六十八話:ナギの家へいらっしゃい
エグリアという街はとても賑やかだった。
規則正しく石畳が敷かれた広い道にはさまざまな種族が行き通い、店が客を呼び込んでいる。純粋な人間だけでなく、獣耳を持つ獣人や、トカゲや猫の頭を持つ亜人もいる。
まるで上京したてのように物珍しさからきょろきょろしていると、気になるものが視界に入る。車道らしき区切られた道で、馬の模型に引かれている馬車が目に入った。
いや、引かれているという表現は正しくない。馬の模型の四本脚は浮いている。どういうことかと首をひねると、フィリシアがその様子に気づいた。
「ああ、あれはサブローさんたちのところの車と似た馬車です。魔力を送ると回るという簡単な術式が仕込まれた車輪を組み込まれています。あの模型に記憶したルートしか通れないので、手間がかかる割には人気がなく、こちらでも珍しい乗り物です」
サブローは感謝を述べる。同時に、フィリシアが車に対する反応が薄かった理由もわかった。よく見ると石の馬がひく馬車や、巨大な荷物を運ぶゴーレム、荷車を引く炎をまとった牛の魔物などが見える。
調教できる魔物もいたのかと感心しながら、ドローンを取り出した。この様子なら飛ばせても問題ないだろうか尋ねると、珍しいがなんらかの魔道具だと判断されるからいいのではないか、ということになった。
ドローンの電源を入れ、毛利に挨拶をすませてからドンモの案内に従った。さすが勇者だけあって、ドンモもナギも道を歩くだけで多くの人に声をかけられる。人当たりがいい二人なので朗らかに対応していた。
「さすがにうんざりしてきたわね。先に進まないわ……」
「わたしは嬉しいぞ。多くのよき“灯り”を目に出来るからな」
こちらにこっそりと愚痴るドンモに対し、まるでこたえていないナギが嬉しそうにする。サブローたちとともに並んでいる親衛隊の二人は尊敬のまなざしを送っていた。
やりすぎる傾向にあるナギに口うるさい部分はあるが、二人は彼女を心の底から慕っている。サブローは微笑ましくてつい顔が緩んでしまった。
やがて大きな建物が見えてきた。市役所を思わせるような清潔かつ整然とされており、大きな扉が左右に開いていた。
中からは正装らしき人や、鎧に身を包んだ戦士然とした人、いかにも魔導士という雰囲気の人など、多種多様な職業の人々が出入りしている。
ここが冒険者ギルドと紹介されて、サブローは感心の声を上げた。冒険者が依頼を受けるのは酒場のような場所だと思っていたため、そのことを言うとドンモは苦笑する。
基本的にはサブローの認識で間違いはないと説明された。ただ、各国の首都に存在する冒険者ギルド支部、そして本部は拠点を構えて大きな事件に備えている。
エグリアは聖剣を各宗教とともに管理していることもあり、冒険者ギルドの本部が置かれてあった。各教団の関係は良好らしい。
神と教えの違う各宗教が仲が良いのはすごいことだが、神の存在を肯定してくれる創星の聖剣があることと、争いで五百年前に痛い目を見たことで、距離はあるが交流を持って親しくしている。
それらの説明を長々とされながら、ギルド本部内へと案内された。
「じゃあギルド長の居場所を聞いてくるから、待っていてね」
「私は教団の方に顔を出してくるわ。夜に合流しましょう。場所は……」
インナが合流場所を指定しようとした時、話しかけてくる冒険者に対応していたナギが弾かれたように近寄ってきた。
「ならばわたしの拠点でサブローたちをあずかろう。食事もそこですればいい。ドンモもインナも歓迎するぞ」
親衛隊の二人がいい考えだとナギを褒め称える。道中でナギはエグリアに拠点を持ち、何人もの親衛隊と暮らしていることを教えられていた。
旅に出るときは二、三人の同行者を親衛隊から選び、直接鍛えているとのことだ。
「それもいいわね。じゃあカイジンさん、フィリシアちゃん、ミコちゃん、あとでね」
インナとのしばしの別れとなる。サブローたちは待ち受け用の椅子に腰を掛け、進退を待った。ナギがあれこれ質問がないか聞いてくる。勇者二人と関わっているせいか、サブローたちに集まる視線もすごかった。膝にドローンを抱えているフィリシアが居心地悪そうにしている。
「しかし、みんなサブローに興味があるなら話をしにくればいいのにな、アート」
「サブローさんたちは一見弱そうに見えるので、ナギが興味を持っていることが不思議なのでしょう」
「そうかそうか、なるほど。サブロー!」
親衛隊の言葉を受け、ナギはいい考えを思いついたように顔を輝かせる。サブローがきょとんと顔を向けると、アートが慌てて止めに入ろうとした。
しかし一瞬遅く、神速の拳が繰り出される。サブローは椅子を壊さないために立ちあがって踏ん張り、片手で受け止めきった。
ギルドの受付で待機していた職員が慌てて飛んでくる。
「オーエン様、こんなところで暴れられては困ります!」
「安心したまえ。サブローならこの程度、楽に受け止められるからな。周りに気を遣う余裕まであるのは地味に悔しいが」
笑いとばずナギを、親衛隊二人と急いで駆け付けたドンモが叱りつける。
「おい、みたか? オーエンの一撃をあっさり止めやがった……」
「て、手加減をしたんだろ」
「だとしてもお前、“あの”オーエンの一撃を受けたいか?」
「試しにと病院に何人か送られたって聞いたぞ」
「挑戦して冒険者を辞めるぐらい心おられた奴を見た」
“あの”オーエンとはどういうことだろうか。ナギはいったい地元ではどんな存在と恐れられているのか、気になって仕方がない。
ギルド付の治療師が近寄ってくるが、無事であることを手のひらを向けて証明し断る。なぜか治療師は驚いていた。
「訓練でわたしの拳を何度受け止めても無傷だったしな。はっはっは、さすが頑丈……いたっ! ドンモ、げんこつはやりすぎだ」
「やましい! アンタ、ちったあ反省しなさいよ!」
がなりたてるドンモに親衛隊二人が同意する。数分前まで尊敬の念を向けていた二人でさえこの扱いだ。少しやらかしすぎではないだろうか。
「なんでこんなにも落ち着きがないのでしょうか……」
半眼でナギを見つめるフィリシアがこぼす。ミコとともに同意をして、サブローは椅子に深々と座り直した。
冒険者ギルドの一件が落ち着くと、ギルド長が聖剣の待機する広場にいることをドンモに教えられる。
ドンモもしばらく溜まっていたこまごまとした用事を片付けるため、ナギにサブローたちを預けた。
ただ、サブローはナギが暴走しないように、なにかしたら止めてほしいと頼まれている。ドンモになにかを託されるのは珍しかった。ナギがそれだけ問題児だという証拠である。
「こちらだ。わたしと多くの愛人たちが過ごす家さ」
いわれて目の前の屋敷を見上げる。首都であるエグリアの一等地らしき広い敷地に、西洋建築に似た豪邸が存在していた。地の族長の屋敷も立派だったが、こちらは輪にかけて大きい。
主人が帰りを告げ、門が開き中へと招く。
「……ナギ、気後れをしてしまうのですが」
「おかしな話だ。サブローたちはわたしの友人である以上、エグリアにいる間は自分の家だと思ってくつろぐ権利があるというのに」
「いやその理屈はおかしい」
ミコも苦い顔で声を絞り出す。この世界に戻ってから生活水準は上がる一方で怖いくらいだった。
「ナギもサブローさんたちを気に入っていますし、歓迎させてください」
ベディが柔らかく促した。アートもせめて荷物だけでもおいてから、今後の方針を決めようと提案してくる。他に当てもないため、世話になる以外に選択肢はないのだが。
覚悟を決め、サブローは敷地内に一歩踏み入れた。広い手入れの行き届いた庭には、運動しやすい服装の少年少女が素振りをしている。指導する男の一人は少しアートに似ていた。
その訓練風景を見たナギが機嫌よさそうに近寄っていく。もっとも、彼女が機嫌を悪くしている場面など今のところ見たことがない。
「みんな、精が出るな。愛しいよ」
「「「ナギ!」」」
様々な年齢の子どもたちが素振りを中断し、ナギに群がった。彼女は見た目だけなら彼らに混ざると違和感がないのだが、表情は子どもの成長を喜ぶ母親に似た、慈愛に満ちたものだった。
指導していた男はため息をつき、しかし子どもたちと同じく嬉しそうな顔を主に向ける。
「ナギ、お帰りなさい。ほら、お前たちも挨拶を忘れているぞ」
ばらばらに少年少女がナギに帰宅のあいさつをする。一つ一つ頷く主を見届け、指導していた青年はアートに笑顔を向ける。
「お帰り、兄さん。そちらの方は?」
兄弟なら似ていて当然である。サブローたちが名乗ると、彼はアートの弟のセスだと自己紹介をした。
「彼らも私たちの仲間になるのかな?」
「いや、客人さ。親衛隊にはならないだろうけど、信頼できる人たちだよ」
兄弟のその会話を聞き、ナギが悪戯を思いついた子どものような顔で振り向いた。サブローは嫌な予感がする。
「おそらくだが、四人目の勇者さ」
「違いますからね」
間をおかず否定する。だというのに、周りはナギの言葉を信じて目を輝かせ始めた。
「イ・マッチ様に続いて、話題の四人目も見つけてきたのか……」
どうやら前例があったらしい。どおりで彼女のほら話が信じられるわけだ。サブローは悩みが増えた。
「いや、最初に目を付けたのはドンモさ。わたしの聖剣も軽々と持てたし、この“灯り”ならほぼ確定だろう」
否定するのも疲れたが、近寄ってくる子どもの笑顔に和んで頭を撫でた。くすぐったそうな顔が疲れた心を癒してくれる。
「孤児院出身だとは聞いていたが、手慣れているな。面倒見良いしさぞかしいいお兄さんだったんだろう」
「うちでもサブを慕っている子は多いよ。とにかく世話好きだから」
いいことだ、とナギは大きくうなずいた。フィリシアが子どもたちを見回して疑問に思う。
「この子たちも親衛隊なのですか?」
「いえ、違います。ナギが目をかけた子で行き場がない場合に限り、一時的に預かっているだけです。その中でナギのお世話をしたいと希望した者が、親衛隊になる試験を受けます」
「わたしは来るもの拒む気はないのだが……希望者が多すぎて絞らせろとうるさくてな。全面的にベティたちの好きにやらせている」
ベティの説明をナギはぼやきながら継ぎ、愛しそうな目を子どもたちやセスに向ける。不合格だった者も行き場を用意し、ここを自由に通わせているとアートが嬉しそうに話した。
振り回されてばかりとはいえ元々嫌いではなかったナギを、サブローはますます好きになった。
「ところで、わたしの実子を子どもたちに混ぜるのはいい考えだと思わないか? サブロー、今夜どうだ?」
「急になにを言い出すんですか!!」
フィリシアが顔を真っ赤にして抗議する。頭を抱えている親衛隊を置いて、ナギは悪びれることもなく続けた。
「来る途中に話しただろう。我々勇者は血の残すことを強く推奨されている。一度勇者同士で子をなしたいと思ったが、いかんせんドンモは女に興味がない。ならば四人目であるサブローなら……」
「ナギ、いいですか?」
言葉をさえぎってサブローは年下の勇者の肩を強くつかむ。期待に目を輝かせる彼女に対し、声のトーンを落として話を再開した。
「四人目のことについて言いたいこともありますが、今は置いておきます。はっきり言わせてもらいますと、あなたの身体はまだ子どもを作れる状態ではありません。そんな状態で子を作ろうなんて、あなたの身体に対しても、子どもに対しても失礼です。勇者でこの子たちの手本となる方ですから、そんな無責任な真似をしてはいけません」
「こうも本気で説教されると落ち込む。加護で頑丈だから、余裕で出産に耐えられるはずだが……」
「そういう問題ではありません。僕はあなたの身体にも、いずれ生まれるあなたの子どもにも、彼らにも失礼であることを怒っています。ちゃんと責任を持てる身体に成長して、相手の愛と責任感を確認したうえで、その、なんといいますか、そういった行為をするようにしてください」
「最後あたりに言葉を濁したおかげで、格好つかないな」
ナギは失礼にも大笑いし、右手のひらを向けた。
「まあこの貧相な身体で相手をするのも問題あるとは思っていた。やはりお互いが楽しめないといかん。大人しく成長を待つか」
「言いたいことが全く伝わっていません。僕は責任感の方を気にしてほしいのに……」
なまじ勇者として甲斐性がありすぎるためか、相手と分かつべき責任を一人で背負うのが当たり前だと認識している。なぜこんな子に育ってしまったのだろうか。
サブローは親衛隊の人たちと顔を合わせ、同時にため息をついた。




