六十七話:魔法大国の首都へようこそ
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サブローは一通り驚いた後、ナギを凝視した。魔人の視界は小さな少女を余すことなく伝えている。
ドンモの話から好戦的な人物だと勝手に思っていたが、彼女はとても親しみやすい笑みを浮かべて魔人と知っているのに右手を差し出している。
いつまでも放っておくのは失礼だと思い直し、握手を交わした。
「よろしくお願いします……でいいのでしょうか?」
「ハッハッハ、わたしは君が気に入った。うん、ドンモがいい印象を持つわけだ。すごくいい“灯り”が見えるよ」
ナギはサブローの腕を乱暴に上下させてから離し、ドンモに身体を向ける。
「それにしてもドンモ、君も人が悪い」
急に悪役扱いされて、ドンモが不機嫌に「なによ」と返す。言いがかりをつけた本人は悪びれもせずに口の端をより持ち上げた。
「四人目の勇者をとっくに見つけていたのなら、わたしに教えてくれてもよかったのに」
瞬間、音が一切なくなる。サブローも言葉を理解しきれず、彼女の言葉を何度も反芻した。
「ナギ、それはどういうことですか? だ、だって……彼は、その……」
ナギの従者らしき女性が声を抑えて、村人に聞こえないように魔人であることへの疑問を告げた。ナギは不敵な笑顔に変わり、背中の剣を鞘ごと投げつける。またか、とサブローは軽々しく受け取った。
村人や、白い鎧の男女が驚きの声をあげる。
「ドンモに聞いた通り、軽々と受け止めるな。これで第一の資格は突破したわけだ」
「あまりうそ発見器みたいな使い方は感心しません」
もっと聖剣を大事にするようにと軽く叱りながら渡し反す。それでようやく本題に入る準備ができた。
「それと軽々と持てたからって僕が勇者なわけありません。オーエンさんのかんちが……」
「ナギだ」
「え、あの……」
「ナギだ」
力のこもった瞳を向けられ、サブローは頭をかく。このままでは本題に入らないと要求を受け入れた。
「わかりました。ナギさん」
「呼び捨て以外認めん」
頑として譲らない姿勢が実に清々しい。サブローは白旗を上げた。
「わかりました、ナギ」
「うむ。素直でよろしい。……なんの話だったかな?」
いろいろと大丈夫だろうか、とハラハラしながら話題を戻す。
「僕が勇者だなんて、ナギの勘違いです。選ばれるわけがありません」
「……いや意外とありなんじゃないかしら」
ドンモがまたも爆弾発言をかましたので、呆れた視線を送った。
「あらやだアタシったら、なんで今まで気づかなかったのかしら。そうよね、選ばれる可能性高いわ」
「聖剣をもっとも軽く持てる一人だものねー。あーカイジンさんって手があったか」
「いやいや、二人とも正気に戻ってください。フィリシアさんからなにか言って――――」
勇者たちの暴走を止めようと助けを求めたのだが、肝心のフィリシアは目をキラキラと輝かせている。サブローはどういうことか、さっぱりわからなかった。
「そうですか、サブローさんが勇者かもしれないのですか……。どおりで精霊に好かれやすかったわけですね!」
「あり得ないことはご理解いただけるはずです。僕の身体のことをご存じでしょう?」
「イケるんじゃないかしら」
「いけるいける。その身体だろうと君の“灯り”はドンモやイ・マッチと遜色ない。そこまでの物を持っていて選ばれなかったら、聖剣に物申しに行くところだ」
灯りとはなにか、後で説明してもらおうと決意する。買いかぶりを注意してから、フィリシアを送る準備を促した。ドローンの向こうで笑い転げている毛利にもやもやしたものを抱えながら、ミコの隣に並んだ。
「みなさんが過大評価して困ります……」
「サブってそんなに自信なかったっけ?」
ミコが不思議そうに聞いてきた。数センチしか高さが違わない目線が交差する。
「お節介でしつこいところは変っていないけど……ときどき違和感を感じていた。今回はその一つかな」
サブローは愕然として肩を落とす。変わっていないつもりでも、あの四年間は自分をむしばんでいたらしい。途端に気持ち悪い感覚が胸を支配した。自分の心なのに、自分の物ではないような感覚。なつかしいこれは――。
「でも、悪いことじゃないよ。誰だって変わるし、サブだって弱いところが昔と少し違うだけ。だから嫌だなと思ったら言って。あたしが味方するから」
屈託なく笑う幼なじみを見ていると、サブローは胸の疼きがきれいさっぱり消えたのを感じた。何度かまばたきをしてから、力を抜いて笑う。
顔を上げると、勇者になったサブローの話題がどんどん転がり大きくなっていた。フィリシアまで帰るのを一時忘れて熱中している有り様だ。さすがに焦りを覚えた。
「では今味方してください。僕ら以外が盛り上がりすぎです」
「え? やだ。いいじゃん勇者やれば」
すぐに裏切られてサブローは釈然としない思いを抱えた。
それから数日、エグリアへの道は平和そのものだった。
ナギは親衛隊二人のどちらか、日によって変えながら馬に相乗りをさせてもらい旅をしている。乗馬が苦手だと彼女は笑って明かした。たまに馬車に相乗りし、賑やかに言葉を交わす。
そしてサブローは最初は警戒していた親衛隊二人とも仲良くなっていた。ナギが積極的にサブローに絡んでくるので、自然と会話が多くなった結果、距離が一気に縮まったのだ。
「サブローさん、皮をはがし終えたので切り分けてください」
親衛隊の男性、アートがウサギを差し出した。もちろん快諾し、内臓を取り出して洗ってから捌いた。鰐頭が生きているうさぎとニワトリを持ってきて、殺して調理するところから始めろと言っていたのを思い出す。内臓の色を見て、病気と思わしきものの見分け方も教わった。
なおいまだウサギの皮は上手く剥がせない。教えられてからあっさりと剥がせるようになったミコがとても羨ましかった。
「それにしてもミコさんもフィリシアさんも熱心ですね」
アートが感心したように視界の先で訓練する二人を見つめた。暇を見つけては鍛える二人には頭が下がる。ミコは当然として、フィリシアも意外と体育会系のようだ。
「あ、ナギ……」
心配そうな顔にアートが変わった。ナギよりフィリシアたちを案じるかのような視線の移り方を見て、身内からどう見られているのか実に伝わってくる。
「今日も元気だな、二人とも。わたしも混ぜてくれないか!」
ナギが訓練に混ざりたがるのは珍しいことではない。ミコが日本に帰っている間、サブローがフィリシアに訓練をつけていたときも興味津々で加わっていた。ナギは勇者の身体能力をもって、天使の輪を使ったフィリシアを的確に指導してくれた。
ただ、その時にわかったのだが、彼女は熱中しすぎる傾向にあった。
「いいけど……前みたいに暴走しないでよ」
「うむ、わかっているよ。いやあ、フィリシアの風は少々威力が足りないが、実に正確に間断なく繰り出されるものだから熱くなってしまう。気をつけねばな」
ナギは当初、フィリシアの訓練と称して風の弾丸の標的を買って出ていた。サブローが受けているのを見て、真似をしたくなったそうだ。
魔人の力を封印しているため、足さばきで空気の塊を紙一重で避けていたサブローと違い、ナギは迫る弾丸を一歩も動かず迎撃し続けた。
一発受け止めるたびにフィリシアの立ち回りで直すべき点を指摘し、褒めるべきところを褒めるのはサブローたちと変わらなかったが、彼女はどんどん声に熱を帯び始めた。
――そうだ、今の動きはいいぞ!
とうとうテンションが振り切れたように相手にとびかかった。フィリシアは不意を突かれ、離れようとするが一瞬判断が遅い。サブローが間に割って入ってナギの拳を止め、我を忘れていることを指摘する。
――すまん。あまりにも見事な一撃だったので、つい戦ってみたくなった。
親衛隊二人が急いで駆けつけ、ナギの頭を下げさせて何度も詫びてきた。サブローもフィリシアも気にしていないので二人の顔を上げさせる。ドンモがため息を長々と吐いてナギを責めた。
当人はケロッとしており、しげしげとサブローの顔を眺めてから言い放つ。
――なあ、サブロー。一回本気でやり合わないか?
駆け付けた全員の叱責が飛んでくる。親衛隊が連行し、長い説教が始まったのだった。
それからもナギは訓練に参加し、親衛隊のどちらかが監視で着くことになった。一度ミコ相手にも暴走して叱られている姿を目にしている。我慢がきかない性格のようだ。
「アートさん、そんなに見ないでも今はベティさんがついているから安心ですよ」
それでも彼は不安が晴れないらしく、心配そうに視線を送っている。
「いざとなればドンモさんや僕がいますので、大事には至りません。それにあの二人はこの程度でナギを嫌ったりはしませんよ」
「……うちのナギがご迷惑をおかけします」
ナギが嫌われることはない、の部分に安心してアートは礼を言った。ナギの方針からファーストネームで呼ぶことになった彼らが好ましい。サブローは自然と微笑んでから調理を進めた。
とうとうエグリアの検問所へとたどり着いた。
特権によって多くの国を素通りできる勇者二人の同行者で、地の里で発行された旅券もあるサブロー達は難なく突破することができた。
門が開くのを静かに待っていると、ミコに袖を引かれた。
「サブ、あれ」
宙を指さす彼女の視線を追っていくと、空に浮かぶ帆の存在しない木製の巨大な船があった。気体をつめるパーツも空を飛ぶためのジェットエンジンやプロペラも見当たらない、飛行船でない純粋な船だった。
「飛空船ね。昔は魔導士をたくさん集めないと動けなかったらしいけど、最近のは魔力を込めた魔凝石で動くくらい効率いいみたいよ」
「そうそう。地の里はウッドトロルから、飛空船の材料になる魔樹を仕入れて売っているそうです。ひとりでに浮く木なんですよ」
ドンモとフィリシアが続けて説明した。さすが魔法大国と言うだけはある。ミコとともに少し浮かれていると、門が開ききる。
「首都エグリアへようこそ」
衛兵に挨拶を返し、サブロー達は門をくぐった。次の任務は冒険者ギルドとの協力を取り付けること。
ドンモとナギがすでに取り成すつもりなので協力を得られる可能性は高いが、失礼から悪印象を与えるわけにはいかない。
サブローは仕事に向けて気を引き締めた。




