五十八話:宴とサブロー評
ゴブリンの大部隊を迎撃した英雄としてサブロー達三人は紹介され、宴は大いに盛り上がった。
あちこち光を発する木が植えられており、夜でもとても明るい。宴の中央は巨大なたき火があった。いつの間にか大量の料理や酒が用意されており、立食形式でそれぞれ里の危機を乗り越えたことを祝っていた。
あれだけの数のゴブリンに襲われたことで不安になっていたのだろう。こんなに早く倒されるとは思っていなかったから、ろくな準備ができていないというボヤキとは裏腹に、里の人々は大きな解放感に酔っていた。
フィリシアの活躍は多くの兵士に目撃されており、知り合いも多いため人々に囲まれて賑わっていた。その師であるミコも引っ張りだこになっている。あまり口が上手くない彼女は四苦八苦して居心地悪そうだった。
一方のサブローはなぜか屈強な男たちに腕相撲を挑まれている。この世界にもあることに感心しながら、二回りは大きい男が必死に体重をかける様子を眺めていた。最初はあっさりと決着をつけていったのだが、挑んできた相手に失礼かと思い直して数分はなすがままにしている。一通り攻勢が終わったころ合いを見極め、机に相手の裏手をぺたりと静かにくっつけた。
「ダメだ、びくともしない」
「信じられん。里一番の怪力のウドが相手だぞ? 人間に見えるけど、怪力をもつ種族かなにかか?」
「だいたいそれであっています」
詳しくは誤魔化しながら、サブローは笑って和やかに収めた。グレートゴブリンを素手で倒したと紹介されて、最初は疑っていた屈強な男たちの見る目がもう変わっていた。サブロー本人としてはあまり自慢はしたくない件だった。
ただ、実際に目撃した者たちはこちらから目をそらしていた。なぜなのかよくわからない。
「はぁ~、ようやく抜けだせました。サブローさん、楽しんでいますか?」
「腕相撲はひと段落つきました。あと気になることがあります」
ちょうどよかったので、先ほどの疑問をぶつけてみた。話を聞いたフィリシアはふんふんと頷き、納得いったような顔をした。
「サブローさん、グレートゴブリンにもいつもの戦い方をしましたね。あれ結構怖いので、見ていた人たちは近づきにくいんだと思います」
「ああ、なるほどそういうことでしたか。……他の戦い方は知りませんし、どうしようもありませんか」
「訓練だと普通ですのに、実戦だと真っ先に命を奪いに行きますよね。どうしてですか?」
「だって長いこと苦しめたらかわいそうではありませんか」
苦しむ時間は短ければ短いほどいい。サブローはそう考えている。結果が容赦のない戦いになってしまい、はた目からると恐怖の対象なのだろう。
「そうですね。そういえばサブローさんって割と力任せですよね」
「鰐頭さんいわく、僕は力が強いタイプだそうです。僕らは個人個人で向き不向きが違いすぎますから」
だから鬼教官である鰐頭は、サブローの力を徹底的に伸ばした。結果、触手一本で出来ることが増えて変則的な動きも獲得し、戦闘の幅が増えたのだ。それが魔人の中で強い方になっているなんて、毛利に言われるまで知りもしなかった。
「男らしくて頼もしいです」
「なんだか照れますね」
フィリシアと穏やかに笑い合う。よく見ると彼女はほのかに頬が紅潮していた。温泉に入った後だからだろうか。サブローがのんきに考えていると、人の輪から這う這うのていでミコが飛び出していた。
「もう無理! 相手したくない!」
「師匠さん、お疲れ様です。お水飲みますか?」
ミコが礼を言いながら受け取り、がぶ飲みした。冷たい水を飲み終えて落ちつき、彼女はほっと一息をつく。一連の様子を見届けてから、サブローは光る木を見上げた。
「それにしても不思議な木ですね。冷たい光を放つとは……」
「ああ、あれは……」
「フィリシアお嬢さん、少しよろしいですか?」
フィリシアが説明しようとしたとき、タイミング悪く足元から声をかけられていた。サブローは構わないから相手をしてくれと目線で知らせ、彼女も了解する。
視線を追って少女の足元を見ると、子どもと間違うほど背の低い夫婦がいた。風船のように丸い顔に愛嬌のある笑顔を浮かべて、彼らはサブローたちにも会釈した。何か所も束ねた、不思議な髪形をしている。
「これは霧深き森のウィロウさんにミソルトさん、お久しぶりです。村のみなさんは元気ですか?」
「とても元気にしております。息子どもの木こりの技術も上がり、今回も村に切り倒した魔樹を運んでいたのですが、運悪く今回のゴブリン襲撃と重なってしまいました。いつ村に帰れるかわからない状態でしたが、お嬢様方が解決してくださって感謝しています」
ウィロウと呼ばれた男性は喜びながら、ミコとサブローにたくましい腕で握手を求めた。応じ終えた後、彼は不思議そうにサブローの顔を見つめている。
「僕になにか御用ですか? できる限りお応えしますよ」
「いえ、あなたがグレートゴブリンと戦う姿を目撃しました。そのときはまるで魔物のような気配を感じて恐ろしかったのですが、今は欠片も感じません。それがとても不思議です」
サブローは思わず制御用のブレスレットに触れた。彼らはとても勘が良いようだ。フィリシアが気のせいですよ、と取り成して離れていく姿を見送った。
「さすがウッドトロルは鋭いですね」
「ウッドトロル?」
サブローが質問すると、フィリシアは答えてくれた。
ウッドトロルとは地の里の近くに存在する、広い森に住み着いている一族らしい。トロルとついているものの、巨大な怪物であるトロールとは違い魔物ではなく、人に近い別の種族である。
普段はそれぞれの住処の森で木こりをして生活をしている。魔樹を知り尽くしており、この場に存在する光る木も彼らが手に入れ、売りに来ている代物であった。
ほかにも皮を燃やす音が音楽になる木や、眠りを誘う香木や、浮かび上がる浮揚木など、用途の広い木材を手に入れることができる。基本的に地の里にしか仕入れないため、それら魔樹を目当の商人たちも居るぐらいだ。
精霊王となんらかの契約を交わしているらしく、地の里の一族と協力する関係にあった。力強いが戦闘には向かないため、伝統的な森の住処を彼らに守ってもらっている。
そしてウッドトロルの住む森はいくつかの集落に分かれており、ウィロウたちの住む霧深き森はその中の一つであった。
「一度叔父さまに連れられて彼らの集落に行ったことがあります。色んな木の上にけっこう大きな家が並んでいましたからなかなか壮観でした」
「それは見てみたいですね」
サブローは素直な感想を伝えた。この世界特有の種族というのはなかなか興味深い。逢魔を倒した後にでもじっくり紹介してほしかった。
新しい楽しみができたことにサブローが高揚していると、いたずらっ子のような顔をしている幼馴染が会話に入ってきた。
「谷に住むトロルがいたりして。こっち向いてって奴」
「よくわかりませんが、そういう種族もたしかにいるかもしれませんね」
フィリシアがピンと来ない顔で答えているが、サブローは昔園長が見せてくれたアニメの話だと気付いて呆れた顔をした。こっちが察したのをミコが気づいて嬉しそうにしているのが、なによりの証拠だ。
「よう、盛り上がっているみたいで嬉しいよ」
各所で挨拶していたイルンが嬉しそうに近寄ってきた。サブローが妻と行動していないのか疑問をぶつけると、別の場所で挨拶していることを教えられた。族長一族だからいろいろあるのだろう。妻帯者ということを初めて聞いたミコは口を開けて驚いていたが。
「ちょっとフィリシアを借りていいかな? 身内で話したいことがあってさ」
断る理由もないため、サブローはフィリシアに行ってくるよう促した。
「用事を済ませたらすぐに戻りますね」
フィリシアがそう断って離れていく。見送りながら、今度はインナが現れたのでミコとともに朗らかに話し込んだのだった。
◆◆◆
従兄に連れられて、フィリシアは叔父一家が固まっている場所へと訪れた。パーティーの主催者が客の相手をせず、ここに固まっていいのだろうか疑問を持つ。
サブローたちとともに迎えた叔父夫妻だけでなく、第二夫人第三夫人とその子どもたちもそろっていた。
第二夫人であるイヴェタは褐色の肌をもつ妖艶な女性だ。蠱惑的な笑みを常に浮かべており、同姓ながら一緒にいるとフィリシアもドキドキしてしまう。
彼女はとても子ども好きでフィリシアやマリーにも良くしてくれた。ただ、自身は長いこと子宝に恵まれなかったため、ようやく授かったイヴェタの子どもはまだ幼い。この場に居なくても仕方がなかった。
第三夫人のペルペトゥアは燃えるような赤髪を持つ、さばさばとした美女だ。元冒険者でもあり、言いたいことは遠慮なく口にするタイプである。
彼女は叔母とはあまり仲が良くないのだが、割り切りの良いタイプなのでフィリシアやマリーにはよくしてくれた。特に妹は懐いており、冒険者時代の話をねだられていた。
子どもは双子であり、フィリシアの三つ年上である。身体の大きなアルバロと賢いクラウディオで、体格以外はよく似ていた。こちらは叔母との仲は悪くなく、正妻として顔を立ててくれており、異母兄であるイルンを補佐していた。
あらためてフィリシアの無事を確かめ合うのだろうかと考えていると、肩を叩かれて振り返る。
「フィリシア、元気そうね」
魅力的な笑顔の女性が歓迎してくれた。彼女はイルンの妻のスティナである。緑色の目を細めて、フィリシアを抱きしめてきた。
「はい、マリーも私も元気です。サブローさんが助けてくれましたから」
「うん、全部聞いたよ。大変だったけど、よかったね」
スティナは身体を離し、喜び合ってくれた。最後に顔を合わせたのはイルンとの結婚式だろうか。普段から可憐な少女であったが、綺麗な結婚衣装を身に纏う彼女は女神かと見紛うほどであった。
イルンによると、スティナは風の里の惨状を聞いて以来ずっと憤っていたらしい。フィリシアやマリーのことを思って泣き腫らした日もあったと明かされ、彼女は顔を真っ赤にしながら夫を叩いた。
身を案じてもらえたことに喜びながら、イヴェタたちにも顔を見せに行く。フィリシアたちの無事をそれぞれ喜んでくれた。
「で、フィリシアとマリーが無事なのは良かったけど、本題に入ろうぜ」
アルバロが切り出し、一家に緊張感が走る。思い当たることがあったので、フィリシアは一応確かめた。
「サブローさんのことですか?」
「魔人らしいからね。父上に聞かされてから、イルン兄さんの報告待ちさ」
クラウディオが腕を組んでイルンを促した。
「サブローはなんというか、こわいな」
フィリシアが反論しようとして急いでイルンに身体を向けたが、すぐにその気持ちは霧散した。言葉とは違い、サブローを案じている顔を彼がしていたからだ。
「フィリシア、あいついつもああなのか? ちょっとお人好しすぎてハラハラするんだけど」
「……一緒に温泉に入っていた短い時間で、もうサブローさんの人柄を実感してしまったのですか?」
「オレが監視でつけられたことを明かして反応を見たんだが、労われてしまった。殴られるはないにしても、怒りはするかと思ったんだがそれすら見えなかった」
「演技とかは? 冒険者時代に遭った魔物の中には、善良なふりをして襲い掛かる奴もいたよ」
ペルペトゥアが経験から忠告してきたが、イルンは力なくかぶりを振った。
「そんなそぶり一切見えなかったし、オレの人を見る目はよくわかっているだろう」
自分で申告したとおり、彼は人なりを見るのが上手かった。その選別能力には叔父も舌を巻いており、捜査の必要が出たときなどは息子であるイルンを連れて回っている。
「善良なふりをしている相手に、監視の件は明かさないよ。それに……あそこまで鈍いサブローに演技ができるとは思えない」
イルンが同情の目を向けてきた。フィリシアはおおよそのことは察しがついたのだが、気になって聞き出そうとするとただただ慰められた。
「あなたがそこまで言うなんて変な人みたいね」
「あーうん。なんというか、本人にも言ったけど、魔人だから信用できないと殴りかかったら、笑って受け入れそうな奴だった」
妻であるスティナに沈んだ声で答えてから、イルンは顔を引きつらせているフィリシアに気づいた。
「その顔は心当たりあるのか?」
「……実際魔人ということで捕まったことがあるのですが、薬で廃人にさせそうになっても無抵抗なままでした。いつでも逃げ出すことができたのにも関わらず、です。あれほど不安に思ったことはありません」
フィリシアが当時を思い出して心情を吐露すると、イルンがやっぱりとだけ呟いた。
「その魔人、もしかしてただのバカか?」
「クラウディオ、次同じことを言ったら怒りますよ」
「わ、わかった。フィリシアに初めて呼び捨てにされた……」
フィリシアはイルンと同じく普段は兄付けで呼んでいる。カッとなってつい呼び捨てにしてしまったが、今回の件は失礼だったと後悔する気持ちが沸き上がらない。むしろいまだむかっ腹が収まらない。
そんなフィリシアに冷や汗をかきながら、双子の兄であるアルバロが自らの弟を窘め始める。
「言い方ってものがある。単純に人が好いだけじゃないか。力自慢に並んで腕相撲に参加していたけど、こちらを気遣ってか怪我しないように手加減していたしな」
「あれに参加していたんだ。どれくらい強かったんだ?」
「……底が見えない。びくともしなかった。それにオレはグレートゴブリンとの戦いも目撃していたが……素手であれだけやれるとかわけが分からない。魔人はみんなああなのか?」
イルンに答えてからアルバロが質問してきたので、フィリシアは頭を横に振る。
「サブローさん、魔人の中でも強い方だったみたいですよ。実際二回ほど他の魔人を倒す場面に遭遇しましたが、歯牙にもかけませんでした」
アルバロがごくり、と生唾を飲んだ。目は恐怖より、どれだけ強いか試したいという欲求が見て取れた。若干戦闘狂なところがこの従兄にはあった。
「アルバロ、悪い癖が出ているぞ。まあ、サブローに関しては今後は監視も必要ないってのがオレの結論だ」
「そう判断してくれると嬉しいです」
「ずいぶんと喜んでいるわね。それにさっきから彼を語る態度……ふーん、フィリシアちゃんが、そう……」
イヴェタがくすくすとからかうような視線を向けてきた。後ずさろうとしたフィリシアを捕まえて引き寄せる。
「後でたっぷりとお話ししましょうね。ちびたちも会いたがっていたし、いいでしょ?」
いろんなことを教えてあげる、とささやかれてフィリシアは腰が引けた。余計なことを悟られたかもしれない。
「ボヤーッとしている奴だけど、フィリシアはああいうのが好みだったんだな」
「そりゃクラウディオ、男は強いのが一番だからな。筋肉一番! 服で隠しても盛り上がった肉は隠しきれていなかったぞ」
「そういやサブローって背は低いのにがっちりしていたな」
「おお、イルン兄貴は一緒に温泉入っていたんだな。鍛えているのなら隠さなければいいのに」
「隠すのはそれなりの理由があるからな。あー温泉で思い出した。サブロー鈍かったんだよ。苦労するぞ、フィリシアは」
男三人が好き放題言って盛り上がっている。抗議しようかとフィリシアが思っていると、スティナがにんまりと笑って手を取った。
「ふふふ、フィリシアの想い人と知ってがぜん興味がわいてきたわ。今から紹介してね」
「あら、なら話をしたときの印象をあとで教えてくれないかしら、スティナさん」
「もちろんです、イヴェタさま。夜の女子会、楽しみにしていますわ」
前門の虎後門の狼ということわざはこのためにあるのではないだろうか。あちらの世界で得た例えをフィリシアは今実感していた。
「すっかり緊張感がなくなってしまったな……」
「ふふ、いいものね。フィリシアも幸せそうで、ほんとうに」
嬉しそうな叔母に、叔父は頷いてサブロー達の元に戻っていいとフィリシアを解放した。スティナを離す言い訳が思い浮かばず、腕を引っ張られながらサブロー達に紹介することとなった。




