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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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幕間その三:食事事情

四十六話と四十七話の間の話になります。

やまなし落ちなしのこぼれ話。


「よくそれを食べられますね……」


 エリックの恐る恐るといった声に、フィリシアは振り返った。これから朝の訓練に出るため、用意されていたおにぎりを食していたのだ。

 おかれてあるメモにはそれぞれの皿に置かれているおにぎりの具が記載されていた。フィリシアは迷わず梅を食べ、その様子を目撃したエリックに驚かれたのである。


「そういわれましても、美味しいですし」


 ついでに置かれているたくわんも、すっかり手慣れた箸を使ってぽりぽり食した。エリックはますます怪訝そうな顔をする。そういえば漬物の類も彼は苦手だった。

 ただ、これはエリックだけではない。フィリシアたちの故郷と異なる食事事情に幼なじみたちは苦戦していた。

 この間、マリーと一緒に納豆を美味しく食べているところを幼なじみ全員に心配された。匂いはともかくあんなに美味だというのにだ。


 日本という国は実に食の種類も量も豊富だった。色々興味深く勉強しているエリックいわく、食に対する情熱が素晴らしい民族性だとか。

 たしかに今では頼れる親友、タマコと一緒にいると食事について熱く語っている姿をよく目にした。特にスイーツと呼ばれているジャンルの食事には、並々ならぬ興味を見せていた。

 今度スイーツめぐりとか言う催しに連れていくと言われて、フィリシアは楽しみにしている。


「マリーといい本当に嫌いな物がないんですね」


 やや呆れたような口調に、フィリシアは不満になる。確かにフィリシアとマリーの姉妹はこちらの食べ物でまずいと思ったものがない。

 調理に失敗したならともかく、施設やガーデンの食堂で出てくる料理はどれものこすのがもったいなくなるほど美味い。

 自分たちの周囲だけでなく、手ごろな外食店もことごとくレベルが高かった。しかし、フィリシアにはどうしても口にしたくない食べ物がある。


「私だって食べられない物がありますよ」

「食べようと思えば食べられるではありませんか。最初気づかずに食べていましたし」


 当時のことを思い出してフィリシアは眉根を寄せる。ある日、ガーデンの食堂でたまたま情報提供に来ていたエリックやサブローと食事をとった。その時にサブローと同じものを食しようと黒いパスタを頼んだ。

 黒いことが気になったが、口にしてみるとうまみが舌に広がって食が進む。特に白いリング状の具が独特の歯ごたえがあり、味も気に入った。

 この具はいったいこれはなんなのかとサブローに尋ねた。彼はイカだと教えたが、ピンと来なかったフィリシアの顔を見てどういう生き物か説明に入る。途中、エリックが複雑な顔をしていることにも気づかずに。


 ――僕の魔人の姿を知っていますよね。イカはそれと似た海の生き物です。いや、僕がイカに似ているんですかね?


 フィリシアはどうにか吹き出すのを堪えた。フィリシアたちの里は海から遠く、魚介類を食する機会が少ない。アレスなどは生臭いと言って魚を避けるくらいだ。その馴染みのなさゆえサブローがどういう魔人かよくわからなかったので、こんな不意打ちを食らったのだ。

 サブローが様子の一変したフィリシアを気遣い、体調が悪いのか聞いてきた。身体でなく心の問題なのだが、せっかくだから心配に乗ってイカスミパスタの残りを押し付ける。

 売店で目的の歯ブラシセットを買い、洗面所に駆け込んで何度も歯を磨き、この世界に来てから久々にムグの葉も使ってきっちりイカの味を消去した。

 ちなみにマリーも外で食べに行った時、似たような状況になったが「そうなんだ」と美味しそうに食べていた。いまだ一人だけ、完璧に好き嫌いがない。少し悔しい。


「まあ、世話になっている身でえり好みしちゃうぼくらの方が問題あるのですが」

「みなさん、食べられないものは仕方ないと笑って許してくれますからね。下の子たちには好き嫌いをなくすように動いていますけど」


 甘えず、なるべく嫌いなものを減らしていこう。エリックはそう拳を握って決意していた。真面目すぎる気がする。


「エリックくんだけでなく、アイやアレスも慣れていくように見守りましょう」


 フィリシアが苦笑しながら声をかける。エリックが苦い顔で同意の頷きを返したのに安心して、日課の訓練へと出かけた。




 その日はリンコに呼ばれて菓子作りに協力した。普段はクレイに手伝わせている。そのお菓子の出来がどれもよくできていたため、フィリシアも暇が出来たら参加したいと申し出ていたのだ。

 ようやく機会が来たか、と気合を入れる。調理場に入ると、穏やかな丸顔の幼なじみと八重歯をのぞかせた笑みを浮かべるリンコがいた。


「やーやー、フィリさんようこそ!」

「フィリシアさん、今日はよろしくなんだな」


 二人に挨拶を返し、フィリシアは用意されたエプロンを着込んで気合を入れた。


「フィリさんが一通り菓子作りができるのは、クレイから聞いているよ」

「よくぼくらにごちそうしてくれたんだな」


 フィリシアは母がお菓子作りが好きなこともあって、作り方を教わっていた。妹や幼なじみたちはもちろん、多く作りすぎたと里の子どもたちに振舞うことも多かった。

 今ではクレイに菓子作りの腕で負けそうになっているため、あらためて鍛え直そうと考えている。こちらの調理器具の数々に興奮しながら、気合を入れ直した。


「さっそく作りましょう! なにを作るのですか?」

「やる気満々だね。さすが胃袋をつかみたい男がいるだけはある」


 フィリシアの出鼻がくじかれた。からかうような笑みを浮かべているリンコを軽くにらみつける。


「いやー、そう怖い顔をしないでさ。フィリさんだって隠していないでしょ」

「だからといってそこはあまり触れてほしくありません」


 フィリシアが不機嫌になって怒ると、リンコは軽い口調で何度も謝った。いまいち真剣さが足りない。

 ひとまず置いておき、今日はドーナツを作ることとなった。とにかく子どもが多いため数を用意する必要があった。

 フィリシアが抹茶味を、クレイがココア味を担当し、リンコが指示を出しながら作る。適量の小麦や抹茶が入ったボウルに砂糖や卵、その他を追加して泡だて器で混ぜていった。

 それにしてもこの国は砂糖が安い。風の里は良質な砂糖を輸出する水の国とも付き合いがあったため、安く仕入れさせてもらっている。それでもこちらの世界のように一般家庭で日常的に口にできるほどの量はなかった。前述の通り母がよく子どもたちに菓子を振舞っていたのは、父が水の王と直接の付き合いがあったからだ。


「丸めて揚げたらサータアンダギーが出来そう」

「サータアンダギー?」


 謎の単語をフィリシアが聞き返すと、沖縄という地方のお菓子だと聞かされた。リンコはこの前の雑誌で見たとスマホを操作して画像を見せてくれる。

 風の里の揚げ菓子に似ているとクレイと言い合い、懐かしい気持ちになった。今度そちらも作ってみよう。

 そう考えながらフィリシアはオーブンの焼き上げに入るのを手伝った。




 ある日、珍しくサブローがソファーに座ってテレビに食いついていた。エリックも隣で真剣な表情で見ている。内容は確か、日本の昔の時代を舞台にしたドラマ『時代劇』であるはずだ。

 あまり趣味らしい趣味がないサブローではあったが、ここ最近は時代劇にハマって鑑賞していた。この国の歴史に興味があるエリックも付き合っている。

 サブローの膝では退屈で眠ってしまったのか、マリーが身体を投げ出して寝息をたてていた。


火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)……なるほど、そういう役職ですか……。しかし頭の代替わりが激しすぎます。過酷だったんですね」


 エリックがスマホと本を持ち出して番組中の単語を調べて満足そうにしている。話を楽しむ気があるのか疑問があった。

 対しサブローは黒く四角いものに竹串を刺して食べている。フィリシアはいつかコンビニで食べたコーヒーゼリーみたいなものだろうかと興味を持った。


「サブローさん、今なにを食べているのですか?」

「ああ、これは羊羹です。おひとついかがですか?」


 そういってフィリシアの口元に差し出した。フィリシアは胸を高鳴らせ、「それでは失礼して」と食いついた。

 コーヒーゼリーのような味を想像していたが、口の中はより濃厚な甘さが広がった。


「とても美味しいです」

「それはよかったです。冷蔵庫に買い置きがありますので、切って食べてみてください。エリックさんのお口には合わなかったので、少し不安でした」

「あー……ぼくはあんこの類が苦手みたいです。アレスもそうなのかな? マリーは大丈夫でしたが……むしろ苦手なものあるんでしょうか?」


 調べものに夢中になっていたエリックが会話に加わる。話題の中心の妹は寝言でお菓子の名前を次々呟いており、フィリシアは呆れてしまった。


「まったく、マリーはもう……そういえばサブローさんも好き嫌いありませんよね」

「いや、虫を生で食うのは嫌いです。あれは二度と食べたくありません」

「あちらで言っていましたね。好き嫌い以前の問題だと思いますが。ぼくだって……いえ誰だっていやですよ」


 エリックが苦笑をする。当時はあまりサブローにいい印象を抱いていなかったはずだが、ちゃんと会話の内容を覚えていたようだ。

 しばらくは旅をしていた時の話で盛り上がって、また美味しいものをきっかけに思い返したいとフィリシアは笑って彼らに語った。



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