六十二話:勇者ドンモ・ラムカナの誘い
ゾウステという仲間から連絡をもらい、ドンモは急いで駆けつけてきた様子だった。彼はフィリシアの成長を喜び、ミコに自己紹介をしてきた。
「アタシは勇者をやっているドンモ・ラムカナよ。よろしくね、師匠ちゃん」
「光明寺光子、ミコと呼んでいい。インナもそう呼んでいる」
差し出された右手を握り、相手に合わせて気安く返す。勇者とは相当立場が上だろうに、これでいいのか疑問を持つが、ドンモは特に気にしていない。
「それにしてもミコはすごいわね。フィリシアも見違えるくらい強くなっていたけど、あんなバカでかい籠手を軽々と扱って魔人を倒しちゃったもの」
「ここまでになるには二年かかったし、あいつみたいに弱いのしか相手できない。実際サブにはあんまり勝てないし」
「時間の問題ですよ。ミコもフィリシアさんも順調に伸びていますし、すぐに追い抜きますって」
「慰めはやめて。それにサブの場合は訓練と実戦で強さが変わるタイプだし……」
ミコはブツブツ呟きながら開いた門に入った。瞬間、魔人に勝ったミコたちを大歓声が迎えてくれる。サブローの仲間ということで警戒していた様子はどこに行ったのか、自警団の人々は親しげに肩を叩いて喜んでいた。サブローにさえである。
「カイジンさん、ミコちゃん、フィリシアちゃん、おつかれー!!」
インナが勢いよくフィリシアとミコに抱き着いた。感激に頬ずりまでしてくるので、少し迷惑だった。この体勢で「ラムカナ、意外と早かったのね」と彼女は雑に挨拶をする。
ドンモは仲間の変わらなさに笑った。
「それにしてもこの数ヶ月なにがあったの? ミコみたいな子を連れてきたり、フィリシアがすごいパワーアップしたり」
真面目な顔をして現状確認を求める彼に、サブローが詳しく説明した。一通り聞いたのちドンモは明るい顔をする。
「自分の家に帰れたって、よかったじゃない!」
「はい。おかげで心残りだったことをすべて解決できました。エリックさんたちも安全な場所に避難できましたし、言うことはありません」
肩を叩かれて嬉しそうにする幼馴染を見て、ミコは胸の奥が温かくなった。奪われたあの日とはもう違う。戦って守り抜きたいと、頬を撫でる風を感じながら思った。
「ミコさん、ありがとうございます。フィリシアとサブローもお疲れ!」
一族を代表して労うイルンが、次はドンモに頭を下げる。
「そして勇者ドンモ・ラムカナ様。お越しいただきありがとうございます」
「やーね、かしこまっちゃって。結局魔人退治には間に合わなかったんだし、もっと適当な扱いでいいわよ。アタシなんかより、魔人を倒したこの子たちを祝ってあげて」
「もちろんそのつもりです。私どもも家族ぐるみで彼らとは付き合いが出来ていました。サブローとはいい友人関係が築けると、少なくとも私は思っています」
言葉をあらためているイルンが力強く言い切る。サブローはとても気に入られたようであった。
「じゃあサブロー、また後でね。アタシは族長に挨拶に向かうわ」
ドンモは朗らかに言い、イルンの案内に従って離れる。自警団の視線を集めながらも、悠々と進んでいった。
口々に祝う人波の中、アルバロが抜け出し近寄ってきた。
「おつかれ! それにしてもラムカナ様、さすが勇者だけあって見事な肉体だ。ずいぶんと親しいんだな、サブロー」
「ラムカナはカイジンさんに一目置いているからね。なにせ唯一負けた相手だもの」
インナが笑い飛ばして新たな事実を明らかにすると、周囲が色めき立った。アルバロなんて尊敬のまなざしでサブローを見ている。
「い、いや、それはラムカナさんの謙遜ですから! 実際は終始いいようにされていました!!」
「えー? 私、あのときラムカナも診たけど骨をいくつか折っていたし、あのまま続けていたら危なかったとも言っていたわよ。よく鎧の上からあばらなんて折れるわね」
感心のため息とともに、自警団のサブローを見る目が変わった。好意的なもの、恐れを抱くもの、興味を持つもの、疑いを抱くもの、様々な感情が飛び通う。向けられている本人が否定することに必死なので、よけい周りの興味を強めさせていた。
アルバロが狼狽える相手と肩を組み、話を詳しく聞かせろとせがんでいる。どうにか事を収めようと負けた事実をサブローは強調し始めたが、聖剣の光というものに耐えた話に移ると、周囲の人間が大騒ぎをする。インナがその様子を見て、真実だと肯定をした。
どよめきがひときわ大きくなり、屈強な男たちが集まっていく。ミコが耳を傾けていると、どうやらドンモの聖剣は城やドラゴンを一撃で倒せるとんでもない代物のようだ。
そんな危ない攻撃を受け止めたということに、つい責めるような目をしてしまった。肝心の男は人波に飲まれて消えたので、意味がなかったが。
「じゃあ私たちも族長さんの家に戻ろうかしら」
インナの提案を断る理由はない。ようやく解放してもらって、ミコはフィリシアを伴い屋敷へと戻っていった。
道中、空撮していたドローンが戻ってきて、サブローの元に向かうと報告してきた。勇者とは途中で出会って挨拶をしたらしい。
始めは新たな魔物かと思われたが、イルンの取り成しで無事に済んだと毛利が笑い事のように言い出した。予備があるとはいえ、ドローンは貴重な備品であるためたまったものではなかった。
操作している男をカメラ越しに睨んでから、サブローと合流させに行かせた。
見上げるたびに感心の吐息を漏らす豪邸に戻り、使用人の案内で客間へと通される。そこには先ほど別れたドンモと地の族長がいた。この里の責任者であるメダルドは、ミコたちの顔を認めて笑顔で出迎えた。
「これはミョウコウジ殿、フィリシア。魔人を退治してくれて、ありがとうございます。カイジン殿はまだ戻られないのですか?」
「えーと、勇者に勝った話を求められてアルバロに連れまわされています」
ミコがドンモに気遣って気まずく報告をする。対して勇者は気にも止めていない様子だった。
「あー、あの話か。サブロー強かったわね」
「え!? 初めて耳にしましたが、本当なんですか?」
「あれはアタシの負けだわ。間違いないわよ」
驚愕して聞き返すメダルドに、あっさりとドンモが認めたことに拍子抜けする。まるで負けてよかったと言っているようにも聞こえるくらいだ。
「サブローさんの方が重傷だったのにですか?」
「アタシの手違いがなければ、聖剣の光に当たるような奴じゃないわよ。それに勝ち負けより大事なものを守り切った人間は、文句なしに勝者ってもんよ」
さばさばとして口調でドンモは言い切った。ずいぶんと気持ちのいい人のようだ。ミコは好意を持ち、思わず笑顔になる。
「ミコちゃん、嬉しそうね」
「まあ、こっちでのサブは知らないから、褒められていると……うん」
「あいつやっぱモテんのねー。まあ鈍いくらいでちょうどいいかもしんないけど」
ミコやフィリシアとしてはたまったものではなかった。傍観者は気楽でいいものである。
憮然とした顔をしていると、話題の主が意気消沈した様子で現れた。ご機嫌な様子のアルバロとドローンも一緒に入ってきている。
サブローにお疲れと声をかけてから、ドンモは顔を引き締めた。
「さて、サブローも戻ってきたし、疲れているところ悪いけど本題いいかしら?」
彼はミコも含めて全員の了承を得た。引き続き真剣な顔で切り出す。
「冒険者ギルドには話をつけてきたわ。魔王を倒すのを手伝ってくれない?」
願ってもいない話だった。
ミコは温泉に日にやけた健康的な肢体をつけながら、次の目的が決まったことを思い返す。
冒険者ギルドと魔法大国クトニアはドンモの報告と聖剣の神託、そして亡命してきた王国の王女や貴族によって、魔王の対応に本腰を入れているようだった。
冒険者ギルドは友好的な魔人という存在に最初は懐疑的だったものの、ドンモの頑張りでようやく話を聞こうという気になったらしい。ただ、聖剣が魔王再臨からもう一つ神託を受け取ったらしく、彼らはその対処に追われ、それから後にという話になった。
逢魔を倒すためなのに、のんきなものだとミコは思ったのだが、こちらにはこちらの事情がある。あまり自分たちの都合を押し付けるのもよくないだろう。
他に当てもないため、とりあえず次の目的となった。
「へー、ミコさん細くていいわねー」
魔人退治に身体を張ったことをねぎらいたいと、スティナが申し出た。少し話しただけだが、性格はいいと思うのになぜかミコは彼女が苦手だった。どこか品定めをされている気がする。
鍛えているから、と警戒心からそっけなく答えて、より深くお湯へ沈む。スティナは全体的に均整がとれており、明るく可憐な顔立ちと合わせて人気がありそうだった。
「そんなに怖がらなくても、取って食わないわよ?」
「それはわかるんだけど……なんか目が怖い」
怖いと言われた方は悪戯っぽく笑っただけで、なんでもなかったかのように流した。フィリシアのいる脱衣所の方に一度目を向けてから、そのままミコに視線を流す。
「わたしは単にフィリシアに幸せになってほしいだけよ」
ひとり言のようにつぶやいた彼女に、ミコはなんだか安心した。視線を同じくし、かすかにうなずく。
「あたしもフィリシアには幸せになってほしい」
「ふーん。どうして?」
「同じ施設の一員なら、姉妹も同然だから。まあそれがなくても、サブのように逢魔に不幸にされたんなら、そのぶん幸せになっていい」
「そのためにそのカイジンさんを譲ってほしいと言われたら?」
踏み込んでほしくない話題を出され、ミコは短く呻いた。だけど避けては通れない話だろう。
「フィリシア相手でも、それは嫌。嫌だけど……」
「いやだけど?」
「サブがあの娘を選んだら、ちゃんと諦める。だから機会は均等。今までそうしてきた」
フィリシアだけの話ではなかった。昔の施設でもずっとその姿勢を変えなかった。多くの機会を活かせないでいるミコは情けないかもしれないが。
スティナは天を仰いで長々とため息をついた。
「なんでミコさんいい人なのかな。嫌な人なら、フィリシアをけしかけたんだけど」
「それはやめてあげて。フィリシアも慣れていないし、なにより……」
脱衣所からインナを伴って話題のフィリシアが現れる。惜しみもなくさらされた彼女の裸体を見つめ、ごくりと生唾を飲んだ。
「あれで本気を出されたらちょっと困る」
「……年下なのにわたしよりもかなり大きいのよね、フィリシア」
なぜだかスティナと共通の悩みを見つけ、そろってフィリシアの一部分に羨望のまなざしを送った。
もっとも、ミコにとってはスティナくらいの大きさでも羨ましい。手のひらに収まる大きさばんざいと開き直る彼女をしり目に、壁に近い控えめな胸を湯の下で寂しく撫でた。




