑把にしかわからぬ。一ヶ月から数か月の間といったところじゃ」


 沈黙が部屋に降りた。となるといまから一ヶ月の間にかの厄災への対処を考えないといけない。情報もないため、その辺を集めることも必要だろう。


「わかりました、対処します。とりあえず、頼れる仲間たちに相談をさせてください」


 カスペルに言うと、彼は冒険者ギルドへの報告を請け負ってくれた。そうすると正式な依頼として水の国への連絡と旅路への手配を整えてくれるのだ。

 こうして次の目的が定まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ