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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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五十九話:逢魔の影再び



◆◆◆



 翌朝、サブローは身体をほぐして朝日を浴びる。昨日の宴はとても楽しかった。

 フィリシアが戻ってくる際、イルンの妻と名乗る女性を紹介された。明るくて気の利く女性だったので、イルンと合わせてさわやか夫妻という印象である。

 どういうわけか興味を持たれていろいろ質問されたのだが、ときどきサブローの答えに複雑そうな顔を浮かべていた。何か失礼をしたのか気になってしまう。

 そんなことを思いだしながら、ドローンを起動した。昨夜仕上げた報告書を送信しないといけない。逢魔にいた頃、鰐頭の仕事を手伝っていたため、書類作成には慣れていた。彼は社会不適合者の集まりである逢魔において、実務雑務管理一切を取り仕切っていた。

 鰐頭の負担がすごすぎないかと常々思っていたのだが、案の定彼が死んでからはサブロー以外に引き継げる人間がいなくなってしまった。兄を相手にしろと命じられるまでの短い間、組織の維持に奔走してしまった。サブローは呆れてため息をつく。


『ちゃーっす! こちらはそろそろこんばんはの時間ッスけど、そちらはおはよーさんの時間ッスね!』

「はい。おはようございます、ケンちゃん。報告書を送信しますね」


 ドローンにタブレットを向けて、作成した文書ファイルを送信する。どういうわけか世界を隔てたデータのやり取りがこのドローンにはできるらしい。魔力は光に宿り、光は世界も行き来できる、みたいな長い説明をエリックから受けたが、よく理解できなかった。そう正直に言うと、


『フィリシアさんと違って、サブローさんはまだ真面目に聞いてくれる分ありがたいです』


 苦労をにじませて、すっかりメガネが似合うようになった少年は苦笑した。

 サブローは毛利に対し、充電用のバッテリーの残量や、消耗品の残りの在庫もデータで送られていることを報告する。必要になったらエリックの手を借りて、あちらから送ってもらう手はずになっていたのだ。

 こまごまとした仕事もほとんど片付いた頃、刃をつぶした剣を片手に持つ、大柄な男が屋敷から出てきた。イルンの異母弟で、昨夜の腕相撲相手の一人であるアルバロだ。サブローは彼に勝った際、名乗られていろいろ興味深そうに質問を受けたので、とても印象に残っている。


「お、サブローか、おはよう。こんな早くから魔道具いじりか?」

「アルバロさん、おはようございます。職場にいろいろ報告をしていたところです」


 タブレットの端に映る毛利の画面を拡大させ、アルバロに向けた。


『はーじめまして! サブロー隊長の部下をやっている、毛利賢吾ッス。気軽にケンちゃんとでも呼んでくださいッス』

「はー、サブロー達の国は首都のエグリア並に発展しているなー。オレは地の精霊術一族族長の息子、アルバロだ。なんならアルちゃんと呼ぶか?」

『話が早いッスね、フィリたんのいとこさん。よろしくッス』


 大口を開けてアルバロは笑い、毛利に接した。立場の割に彼ら一家はとても気安い。彼自身も偉ぶるのは父や兄の仕事だと言い切っていた。


「ふむ、朝の鍛錬に付き合ってもらおうと思ったが、仕事なら無理か?」

『いや、こっちにやって欲しいことはだいたい終わっているッス。隊長は仕事が早いッスからね。魔人にならなければ問題はないと思うッスよ』


 地の族長一家には魔人を知られている、という送信したばかりの報告書にもう目を通したらしい。雑談をこなしながら仕事をさらっと終える手腕は相変わらずのようだ。

 毛利の勧めもあり、サブローはアルバロの鍛錬に付き合うことにした。魔人姿での訓練はこの世界でも場所を選ばないといけないが、身を変えなければそううるさくは言われない。ただまあ、やっぱり身になる訓練は魔人姿が一番ではあった。

 サブローは軽いランニングと筋トレをこなし、素振りを終えたアルバロと手合わせをする。最初は武器を使うか聞いてきたアルバロだが、扱えないことを伝えると驚かれた。

 結局素手と剣による組手だが、魔人に変らなくてもそれくらいハンデがなければサブローの鍛錬にならない。アルバロは地の里の中では一、二を争う剣の使い手らしく、なかなか興味深い動きをしてきた。


「だぁー、かすりもしない。魔人にならなければいけるかもしれないって思っていたんだが、甘くはないな」

「そうは言いますが、けっこう危ない場面もありましたよ。剣を使う魔人との訓練を思い出したくらいです」

「剣を使う魔人? そんな奴も居るのか」

「僕はできませんが、武器を生成できる魔人も存在します」


 例えば、水族館で戦った鉢峰のガントレットなどである。サブローのように武器を作れない魔人との差はなにかいまだわかっていない。魔人としての強弱は特に関係なく、兄や鰐頭は基本素手だったので気にする必要もなかったが。


「ただでさえ強い魔人が武器まで使うとか、王国にいる魔王を倒すのも大変だな」

「そうでもないと思うんですよねー。組織を維持していた魔人は死にましたし、あいつらに効率のいい戦力の補充などができるとは思えません。今頃ひーひー言っていると思います」

「なんだその情けない内情」


 呆れるアルバロに同意の笑顔を向けた。警戒しないといけない魔人もせいぜいA級の二人だけだ。その上、片方はサブローがいる限り敵に回る可能性は低いときている。

 懸念するような事態が発生するとしたら、鷲尾の言う通り竜妃が呼び出されるか、現地でそれらに匹敵する魔人が生まれるか。数か月も猶予を与えたため、なるべく早く動いたほうがいいだろう。

 サブローが今日あたりにでも方針を固める相談をしようと思ったとき、インナに大声で名前を呼ばれた。


「カイジンさん、こんなところにいた!」

「オコーさん、いかがなされましたか?」

「さっき王国で情報を集めていたゾウステから手紙が届いたの。魔道具までつかって早く届くように、念入りにね」


 サブローに緊張が走る。アルバロも顔を引き締め、イルンを呼びに行った。

 逢魔が支配する王国に動きがあったのなら、魔人の関係だろう。フィリシアとミコはすでに向かわせたと聞いて、サブローは汗を軽くぬぐってからインナに続いた。




 地の族長であるメダルドに断ってから、ドローンを起動する。逢魔に動きがあったことを伝え、会話に参加することとなった。

 宙を浮かぶドローンから声がしたことで驚く一同に、アルバロが連絡の取れる魔道具だと先んじて説明してくれた。タブレットに毛利を出して、机の上に立てた。

 先日も訪れた大部屋にはその時のメンバーに、アルバロとクラウディオが加わっている。彼らも族長の息子として、地の里の自警団や魔法施設の中で重要な地位にいた。まだ若いのにずいぶんと優秀なようだ。

 初対面のメンツに毛利を紹介してから、インナに手紙の内容を尋ねた。


「ゾウステが王国で魔人の動向を見張っていたんだけど、どうやらこちらに向かっているみたいなのよ」

「魔人がですか!?」


 メダルドが声を張り上げて、信じられないものを見る目をインナに向けた。彼女は重々しく肯定をする。


「となるとあのゴブリンたちも魔王の差し金で確定だな。呪印があった」


 イルンが苦々しい顔で結果を教えてくれた。逢魔の思考としてはゴブリンである程度弱らせてから楽をしたい、といったところだろう。とことん舐め腐っているのが連中だ。

 続けて連中の目的がなにか手紙にはないか、インナに確認してもらった。


「目的は風の里と同じ……ってあるわね」

「風の里? まさか禁忌の魔法陣ですか? あれは風の一族が管理を任されただけであって、我々の里には存在しません!」

「同じ精霊術一族だから所有していると思ったのでしょう。相変わらず浅慮ですね」


 サブローは頭が痛くなって押さえた。情報の精査も行なっていた鰐頭がいなくなっているとはいえ、行き当たりばったりすぎる。


『その手をこなす人間が見えてこないのは、やっぱ洗脳できないってことスかね。あの短気な首領がイライラしているかと思うと、いい気味ッス』

「巻き込まれている現地の人たちにはたまったものではありませんよ」


 彼らがイラついた分だけ、理不尽に八つ当たりされる誰かがいる。とても許せることではなかった。


「インナ、どの魔人が来るかわかる?」


 すっかり仲良くなったのか、ミコが呼び捨てで尋ねた。インナも気にする様子もなく頷き返す。


「城内の情報をくれる人がいるみたいね。そのあたりに無頓着みたい」

『変っていないッスね、あそこ』

「毎度どこからか情報が漏れていましたからね。鰐頭さんが頭を痛めていました」

「えーと、虎の魔人が向かっているらしいわ」


 インナが言い終えると同時に、ミコが勢いよく立ちあがった。視線を集めるのも構わず、ただひたすら手紙を睨みつけている。


「ミコちゃん、どうかしたの?」


 心配そうにするインナにさえ無反応なまま、ミコは絞り出すような声を出した。


「サブ、フィリシア。こいつはあたしがやる。手を出さないで」

「師匠さん?」


 フィリシアが不思議そうに呼ぶのだが、サブローと毛利は予想していた。今度の敵が虎の魔人だと知った瞬間から。


「ミコ、僕はもう気にしていませんから、落ち着いてください」

「そりゃサブはそういうだろうけど、あたしは違う。こいつだけは……!」


 怒りでミコの視野が狭くなっている虚を突いて、サブローは音もなく近寄り、優しく頭を撫でた。呆気にとられた彼女はしばらくなすがままだったが、やがて顔を真っ赤にして手を払った。


「きゅ、急になにをするの!」

「いつもはこれで落ち着いたではありませんか」

「小さいころの話でしょ……ってまた撫でようとする! しつこい……うぅ……」


 拗ねたように「ずるい」とミコは呟いた。もう大丈夫だとサブローは自分の席に戻った。


『荒ぶるミコっちを落ち着かせた……隊長さすがッス』

「ボーッとしているだけかと思ったら、意外と女たらしか。ああ、これは落ちるな」


 なぜか(おのの)いているクラウディオが失礼なことを言う。ミコとは長年共に暮らした家族だ。宥める方法をわかっているだけに過ぎない。そのことを伝えようとしたとき、やけに苛立ったフィリシアが話を戻しにかかった。


「それで! 虎の魔人だとなにがあるんですか!!」

「大声を出してどうしました?」

「…………別になんでもありません。虎の魔人にどうして師匠さんはこだわったのですか?」


 いまだ不機嫌なまま、フィリシアはとげとげしく聞いてきた。本当にどうしたのだろうかと心配しながら、サブローは打ち明ける。


「彼は大河原生(たいが はらお)と言います。四年前に僕を誘拐し、魔人へと変わることになった直接の原因です」


 フィリシアの表情が消え、サブローはマズいと勘付く。この顔は、サブローが保安部に捕まった時に見たものだ。


「理解しました。師匠さん、私もやります」

「フィリシア……」

「まだ早いと言いたいのはわかります。ですが無理やりにでも今回は参加します」


 ミコが先ほどまで怒っていた事実を忘れて頭を抱えた。より興奮した相手を目の前にしたせいだろう。見回せば、イルンやアルバロが若干引いている。


「……わかった。でもあくまで後方支援でおねがい。あとサブ、さっきはああ言ったけど、フィリシアが危なくなったら参戦して」

「言われなくてもそのつもりです」

「ありがとうございます」


 今だ怒りのおさまらないフィリシアが冷たい目のまま礼を言った。意識はもう敵の魔人に向かっているようだ。


『まあ魔人相手への実戦経験が増えると考えればいいんじゃないッスかね。あいつ虎をモチーフにした魔人なのに、あまり強くないッスから』

「ミコなら十中八九は勝てます。しかしこれで異世界に渡った魔人はほぼ品切れになりますか」


 残るは首領に従う気のないA級二人だけだ。拍子抜けするくらい順調にいっていて気味が悪いくらいである。


「それがそうもいかないみたいなのよ。王国の犯罪者を何人か魔人に変え、召喚に成功した魔人も居るみたい」


 詳しいことは調査中と締められていた。上手くいかないものである。召喚された魔人は全員男らしいので、竜妃はまだ渡っていない事になる。サブローはひそかに安堵した。


「手紙は五日前の話みたいね。ならそろそろ魔人がつく頃かしら? 人ならまだまだ時間がかかりそうだけど、オーマの手がかかった魔物がもう送り込まれているし……」

「まともに進めばもう着いている頃ですね。姿も見えず気配も感じないということは、どこかで寄り道しているのでしょう」


 斉藤のやったように、どこかでいたずらに人が犠牲になっているのではないかと気が気ではない。サブローは探しに行きたい衝動を必死に抑える。


「そうですか……魔人が……」

「族長、このことはみんなに伝えよう」


 イルンが迷わずに切り出した。地の族長はしばし逡巡していたが、やがて首肯してサブロー達に向き合う。


「私どもは息子の言う通り、魔人が差し向けられたことを伝えようかと思います。その際、あなた方のことも詳しく紹介してよろしいでしょうか? 特にカイジン殿が魔人であることについて」

「おいおい、オレたちはフィリシアの件があるからサブローのことを信用しているんだぞ。なにもしらない里の住民たちが混乱することは確実だ、イルン兄貴、親父……じゃなかった、族長」


 アルバロの言う通り、サブローが魔人である事実は伏せるべき事柄だった。すぐ離れていいというならともかく、虎の魔人が訪れるまでは地の里で待機しないといけない。あまり賛成できない提案であった。

 とはいえ、優秀なイルンたちがそのことを想定していないとは思えない。サブローが静かに続きを待っていると、真意に気づいたらしいクラウディオが説明に入る。


「混乱はするだろうし、地の里から逃げ出すものもいるだろう。ただ、それは魔王に魔人を差し向けられた時点で起きる。ならば味方に魔人がいることを知らせ、ある程度は頭が回る連中に、最低でも里は滅びないと納得させるしかない。問題はサブローたちがいろいろ勘繰られ、口がさない噂がでることだな」

「結局、負担はサブローたちが負ってしまうからな。恩人である君たちにそんな思いをさせるのは心苦しいし、断っても構わない。……けど、その顔はもう覚悟を決めているって感じだな」


 イルンが本当にすまなそうにする。そんな顔をする必要はない。里のためになることならサブローに提案を断るつもりはなかった。矢面に立ち、悪評が地の族長一家に向かうのを阻止すべきだろう。


「私も協力します。こんな時のために勇者の一員やら、聖女やらの名声を背負ってきているのですから」


 頼もしく請け負うインナに地の族長が頭を下げる。これで方針は固まった。虎の魔人との戦いに備える、あわただしい日々が始まったのであった。



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