五十一話:ミコの過去と今
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幼いころのミコは炎の中で泣いていた。
昔、まだ幸せだったころのミコは両親に愛されていた。炎のギフトも肯定し、強くて頼りになる兄が守ってくれた。そんなある日、家が燃えて両親が亡くなった。
原因は放火によるもので犯人はあっさりと捕まった。なのに幼い兄妹だけが生き残ったことと、ミコのギフトが親戚に知れ渡っているため、元凶のように扱われた。
真実を知っている兄が違うと声を張り上げたものの、子どもの言うことを真面目に取り合ってくれる者はいなかった。やがてはミコ自身も両親を殺したのは自分ではないかと、幼い心を弱らせていった。
ギフトの暴走する回数が増えていき、親戚から兄とまとめて厄介者扱いされて行き場を失くしていた。そんな兄妹を林康子は見つけて、施設へと引き取ってくれた。
施設に来てからは兄といる時間が少しだけ減ったものの、同じくギフトをもつ子どもがいて安心した。この不気味な力は自分だけではないんだと当初は喜んだ。
しかし、ミコの力はギフトの中でも特別だった。同じく火を扱うギフトを持つものだっている。ただ、その子の力はロウソクの火程度の小さなものだった。暴走したとき周囲を燃やすミコを、施設の人間も疎んでいった。
園長や兄は変らず傍にいてくれるが、職員や他の子は危険なものに対する目をやめなかった。幼いながら人の心に敏いミコはしだいに追いつめられ、不安が爆発し突然ギフトが荒れ狂った。
いかないでほしかった。誰か傍にいてほしかった。なのにそう訴えれば訴えるほど、炎はどんどん強めていく。
「どうしたの?」
すぐそばに声が聞こえてミコは顔を上げた。幻聴かと思ったが、すぐそばにニコニコと笑っている男の子がいた。入口の方で職員が危険だ、危ないと忠告しているが、気づいていない様子だった。
ミコはその男の子に見覚えがあった。一週間ほど前に園長が連れてきたサブローという名の男の子だった。兄と同じく普通の子であるはずだったが、どうやら園長に気に入られているようであり、楽しそうな様子の彼女に散髪してもらっていたのを思い出す。
「ねえねえ、これなーに?」
サブローはこんな状況で平然としながら、ミコが読んでいた絵本を指さした。
「マッチ売りの少女……」
この話のせいでギフトが暴走している。一人の時間が多かったため、大人しく本を読んでいたら、内容が昔の自分を思い出したために泣いてしまったのだ。
「どういうおなはしなの?」
知らないことにミコは少し驚いた。けっこう有名な話で、知らない子は見たことがなかったのだ。しゃくりあげながら簡単に教えると、彼は悲しげな顔を浮かべた。
「かわいそうだね、この子」
自分がかわいそうだと言われた気がして、また炎のギフトが躍る。どうにか人を焼かないように気を張っていたのに、目の前の子にも火が小さく飛び移り、また離れられるとミコは泣き出した。
「この子のためにないてくれるんだ。やさしいんだね、きみ」
サブローは笑顔で頭を撫でるだけだった。ミコは泣き腫らした目を向ける。
「あつく、ないの?」
「うん? あつくていたいよ」
平然とした顔で言われても説得力がない。サブローは笑顔のまま傍に座る。
「でもがまんできる! だからおはなししよう」
ミコはびっくりしすぎて炎のギフトが吹き飛んだ。ミコの意識に連動した炎が掻き消え、燃え移った火を職員が消火器で消していく。
「ひ、きえたね。ふしぎだねー」
サブローはのんびりと事態を実況しながらミコの瞳を覗き込む。
「ねえ、きみはぎふと組?ってところの子だよね。名前はなんていうの? ぼくは海神三郎!」
「し、しってる。園長先生と、よくいっしょにいるから……」
「やった! じゃあおしえてよ。いいでしょ」
「明光寺、ミコ……」
おずおずと、ミコが自己紹介すると、彼は元気いっぱいに両手を握って上下に振り回した。
「じゃあいっしょにあそぼう、ミコ!」
懐かしい夢を見ていた。ミコはのっそりと上半身を起こし、心を温かくしていた。
結局あの後、遊ぶより先にサブローは治療に連れていかれた。万事この調子で、入院沙汰になったのも一度や二度ではない。ある意味ギフトを暴走させる子どもより危険な存在という扱いされていた。一人でいる子を放っておけない性格のようだった。
そのため外だとさっぱりだが、施設内だと割とモテていた。面倒見がよく気が利くのも原因だろう。とはいえ家族相手にサブローがその手の想いに応えることはなかった。責任を自分が取れるとは思えないという理由だったはずだ。なんともまじめな奴である。
まあ幼いゆえの熱病みたいなものであるのと、サブロー自身のフォローもあって面倒ごとになることは今までなかった。ただ、ミコはああいう風にフラれるのが怖く、初恋をこじらせていったのだが。
そもそもなぜかミコに対してだけは恐ろしく鈍くなっていた。免疫がない癖に、彼女が勇気を出して抱き着いても全く動じず、変った態度は見せてこなかった。胸がないのが原因かと一時期悩んでいたこともある。
ところがつい先日、昔のように組手の相手をさせようとしたところ、意識している姿を発見した。四年も会えないのが原因だったのか、単純に互いの身体が成長したせいなのかはわからない。
またも顔が緩む。自分に焦っているサブローの姿はとても気分が良かった。
「うし!」
気合を入れてどうにか起き上がる。今日は施設のみんなと初詣に向かう日だ。できれば大みそかは例年通り施設で過ごしたかったのだが、初の異世界任務ということで仕事が立て込んでいた。
一緒に仕事をしていたフィリシアにも無理をさせたかもしれない。初日の出を見れなかったからかわいそうだ。来年は見晴らしのいい山に連れて行ってあげようと決意する。
立ちあがり、今日のために仕立てられた晴れ着を見つめる。実家が呉服屋である長官に頼んでいいものを見繕ってもらった。あの人は世話焼きなので、かなり安くしてもらっている。ついでにフィリシアの晴れ着の方も選ぶように頼んでおいた。ミコの名は出さないようにお願いしたので、口の堅い彼なら漏れる心配はしていない。
お金の方は心配ないと言っていたが、きっと園長かサブローが払っているのだろう。マリーたちも着飾られているだろうから、楽しみで仕方ない。
朝のシャワーを済ませ、園長に仕込まれた着付けを思い出しながら、新しい家族と正月を堪能するのが楽しみで仕方がなかった。
イチジローと一緒にミコは施設へと帰ってきた。フィリシアの朝の鍛錬に付き合うことも多いため、割と頻繁に通うようになっている。
そういえばサブローがガーデンの寮に移るのもいいのではないかと、園長に相談したことがあった。目を離すと何をするかわからないという理由で却下されている。ミコもその意見に割と同意だが、フィリシアが特に反対していたと耳にしていた。
新しい妹である彼女を可愛く思いつつ、ライバルとして強敵であると実感をしている。特にあのバストサイズは反則で、タマコと同い年だとは信じられない。少し分けてほしい。
救いはフィリシアがサブローにとっての妹ポジションであることと、ミコと同じく鈍感の対象になっていることか。後者はミコ相手だけだと思っていたので、地味にショックだったのだが。
「それで、どうなんだ?」
「なにが?」
「まあ……サブとの関係とか、フィリシアちゃんとのあれこれとか、いろいろ」
いたずらっ子のような笑顔の兄が興味深そうにしていた。一応の協力者のはずだが、イチジローも色恋沙汰はさっぱりなので頼りにならない。
サブローが戻ってからはフィリシアのこともあり、どう対処していいかわからないので、放置しようというスタンスが見て取れた。そんな兄に教えることなどなにもない。ミコは頬を膨らませて沈黙する。
「拗ねるなって」
「拗ねてない。だいたい兄貴の方はどうなのさ。いろんな子に誘われていたけど」
「そうは言われてもサブが帰ってから初めての正月だし、のんびりと施設で過ごしたいからな」
色気のないことを言われてミコは呆れてしまう。高スペックかつ英雄の兄はとてもモテる。ミコの先輩で天使の輪に選ばれている女性も狙っていたのだが、全く通じないことを嘆いていた。その姿が自分に重なって手を貸したりしているのだが、効果が薄い。
兄妹二人してこの手の適正がないのだろうか。ミコは少し悲観的になった。そんなグダグダな気分を抱えながら住み親しんだ施設へと帰ってきた。
「イチジロー、ミコ、あけましておめでとう」
ちょうど門で待機していた園長に新年のあいさつを返すと、ぞろぞろと施設の方から家族が出てきた。
「あ、ミコおねえちゃんだ!」
「あけましておめでとう、マリー。可愛いね」
ちゃんとめかし込んで、子ども用の着物を着ているマリーが突進してくる。マリーが着崩れしないように慎重に受け止めてから、頭を優しくなでる。
新年のあいさつを兄と一緒に返され、微笑ましくて頬が緩んだ。
「マリーちゃんは元気だな」
「イチジローおにいちゃん、だってこんなにきれいな物をきれたんだもん。マリー、とってもうれしい!」
「ハハッ、長官に聞かせてやりたいな」
「……やっぱりマリーのこれ、長官が送った奴か」
「マリーだけじゃないよ。去年に新しく施設にきた子みんなにプレゼントだって」
サブローが誘拐されてから、長官はなにかと施設のことを気にかけてくれるようになった。何度か子どもたちとも接触しているうちに、親戚のおじさん気分にでもなったのかよく贈り物をしてくれる。園長がちゃんと負担した分を払うと主張しても、頑として受け取らないとか。
ミコもこの着物の値段を払うのに苦労した。もう成人間近だし、ガーデンの給料はいいのだからちゃんとお金を出させてほしいのだが。
そうこうしているうちに、フィリシアたちも現れてあいさつを交わす。
「本当によろしいのでしょうか? こんなに高そうなものをいただいて……」
「小娘はまだ子どもだし気にしないでいいと思うよ。自立して働いているあたしはともかく」
フィリシアははちみつ色の髪と瞳を持ちながらも、綺麗な着物が似合っていた。やはり美少女はなにを着ても似合うように出来ているようだ。警戒心を抱きつつ、可愛いのでとりあえず撫でておく。彼女は子ども扱いに不満そうであった。
後ろから続くアリアやアイ、そして施設の弟妹たちにも挨拶と一撫でをし、肝心の男を待つ。長官から無理やり渡されていた着物を着て、サブローが笑顔を浮かべたまま現れた。
「兄さん、ミコ、あけましておめでとうございます。着物がとても似合っていますよ」
「あけましておめでとう。サブ、ありがと」
少し照れながらミコが礼を言う。
「本当、みなさん綺麗ですよ」
「……なんかまとめられると、ありがたみがなくなる」
「さっき名指しで褒められた師匠さんはまだマシですよ」
フィリシアが拗ねた様子でぼやいた。サブローにとって彼女は妹同然のため、その光景も簡単に想像できる。ご愁傷さまだ。なにがいけなかったのかわからず焦っているサブローを放っておく。
準備は整ったため一行は神社に向かった。ケンジのように友達と一緒に初詣をする子もいるため、今この場にいるのは希望したメンツだけだが、例年より人数が多い。
新しい家族が多いためである。フィリシアに付き合うためにタマコも一緒だ。学校の友達とは明日行く予定らしい。よっぽどフィリシアと気が合うようだ。一緒に学校を通わせてあげたい。
「それでは初詣に向かいますよ」
園長の一言で移動を開始する。サブローが戻ったことにより、気兼ねがない新年を迎えそうだった。
片田舎の街でも、神社は混むようだ。こちらでの正月が初めてであるフィリシアたちは戸惑っている。
「うげ、あの人ごみの中をいくのか」
「アレスに同感。人に酔いそう」
アリアがうんざりしている。クレイが笑ってフォローに入った。
「新年のあいさつは大事だって、学校の友達がいっていたんだな」
「でもあたしは手軽に済ませたい。あっちだと祭祀場で祭司長の挨拶を聞いて、みんなで祝うだけで済んだのに」
「私の場合はたまにお父さんに連れられて王国に行きました。王への新年のあいさつも立派なお仕事でしたし」
ミコがこれから行く異世界の話題は興味があった。精霊術一族の長の娘だけはあって、王と面識があるらしい。目の前の気安い妹は意外とえらいのだろうか。
「この神社について、事前に図書館で調べましたがけっこう歴史が古いんですね。中々楽しかったです」
「エリック、そんなことをしらべていたの?」
「はい。この世界の神事にかかわることですし、失礼があってはいけませんから。それにしても神道の観念はとても面白いです。例えばあらゆる事象に神が宿るという思想は、ぼくらの精霊王が自然をつかさどり、精霊として従えているという教えとの違いを比較して…………」
「そ、そこまで! こんなところで考えごとをすると、迷子になるよ!」
アイが必死に止めたため、エリックは正気に戻る。この弟の凝り性っぷりは日に日に悪化している気がする。夜遅くまで本を読んだりしているので、最近は視力が危ういそうだ。近々メガネを見繕う話になっていた。
そういえば彼は歳の割に大人びているうえ、整った顔立ちをしているので学校ではモテる。エリックと同い年の施設の弟妹たちに、学校で何人にも告白されていると聞かされていた。
実態は割と残念なのに、幻滅されないだろうか。ミコがそんな心配をしていると、手をつないでいたマリーが屋台を目撃して顔を輝かせた。
「ねえねえ、おいしそうな物を売っているよ!」
「後で買ってあげようか」
「ほんとう! ミコおねえちゃんだいすき!」
無邪気に喜ぶマリーに、ミコはついにんまりとしてしまう。その様子を見てフィリシアが腰に手を当てて、盛大に息を吐いた。
「師匠さん、あまりマリーを甘やかしたらいけませんよ」
「……ごめん、この件に関しては小娘に一理ある。ついつい構いたくなるし」
「マリーは調子に乗るタイプですから、ところどころ引き締めないといけません。……ナナコ、どうしました?」
道行く子どもが持つものを見ていたナナコに、フィリシアが声をかける。大好きな姉に手を引かれているナナコは、先ほどの会話を聞いていなかったようだ。
「フィリおねえちゃん、ナナもわたあめ食べたい」
「……帰りに買いましょうか」
「おーい、小娘も人のことを言えない」
「そうだおねえちゃん! 妹差別だ!!」
「師匠さんには返す言葉もありませんが、マリーは日ごろの行いを思い出しなさい」
マリーを注意するフィリシアを見て、ナナコが本当に楽しそうに笑う。施設に来た当初は昔のミコのように暗かったのだが、面倒見のいいフィリシアにすっかり懐いて明るくなっている。
「むぅ、働いている人たちはお金に余裕があっていいな。わたしも高校に行ったらバイトしようかなー」
「バイトですか?」
「うん、友達に誘われていてねー。奨学金を狙っているとはいえ、働かないで進学する以上、自分の面倒は自分でみたいし」
「もう、それくらいどうにかできると常々言っていますのに」
ため息をつく園長に対し、タマコは明るく微笑む。園長は基本的に進学させる方針で、学費をはじめ諸々は出すと明言している。施設には結構な数の子どもがいるというのにだ。
ミコにとって一番尊敬できる人であった。
「そういえばお年玉パーティーはどうしますか?」
サブローが言っているお年玉パーティーとは、施設でみんなを集めてどこかに遊びに連れて行ったり、食事に行ったりするイベントだ。このパーティーをやるきっかけになったのはイチジローである。
兄が働き始めて最初の正月に、施設の兄弟全員にお年玉を配るために貯金を切り崩しそうになったので、慌てて園長がこういった形のイベントにしたのだ。いまだ個人個人へのお年玉を禁止されてイチジローは不満げである。
園長と兄をはじめとした働いている卒園者の厚意、そしてなぜか聞きつけた長官がこのイベントにお金を出していたのだが、去年からはミコ自身、そして今年はサブローも出しているため、けっこう豪華な物になりそうだった。ちなみにフィリシアもこのことを知って出費したいと申し出たのだが、全員で説得して断念させた。当たり前だ。
「動物園か遊園地かで希望者を分かれさせる。今年はサブもいるから、二グループでそれぞれ面倒を見るのがいいかなってな。俺と園長、お前とミコって感じでいいんじゃないか。そのあとの飯は予約してある場所で食う」
「わかりました。僕の担当分は任せてください」
サブローが胸を叩いて請け負うが、いまいち不安がぬぐえない。フィリシアも同じ意見らしく、目線があってうなずき合った。彼は施設の家族が大好きなので、目を離すことはないと信頼はしている。ただ、兄と同じで愛情が行き過ぎる可能性がある。
イチジローの方は園長がいるから問題はないが、こちらは今年から保護者側で初めて一緒に回るのだ。なにをするのか予想ができない。
「そういえば兄さんどっちを担当するんですか?」
「どっちでもいいけど」
「……動物園を担当した場合は僕と違ってこのブレスレットをつけていませんから、動物を怯えさせたりしません?」
「なんだそれ」
「え!? 魔人って動物に恐れられたりするはずですが……」
「いや、俺はそんなことまったくないぞ」
「あれ? あれー……」
サブローが意外そうに反応している。ミコも初耳であったが、フィリシアはこのことを知っていたらしい。一緒になって驚いている。少し悔しかった。
「お、なんか手を洗うところが見えてきた」
「手水舎というそうです。やり方が決まっていまして、まずは手と口を清めますが、ひしゃくに直接口をつけてはいけません。つまり……」
アレスがエリックに詳しい手順を説明されている。ミコがこれから説明しようと思ったので、出番を奪われて寂しかった。エリックの説明に感心するフィリシアたちを眺め、今年は良い年になりそうだと予感した。




