七十一話:ナギのとんでもない提案
サブローの頭に優しく大きな手のひらが置かれる。振り返らなくてもドンモの物だとわかった。
「聞いての通り、覚悟を決めているわ。サブローが四人目の勇者よ」
ドンモは大降りの仕草で注目を集め、自らを親指で指す。
「そのことに文句があるならアタシに言いなさい。責任はすべて取るわ! この、聖剣に誓って!」
夜空を凝縮したような刀身が天に掲げられる。そこにもう一振り、剣が重ねられた。
「わたしも聖剣に誓う。カイジン・サブローをわが友として、責任をこの身に負おう」
ナギが楽しそうに宣言する。聖剣を手にする二人にいわれて、場が騒然となった。
「そんな……勇者が魔人と結託するなど、前代未聞で……」
「いや、前例を握りつぶしたのはお前らだろ」
創星に冷たくあしらわれ、男は言葉が出てこないまま口を動かし、結局力なくうなだれる。その二つ隣の席で見覚えのある女性が立ちあがった。
「私もカイジンさんが勇者にふさわしいと宣言します」
「オコー、正気か!?」
インナが上司と思わしき人物と向かい合い、真剣な顔つきで肯定する。
「私は彼の人柄と、魔人と戦う姿を間近で見てきました。そのため確信しています。彼は魔王と戦うために力を貸してくれるということを」
力強い言葉が広場を支配する。彼女は安心させるようにこちらに優しく微笑んだ。続けてフィリシアが王女と呼んだ女性が立ちあがる。
「我らアエリア王国も彼を支援させていもらいます」
「王女様……」
フィリシアが意外そうに漏らした。王女は長いまつげを伏せ、フィリシアに一度謝罪の意を込めた視線を流してから、決意に満ちた顔を上げる。
「わたくしたちアエリア王国は大罪を犯しました。王の姿をとられていたとはいえ魔王の企みに乗り、風の一族を滅ぼしてしまいました。ですが、生き残りを守る魔人のおかげで、全滅を免れたことは伝えられています」
王女は悔しそうに歯を食いしばってから、サブローになにかを託すような顔を向ける。
「白き魔人様、わたくしたちはあなたに感謝をしております。亡命中の身ゆえ、微力ですがあなたを支援させてください」
「いえ、身に余る光栄です。心から感謝を申し上げます」
サブローはなるべく恭しく礼を取った。覗き見たフィリシアが嬉しそうにしていたのでホッとする。妹同然の彼女が王国に対して遺恨がないかどうか、それが心配だった。
もしも王国の支援を彼女が嫌がったのなら、失礼を承知で断るしかなかったが杞憂で終わった。
「勇者二人に聖女、エルフの翁、アエリアの王族が認めているし、オレはアニキについていくぜ。文句はないな?」
創星の晴れ晴れとした宣言を受け、ギルド長は唸った。周囲の地位の高そうな人たちも似たような反応で決めかねているようだ。聖剣がイラついたようにカチャカチャ刃を鳴らす。
膠着状態になりかけた広場で、ナギが良いことを思いついたと言いたげに笑みを浮かべて前に出る。
「まあ、実力も不明なまま聖剣を渡していいのか、という疑問もあるだろう。そこでわたしは提案をしたい!」
「ちょ、アンタまた勝手に……」
制止しようとするドンモの手から逃れて、大きく両腕を振るってからナギは高らかに声を張りあげる。
「三日後、闘技場で彼の対戦を組んでほしい! 新たな勇者の実力を知らしめるために相手は私がつとめよう! いかがかな!?」
生き生きととんでもないことを申し出る。油断して彼女を自由にさせてしまった。それ自体が間違いだったのだろう。
後ろで頭を抱えているアートも災難だ。そんな中、一人の男が商売っ気を見せて立ちあがった。
「……三日後ですか? なら、闘技場の管理者としては予定を組みたいのですが」
「ん、待て。適当に三日後と言ってしまったが、確認を取っていなかった。サブロー、君に合わせるがいつがいい?」
「ナギと闘技場で戦うのは確定なんですね」
サブローは深々と息を吐いた。インナが「あの子はほんとに!」と机を叩いている。アエリアの王女はあまりの展開についていけない様子だった。
「そちらの迷惑でないのなら任せます。いつでも構いません」
「本当にいいんですね? まさかこんな儲かりそうな話が転がり込んでくるとは……ついてるぜ」
闘技場の管理者らしき男が突然舞い込んだ幸運で上機嫌になっていた。サブローを勇者と認めるか迷っていた責任者の面々も、いい考えではないかと話しあっていた。
中にはあわよくばナギが倒してくれると考えている者もいるだろう。あまり責める気にもならず、サブローは結論を待った。
「では、オーエン様と戦っていただいて、勇者かどうかという結論はその後に――」
「はあ? 勇者は確定だろう」
ナギがギルド長の発言で一気に機嫌を悪くし、殺気が充満した。濃厚な死の気配に耐性のない一般人は腰砕けになる。
「ナギ、抑えてください!」
「抑える? なんのことだ?」
彼女はサブローの制止にも訳が分からなさそうに返した。
「サブローさん、ナギは戦闘技術を学んだことがありません! ただ、自然体で強いんです!!」
アートが知らせた事実はとても厄介なものだった。ナギは苦しんでいるギルド長に歩み寄る。
「さて、結論を聞かせてもらおうか?」
「か……は……っ」
垂れ流されるだけでも人を縮み上がらせる殺意を集中され、鍛えられているだろう体躯のギルド長は恐怖に喘いだ。見逃せないと構えをとるドンモを視界の端に見かける。
サブローは心を決めた。もう一度問おうとしたナギの意識の隙間に滑り込み、正面に立つ。
「すみません」
パン、と頬を張る音が大きく響いた瞬間、殺気が霧散する。ドンモが顔に驚愕を貼りつけた。
サブローが周囲を見回すと呼吸は乱れているものの、苦しむ様子の人は見られない。一通り確認して安心し、ナギの叩いた個所に目を向ける。
「ナギ、痛くはありませんか? 手荒な真似をして申し訳ありません。ひとまずは冷やして……」
「すごいな! サブロー、いまどうやったんだ? まったく気づかなかったぞ!」
「アタシもびっくりだわ。ナギにさえ通じるだなんて……」
目を輝かせるナギに怯みながら、魔法瓶の水で濡らした布を叩いた箇所に当てた。彼女は気にせずぐいぐい身を乗り出す。
「わたしはな、自分で言うのもなんだが、アサシンでさえ返り討ちにしたほど勘が鋭いんだ。不意を突かれるなんて初めての経験だぞ! どうやってわたしの初めてを奪ったんだ!?」
「下品な意味に聞こえそうなことを言ってんじゃないわよ。……サブロー、殺気がほとんどないから読みにくいのよね」
「殺気がないだけなら察知できるはずだが……ふふ、三日後が楽しみになってきたぞ」
やたら好戦的な理由でワクワクするナギの相手をすることを諦め、サブローはへたり込んでいるギルド長を助け起こす。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ああ……」
戸惑うように返答するギルド長の全身を観察し、本当に怪我がないのでサブローは安心して肩の力が抜ける。
「無事でよかったです」
思わず声に出すと、ギルド長は目を白黒させた。なにがそんなに不可解そうなのかはわからなかったが、汚れをはたいてから踵を返そうとする。
「ま、待ちたまえ」
呼び止められたのでサブローは中途半端な体勢で固まり、真意を確かめるために表情をうかがった。
「……あなたが勇者であることはほぼ確定だとは思うが、私の一存では決められない。創星様を預けるので、話し合いの時間がほしい」
「いまさらなにをグダグダと話……あだ、あだだ! アニキ、いたい!?」
「もちろん構いません。みなさんが満足するまでお待ちします」
噛みつく創星を強引に黙らせ、慌ててギルド長の話を受け入れる。サブローが失礼のないように頭を下げると、豪華な装飾が施された鞘を渡された。
創星の鞘であることを説明され、そのことに礼を言ってから離れる。長々と話をしているとまた聖剣が噛みつきかねないからだ。
アートとドンモに説教をされているナギを回収して、ようやく広場を離れた。
ナギの屋敷にて割り当てられた部屋で、サブローは机に突っ伏した。
いろんな相手に迷惑をかけたことがとても申し訳ない。特に世話になったドンモやナギに不利益をもたらしたのではないだろうか、不安で仕方がなかった。
「アニキ、気に病みすぎだって。しかしアネゴと真逆な人が二代目になっちまったな」
「どんな人なんですか? あ、いえ今は答えないで構いません。いろんな疑問を僕だけが解消するわけにはいきませんし」
「おう。オレもアネゴに似ている娘が気になる」
自分が彼女を説明するべきか、自己紹介させるべきか、サブローはしばし悩んだ。やがて二度手間を避けるためにフィリシアと会せようと判断する。
屋敷の廊下を歩いて一同が集っている大広間の扉を開けた。
『おー勇者様のおとーりだー』
「入ってきて第一声がそれですか、ケンちゃん」
目の前に飛んできたドローンを睨みつける。笑い声が通信越しに聞こえてきてうんざりした。
「お? 世界を超えて通信できるようになっている。門が開きっぱなしで境界線があいまいになっているとはいえ、すごいなこれ。アニキんとこの物か?」
「はい。わかるのですか?」
「そりゃ聖剣だからな。しーちゃんやこーくんも感心しているぜ」
しーちゃんは四聖月夜の聖剣、こーくんは虹夜の聖剣を指すらしい。聖剣同士の関係はまるで幼なじみのような気安いものだった。
毛利が聖剣に自己紹介をしてるのを放置して部屋の中を見回す。広場までついてきたメンバーにベティを始め親衛隊の人間が何人かいた。
「ラムカナさん、ナギ、ご迷惑をおかけしました」
「いや、サブローはむしろよくやったと思うわよ。ぜんぶややこしくしたこいつが悪い!」
「わたしは望むどおりに事が運んで満足だ。無事サブローは勇者となり、闘技場での対決が組まれる。ふふ、待ち遠しい」
「ナギが本当、やらかしたようで申し訳ありません……」
ベティが深々と頭を下げたので、構わないと答える。助けてもらったこともたくさんあった。
サブローはついでに周囲の親衛隊を観察する。アートとベティ以外は警戒心と戸惑いが感じられた。
「ナギ、僕は別に宿をとったほうがよろしいのではありませんか?」
「いかんいかん。サブローは客人としてもてなすと決めたのだ。わたしの愛しい子ならそのうち慣れるから気にするな」
「そっちもなんですが……僕とナギは対戦しますよね? 一緒にいるのはまずいのでは?」
サブローの発言で、ベティが察して説明を始める。
「不正を疑われるということですよね。まあそちらも問題はありません。ナギはよく闘技場での対戦相手を招いて、万全の状態で送り出すことで有名ですから……」
「有名になるほど頻繁に行っていたのですか。しかし闘技場なんてあったんですね」
「今では捕獲した魔物同士の対決や、ゴーレムや魔道具の実験が主な使用用途です。人同士で戦うのは基本希望者のみとなっています。魔物と人の対戦カードも組まれることがありますが、一定の功績を積んだ冒険者しか認められません」
ベティの補足に礼を言う。けっこう厳重に管理されていることが分かった。血なまぐさい娯楽だが、とやかく言っても仕方がない。
『しっかし、隊長が勇者を自分から引き受けてくれて助かったッス。いまいち乗り気じゃなかったッスからね』
「この身体ですし……助かったというのはどういう意味ですか?」
『うちの方針は現地勢力の力を借りることッス。ドンちゃんに教えてもらった勇者の持つ特権を活用できるなら、目的を果たしやすくなるッス』
ドンちゃんと呼ばれたドンモは嬉しそうにしている。いつの間にそう呼ぶ仲になったのか。
とりあえずと席を勧められ、サブローは腰を落ち着ける。やたら馴れ馴れしい聖剣を見つめながら唇を湿らせた。
「それでは創星、いろいろ聞かせてもらいます」
「うっしゃ! どんとこい!」
気安く返されながらも、サブローはまじめな態度を崩さず口を開いた。




