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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第二部:一筆啓上故郷が見えた!
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五十三話:異世界に行ってきます

今回で第二部は終了です。

幕間を挟んで、次回より第三部になります。


◆◆◆



 フィリシアたちと異世界に向かう日が近づいてきた。訓練も異世界に持ち込む荷物の厳選も、順調に進んでいく。

 エリックも一緒になって相談し、あちらで換金して路銀になりそうな物を選別してくれた。フィリシアの父がよく利用していた商会を頼る手はずだ。もっとも彼女だけでは舐められるかもしれないので、いざという時は紹介状を使ってドンモたちを頼ろうと決まる。

 園長からも挨拶の品を渡すように言われる。こちらは長官の物と違い、ちゃんとしたお菓子でフィリシアが安心していたのをサブローは目撃した。長官の贈り物について彼女が園長に伝えると、「あの人は加減を知らないから……」と疲れた顔をした。サブローがいない四年間、あの人がどれだけのことをしていたのか聞くのが怖くなる。

 そんなある日、日々忙しく過ごしているサブローがフィリシアを伴って施設に帰ると、彼女に突進してくる影があった。


「フィリおねえちゃん、行くのやだー」


 ナナコがたまりかねてフィリシアに抱き着いてくる。仕事でしばらく帰ってこれないことを伝えた日は、「フィリおねえちゃんたち、お仕事がんばってね」と応援してくれたのだが、やはり無理をしていたらしい。

 そのことを察して涙をこらえている様子のフィリシアはナナコを抱きしめ返し、出発の日まで目いっぱい構うと宣言する。ナナコはますます腕に力を込めて泣き出した。


「ふふふ、おねえちゃんがナナちゃんにかかりっきりなら、いちはやくマリーは自由だ。やった」


 サブローの視界の端にいたマリーがこっそりとガッツポーズをとっている。しっかり者の姉はその様子を見逃していないので、サブローは二人の様子をハラハラと見守っていた。後日、やはり叱られているマリーの姿があったのだった。




 異世界の時間はどうなっているのだろうかとふと疑問に持つ。鷲尾に言われたことがいまだ引っかかっていた。

 転移したら逢魔の支配した世界なんて勘弁であったため、毛利とエリックがそろっているときに相談してみた。


「ああ、大丈夫です。何度か送った発信機で確認しましたが、こちらと時間の流れは同じでした」


 サブローたちがこの世界に戻ってから、さらに力を入れて異世界の観測を続けていた結果、あちらでも数か月しか経っていないとわかったようだ。そうなると鷲尾の発言が引っかかるのだが、ガーデンでもまだ調査中であった。

 わからないものは仕方がないので、サブローは考えないことにする。ドンモたちが先に地の里にたどり着いていたら申し訳ないので、あちらに到着したらなるべく急ぐつもりだ。


「そういや隊長たち、オネエの勇者と合流するつもりなんスよね」


 毛利に心を読まれたかのような発言をされ、サブローは動揺する。付き合いの長い戦友はその顔を読んだ。


「隊長もちょうど勇者さんのことを考えていたッスか。タイミングいいッスね」

「はい。ケンちゃん、ラムカナさんたちがどうかしましたか?」

「いやね、魔人とまともに渡り合えるどころか、隊長をガチ追いつめるとか興味あるに決まっているじゃないッスか。勇者ってどういう原理で強くなるんスかねー」

「勇者でなくても、身体が頑強な人はそこそこいますよ。その人たちは加護があると言われていました」


 そして強力な加護を持つものが聖剣に選ばれる。誰からの加護なのか、諸説分かれるようだ。彼ら精霊術一族は精霊王の加護と伝え、シンハ教だと主神による加護と言われている。エリックはそう説明した。

 勇者から加護という目に見えない不思議ななにかが身体を強化することに、毛利は興味が移った。

 この世界に来てから、フィリシアを始めとして異世界の友人たちは検査を受けている。基本的にはこちらの人間と構造は変わりがない。

 しかし、魔力を保ったうえで扱うことができ、加護と呼ばれる魔人とも張り合える可能性をもった不思議な力があった。医療観点からはその謎は解けていない。今後も理解できるようになるかは怪しいだろう。

 まあこの謎を解く必要はないので、毛利個人の興味で終わるだろうと、サブローは結論付けた。




 その日は最後のイチジローとの訓練を終え、フィリシアたちの合流を待つことにした。わずかな待ち時間、会話が自然と途切れてから兄が心配そうな顔をした。


「兄さん、どうしたのですか?」

「サブ……お前たちに任せることがやっぱり不安なんだ」

「そんなに僕は頼りになりませんか」


 サブローはそう発言しながらも、仕方ないと寂しく感じた。この三ヶ月、『魔人を殺す魔人』から一本も取れていない。兄が頼りなく思うのも当然だろう。その旨を伝えると、イチジローは頭を横に振る。


「サブは強い。なんどもヒヤッとしたし、一本取れるようになるのは時間の問題さ」

「とてもそうは思えませんが」

「マジな話、お前はガーデン内で俺の次に最大の戦力として数えられている。俺が戦ってきた魔人でもトップクラスに強い。……四年も連れ戻すことができなかったくらいだしな」


 自虐するイチジローに対し、それは違うと否定する。迷惑をかけたのは彼ではなく、サブロー本人だ。大好きな兄が気に病むなんておかしい。


「ありがとうな。まあ俺の不甲斐なさを置いといてもだ、お前は本当に強い。ミコもフィリシアちゃんも安心して任せられる。だけどな……」


 イチジローが拳で弟の胸を軽くたたいた。


「お前もちゃんとあの二人を頼れ。昔から無茶が過ぎる弟だったんだ。周りに頼るのが下手な部分が、唯一の不安だ」


 まっすぐに力強い視線で射抜かれ、サブローはどう答えていいのかわからなくなる。ただ戸惑っていると、イチジローは破顔した。


「ま、あの二人なら黙って助けに行くか。俺だって駆けつけるさ。…………また奪われるわけには、いかないからな」


 サブローは兄の目が真剣だったため、ただ黙ってうなずいた。頷いた本人としてはあまり彼の手を煩わせたくなかったのだが。

 やがてフィリシアたちが入室し、部屋の空気が華やかになる。しばらく四人で雑談して、今日は食事をしてから帰ることとなった。




「サブローさん、絶対一人にならないでくださいよ。ミコさんかフィリシアさんとなるべく一緒に行動してください」

「自分だけの判断で人助けはしない。必ず二人の目の届く範囲で、ちゃんと自分以外の意見も聞いてから動く」


 エリックとアリアに耳にタコができるほど言い含められ、サブローはうんざりしながら頷いた。

 今日は施設のみんなで異世界に行く三人を祝ってくれている日となっていた。けっこう前から計画されていたらしく、イチジローが主導してサプライズパーティーとなった。ナナコやタマコはフィリシアに、マリーはサブローにべったりだったのに、悟らせずに準備を進めていた。匠の技だ。

 そんな祝いの席だというのに、主役の一人であるはずのサブローは先ほどのようにエリックとアリアの小言を受けている。自分の膝を占領しているマリーもしたり顔でうなずいていた。もうハートはボロボロだ。


「愛されてんなーサブ兄貴」

「ケンジ、僕は信頼されていないだけに見えるのですが……」

「むしろサブお兄ちゃんをわかっているから、エリックたちもいろいろ注意するんだと思うよ。園長先生だってすごく心配していたからね」


 ケンジとタマコが明るく笑う。二人ともフィリシアやミコのところにいたはずなのに、いつの間にかからかいに来ていた。憮然としながら二人を迎える。


「ここに来てからサブローさんの武勇伝を聞かされていますからね……」

「うん、いっぱい聞いた。サブローおにいちゃん、今とかわっていない」


 エリックの発言をアイが楽しそうに肯定する。どんな話を聞かされたのか気になったが、嫌な予感がするのでサブローはあえて黙った。


「サブもちょっとは落ち着きなよ。下の子が真似をしたら大変だからね」

「それにサブローさんが怪我をするとみんな心配しますので、気を付けてください」


 ミコとフィリシアが続けて小言に加わった。フィリシアについて回るナナコも嬉しそうに頷いている。兄にも心配されていたこともあり、少しは自分を省みようという気分になった。ほろ苦い気分でケーキを口に運ぶと、中で広がる甘さが心を癒してくれた。


「クレイ、あなたの作ったケーキ美味しいです。腕をあげました?」

「サブローさんたちがオーマを倒しに行くから、がんばったんだな」

「おにいちゃん、マリーもー。あーん」


 サブローは礼を言って、先ほどの小言も忘れて夢中になった。途中でねだってくるマリーに分けながら、周りが仕方ないと温かい目で見てくる。威厳的には問題があるが、些細なことだ。


「なあ、サブローにーちゃん。留守の間はこのメニューをやっておけばいいのか」

「ああ、アレスの体力のついているペースから考えれば、それでちょうどいいはずです」

「りょーかい。けどまあもう復讐とかどうでもいいんだけどな。サブローにーちゃんがオーマを倒してくれるし」

「じゃあやめますか?」

「まさか。けっこう楽しくなってきたからつづけるよ」


 アレスが軽く返し、互いに笑顔を向け合う。もともと身体を動かすのが大好きな活発な少年は日々成長していた。記録をつけているサブローとしても鼻が高い。ミコが思い出したように、アレスに提案をする。


「いっそアレスもなんかスポーツやってみる? 一通りやってみて、なにが向いているか見てみようか?」

「うーん……それもいいけど、まずはこっちの世界の鍛冶の仕事を見学したい。刀ってのをマンガで見てから、なんか気になっている」

「ああ、そういえばアレスの家は鍛冶屋さんでしたね」

「おう。今度園長先生が見学できるか聞いてみるってさ」


 アレスはサブローにそう教え、鼻の頭をかいた。あのとき胸が痛いと訴えていた少年が前を向いている。そのことが嬉しくて、サブローは何度もうなずいた。


「サブローにーちゃん、おじさんによろしくな。おれはこっちでけっこう楽しくやっているってさ。まー動画にもとったけど」


 そういえば彼は地の里に親戚がいた。フィリシアも忘れていないので、一緒に請け負った。

 家族と過ごす夜がとても楽しくて、とても大事で、このひと時を守るためならなんでもできる。サブローはひそかに決意を固めた。




 ガーデンの魔法陣が備えられている部屋にサブローたちは集められていた。長官や兄は別の部屋で待機して、専門のスタッフがモニタリングしている。

 緊張したかのようにフィリシアがなんども深呼吸を繰り返している。久しぶりの元の世界なのだ。緊張もするだろう。

 対してミコは平然としていた。相変わらず背筋を伸ばし、リラックスした姿勢のまま佇んでいる。元々肝が据わっているだけはあった。


「サブ、こんな状況でもあんたはぼけーっとした顔をするんだね」

「ぼけ……」

「師匠さん、せめて緊張感がないと言いましょう」


 フィリシアのフォローが効果を発揮せず、むしろ追撃となってしまった。サブローとしては構えているつもりである。


『もう一度説明するッスけど、あちらに着いたらなるべく早くドローンの電源をつけるッス。こちらからの通信、指示はドローンからするんで』


 室内に響く毛利の言葉に了承の意を伝える。最大限のサポートをもって逢魔の追撃に挑む。準備は完璧だ。フィリシアが魔法陣に魔力を送り、青い光がその場に満ちた。


『それでは異世界追撃班、健闘を祈る!』


 ただひたすら視界が青くなる中、長官の激励が届く。サブローは唇の端を持ち上げ、新たな戦いに挑む。これからが本番だ。


「行ってきます」


 この世界に残る愛しい人たちすべてに告げて、サブローは再びあの世界へと向かった。



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