七十話:魔王を倒したい
「魔人! 創星様に手を出すな!」
いかつい鎧を着こんだ傷だらけの戦士に忠告される。元々サブローは聖剣を手にするつもりはないので黙って従う。ミコとフィリシアが不機嫌になったが、余計なことをしないようにハンドシグナルで示す。
大男が大きく足を踏み出した瞬間、力が抜けたように倒れこんだ。
「なっ、これは? 魔人、キサマなにを……」
「口を慎みなさい、人間」
ぞっとするほど冷たい声が、先ほどまで砕けた口調で喋っていた聖剣から発せられた。
「こちらにおられるお方は、我が創星を背負う者。異をとなえるというのなら、私の権限によってあなたたちに与えられる神の恩恵を取り上げることも一考させて……あいだだあだだ!」
サブローはとりあえず刀身をつかんで力を入れた。痛みを感じるか不安だったが、しっかり痛覚が存在するようだ。剣なのに。
「折れる折れる! いや、折れないけどそれくらい痛い!」
「あ、すみません。妙に感心をしてしまって、やめ時を誤ったようです」
サブローが解放すると創星の聖剣は左に傾いて、柄のあたりを小さくまわした。人間でいえば肩を回すようなしぐさに和む。
「アネゴにもよくやられていたな……折れることはないからって気軽に……」
「とりあえずあの人を元に戻してください」
姿を戻しながらサブローは頼んだ。聖剣は嫌そうに唸る。
「だいたい、なにをしたんですか? 立ちあがれないほど弱っていますよ」
「ああ、オレは生物に宿った加護を一時的に増減できる。急激に加護を弱らされた影響で、衰弱した結果ああなった」
「では戻してください。いますぐ」
「でもあいつはアニキを軽んじた。敵だ!」
サブローは深々とため息をついてから、首を左右に振った。
「彼は敵ではありません。僕の敵は逢魔の首領……あなた方が魔王と呼ぶ存在と、それに付き従う魔人です」
あと、と続けて人の肩を叩くように聖剣の刀身を軽く叩いた。
「あなたは聖剣ですから、人を脅すような真似はいけませんよ。僕のためだとしてもこれはやりすぎです。ひとまず解放してから、ちゃんと話しあいの機会を設けましょう。最初からそのために僕は来ましたから」
自然と笑ってからサブローは返答を待った。聖剣はない口から長い息を吐いて大男に向いた。しばらくして彼は力を取り戻したのか戸惑ったように立ちあがり、自らの手を眺めている。
サブローは右手を差し出して、「大丈夫ですか?」と尋ねた。その手をはじかれ、睨みつけられる。
「魔人の汚らわしい手など、借りられるか。いいか、お前を……」
「おっと、グビッシュ。それ以上はよしてもらおうか。わたしの友人が貶められるのは我慢がならなくてね」
ざわつく広場に勇者である彼女の声は良く響いた。笑顔のナギがポケットに片手を入れて、大股でゆっくりと歩み寄ってきた。
サブローは聖剣に続き、お前もかとげんなりする。笑顔ではあるのに不機嫌を隠さず、声色が刺々しい。こうなるのは充分予想できたので落ち着いて構えてほしかった。
「すまんな、サブロー。彼はハーロルト・グビッシュというのだが、少々視野が狭くてな。これでも一応中堅の冒険者だ。わたしに免じて許してほしい」
ナギが名前でなく姓で呼んでいると知って、サブローは不思議だった。初対面でしつこく名前を呼ぶことを強要された上に、彼女自身も親しそうに名前で呼んでくれるからだ。
「許すもなにも、当然の反応ですよ」
「ハハッ、君のそういうところが本当に好ましい。さて、見ての通りサブローは勇者にふさわしいとわたしが連れてきた。文句があるならまずはわたしにいいたまえ」
「オーエン様、正気ですか!?」
インナとは違う法衣に身を包んだ老人が椅子を蹴り飛ばす勢いで立ちあがった。ナギが嘲笑に近い笑みを深める。あまりいい印象の笑顔ではない。
「わたしの目はそう見せてくれる。まあ、ご老公の崇める神が与えた“聖捌”の力を疑うというのなら、否定してくれても構わないのだが」
ご老公、と呼ばれた男性が悔しそうに歯ぎしりをする。ナギは興味を失ったのか、無表情になって周囲を見回した。
ドンモが呆れたように頭に手を当てて前に出た。
「なんで聖剣と一緒にケンカ腰なの、アンタ。ギルド長、サブローはアタシが会ってほしいとずっと頼んでいた魔人よ」
「彼がラムカナ様やオコー様が共に魔人と戦ったと仰っていた、善なる魔人なのですか?」
善だとか言われるとサブローの背中がかゆくなる。悪い気はしないのだが、気恥ずかしいのだ。
フィリシアがようやくきっかけをつかめたように前に出た。
「はい。サブローさんは魔王に使われるような、悪しき魔人ではありません!」
「君は?」
「私は数か月前に魔王によって里を滅ぼされた、風の一族の者です」
言い終えると同時に、フィリシアが精霊を可視化させる。巻き上がる風に、周囲がどよめいた。
「風の精霊術一族・族長の娘、フィリシアと申します。魔王に騙された王国軍と魔人の手から、私を含んだ生き残り七人を彼は守ってくれました。私がその証拠です!」
フィリシアの発言を受け、戸惑いの空気が満ちた。
魔人を憎んで余りあって当然の少女が庇ったため、「本当に風の一族か?」「騙りではないのか?」「しかし風の精霊を呼び出しているぞ」「誰か確かめられる奴はいないのか?」など様々な憶測が飛び通う。
確信に踏み込めず躊躇する人々の中、賓客席で立ちあがる女性の姿があった。サブローは初めて見る相手だ。
「彼女は間違いなく、風の精霊術一族のフィリシアです。わたくしが証明します」
「王女さまっ!」
フィリシアが驚き、跪こうとする。王女と呼ばれた女性はかぶりを振ってやめさせた。
「今のわたくしは亡命中の身です。かしこまることはありません。それに……あなたの里を滅ぼした原因でもあります。憎くて仕方ないでしょう」
「いいえ! すべては……」
一度フィリシアがうつむいた。割り切れない想いをどうにか飲み込もうとしているようにサブローは見えた。
「すべては逢魔を名乗る、魔王と魔人が原因です。王女さまや王国の方々は騙されただけです」
気丈にも言ってのけた彼女の背中に、ミコの手が添えられる。わずかに震えていた背中が触れられた瞬間、小さく跳ねてから落ち着いた。
「アネゴと同じ顔でお淑やかとか完璧だな。あの脳筋ゴリラの血族でよくあんな良い娘が生まれたもんだ……」
創星が失礼極まりないことを言っている気がしたので軽くはたいておく。
「しかし……本当に魔人が勇者なのですか? 創星様」
ギルド長が間違いであってほしいと言いかねない雰囲気で確認してきた。創星はやや気を悪くした様子で答える。
「あの人間に興味を持たない精霊王がやたら加護をくれているんだ。アニキ以外オレを使えねーよ」
「人間に興味を持たない?」
「ああ、精霊王は他の神と違って精霊を眷属にして満足しているから、人間に目を向ける機会が少ないんだ。別にオレみたいに人間を嫌っているとかでなく、他の神みたいに頻繁に人の世界を覗き見しているわけじゃないってだけだな」
サブローの疑問を早く解消したことを、聖剣は褒めろと言わんばかりに刀身を反り返した。人間でいえば胸を張った動作にあたるのだろうか。
しかし聞き逃せない言葉がある。この聖剣は人間が嫌いなのだろうか。
「……人が嫌いだから、魔人の僕を勇者に選んだのですか?」
「ハッハ、なに言ってんだアニキ。だったらゴーくん……護暁の聖剣のように半獣を選んでいるって。まあゴーくんは別に人間きらっちゃいないけどな」
半獣については異世界に来る前に、フィリシアに説明を受けたことがあった。
獣の身体特徴を、獣耳や尻尾といった一部だけ受け継いだ人族は獣人族という。対し、獣が二足歩行したような亜人の一族を半獣族という。
まだ会っていない勇者は半獣の人だったようだ。
「それに魔人だって人だろう。元々は“すべての神よりも前に存在するもの”が神の世界に耐えられるよう、招く人間に相応の身体を与える神聖なる権能だ。コピーした魔王に使われて魔人だって呼ばれようと、アニキは人間だぜ。胸を張って……」
「ちょっと待ってください。今、聞き逃せないことを言いましたよ」
サブローは思わず創星を引き寄せる。ようやく握られたおかげか、聖剣が機嫌よさそうになった。
「おう、なにが聞きたい? なんでも答えちゃうよ」
「神……権能……コピー……山ほど聞きたいことはあります。まずは、今確認されている魔王は、あなたが知る魔王なんですか?」
「そうだよ。五百年前、ちゃんと倒したはずだ。けど、なぜかまた現れやがった。魔人を従えているなら間違いない。あの権能を写せたのは、魔王しかいない」
「じゃあ……あなた方に追いつめられて、僕らの世界に逃げてきた可能性はありますか……?」
「ある。つーかそれ以外考えられない」
創星は肯定して声色に怒りをにじませる。
「当時の魔人の一人が世界を渡る門を開くことができた。そのせいでアニキたちの世界とのつながりが密接になって、今じゃ転移の魔法で簡単に行き来できるようになっている。どうやって生き延びたかはわからないけど、魔王がそいつに頼んで逃げ込んだんだと思う」
拳に力入り、爪が皮を破って血が流れる。息が荒くなり、目の前が真っ暗になりそうになった。かきむしりたくなるほど胸が苦しい。
「そいつさえいなければ、その魔人さえいなければ、あいつに変えられたみんなは……」
脳裏に次々と懐かしい顔が浮かぶ。
青空スズメは気の良い姉のような優しい人だった。他の魔人に乱暴されても、あざを隠して太陽のように微笑んでくれた。
サンゴは常に騒がしく、大雑把な人だった。酒好きで、酔えないことに文句を言いながらサブローをよく付き合わせていた。
知名火元雄は優しく穏やかで、争いが苦手な人だった。歳が近いこともあって仲良くなり、毛利と一緒に子どもみたいなことをした。
久慈多海造は物静かな中年男性だった。父親を知らないサブローがもし生きているなら彼のような人であってほしいと願ったほど、親身になってくれた。
サンゴ以外、その死体と対面した。もう二度と戻らない。洗脳された中で、サブローだけが生き残った。生き残ってしまった。
身体中の血液が沸騰したかのように熱い。奥歯を強く噛みしめる。頬を伝った水のしずくが創星の刀身にこぼれる。
「サブローさん……」
フィリシアの心配そうな声にハッとする。乱暴に涙をぬぐってから、サブローは聖剣を正面にとらえた。
「……今度は魔王を倒せますか?」
聖剣が真意をはかるように「アニキ」とだけ呟いた。サブローは柄を握る手に力を込める。
「あいつに逃げられたくありません。僕の仲間たちのように、あいつにただ利用されて使い捨てられるような目を、他の世界の方々に味わわせるのは絶対に嫌です」
「じゃったら、勇者になるのがよろしい」
そう優しく勧めたのはエルフの翁と呼ばれた老人だった。蓄えた口ひげを撫でながら、思慮深い眼差しを向けて微笑んでいた。
「白霧のカスペル様! 魔人に聖剣を渡すことを、当時を生き抜いたあなたが認めるというのですか!?」
「そもそも魔人がもともと人であること、奪われた神の奇跡により生まれた者であること、勇者に味方した魔人がいたこと、そのすべてを秘匿したのは教団連盟の判断じゃ。代々その事実を隠し続けた結果がこの混乱であろう。そのため創星様に信頼されず、今またそのツケが回ってきた。ただそれだけの話じゃ」
白い法衣の男はカスペルから目をそらし、力なく座った。その姿がエルフの翁の証言を真実だと何よりも雄弁に語っていた。
群衆がそれぞれ先ほどの会話の内容を話しあう。新たに明かされた真実を、どう消化すればいいのか判断しかねるようだった。
「それにしても、風の一族と魔人とは……つくづく運命を感じるのう」
「アネゴの親友のあいつも、魔人だったしな」
フィリシアとともに瞠目する。彼らから語られる話に驚かされるばかりだった。
「さてアニキ、心配事はみんな取っ払ってやったぜ。遠慮なくオレを受け入れてくれ!」
「……あなたを手にすることで、不利益を被る方々がいます」
周囲の様子をつぶさに観察してから、サブローは知らせる。顔を青くして見守っている人がいた。魔人を信用できないと、神に救いを求める人がいた。聖剣は騙されていると吐き捨てる人がいた。
歓迎されていないことより、彼らが苦しむことがサブローは辛い。たとえ勇者だとしても、受け取るわけにはいかないだろう。
だというのに、右手は聖剣を手放さなかった。
「彼らの心の平穏を踏みにじるのが嫌です。かばってくれたラムカナさんやナギに迷惑をかけるのが嫌です」
強く、とても強く、握りつぶすように柄を握りこむ。
「アニキ、そんなこと言いながらも、やる気満々じゃねーか」
「嫌ですが……迷惑をかけてもやりたいことが出来ました。いえ、ずっとありました」
サブローは息を大きく吸い込む。
嬉しそうに、だけども寂しさを秘めて死んだ仲間の話を聞く、洗脳組の家族の姿を思い浮かべる。
「創星の聖剣、あなたの知っていることを教えてください。あいつを逃がさないために」
「おっしゃ! 任せろ!」
逢魔のせいで悲しい想いをする人を増やしたくない。サブローが首領を倒したい。それがわがままだというのなら、甘んじて受け入れる。
創星の聖剣をつかみ、迷いなく前に出る。
猜疑、恐怖、嫌悪、怒り、様々な負の感情が身に降りかかり、正面から受け止める。
「魔王に変えられた魔人の身ですが、どうやら聖剣に選ばれてしまったようです。それだけで僕のことを信用してほしいとは言いません」
一度頭を下げてから、また一歩踏み出す。
「ですが、お願いがあります。僕をつかってください。どんなことを言われようと、どんなに嫌われても……」
サブローの瞳に力が入る。
「僕は首領を……魔王を倒したいです」
そのために聖剣が必要だった。




