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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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六十四話:地の里とお別れ



 むくれるフィリシアとミコを説得し、食事はよそで取ることの伝言を頼んで別れ、ダーンと食事に向かった。

 里の食堂事情なんて分かるはずないので、すまないと思いつつ彼にすべて任せた。軽い世間話をしながら、賑やかな酒場へと訪れた。


「お酒飲むんですか?」

「そりゃ子どもじゃないし飲むよ。お前は?」

「酔えない体質ですから、あんまり楽しくないんですよね」

「便利だな。酒がダメなら水しかねーよ」


 サブローはなら水を頼もうかと思って、彼の後について席に腰を下ろす。周囲の視線を感じるが、魔人だと明かしてからよくあることなので気にしない。壁に掛けられているメニューをダーンに頼んで読んでもらい、魚の蒸し焼きとスープを頼んだ。


「珍しい顔立ちだし、遠い国の人間だろうとは思っていたけど、やっぱ字が読めないんだな。共通文字くらい覚えといた方がいいぜ」

「それもそうですね。今度フィリシアさんに教えてもらいますか」

「そうしろそうしろ。あんな美人に教えてもらうとか羨ましい」


 ダーンが気安く笑う。敵を倒してからは、彼を含めて里の人々の反応も変わっている気がした。多少警戒や怯えはされるのだが、ちゃんと会話になる。色んな人の話を聞くことが好きなので、とても楽しかった。


「そういやおごるって話だけど、酒もいいのか?」

「懐はあたたかいですし、どうせなら高いのを頼みましょう」

「気前いいな……いつもはエール頼んでいるけど、葡萄酒でも頼んでみるか……」


 なにやらダーンはブツブツ言い始めた。教えられた値段も問題ない範囲であるため、サブローはそれでもよかった。さんざん悩んでいたが、結局彼は安酒を頼む。


「別に良かったのですが」

「うーん、さすがにおごりにかこつけるのもどうかと思うし。けどカイジン……よく気軽に声をかけたな」


 訳が分からずサブローはきょとんとする。察しの悪さに呆れたのか、ダーンは半眼になってため息をついた。


「なんだかんだ、長い間おれはあんたのことが怖かったし、それくらいわかっていたろ?」

「はい。でもまあタイガさんを倒したときは喜んで肩を叩いてくれましたし、もう平気かと思いました。もしかしてまだ怖いのですか?」


 だったら金だけおいて離れたほうがいいのだろうか。サブローが迷っていると、その言葉を彼は否定する。


「今更なに言ってんだよ。怖かったら断っている。そうじゃなくて……あのときのおれの態度、不愉快に思わなかったのか?」

「ああ、そっちですか。あの程度ならむしろ優しい方でしょう。僕は故郷に帰ってすぐに拘束されて、身動き取れない状態にされましたよ」


 冗談めかしてサブローは話すのだが、ダーンは顎が外れそうなほど口を開けている。ミコや今の上司の取り成しで事なきを得たことを教えても、その顔を変えなかった。さすがに不安になって眉根を寄せた。


「あの、そんなに驚くことですか?」

「……よくそんなところで働けるな」

「この身体なんで予想はしていました。むしろ今の扱いの方が意外です」


 ダーンは理解を放棄したようで、唇を横に結んだ。会話が途切れたちょうどいいタイミングで料理と酒が運ばれてくる。

 鮭に似た魚の切り身が二つ並び、ジャガイモとキャベツが添えられ、上からコーンが乗せられていた。隣には大きな肉が浮かぶスープが並んでいる。肉料理を前にしたダーンとともに食事に入った。

 仕事を終えた男が主流の客のためか、濃い素朴な味だった。堅いパンをスープにつけて柔らかくしてから食べ進み、ところどころ話をしながら食を進めていく。

 半ばほど片づけたころ、見覚えのある顔が酒場に訪れて近寄ってきた。


「いよっ。邪魔するぜ」


 アルバロが気安く声をかけて、酒を注文してから席に着いた。ダーンが態度を改めようとするが、彼は手を振って無礼講だと示した。

 二人はあまり歳が離れていないはずだが、アルバロは優秀で相応の立場にあるため、末端であるダーンにとっては気を遣う相手なのだろう。だとすれば、サブローがフィリシアたちに伝言を頼んだのが原因になるので、申し訳ない気分になる。


「飲みに行くなら誘ってくれればいいのに」

「元々はダーンさんとの約束でしたから。しかしまあ、よく考えるとそれもよかったかもしれませんね」


 魔人を撃退したお祝いを地の一族は計画しているが、サブロー達は近日中に発たないといけないため参加はできない。すっかり仲良くしてもらっている彼ら一家にそのことを惜しまれた。


「しかし監視していた相手と仲良くなるとは思わなかったな」

「おれも……い、いえ。自分もここまで親しげに話しかけられるとは思わなかった……です」

「いや普通にしゃべっていいよ。ここにきてまで仕事は忘れたいし」

「は、はい」


 ダーンの同意を確認してから、アルバロは約束について興味を示した。


「そういやなんの約束なんだ?」

「フィリシアさんの流れ弾で怪我をしたとき、治してもらったんです。今日はそのお礼です」

「…………むしろ感謝するのはおれの方だと思うんだけどなー。その流れ弾から庇ってもらったし」

「諦めろ。そういう奴だ」


 アルバロが豪快に笑っていると酒が届いた。なぜか器は二つあり、片方はサブローに渡される。


「ここまで来て飲まないってことはないよな?」

「……飲むのは構いませんが、僕は酔えませんよ。体質的に」


 構わないと言われて、サブローは酒を喉に通した。相変わらず馴染めない味をしている。舌がお子ちゃまだから、と昔からからかわれた覚えがあった。


「ところでサブロー、聞きたいことがあったんだよ」

「なんでしょうか?」

「お前、フィリシアとミコの両方を娶る気なのか?」


 サブローは思わず酒を吹き出しそうになって慌てて堪えたため、気管に入ってせき込んだ。呆れ顔のダーンがその様子を眺めている。


「あーおれも気になっていた。あんなに強い二人とか豪胆だな」

「最初はフィリシアとならいいなって思っていたけど、冷静に考えたらどちらか一人でなくてもいいんだよな」

「良いわけありませんよ! 僕らの国では二人同時というのは認められていません。それにそういう仲でもありませんし」

「マジ言ってんのかこいつ……」


 なぜかダーンに軽蔑の視線を向けられた。なかなか新鮮な体験でサブローの心が寒くなる。出会う人出会う人に似たようなことを言われるので、あと一人くらい男の職員の同行を希望すればよかったと後悔する。


「娼館に誘ったときも断られたし、男がいいってことはないよな?」

「失礼ですね。ちゃんと女性を相手していたときもあります」

「……色恋の話だよな。なのにカイジン、なんで顔色が悪くなるんだ?」


 心配と呆れが半々のダーンにいわれて、自分の状態を把握する。原因に思い至り、重々しい気持ちを息とともに吐きだして袖をまくった。普段は長袖で隠している古傷が露わになる。


「……これの原因だからです」

「はあ!? あの凄惨な傷が?」


 温泉で古傷を目撃していたアルバロが大声をあげる。サブローは当時を思い出し、吐き気を催した。


「出会ったときは魔人とはいえ、普通の娘だと思ったのですが……ある日、部屋から一歩も外に出ることを許されず、機嫌しだいで当たり散らされるようになってしまいました」


 なにか逆鱗に触れただろうかと思い返すのだが、自分の理解が及ぶ範囲では覚えがない。毛利や鰐頭は竜妃が本性をあらわしたとだけ言っていた。

 あの日々はいまだ鮮明に思い出せる。死にかけるほど痛めつける日もあれば、ただ甘やかすだけの日もあった。本当に気分によって、スイッチが入ったかのように対応が切り替わる。

 不機嫌な時は肯定しても、否定しても、なにも言わなくても容赦なく爪で切り裂き、炎で身体を焼いた。

 逆に機嫌がいいときはサブローが脱走しようと、戦おうと、優しく組み伏せて愛をささやくだけだった。正直、機嫌が悪い時よりよっぽど怖かった。


「それでよく女嫌いにならなかったもんだ……」


 アルバロと同じことは毛利にも言われたことがあった。竜妃個人は恐怖の対象だが、それを女性全体に広げる気にならない。そう答えたら、タフすぎると感心された。

 なんだか気を遣わせると悪いので、ダーンの近況を聞いて話題を変える。彼はどうやら最近、親と仲直りしようかと考えているが踏ん切りがつかないらしい。アルバロと一緒に背中を押して、相談に乗る。

 そのあとはどの料理が上手いのか、どの店の娘が可愛いかなどと、くだらない話を面白おかしく広げた。




 出発まで慌ただしく日々を過ごした。移動は馬車で向かうらしく、ドンモとインナが地の族長に頼んでいつの間にか用意していた。

 また魔人が現れたときにどうするか、毛利にガーデンの方と相談してもらったところ、小型の発信機を渡してもらった。実験で使った発信機の小型版であり、世界を通してガーデンで観測できる信号を発することができる。

 魔人に襲われた際には電源を入れてもらい、危険を伝えるように教えた。助けに来るときは地の転移の祭壇に送ってもらえば、すぐ駆けつけることができる。これで後顧の憂いなしだ。

 さっそく屋敷の執務室にいたイルンに発信機の説明し終える。


「あれこれ手を尽くしてもらってばかりだな」

「旅券や馬車の手配もありますから、お互い様ですよ」


 イルンがそうか、と小さく笑う。むしろ世話になっているのはこちらの方だとサブローは常々思っていた。

 魔人の襲来を里のみんなに伝えて混乱を収めた。魔人である自分にはできないことを彼らだからこそできた。

 それだけではない。親戚であるフィリシアの恩人だからと滞在させてくれた上、訓練のための広場まで提供してくれた。一緒に魔人と戦ったも同然である。

 そのことを伝えると、イルンは照れ臭そうに頬をかいた。


「べた褒めしすぎだ。身体を張ったミコやフィリシア、対策を練ってくれたサブローの力が大きいさ。……けどまあ、だから心配なんだよな。サブロー個人が」

「前回、ラムカナさんたちとも別れるときに心配されました。僕はそんなに人を不安にさせますか?」

「…………というより気がかりがある。たまにだけど、サブローって死んでもいいやって考えていないか?」


 思わずサブローは目を丸くする。そんな気は毛頭ないため、首を横に振った。


「だったらいいんだけど、なんというか自分がなさ過ぎてちと怖い」

「怖い……ですか。昔から無茶をして周りには心配をかけて申し訳なかったのですが……」

「ああ、普段は単に人が好いんだろうな、って程度ではあるんだ。ちょっと単純だから行き過ぎる部分はあるけど」


 単純と言われたせいか、あまり褒められた気がしない。イルンもだいぶサブローに遠慮がなくなっているようである。いや、最初からそうだっただろうか。少し自信がなかった。


「だけど……魔人関係の話となると、まったく頓着しない。敵の魔人を語るのと同列に自分を持ち出すのは、話を聞いていて異様だぞ」


 初めてそんなことを言われて、サブローは愕然とした。自分のことでも気づいていない部分はあったらしい。イルンは遠慮なく続ける。


「あとお前、もしかして女にひどい目に遭わされたか?」

「アルバロさんから聞いたのですか?」

「いや、初耳だよ。あいつには話したのか、仲良いな。あー……フィリシアたちも気づいていないけど、普段はあいつらに近寄られたとき急いで離れるだろ。その時に恥ずかしさと興奮があるんだけど、ごくわずかに恐怖も混ざっている」


 竜妃の影が脳裏によぎり、背筋がわずかに震えた。まさか原因である魔人だけでなく、女性全体に怯えるようになっていたとは。アルバロに話したときはああ思っていたのに、この無様さである。

 情けなさに胸が締め付けられ、サブローが無意識に心臓に手を当てていると、イルンが安心させるように軽く肩を叩いた。


「嫌なことを思い出させたみたいで、ごめんな」

「いえ、乗り越えたと考えていたのは思い上がりだったようです」

「そう自分を責めるな。誰だってどうしようもない部分はある。ゆっくり解決していけばいいさ」


 イルンの優しさがとてもありがたい。サブローは乗り越えるべき壁が増えて、気を引き締めた。


「おっと、年上の助言だ。気負うんじゃないぞ。どうにかしようと思えば思うほど、そういうのは泥沼だからな」

「そうなんですか?」

「流れに任せとけ。サブローに一番必要なのは肩の力を抜くことさ。ボーっとしているように見えて、意外と余裕ないからな」


 余裕がないと言われ、サブローは気落ちした。この問題が根深いことは自分のことながら思い知っているからだ。決着をつけられるのだろうか、不安になった。

 ひとまず、イルンに礼を言ってこの話題を終了する。準備はまだまだ残っていた。忙しさに没頭すればこのことも気にならなくとサブローは思ったのだが、なぜか頭にこびりついて離れることはなかった。




 地の里で親しくなった相手に別れを告げて、旅立つ日がやってきた。馬車に荷物を詰め込み、準備は万端である。

 今度訪れるときはマリーたちも連れてくることを約束する。門の前で名残を惜しんでいると、地の族長が進み出てきた。


「あなた方にはとても感謝をしています。これは心ばかりの物ですが……」


 そういってお金の詰まった袋を渡されそうになり慌てて断る。今まで世話になったというのに、この上金銭面まで助けてもらうなんて厚かましい。そう伝えるとイルンが苦笑をする。


「大人しく受け取ってくれ。金はいくらあっても困らないし、魔人を倒すなんて相応の報酬があっていいくらいだ」

「ですが……」

「じゃあこれはオレからの依頼の前払いだ。魔王を倒してくれ。平和になるのが一番だからな」


 イルンがさわやかに決める。それでも納得がいかず、サブローがどうにか断れないか頭を悩ませていると、ミコが肩を叩いた。


「それ以上は無粋じゃないかな。たぶん」


 そういわれると弱い。何度も頭を下げて、サブローは感謝をする。


「おう、サブローまたな!」

「息災でな。フィリシアのことも頼んだ」


 アルバロとクラウディオの双子が続ける。アルバロとは仲良くしていたが、クラウディオとはすれ違いが多く話せていない。今度来たときはゆっくり言葉を交わしたいものだ。

 ドンモがそろそろ出発することを告げて、手を振って馬車に乗りこむ。サブローはいつかまた会える日を楽しみにした。



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