六十三話:四人目の勇者の予言
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「四人目の勇者が現れるのですか?」
温泉を出て食事が終わった後、サブローたちは新たな神託の内容を教えられた。話すドンモは神妙にうなずく。
ごく最近出た神託らしく、同じ部屋でフィリシアとミコを抱きしめていたインナも初耳の様子だった。アルバロが興奮気味に話に加わる。
「四人目っていうと、創星の聖剣の持ち主が見つかるのか!? いや、ですか?」
「ため口で構わないわよ。まあほかならぬ創星がそういっているんだけども」
その聖剣についてサブローは聞き覚えがある。四本存在する聖剣の一つで、五百年前から次の勇者が見つからなかったという話だ。いわゆるインテリジェンスソードかつ、人語を喋れるという代物だ。そのことを初耳のミコに、フィリシアが教えていた。
かなり特別な聖剣に選ばれる勇者とはどんな人だろうか。ドンモのように誠実な人だと嬉しい。サブローはのんきにそう考え、水を一杯飲んだ。横でイルンがハッとしてなにかに気づく。
「ああ、それでオコー様を呼びに来たのか」
「管理はシンハ教だからね。次期幹部のオコーが新たな勇者の誕生に居合わせないってのは、まずいのよ」
「それもそうね。それで魔人退治のついでに伝えに来たってわけか。けど四人目が知らされたならラムカナも忙しくなると思うけど、どうしたの?」
「まあなるべく急いで片づけて、あとはナギに押し付けて呼びに来たのよ。ギルド長たちも魔人退治を優先させてくれたしね。ナギは後で知って自分が行きたかった、って悔しがっていたけど」
「ナギ……?」
ナギと呼ばれる人物の存在について、インナはサブローとミコに説明を始める。
話題のナギ・オーエンは四本の聖剣の一つ、虹夜の聖剣の持ち主である。つまり勇者ということだ。
かなり若い女性だが腕がたち、大量のガーゴイルやゴーレムを使役する魔術師の悪事や、ドラゴンゾンビの襲来を解決した実績を持つ。インナが説明を終え、ドンモが渋い顔をする。
「まああいつを寄こすわけにはいかないからね。絶対サブローと戦うわ」
「ラムカナの言う通りね。魔人倒した後ミコちゃんやカイジンさん相手に嬉々として戦う姿が目に浮かぶわ」
まあサブローは魔人なので、勇者に嫌われるのも仕方ない。ミコやフィリシアが不満そうにしていたがそのことを伝えると、話題の勇者の人なりを知る二人は静かに首を横に振って否定した。
「逆よ、逆。あいつ、絶対サブローもミコも気に入るわ」
「愛情表現が極端なのよあの子。気に入った相手にかなり面倒な絡み方するの。戦うのはその一例よ」
「そういえば聞いたことがある。今代唯一の女勇者、ナギ・オーエンは三度の飯より強者が好きで、彼女に戦いを挑まれるのは武門の誉であると」
その方面に明るいアルバロが補足する。正直サブローにはピンと来ない話だ。戦いを避けれるのであれば、できるだけ避けたい。
逃げ腰な姿勢だと我ながら思うのだが、そんな自分がかなり強いところまで鍛えられているのだからよくわからない。おそらく鰐頭が優秀なのだろうと、サブローは納得した。
「そういえば彼女は『聖捌』と呼ばれている神の目を持つと聞いている。カイジン殿が見られても問題ないのか?」
思い出したようにクラウディオが質問する。サブローに気遣いの視線を二、三度送っていた。
「まあアタシもそれで魔人かどうか区別できないかって聞いてみたわよ。あいつ笑って無理と言い切りやがったわ」
「『聖捌』とはなんでしょうか?」
「魔眼の亜種ね。魔力じゃなくて特殊な加護を帯びた眼よ。オーエンの場合、見た相手がどれだけ善人かわかるみたい」
ドンモの返答にサブローは拍子抜けする。魔眼に準じた物の割に能力が微妙だったからだ。
「正直に言っていいわよ。なんの意味があるのかわからない力よね」
「えーと……」
「うん。名前の割にしょぼい」
言いよどむサブローを差し置いて、ミコがあっさりとドンモに返す。一連のやり取りを見守っていたインナが、思わずといった様子で苦笑した。
「まあ彼女を庇護する教団だけでなく、私たちのシンハ教でも特別視される能力よ。なにせ神の目と言われているからね。……それを彼女に持たせちゃったから、ちょっと面倒なんだけど」
少々愚痴っぽく彼女は締めて、もう一人の勇者の話題は終わった。三人目の勇者がいたことを思い出し、サブローは率直に尋ねた。
「そういえば、三人目の勇者は立ち会わないのですか?」
「立ち合いたがっていたけど、今ちょうど自国が忙しいみたいなのよね。王子だし」
「勇者で王子……盛りすぎじゃない?」
「実物はもっと盛っているわよ。トラブル起こすような奴じゃないし、サブローたちとも会わせたいわね」
明るく告げるドンモの表情から、信頼していることがうかがえた。となると、四人目の勇者がどうなるか気になるところである。
しかしながら、サブロー達が向かうのはガーデンと冒険者ギルドの橋渡しのためである。勇者の存在で後回しにされているとはいえ、慎重に事を運ばないといけない。
サブローはただでえ魔人なのである。あちらの機嫌を損ねるわけにはいかない。いっそう気を引き締めた。
翌日、事の話を聞いていた地の族長が冒険者ギルドへの紹介状を添えてくれた。さらに身分を証明する旅券まで発行し、渡してくれた。フィリシアは自分のものがあるため、サブローとミコにである。
魔人であるサブローに旅券を渡すのは、地の里に迷惑をかけるのではないか心配したのだが、それを聞いた地の族長やイルンは明るく笑い飛ばした。
「風の里の生き残りだけでなく、この里の恩人なのに気にしすぎだ。大人しく受け取っておけよ」
相変わらずさわやかな笑みを浮かべるイルンは言い切った。サブローはひたすら頭の下がる思いだ。
そしてその日は後回しにし続けたアレスの親族を訪ねることにした。
フィリシアの案内に従って坂を下り、酒場や食堂がひしめく繁華街を通る。日が高くのぼる今はおとなしいが、夜になると人がにぎわい、少し離れた場所にある色街への呼び込みも盛んだと聞いている。アルバロなどはよく通っているらしく、サブローを誘ってはそのたびにフィリシアやミコに睨まれていた。
興味がないわけではないが、サブローは若干その手の行為がトラウマになっており、尻込みする傾向にあった。アルバロには悪いのだが、断り続けている。それに受けたら最後、ミコとフィリシアに一生恨み言を言われそうだった。
やがて立ち並ぶ店から外れ、開けた場所にある大きな工房へと訪れた。地の里で一、二を争う規模で、アレスの叔父はそこで働いている。
事前にフィリシアが連絡を入れており、来訪を告げるとタイミングが良く目的の人物が現れた。
「フィリシアお嬢さん、お久しぶりです」
眼の細い人のよさそうな、筋骨隆々の男がフィリシアに挨拶をする。アレスと同じ赤毛が血のつながりを感じさせた。
彼はサブローを確認して短く息をのむ。警戒した様子は魔人を前にした人間としては普通だった。フィリシアが少し寂しそうにしながら、アレスの写真を渡す。
「あちらでのアレスくんの様子です」
「……生きているとはイルン様から聞かされていましたが……本当に元気そうでよかったです」
「あとあちらでのアレスくんの姿もこちらに映して……すみません、サブローさん」
マリーの動画のときにやり方を教えながら操作したはずだが、まだ覚えられないようだ。学習能力の高い彼女にしては珍しい。ミコといい天使の輪は機械を苦手とする人物を選ぶのだろうか。
ぼんやりとくだらないことを考えながら、地の族長屋敷で行った手順を目の前で説明しながら再現する。再生された映像がアレスの姿を映し出し、叔父である彼に語り掛けていた。
「これが過去を映す魔道具……。おお、アレス……」
照れ臭そうに現状報告をするアレスの姿を見て、目の前の男は嬉しそうに顔を崩した。彼が満足いくまで、その様子を見守った。
終わり際にはアレスの叔父もサブローへの警戒心もだいぶ薄れたようで、フィリシアと並んで礼を言われた。今度はアレスを連れてくることを約束し、明るく別れる。
大通りを通って世話になっている屋敷に帰る途中、サブローはウッドトロルに話しかけられた。
「たしか……ウィロウさんですよね?」
「はい、間違いありません。カイジンさん」
ウィロウは脇のフィリシアたちにも頭を下げてから、顔をじっと覗いてきた。サブローが愛嬌のある丸い顔に微笑むと、不思議そうに首を傾げられた。
「カイジンさんは魔人の気配を感じたり感じなかったり、よくわかりませんね」
「ああ、それはこれのおかげです。他の魔人に気配を悟られないように気を付けているんですよ」
種明かしをすると、ウィロウは見せてほしいと頼んだ。ペタペタと腕輪に一通り触ってから、残念そうにする。
「木製ではなく金属製でしたか。ならその不思議な効果をどんなものか知る手段がありません」
「魔法を宿す木に詳しいとは、フィリシアさんから聞いています。金属は専門外ですか……」
「その手の技術はドワーフが詳しいです。我々は木の扱いは得意ですが、それ以外はとんと向きません。食べ物すら地の里に収めてもらわねば生きていけませんからね」
そんなことを明るく言われても反応に困る。それほど魔樹の取り扱いに自信があるのだろうか。この世界の初心者であるサブローには判断がつかなかった。
ウィロウは「道を外れぬように」と言い残し、仕事に戻った。別れ際の言葉が気になって、意味をフィリシアに尋ねる。
「彼らは道をとても神聖視していまして、そこから外れることをとても嫌がります。種族の違いはちゃんと考慮しますから、私たち人間には嫌な顔をしますけど、うるさくは言いません。しかし、ウッドトロル同士ですと大騒ぎに発展してしまうそうです」
「迷ったりしたら死活問題か。なんとも危なっかしい種族」
「だからこそ精霊王は地の一族とともに生きるようにおっしゃたのではないでしょうか」
ミコが納得したような、いまいちなような漠然とした顔で小さくうなずく。サブローは苦笑して、再び帰路につこうとした時、見覚えのある若者を見つけた。
「あ、君は……」
近寄って声をかけると相手は多少驚いたが、前に見たような刺々しい雰囲気は見られない。むしろ少しだけ気まずそうだった。
「すみません。まだお名前をうかがっていませんでした」
「……治療術師の息子、ダーンだ。その、なにか用か?」
ようやく名前を聞けたことを喜びながら、サブローはふと約束を思い出した。早めに旅立たねばならないため、この機を逃せば果たすのはいつになるかわからない。
フィリシアとミコに一度断りを入れ、ダーンに歩み寄って予定を聞く。適当に一人で食事をとりに行くところだと彼は答えた。
「この前約束しましたよね。一緒に食事に行きましょう。おごります」
ダーンの意外そうな顔に迎えられながらも、サブローはニコニコと笑顔で誘った。




