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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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七十六話:決着そしてイ・マッチの不吉な予見



 合成魔物マンティコア。獅子の体躯に悪魔のような羽を持ち、尾に毒針を持つ人気の合成魔物だった。過去、神話を元に悪しき魔導士によって生み出され、闘技場用においてだけ生成を許されている魔物である。

 獰猛ではあるもののその制御は弱点である尾に呪印を施すだけという簡単な物であったため、魔法大国クトニアでは非常に需要があった。そのマンティコアが尾の呪印を解かれ、餌に混ざった興奮剤で我を忘れて乱入してきた。

 枷が外れた四匹のマンティコアは衛兵を吹き飛ばし、会場の人間すべてに襲い掛かろうと吼える――途中で、尻すぼみに中断された。

 圧倒的死の気配がマンティコアの頭に上った血を引かせた。中央に戦っている二つの影の中、白い異形が濃厚に死臭を放っていた。

 同じ魔に生きる存在として雲の上である相手を前に、屈して地に伏せた。その無防備な頭部を風の弾丸が叩き下ろす。

 四匹中半分は会場から降ってきた勇者とミコによって頭部をつぶされる。残りは額に聖剣を突き刺して、とっくに絶命していた。

 勇者の背後では創星(サブロー)の聖剣が、魔人の背後では虹夜(ナギ)の聖剣が、それぞれ敵をしとめていた。サブローとナギが互いの背中に現れたマンティコアの額を狙ってそれぞれの聖剣を投げたのだ。

 サブローは吹き飛ばされた衛兵を手元に引き戻し、空中で機械の翼を背負うフィリシアを呼び寄せる。


「フィリシアさん、回復術を!」

「はい。ですが、私では応急処置にしかなりません」

「闘技場の貴賓室にインナさんがいます。そこまで連れて行ってもらえますか?」


 触手が示す場所を確認してから、フィリシアは頷いて怪我人を運んだ。ドンモも中を見回って怪我人を回収する旨を伝える。


「それにしてもやっぱり魔人を倒すのに魔物は向かないわね。けどまあアンタら不意打ちへの対応が早すぎるわ」

「ナギが危ないと思ったらとっさに……」

「わたしの好敵手を不意打ちで奪われるのが耐えられなくてついな」


 それぞれらしい理由で動いたことにドンモが苦笑を漏らす。


「それでどうすんの?」

「事の犯人は任せる。その対応の早さだと、とっくに目星はついているのだろう?」

「まあ、アタシたちじゃなくてイ・マッチの『名前はまだない』だけどね。きっちりカタにはめるみたいよ」


 なるほど、とナギは納得してサブローに向き合った。笑顔のままなのは変わらない。観客は突然のアクシデントにどうするか見守っている。


「では続けるとするか」

「まだやる気なの!?」

「このまま終わっては悔しくて眠れない。聖剣を互いに投げてしまったことだ。最後は素手で決着をつけよう」


 ナギの提案に創星が「え、オレとこーくんこのまま放置!?」と訴え出るのだが、彼女はどこ吹く風で流す。


「付き合う必要はないわよ」

「仕方ありません。ナギの性格上、このまま不完全燃焼はかわいそうですし」


 サブローは明るい声で言って彼女に近寄った。ミコがあきれ果てている。


「そんなとこまで付き合う? 子どもに甘すぎ」

「ハッハッハ! この期に及んでまだ子ども扱いとは、惚れてしまいそうだよ」


 ナギはおかしくてたまらないといった様子で腹を抱えてから、にこやかなままダランと腕を下ろして前かがみになる。


「それでは満足いくまで相手をしてくれ、お兄さん」

「わかりました」


 サブローは足幅を軽くとって受けの体勢になった。


「さて、部外者は邪魔だ。早く中にいって負傷者を確かめたまえ」

「昔対戦相手を断ったから根に持っているわね……。はいはい、邪魔者は消えるわよ。あ、ミコは席に戻っていいのよ」


 ドンモに言われ、ミコは複雑そうにサブローとナギの二人に視線を行ったり来たりしてから、渋々と座席へ飛んで戻った。

 赤い鎧の勇者が闘技場内部に消えていくのを見届け、ナギが短く「行くぞ」と告げて戦いは再開した。

 一瞬で二人の距離はなくなり、懐での殴り合いが始まる。魔人の身体能力をもってしても、ナギの足からは逃れられない。

 サブローは触手をアンカーのようにすべて地面に突き刺し、身体を固定してから強烈な一撃を胸で受ける。衝撃で飛びそうな意識をつなぎとめ、ボディをフックで貫いた。

 口から胃液が少し漏れた彼女は、そのまま口の端をつり上げて頬に拳を叩きこむ。


「さあ、もっと“灯り”を燃やせ! 君のすべてをわたしにぶつけろっ!」


 肉を打ち合う音が、広い闘技場に響き渡った。ひたすら無邪気に殴り掛かるナギに、サブローは全力で応える。ただただ彼女の小さな身体を狙った拳打は革鎧を半壊し、乱打の勢いを体力とともに削っていった。

 しかし、サブローもいつの間にか魔人の姿が解かれ、人のまま技術もなにもなく拳を浴びせ続けることしかできなくなっていた。


「ああぁぁぁっ!」


 叫び声がナギの物なのか、自身の物なのかもはやサブローには判断がつかない。衝撃に身体が揺らぎ、相手をただ正面に見据えた。

 サブローの拳は相手の胸の中心に届いている。対し、ナギの拳を額で受け止めきった。がくっとサブローは膝をつく。


「あぁ、久しぶりに楽しかった……」


 ナギは魅力的な笑みを浮かべて背から倒れた。大きく息を乱し、倒れたまま動かない。


「わたしの負けだ」


 割れんばかりの歓声が闘技場に響き渡った。



◆◆◆



 会場の様子を見届け、ヴァジム・メルカダンテは呆然と立ち尽くしていた。

 あれほど興奮していたマンティコアは会場に入った途端、魔人に屈した隙に始末されてしまった。こともあろうか二人はそのまま試合を続け、魔人が勝ってしまった。

 魔人であることを警戒していた愚民は、一時的とはいえそのことを忘れて試合の内容に酔ってしまい、二人を称えている。

 それだけではない。勇者ドンモとともにマンティコアに対処をした不思議な武器を使う二人の女。各組織の長は彼女らも評価し、魔人の仲間であることも忘れて力を借りる気になっていた。魔王を倒すために各組織に危機感が蘇り、どんな力でも集めなければならないからだ。

 原因は今回の試合である。

 伝承は知っているものの、今代の勇者は優秀だからと魔人を甘く見ていた責任者たちは考えを改める必要が出てきた。初めて目にした魔人は勇者であるナギ・オーエンと互角に渡り合い、戦闘面では非常に気難しい彼女に最高の評価を受けていた。

 このクラスの魔人が王都には吐いて捨てるほどいるのかもしれない。各組織の長は今更危機感を強め、魔人が勇者になることにすら前向きになってしまった。すべてがヴァジムの思惑と真逆である。


「どうしてこんなことに……」


 早めに会場を離れ、マンティコアの暴走とは無関係を貫かねばならない。今の状態で事の真相を知られたら厄介だ。


「だ、旦那~!」


 だというのに、例の魔導士が慌てて駆け寄ってくる。


「えぇ~い、お前などに旦那と呼ばれる筋合いはない。知らん、わしは知らんぞ!」

「そ、そりゃないですぜ。旦那がすべて頼んだことじゃないですか!」

「なんのことだからわからな……」

『……もともと、ナギ・オーエンが勇者であることが間違いなのだ』


 ヴァジムが目を見開く。水晶には目の前の男との取引が映っていた。


『いいか? タイミングを見誤るなよ。勇者といえど、魔人と戦って消耗した隙をこいつに突かれれば、ひとたまりもあるまい』


 あまりの悔しさにヴァジムは歯ぎしりをする。目の前の男がそれほど知恵があったとは。


「くっ、わかった。逃げ道を確保して金を渡してやろう。いくらほしい?」

「へへっ、この世界に生きている連中を甘く見ては行きませんぜ。――なにせこんな証拠を用意してくれましたからね」


 後半、男の声がガラッと変わる。肉ごとひっつかみ、服を脱ぐように引っ張ると別人へと――


「イ・マッチ!?」


 いや、人間ですらない獣となった。仕立ての良い赤い銃士の制服を身に纏い、頑丈な革のロングブーツを履きこなし、腰に聖剣を携え、尻尾をぴんと張る猫の半獣族。

 黒い毛並みに覆われた頭部にカウボーイハットに似た帽子を乗せ、猫目を細めてニヒルな笑みを浮かべた。


「相変わらず私を王族として扱う気はないようですね。まあ、別に構いませんが」

「き、キサマ、どういうつも……」


「それはこちらの言葉だ、愚か者!!」


 イ・マッチの怒声が心臓をわしづかみにするかのように襲い掛かり、ヴァジムは思わず尻もちをつく。


「魔王が復活したこの一大事に勇者を減らそうなど、言語道断。人族ではないともともと嫌っていた私や魔人の彼だけでなく、ナギ・オーエンまで手をかけようなど血迷ったとしか言いようがない。……ンモラ教団の幹部全員にこの水晶を写して配ってある。実行犯も添えてな。沙汰は追って伝えられると知れ」

「……キサマが、キサマらが勇者にさえ選ばれなければ!」


 ヴァジムが立ちあがり、手に魔法弾を携えて襲い掛かろうとした。その様子をイ・マッチは呆れながら見届けていると、横からいかつい拳が犯罪者の顔面を殴り飛ばす。怒り顔のドンモが殴った体勢のまま吐き捨てた。


「本当、血迷ったとしか言いようがないわね。アタシだけで魔王を倒せるわけないでしょ」

「お見事。相変わらずの技の冴えですね、勇者ドンモ・ラムカナ。ナギ・オーエンの相手をしてあげてもよかったのでは?」

「冗談はやめてよ。王族だからと逃げられたアンタと違って、あいつに執着されたらかなわないわ。サブロー今後もねだられそうね」


 ため息をつくドンモに屈託なく笑ってから、イ・マッチは手を打ち鳴らす。どこからか黒子衣装の半獣と獣人の集団が現れ、ヴァジムを回収していった。


「それにしてもどこから聞いていましたか?」

「アンタが実行犯の姿で話しかけるところかしら。いつ見ても不思議な変装よね」

「我らケットシー族の王家に伝わる秘術です。ふふ、カイジン・サブローの故郷には人の皮を被る猫の逸話があるそうですよ」

「マジ!? てかそんなところまで情報を集めていたの?」


 イ・マッチは首を振ってやんわりと否定する。


「師匠がそんな与太話を教えてくれました。同郷であろうカイジン・サブローと会える日を楽しみにしていましたね」


 イ・マッチの父王が収めるイルラン国は異邦人とのつながりが深かった。かくいう密偵部隊『名前はまだない』も師匠が指揮を執っていた部隊だった。彼の故郷で有名な小説の一節を取った部隊名だと聞かされたことがある。

 その師匠だけでなく、過去に虹夜の聖剣に選ばれた初代勇者を始め、数人の異邦人がイルラン国に貢献していた。


「はあ……あの人がねー。しかしまあ、それならサブローに会っていく?」

「いえ、また別の機会にしようかと思います。人外勇者の仲間としては、話す日が楽しみでありますが」


 喉を鳴らして機嫌がいいことを伝え、イ・マッチは踵を返す。ドンモは疑問を去ろうとする半獣の背中にぶつけた。


「別の機会っていつの話よ」

「そうですね。カイジン・サブローが心折れそうになったら、とだけ言っておきましょうか」

「心折れたサブロー……ずいぶん遠い日になりそうね」


 イ・マッチは一度足を止め、闘技場の方へ目を向ける。


「そうでしょうか? 私には優しい気持ちに隠れた、ひび割れた彼の心が見えてしまったのですが」


 ドンモが真剣な顔でどういうことか尋ねてきた。根が深い問題であるため、イ・マッチはただ気を付けてほしいと言うしかない。

 複雑な感情を胸に抱いたまま、頼りになるドンモは頷いた。イ・マッチは礼を述べて、その場を後にした。



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