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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第二部:一筆啓上故郷が見えた!
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四十九話:デートを中断せざるを得ませんでした



◆◆◆



 巨大水槽を堪能した後、サブローはフィリシアを連れて水族館の休憩所へとやってきた。外に設置されており、近くの海が一望できてるため、あまり見たことのないと言っていたフィリシアはとても喜んでいた。

 一通り喜びを伝えた後、彼女は喉が渇いたらしく飲み物を買いに行った。サブローが行こうかと提案したのだが、断られてしまう。今日の主役だから遠慮なくこき使えばいいのに、彼女は待っているように笑って告げた。

 仕方なく一人座りフィリシアを待つ。しかし楽しそうなその姿に喜んでもらえてよかったと安心した。


 ガーデンの一件以来、サブローはとても平穏に過ごしていた。

 失われた四年間を補うようにとても幸せで、大好きな人たちの傍に居られたのだ。これもすべて、フィリシアのおかげだった。この世界に残るのか、帰るのかはまだ分からないが、彼女が幸せになれるよう力を尽くしたいと思っている。

 そんなことを考えながらサブローはぼんやりと周りを見渡す。平日の水族館だが年末も近いためか、ずいぶんと人が多い。県内一を誇り、宣伝するだけはある。ここを目当てに観光にくる人も多かった。

 もうこの日常が壊されることはない。少なくとも、逢魔の手によっては。

 ガーデンで雇われて仕事をこなして分かったが、この世界に魔人は残っていないかもしれない。逢魔の残党の中にすら見つからなかったのだから、相当だろう。兄やミコはよく働いたのだ。

 二、三人は取り残されているかもしれない。撃破を確認された魔人の数と、異世界で鷲尾から確認された魔人の数を合わせると、そういう計算になる。魔人は最終的に三十一人にしかならなかったのだから。

 そうなるともうどうしようもないだろう。魔人数体でひっくり返せるほど世界は甘くない。


 ただ、一人を除いて。

 あいつがまだ見つかっていない。魔人を殺す魔人のイチジロー、最強の魔人である鰐頭に並ぶ、最悪の魔人が。

 追いつめられた逢魔で兄は最悪の魔人を見ていないらしい。ならば異世界にいる可能性は低い。それをあの世界で聞いた鷲尾の言葉が証明してしまう。


『こいつはいずれ召喚するだろう竜妃のお気に入りだ』


 竜妃。ただ一人幻想の生物である竜の力をもつ魔人だ。本名は知らない。知りたくもない。

 サブローが知っているA級魔人でただ一人、恐怖を感じるようになってしまった女だった。

 暗い部屋であの女と二人きりで過ごした日々を思い出す。


『不意打ちなら勝てると思いましたか? ふふ、あなた様はとてもか弱く、愚かで、なにもできないお方なのですよ。ご自覚ください』


 彼女は柔らかい床に叩き伏せながら、サブローを否定し続けた。


『ああ、鳴いているのですね。これがわたくしの物だという証です』


 彼女はキスマークと称して、動けぬ身体に熱をもった唇を押し当てた。


『なぜそんなにそんなにそんなに、我慢をし続けるのですか? わたくしは耐えるあなた様がとても悲しいです』


 彼女は自らが傷を負わせた男に対し、慈しむようにささやいた。そのいずれも辛かった。

 だが、自らが足りないものだらけなのはすでに知っていた。貶められても怖くはなかった。

 激痛にのたうち回っても、怪我をした経験だけは豊富だったので耐えられた。彼女のもたらす傷など怖くなかった。

 身体のあちこちを、竜妃の物という証だと刻まれた。古傷のほとんどはあの女によってもたらされた。もともと綺麗な身体など、魔人になったときから諦めている。怖くはなかった。

 いずれも強がりかもしれない。それでもサブローは心を折るわけにはどうしてもいかなかった。


『さあ、諦めてあなた様の大事な物を、あなた様の口から教えてください。わたくしがすべて壊して差し上げましょう。ああ、あなた様の大事なものは、その目を向ける相手は、わたくしだけで充分でしょう?』


 本当に愛おしそうに、頬を撫でられた。


『あなた様を愛しています』


 サブローは大事なものをすべて壊すその愛が、一番怖かった。




「サブローさん!」


 フィリシアの呼びかけが、サブローの意識をあの暗い部屋から呼び戻してくれた。心配そうな彼女の顔が見える。安心させるために微笑んだ。だというのに、ぎこちなくなってしまう。


「顔が青いですし、体調がすぐれませんか? 今日はもう帰りましょう」


 ハンカチで顔をぬぐってくれるフィリシアを見ていると、サブローはだんだん落ち着いてきた。あの地獄の半年は終わったのだ。当時は鰐頭に助けてもらい、今は彼女によって救われている。


「……もう大丈夫です。落ち着きました」

「落ち着いたって……なにがありましたか? 私、あんなに怖がっているサブローさん、初めて見ましたよ」


 不安に顔を曇らせるフィリシアに対して気まずくなる。今日は彼女に楽しんでもらう予定なのに、ケチをつけてしまった。


「白昼夢を見ていただけです。ただ、本当にそれだけで……」


 言葉を重ねながら、覚えのある気配を感じ取って立ちあがる。一度ケチがつき始めると止まらないようだ。


「なんともまあタイミングの悪い。フィリシアさん、魔人の気配を感じます」


 今度は表情を引き締め、フィリシアがうなずく。とことん申し訳ないが、ガーデンの長官へと連絡を取った。




『わかった。明光寺兄妹は別の現場に出ているため、フィリシアくんの天使の輪を届けさせよう。ヘリを使うが、休みなのにすまない』

「気にしないでください……っと、まあ僕はともかくフィリシアさんには振替休日をお願いします。それと僕の封印を解いてください。なるべく使わないようにしますが、念のため……」

『それなんだが、ギリギリまで待ってもらえないか』

「どういうことですか?」

『ああ、魔人は魔人を感じとれる。これは明光寺もそうだ。だが、君が魔人の力を封印されたときは感じることができないと報告が上がっている』

「なるほど。相手に気づかれず、監視すればいいのですね。かしこまりました」

『負担をかけてしまうな。解除コードはフィリシアくんに伝え、解除権限者に入れておく。解除および解除した魔人の力の使用は現場の判断で行いたまえ。責任は私がとる』


 サブローは了解し、フィリシアに今の内容を伝える。彼女は少し心配そうな顔をした。


「その、私の天使の輪はいつごろ届くのでしょうか?」

「ヘリですから十分もかからないと思います」

「十分……。無茶はしないでくださいよ」


 疑わしそうな視線を向けられ、サブローは困ってしまう。彼女の無茶と判断する基準は厳しい。無理をしないとしつこく約束させられた。

 サブローの居場所は腕輪の発信機で確認できるので、分かれて動く。魔人の気配を察知しながら動き、注意深く周囲を観察した。

 水族館の中に入られると面倒だったが、幸いにも相手は外に出ていた。当然だが見知っている顔だ。竜妃ではないことに少しだけ安堵する。

 足早に近づき、道行く人々を睨んでいる男の背中に回る。笑っている通行人を見て強く拳を握ったのが見えた。彼自身が笑われたわけではないだろうに、被害妄想が過ぎる。

 それにしても長官の仕事は早い。人波に紛れているが、もうすでにガーデンの職員は集まっていた。一般人の避難は彼らに任せていいだろう。監視対象が立ちあがり、先ほどの通行人に絡みに行こうとしたタイミングで声をかけた。


「鉢峰さん、お久しぶりです」

「誰だ、オレの名を知っている奴はもう……お前っ!」


 鉢峰は振り返って大声で叫ぶ。注目が集まってしまうのでもう少し声を押さえてほしかった。幸い周りとは距離が離れていたため、一人もこちらを振り向いていない。


「こんなところでなにをしていますか?」

「聞いているぞ、裏切者」

「裏切りもなにも洗脳が解けただけなんですが……。とりあえずご飯を食べに行きませんか? おごりますよ」


 なるべく穏便に済ませたくて誘ってみる。相手はますます顔を険しくさせるだけだった。


「油断させてガーデンに連行しようという腹か?」

「ガーデンに来てほしいとは思いますが、そんな乱暴なことはしません。協力してくれれば待遇がいいことを保障します」

「キサマのように魔人の力を失くせというのか! 冗談じゃない!」


 気配を感じないことを勘違いしたのか、鉢峰が言い捨てる。サブローとしては捨てられるものなら将来捨てたいものだが。


「そう興奮しないでください。見たところお腹空いているようですし、お腹いっぱになれば冷静な判断も出来ます。今後のことはひとまず置いて、腹ごしらえをしましょう」

「黙れ!!」


 鉢峰の姿が魔人へと変わり、地面を駄々っ子のように踏み砕いて注目が集まって、悲鳴がわきあがる。こうなってはもうガーデンも穏便な対応は不可能だろう。一般人を避難誘導する隊員の姿を確認して、蜂の魔人の懐に潜り込んで組み付いた。


「キサマっ!」

「この距離ならあなたの得意な針も使えないでしょう」

「たかが人間の力など、魔人にかなうと……」


 鉢峰が全身に力を込め、こちらを押しつぶそうとする。だが彼は力押しができるほど膂力が大きい魔人ではない。だからこそ積極的に近づいたのだ。


「バカなっ!」

「僕だって魔人ですよ。とりあえず大人しくしてください」


 眼前の魔人が悪態をつき、蜂の尻を模した右腕のガントレットを逃げ惑う人々に向けた。針が伸びて、狙いを察する。


「忠告しておきますが、それはやめたほうがよろしいかと」

「うるさい! こうなったら、ひとりでも多く殺してやる!」


 短絡的だ。サブローはため息をついて、彼の運命が定まったことを確信した。針が射出され、男女のカップルへと迫った。むなしくも届くことはなく、空から降ってきた風の弾丸によって叩き落とされる。サブローの目はいいのだ。すでに駆けつけているのは確認していた。


「『U51PV3T5IO』! 間に合いました!!」


 ランダムで選ばれる今日のパスワードを受けた腕輪が外れると同時に、激しいたつ巻が周囲を囲む。一般人からの視界を遮ってくれたようだ。心の底から感謝をして、鉢峰の身体を触手で拘束する。


「魔人の気配!? どういう……」


 その疑問に答えるつもりはなく、サブローは身体を変えて鉢峰の薄羽と右腕を風の壁に押し付けた。不快な悲鳴があがり、敵の背中と右腕がズタズタになる。機械天使の翼を背負い、降り立ったフィリシアの顔が引きつっていた。


「相変わらず魔人には容赦ないんですね……」

「そんなつもりはありません。単純に他の戦い方を知らないだけです」


 蜂の特性を持つ彼を前にしては、背中の羽と武器である右腕の生体ガントレットを奪うのが一番手っ取り早い。サブローは続けて相手を腹這いに引き倒し、腰のあたりを踏みつけて両肩をつかんだ。敵の上半身を引き起こし、力を込める。外骨格が乾いた悲鳴をあげていく。


「がぁぁ……待て、待て海神! 行く、ガーデンに行くから――――」

「申し訳ありません。人を狙った以上、あなたを生かしておくことはできないんですよ」


 バキバキと折れる音が連なりをどんどん強めていく。もう間もなく身体を二つに分かれるはずだ。そこまで来て、フィリシアがサブローの右手をつかむ。

 彼女は止めようとしているのか、それとも他になにかあるのか、本人にもわかっていないような表情だった。たしかに優しい少女に見せるべき光景ではないだろう。触手を使ってフィリシアの視界を奪い、耳をふさぐ。


「やめ――――――」


 物が割れる硬質な音が豪風に紛れて消える。目の前には背中と尻をくっつけられた、二つ折りの魔人の死体があった。フィリシアを触手から解放し、視界と聴覚を自由にさせる。


「不快な思いをさせて申し訳ありません」

「いえ、戦うのと決めたのは私ですし、この程度は覚悟していました。そうではなくて、なぜか、サブローさんがどこか別のところに行く気がして、ちょっとだけ嫌でした」


 よくはわからないのですが、とフィリシアは締めくくる。サブローも理解できない。


「しかし、これを私がやったことにすると説明されましたが、いいのでしょうか?」

「ああ、逢魔を裏切った魔人が倒すより、新しい天使の輪で倒したことにした方が外聞はいいですしね」

「…………手柄を横取りして申し訳ありません」

「なにを言いますか。フィリシアさんは人を守りました。視界を確保し、新たな魔人の出現で現場を混乱させることを防ぎました。立派に務めを果たしましたよ」

「こうなりそうだから、嫌だと主張しましたが……。こんなこと私にはできませんし」


 言われてみれば彼女のいう通りだ。天使の輪を展開させているとはいえ、フィリシアの装備で二つ折りなんてできるとは思われない。


「ならそこのたつ巻に放り込みましょう」

「え、本気ですか? ……あ、そんなにやる気満々で……風の精霊に落ちる場所を誘導させますので、すこし待ってください!」


 そんなこともできるとは器用なものである。フィリシアの嫌そうな準備の完了を受けて、サブローは無造作に突っ込んだ。上空に飛び出した魔人の惨殺死体が、血の糸を引きながらサブローの眼前にベチャっと落ちてくる。なかなかにひどい。返り血がフィリシアにつくことだけは触手で阻止した。


「フィリシアさんが嫌がった理由がようやくわかりました」

「私が嫌なのは死体の状態ではなく、サブローさんの功績が知られないことなのですが……」


 なにかすれ違っていたらしい。サブローは人へと戻り、再びブレスレットをはめて魔人の力を封印する。


「サブローさん、掴まってください。ヘリのところまで連れて行きます」


 無言で従って、フィリシアは現場から跳び離れた。もう少し経ってからたつ巻を霧散させ、後始末をガーデンの隊員に任せる手はずになっている。現場を任せ、二人は報告に向かった。




 フィリシアはヘリの中で落ち込んでいた。どうしたのか声をかけると、泣きそうな顔で身を縮める。


「せっかくセットした髪が……」


 言われてみれば軽くパーマがかかっていた髪が、風のためにぼさぼさになっていた。あんなに気に入っていたのに確かにかわいそうである。


「フィリシアさん、よければ僕に髪をいじらせてもらえませんか?」

「え、はい」


 戸惑いながらも了承した彼女に背を向けさせ、いつも持ち歩いているクシで髪を梳かす。ツインテール状に毛束を二つ作り、根元をねじってから、ヘアピンで崩れないように一時固定をしてお団子を二つ作る。最後に安いがかわいらしいバレッタで固定してからピンを抜き取り、ツインシニヨンと呼ばれる髪形を作った。


「可愛いですね。ずいぶんと手馴れていますけど、よく作っていたんですか?」

「髪の長いころのミコや、タマコを相手に少し。よくねだられたのでヘアピンと髪留めは持ち歩くようになったんですよ」

「目の前にに光景が浮かぶようです。サブローさん、ありがとうございます」


 フィリシアは手鏡を何度も覗き、嬉しそうにしてくれた。今日のお詫びに髪留めを買いに行ってもいいのかもしれない。そう決めたサブローはなんだか微笑ましそうな隊員と報告事項をまとめながら、ヘリに揺られた。



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