六十九話:勇者に選ばれました
サブローたちが部屋を案内され、荷物を置いてからしばらくしてドンモが訪ねてきた。
彼は尊敬のまなざしを送る子どもたちに気安く対応しながら、聖剣の存在する広場に向かうことを提案する。
ギルド長に会いに行くためサブローたちは当然提案を受け入れた。もちろんナギもついていくと主張し、親衛隊はアートがついていくことになった。
「そういえばサブローさんの体質を親衛隊のみんなに話してもよろしいですか?」
ベティが許可を求めてきたので、もちろん了承する。アートが連続してナギにつくことに拗ねた様子を見せたセスも、ベティに真剣な表情で明かしたいことがあると言われて押し黙った。
帰ってくるころにはセスの見る目が変わるかもしれないので切なくなったが仕方がない。出かけることを告げるナギに続き、街道へ向かった。
フィリシア、ミコ、そしてドローンとおなじみの仲間とともに、目的の広場へと向かった。その間、冒険者ギルドや各教団、各国の推す勇者候補の話題になった。
「まず冒険者ギルドの推すのが、ベテラン冒険者のオイゲン・リッツだ」
たびたび組んだこともある相手のことを、ナギが楽しそうに語る。非常に実直で高潔な人物で、多くの依頼を完遂してきた。
白い髪を後ろに撫でつけ、口ひげを蓄えた家族思いの男らしい。彼の妻と二人の子どもには、ナギも会ったことがある。
「続けて、インナのところのレベッカ・マルヴィストかしら」
ドンモも会ったことがあるが、苦手意識がある様子だった。
まじめで穏やかな女性でインナと同じくシンハ教の幹部候補なのだが、常々ドンモに女性の伴侶を見つけるように忠告してくる。
自らの神の教えを若干妄信気味で、正しい男性としての道を説いてくると愚痴り気味に話した。
「そういえば、サブローは最初会ったとき全然気にしてなかったわね」
「びっくりはしましたよ。でもまあ色んな人がいますし、ラムカナさんいい人でしたから気にしなくなりました」
「私たちは血まみれで大やけどしていたサブローさんがいたので、そこまで気を回す余裕がありませんでした。でも、ラムカナさんは力になってくれましたし、信頼しています」
懐かしくもなってきた当時を思い出し、フィリシアとともに話す。ドンモは少し照れくさそうに、そしてすまなそうにしていた。
「あの時サブローと戦ったのは、アタシの失点よね」
「そうか? ぶつからないとわからないことがあるぞ。わたしは羨ましい」
ナギが大真面目に言い切る。毛利がドローン越しに『脳筋ッスねー』とさすがに呆れていた。サブローは最初に出会った勇者が彼女でなかったことを神に感謝をした。
ドンモと同じく協力はしてくれるだろうし、殺されはしないだろうが、彼女が満足いくまで戦わされる気がする。
「アホなことを言わないの。インナはその辺緩いから長い付き合いだけどね」
「彼女も君のことは女友達みたいなものだと言っていたな。ハッハッハ、世間が想像するような湿っぽい関係がなにひとつない」
「余計なお世話よ。あと勇者候補と呼ばれているのは……」
近隣諸国の近衛騎士団の団長や、魔法に長けた貴族の名が挙がる。サブローにはいずれも立派に勇者を務められそうな人々だと思うが、二人は誰も勇者だと考えていない。不思議に思ってそのことを尋ねた。
「だってまあ、アタシたちやイ・マッチが勇者になった時のことを思うと……ねえ」
「彼らが勇者であったなら、とっくになっている。聖剣はえらいがっついているからな」
ミコがその意味を分からず、「がっついている?」とおうむ返しをした。
「まあもうすぐ実演が見れるだろうから、楽しみにしているといいわよ」
「しかも今度は喋れる創星の聖剣だからな。ふふ、実に興味深い」
彼らの推測が空振りだったらどうするつもりなのだろうか。サブローはとぼとぼと聖剣までの道のりを歩き続けた。
◆◆◆
勇者ナギ・オーエン邸の一室で、親衛隊が集まり紛糾していた。
この大部屋は親衛隊の会議のために設けられたもので、場合によっては主であるナギでさえ出入りを限定される。
まだ幼く、正直すぎて敵を作りやすい勇者を守るために必要な場所だった。ベティは会議用の長机の上座で、小さくため息をつく。
本来この場に座るのは親衛隊を取りまとめるアートなのだが、二人で話し合った結果、弁のたつベティが今回の会議を取り仕切ることとなった。なにせ事が事だ。
議題はカイジン・サブローという魔人を信じるか否か。
もともと、ナギが魔人に会いに行くと知ったのは出発して数日経った後だ。勇者としての仕事を終え、ドンモを呼びに行くだけと思っていたベティとアートは驚愕した。
勇敢な勇者である彼と協力して魔人を倒すという話ならそんな反応はしない。ナギが明かした目的は『善良な魔人を見定めに行く』だった。
たしかに、ドンモやインナが善良な魔人を見つけた、協力してくれるという話を冒険者ギルドに持ってきていたのはここ最近では有名な話だ。勇者として栄光を歩み続けた彼にはふさわしくない主張だと、嫌味をぶつけるものだっていた。
ベティだって実際サブローと接するまで善良な魔人など信じる気にならなかった。
「本当に彼は魔人なのか? うちの子どもたちにとても優しく接していたし、兄さんだって心を許していた。とても魔人だとは思えない」
セスの疑問はもっともだった。サブローは伝承や、ドンモ戦ったとされる魔人、そして王都で猛威を振るっている連中とはまるで違う。
なにより親衛隊は誰もがナギの“聖捌”を信じている。見誤ることなど決してなかったし、自分たちをナギとひきあわせてくれた感謝すべき神の目だった。
「勇者だとナギに説明されたが、そっちの方がよっぽど信じられる。魔人に変った姿を兄さんやベティは見たのか?」
「……見ました」
ベティは断言してから、その時の様子を事細かに語り始める。
旅の途中、ナギに魔人の姿を見たいと駄々をこねられて、サブローは困ったように馬と距離を取ってからと渋々同意した。理由を聞いてみると、魔人の気配で馬を怯えさせないためと説明される。
魔人の力を封印しているという腕輪を取ったところ、確かにベティたちの馬たちが敏感に反応していたのを目撃した。腕輪を取ったサブローは、一瞬で人の姿を捨てた。
禍々しい、白い光沢を放つ肌。獲物を捉えて離さないかのような大きな眼球。頭と身体の境にうごめく十本の触手。
獣の血が濃い半獣族とも違う、伝説の死の象徴、魔人がそこには存在していた。
――あの、元に戻ってよろしいですか?
緊張していたベティの身体が、穏やかな声を聞いてほぐれる。よく見ると困ったような仕草も見えて、中身は彼のままだと実感した。
思わずアートが吹きだして、肩を震わせたまま謝罪する。魔人とは思えない彼そのままの動きがツボに入ったようだ。
そのあとは一戦交えたがるナギを宥めすかすのに協力して、いつの間にか気にならなくなっていた。
一連の流れを子細なく伝えるが、納得いかない隊員が半分ほど存在していた。事が事だけに仕方ない。
「兄さんやベティさんが大丈夫だと判断をしたし、ナギの目は絶対だ。彼を信じたい。だから、私は様子を見ることを提案する」
実際に接していたセスが妥協案を出すと、ナギを持ち出されると弱い隊員はバラバラに賛成していった。ベティはひとまず話が穏便に運びそうで安堵の息をつく。
ナギが集めた隊員のため、なんだかんだ顔を合わせていくうちにサブローを信頼していくとは思っている。そのための流れを作ったことをナギに褒めてほしくて仕方がなかった。
◆◆◆
冒険者ギルドはその成り立ちから、主に魔物の生みだす脅威に対応するための組織である。
五百年前、四本の聖剣が突き刺さっていた聖者の丘を所有し、多くの勇者候補を育て支援するために存在していた。勇者を輩出している実績と、勇者を失った聖剣が帰る丘を所有地としていることから、周辺国家の干渉を避けられるほどの権威と格式を持っている。
過去、その地を奪おうとした国もあったが、ことごとく空からの光“神罰”に撃ち貫かれ、今では不可侵領域である。創星の聖剣によると、神の力が悪用されないための安全装置の一つらしい。また、抜け道を許さず、欲望を満たすものにならないための監視者が、かの聖剣でもあった。
他の聖剣にない役割を持つため、創星の聖剣があえて持ち主を持たないようになっているという仮説もあったが、つい先日二人目の所有者が現れることを予言した聖剣自身によって否定された。
五百年ぶりにそろう四人の勇者。人々は盛り上がり、神話の再来と喜んだ。
しかし、悪い意味で神話の再現でもあった。
一つ前の神託により、魔王が復活したことが知らされた。そして対策を打つ前に正体を看過されて、逆上した魔王は王国を瞬く間に支配したのだ。
王国の冒険者ギルド支部は壊滅し、王都も酷いありさまだと伝わっている。魔物を集め、魔人とともに周辺国に被害を出していた。
人々は魔王再来による不安を、四人そろう勇者の話題でそらした。そのため必要以上に浮かれている。
ナギにそう説明を受けて、サブローは道を行き通う人々を眺めた。
発達した魔法技術の恩恵を受け、穏やかな顔で日常を過ごしている。愛する人がいるはずだ。親を慕う子どもがいるはずだ。友人との明日を約束した者がいるはずだ。
あちらの世界と変わらない、平和な光景。昔と変わらず、蹂躙しようと逢魔は動く。
止めなければならない。魔王と呼ばれ、悦に浸っているだろう連中が目に浮かぶ。自分のような人間はもう生みださせたくなかった。
だからサブローは連中を狩る。たとえ死のうと、地獄に落ちようと――――。
「創星の聖剣が動いたぞ!」
広場の入り口付近で、男の言葉を耳にした。誰か聖剣を手にしたのだろう。ドンモたちにやはり間違いだったと述べようとした瞬間、高速で飛んでくるそれを発見した。
後ろの人たちに被害が行かないように受け止める体勢で待ち構えていると、細長い棒状のそれは物理法則を無視して静止した。
いったいなんだとサブローが戸惑ってつぶさに観察すると、見事な装飾の直剣が抜き身で浮いていた。
ドンモの四聖月夜の聖剣とは違い、鋼の刀身をもち、白い稲妻を模したような意匠が刻まれている。不思議な輝きを持つ小さな宝石が柄に埋まっていた。嫌な予感がする。
「お待ちしておりました」
厳かな声色が、目の前の剣から発せられる。間違いじゃないかと左右に移動しようとするサブローに合わせて、目の前の剣も動いた。完全にロックオンされている。
「精霊王より加護を賜りし我が主よ。悠久の時、あなたが訪れるのをただ待ち続けました。魔王が戻りし今、勇者として私を手に……」
「人違いをしていますよ」
サブローは最後まで言わせず、半身になってフィリシアを指した。
「精霊術一族でもないのに、精霊王の加護なんて得られるわけがありません。精霊術一族なのは彼女です。なので勇者は――――」
「げぇっ! アネゴ!?」
間抜けな声に思わずサブローは怪訝な顔をする。目の前の剣が発言したのかいまいち自信がなかった。なにせ口がない。
「え、あれ? なんでアネゴが生きてんの? いえ、生きているんですか? アネゴ、天寿をまっとうしたはずでしょう!」
「あ、あの……姉御とは誰でしょうか? 別の人と勘違いしています……」
戸惑うフィリシアの周りを剣が風船のように浮いて移動してから、ふぅとため息をつく。いや、剣がため息とは意味が分からない。
「はは……そのお淑やかな物言い……。よかった、アネゴじゃない。助かった! いや、お姉さんオレの前の持ち主……先代の勇者にそっくりで驚いたんですよ。もしかして風の精霊術一族?」
こくりと頷くフィリシアを確認し、剣が安心したようにひとりごちる。
「アネゴの血縁……この場合は子孫になるんかな? しかしよー似たもんだわ。まいったまい……」
そこで聖剣はようやく、凍った場の雰囲気に気づいたようだ。咳ばらいを一つし、再びサブローの前に浮かぶ。ため息をついたり、笑ったり、咳ばらいをしたり、やたら人間臭い。
「私の持ち主は彼女ではありません。精霊王の加護を得ているのはあなたです」
「は、はあ……ええ……」
サブローは見なかった振りをするべきかどうか、判断がつかなかった。ドンモとナギはうつむいて肩を大きく震わせて頼りにならない。フィリシアとミコもポカーンと成り行きを見守っている。サブローは孤独だった。
「あなたを二代目の創星を背負うものとして……あぁ~しち面倒くせー。もういいか。オレを扱えるし、資格は充分だ。アニキと呼ばせてくれ!」
「お断りします」
「な~に~!? じゃあなんと呼べばいいんだ? にいちゃん? にいや? にいに!」
「間に合っています。呼び方ではなく、僕が勇者というのは間違いです。こんな状態になるくらいですし、錯乱しているのではありませんか?」
サブローがジト目で聖剣に言うと、否定の声が別の場所からあがった。
「ふぉっふぉっふぉ、それで間違いはありません。しかし創星様が素でお話になるのはずいぶん久しぶりじゃのう」
進み出た老人は思慮深い瞳をサブローと聖剣に向けた。長い口髭と、魔法使い然とした衣装もあり貫録を感じさせる。よく見ると耳が尖っていた。
「まあアネゴとの約束があったからな。エルフの翁、あの娘めっちゃ似ているだろ?」
「たしかにあなた様の先代とよく似ておるのう。本当に彼女が勇者ではないのかの?」
「相応に精霊王の加護は受けているよ。けど、聖剣を扱えるほどじゃない。たぶん青の世界の人間だろうけど、アニキがオレの新しい持ち主で勇者だ」
「青の世界……異邦人じゃったか」
異なる世界の人間、とサブローを言い当てたことに驚いた。威厳はだいぶ減っているが、さすがは聖剣といったところか。
「新しい勇者様。異邦人であることを気にしているのなら問題はありませぬ。五百年前の勇者の一人も、あなたと同じ世界の出身じゃった」
「こーくん……じゃ伝わらんか。虹夜の聖剣をもった初代がそうだったな」
「ほう、それは興味深い」
自らの聖剣が話題に出てナギが興味を示す。しかし、サブローの懸念はそこではない。覚悟を決めて制御装置を外す。
「僕が確実に勇者ではない証拠をお見せします」
荒療治だと自覚はあるが、このまま受け取っては騙すことになる。新たに生まれる勇者に失礼であるためサブローは魔人へと身を変えた。
周囲に悲鳴と助けを求める声があがる。緊張感が高まり、一気に殺意を向けられた。
「ああ、うん。知ってたよアニキ。問題ないからオレを連れてけ」
聖剣の爆弾発言が騒がしい場にもよく通った。今度はサブローが叫んだ。




