六話:夜戦決行
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サブローは王国兵の足を折り、意識を奪って木に縛りつけた。
もともと殺すつもりはない。足を折ったのは本人たちと手当に現れる後続の部隊の足を止めるためだ。
斥候であろう十数人すべてに行い、ここもハズレだと少し肩を落とす。
フィリシアに伝えていなかったが、サブローには足止めのほかにもう一つ目的があった。
王国兵が捕らえた精霊術一族を救出する狙いだ。
王国の目的がわからないため、捕らえる人間もいるかもしれないという願望混じりの行動だ。
だがサブローは進めば進むほど気分が滅入った。
フィリシアたちと似たような格好した人物を見つけてはいる。
ただし、どれも物言わぬ死体となっていた。子どもまでいて心が痛む。
一族をすべて殺す理由がわからず、捕らえた兵士にも尋問したが明かされていないらしい。
兵士も魔人を見かけたのもあるだろうが、子どもまで手にかけないといけない事態に心を摩耗させていた。
余りにも不気味な事態の中、サブローは移動を再開する。
すでに遺跡に向かっていた部隊はすべてつぶしたのだが、諦めるのは早すぎる気がした。
移動を再開して数分、サブローは人の話声を耳にする。
男の声だけでなく女性らしきか細い声も混じっていた。
足に力が入り、蹴った木が反動でしなった。
「いい加減に吐け! 魔人を使い王国に混乱をもたらそうとした。そうだな!?」
「知り……ません」
「嘘をつけ!」
肉を打つ音が耳朶を打つ。サブローは触手を木に巻き付け、自らの身体を引き寄せた。
「言え! 魔人の弱点を教えれば、娘ともども温情をかけて楽に殺してやる」
「たとえ……知っていたとしても、あなた方に教えてなるものですか……」
「この女!」
乱暴に拳を握った男の腕を、触手で巻き付けて止めた。
サブローは恐怖で固まる男を引き寄せ、足を折り意識を奪って地面に転がす。
はちみつ色の髪と瞳を持つ女性がボロぞうきんのように横たわっていた。
彼女を助けるのが先だ。仲間を奪われた兵士が矢と魔法を放ち、槍を繰り出すがいずれも遅い。
触手で打ち払い、返す刀で顎を打って気絶させた。サブローはこの場の兵士をすべて無力化したことを確認し、一部の変化を残したまま変身を解いて女性を抱き起す。
絶対に揺らしてはいけなかった。
「助けに来ました。意識はありますか!?」
「……助、け? ああ、精霊王様……」
「今手当をします。頑張ってください。北の遺跡まで行けば精霊術で回復してもらえ……」
彼女の視線が定まっていない。もう目が見えないのだろう。
包帯を手に持ち、怪我の具合を確認しながら不安になるサブローに、どこに力があったのか女性が強く握り返した。
彼女は絞り出すように話しかけてくる。
「わ、私のことは構いません。もう、長くはありません」
「そんなことを言わないでください!」
「ほ、本当に、構わないのです。ですが……どなたか存じませんが……娘のフィリシアと、ま、マリーを助けて、ください……」
「二人なら大丈夫です。近くにいる王国兵はすべて倒しました。僕が、魔人の僕が指一本触れさせません。だからまだあきらめないでください!」
魔人と聞き姉妹の母が驚きの表情を浮かべた後、安堵の表情へと変わった。
「そうですか……あなたのような、魔人も居たの、ですね……」
「あんなに優しい人たちのお母さんを死なせるわけには……くそっ! 血が、止まりません!」
道具が、時間が、技術が何もかも足りなかった。
サブローは自分の不甲斐なさに腹が立つ。フィリシアたちの母が彼の頬に手を添えた。
「精霊王様、心優しい魔人様と娘を引き合わせていただいて、感謝します……。私、は、よろこんで……あなたのもとへと参り、ます」
「待ってください! まだ、フィリシアさんたちにはあなたが必要です! それにお母さんを失うのは、とてもつらいことになります。だから、だから……」
「あなた様が、娘を守ってくださっている。私は……それだけ、で……じゅうぶ……」
彼女の手が力をなくして地面に落ちた。もはや何の反応も返さない。
サブローは奥歯をかみしめ、苛立ちを触手に乗せて大木を叩き潰した。
「ひ、ひぃ!」
おびえた声が聞こえ、サブローは身体を変化させて振り向く。どうやら一人だけ触手の打ち込みが浅かったようだ。
腰が抜けている兵士が両手を前に出して言い訳を始めた。
「ま、待ってくれ。お、俺たちだってやりたくなかったんだ! し、信じてくれ!」
サブローは天を仰いで大きくため息をつく。身体の中の熱気がすべて、三つの月が浮かんでいる夜空に溶けたように感じた。
理不尽だし怒りは覚えている。だがそれと、彼らを倒すことは別の問題だ。
自分は裁きに来たのではないし、その資格もない。ただフィリシアたちを守るために戦っているのだ。
「頼む、俺が死んだら残された家族が……」
「信じます」
「…………え?」
「だから好きでやったわけではないのでしょう? それにもともと殺すつもりはありません。精霊術一族の捕虜は他にいませんか? 助けに向かいたいのですが」
「い、いや。あの女は首謀者である族長一族だったから、特例だったんだ……です。ま、魔人が呼び出されたから、尋問する奴が加減を間違えて、お、俺じゃない……」
「なるほど。それともう一つお願いがあります。それが済めば無傷で帰すことを約束しましょう」
「ほ、本当か……? いや、本当ですか?」
「はい。陣地の食料庫と馬屋の場所の案内をお願いします。嘘をつくなら指をすべて折りますのでお覚悟を」
「は、はひ! 案内させていただきます! ……あの、いったい何をするつもりでしょうか?」
サブローはふむ、とつぶやいて自分の顎を触る。目的を話したところで特に影響はなさそうだ。
もっとも、目的というほどたいそうなものでもないのだが。
「嫌がらせをするなら徹底的にやっておこうかと思いましてね」
フィリシアの母の遺体の汚れを拭き、目を閉じさせる。帰りに回収してわかりやすいところに埋めることにした。
いつか、ここが平和になったときフィリシアたちの手で埋葬し直せるように、と。
数十分後、王国軍の陣地にて魔人が目撃され、食料庫と馬屋が焼かれた。
食料を失い、馬はすべて逃がされ、王の命を果たせなくなった将軍が頭を抱えることとなる。
しかし幸いにも死者は一人も出なかったようだ。
さらに不思議なことに、けが人はすべて足を折られていたのだった。