四十八話:デートに連れて行ってもらいました
「フィリちゃんやったじゃん! 週末買い物行くよ、美容室行くよ!」
サブローと出かけることをタマコに伝えると、なぜだか張り切り始めた。やたらテンションが高くなって、いろいろな服や髪形をファッション誌片手に勧めてくる。
余りのはしゃぎように少しひるんだものの、この世界で出来た親友の助言はとてもありがたかった。素直に美容室の予約を取り、その帰りに買い物を付き合ってもらうことになった。ついでにどこかいい場所はないか教えを請う。
翌日、誕生日はサブローとともに有休を申請して、あっさり通った。むしろもっと有休をとれと長官に叱られた。
週末になると、タマコによってあちこち連れまわされた。服や髪形などを細かくアドバイスされ、頭が下がる思いでいっぱいだ。
思えば彼女は中立のはずなのに、親身になって世話をしてくれた。そのことを指摘すると難しい顔をする。
「だってフィリちゃんすごい不利だもん」
「ふ、不利……」
「なんだかんだでミコお姉ちゃんとサブお兄ちゃんは付き合いが長いからねー。あの二人どっちかが積極的だったら勝負にもならないし」
「勝負にもならない……」
「おまけにフィリちゃん実年齢のせいで、サブお兄ちゃんは妹としてみている節があるし。完全に家族に対する態度だからねー」
「それは心当たりがありすぎます。ど、どうしましょう」
自分の置かれている立場を第三者が指摘して、フィリシアは焦り始める。おろおろとしながらタマコの腕をつかんだ。
「まあなんだか知らないけど、ミコお姉ちゃんいわく、サブお兄ちゃん昔より鈍くなっているみたい。そういっている本人もこっち方面は消極的だから距離を詰めていくしかないね」
「身体をくっつければ焦ってくれました。こうなったら……」
「いやそういう生々しいのやめて! わたしが煽ったみたいだし!」
フィリシアが「冗談です」と舌を出すと、タマコはほっと息をつく。本当にやると思ったのだろうか。少し失礼だ。
「ならいいんだけどさー。一度フィリちゃんが必死になるところ見たからたまに不安なんだよね」
「さすがにあんな目にサブローさんが遭わなければ、私だって取り乱しません」
「だよねー。…………それにアリアちゃんから詳しいことを聞いたから、依存度が高そうでこわいんだけどね」
後半は小声すぎてなにを言っているか、フィリシアにはわからなかったので聞き直すと、なんでもないと答えが返ってきた。
タマコが言うならそうなのだろう。二人で予約していた美容室に向かい、いろんな話題に花を咲かせた。
有休までに仕事を片付ける、とサブローは意気込んでいた。フィリシアの誕生日当日までガーデンに泊まるつもりらしい。要望があるならメールを送るように言われたため、タマコに習いながらリクエストを出した。
軽くウェーブをかけた髪形を早く見てほしいと思いながら、フィリシアはその日を楽しみに待った。
翌日、訓練に出てきたフィリシアの変化に気づいたミコが理由を尋ねたので答えると、かなり焦った様子を見せていた。ずるいずるいとしつこいので、嫌気がさして思わず言ってしまう。
「師匠さんも誘えばいいじゃないですか」
「ど、どう言えばいいのかわからない……」
本当に年上か疑わしい発言をするミコを、フィリシアは穴があくほど見つめた。もっとも自分から誘ったわけではないので、アドバイスを送りようがなかったのだが。
待ちに待った日に、フィリシアは施設でサブローが帰ってくるのを待っていた。何度も服装をチェックし、どこかおかしいところがないかタマコや幼馴染たちに何度も聞いた。
うんざりさせてしまった気がするが、それでも不安で仕方ないのだ。なんども深呼吸をしていると、一台の車が施設の駐車場へと泊まった。中からサブローが姿を見せる。
「お待たせしまし……えらい気合入っていますね。髪形まで変えて、見違えましたよ」
さっそくサブローが変化に気づいたことに嬉しく、つい笑顔でうなずいた。彼は彼でラフではあったが、清潔かつある程度はお金をかけていそうな身なりをしていた。
「サブローにーちゃん、ちゃんと格好つけてきたんだな」
「誘った側ですからそれなりには。……フィリシアさん、もう少し身軽でよかったんですよ?」
サブローはアレスに返事をしながら、なんともリラックスした様子を見せる。一人だけ緊張しているのは悔しかったが、楽しみが勝っている。
「それにしてもサブお兄ちゃん、車の運転が出来たんだ」
「逢魔時代に免許をとっていますからね。回るところは少ないのですが、距離はけっこうあるのでレンタカーを借りてきました」
「あそこにいてよく免許とれたなー。いっそ買っちゃえば? お金の使い道がないって言っていたし、逢魔のときの貯金を合わせるなり、これから貯めるなり、目標ができてちょうどいいんじゃない」
「……タマコ、けっこういい考えです。大人数を乗せて回れる車を調べなければ」
そっち方面かー、と呆れるタマコを置いて、サブローがなにやら思案をし始めた。放っておくと時間をつぶしてしまいそうなので、袖を引っ張る。
「そういうのは後にしませんか」
「おっと、失礼しました。ではさっそく行きましょうか」
サブローに誘われて助手席に座る。この車という乗り物もすっかり慣れて、シートベルトを締めることも忘れないようになっていた。
「じゃあフィリちゃん、楽しんできなよ」
「はい!」
タマコに勢いよく答え、車が走り出す。柔らかい車の座席に身を預け、今日一日に期待を膨らませた。
道をすいすい進みながら、平日は道が空いているとの説明を受けた。市内に駅は少なく、主な足は車のため、休日は車が混んでいる。
新たに地域を開発して人がぽつぽつ増えているが、どちらかというと田舎に近い街だった。こんなに賑わっているのに、とフィリシアは不思議に思った。ならば都心ともなればどれほどの人がいるのか見当もつかない。
サブローは逢魔だったころに何度も行ったことがあるらしく、あまりいい顔をしなかった。人ごみに巻き込まれ、大変な目に遭ったことを聞かされる。そんなたわいのない話をしながら、最初の目的地へとたどり着いた。
最初はフィリシアの希望で映画を見に行くこととなった。タマコにちょうどいい流行りの映画があると聞かされて、そういえば行ったことがないと思い出した。
要は大きいテレビだと思うのだが、一度くらいは体験しておきたかった。上映されているものはアクションと恋愛を半々にした、海外で大ヒットした映画だ。
サブローがネットで予約したというチケットを受け取りに行ったので、フィリシアの方は飲み物の方を買っておく。自分が全部こなすと言っていた彼を押さえ、それくらいはと申し出たのだ。
ポップコーンと飲み物がセットになったものを二つ頼み、チケットを取ってきたサブローと合流する。
「今日の主役なんですから、全部僕に任せて構いませんのに」
「なんだか子ども扱いされているようで落ち着きません。そういえばあっちこっち視線が集まるのですが」
買い物に行ったときも、サブローと合流した今でも視線を感じてしまう。この世界に来たときからよくあることではあるが、今日は一段と集まっている気がした。
「フィリシアさんただでさえ綺麗なのに、今日は気合を入れていますからね。仕方のないことです」
目の前の人物に言われると悪い気はしない。機嫌がとてもよくなる。
「今頃あのカップル釣り合っていないと思われていますよ。実際はただの家族ですのに、邪推もいいところです」
続く言葉に少しだけムッとする。余計な一言さえなければな、とフィリシアが不満を持っていると、サブローはなにか取り出した。
「あ、そうそう。見るときはこれをかけてください」
「かける? 眼鏡ですか。でも私は目はいいですよ」
「ああ、これは映画の3D機能を……まあ始まってからのお楽しみでいいですか」
かけてみると度は入っていないらしく、特に違和感がなかった。どういう意味だろうと思いながらサブローの後に続いた。
映画が始まるとフィリシアは驚きっぱなしだった。映像が近くに浮かび上がり、思わずメガネを取る。ぼやけた映画の画面しかない。メガネを付ける前と付けた後では世界が違うように見えた。
タマコに言われていたため辛うじて声は出さなかったが、内心興奮し続けている。物珍しさに見入っていると、内容もどんどん理解してきた。渋い男性俳優が事件に巻き込まれ、途中で会った女性と恋愛をしながら事件を解決するという内容であった。
後々タマコによくある内容だと言われる。とはいえ、初めてのフィリシアにとってはとても楽しく面白いものだった。音声と文字が両方浮かぶのが少し気になって意識を少しそこに向けると、役者が知らない言葉を喋り始める。どういうことだと思ったら、いつも聞いている言語へと変わった。
いつの日かエリックが言葉を理解できる加護をオンオフ切り替えられると、大発見したかのように言っていた気がする。その時はあまり真剣に耳を傾けていなかった。そのうち謝ってもう少し詳しく説明してもらおう。内心彼に申し訳なく思いながら、物語に没頭する。
役者の真剣な演技を見ていると、王都の演劇に息抜きだと父に連れられた日を思い出す。あの時はあんなに素敵な物語があったのかと喜んだものだ。父もうれしそうにしていた。
もう二度と帰ってこない昔を、こうやって穏やかな気持ちで思い返せるとは、数か月前までは考えていなかった。買ったポップコーンや飲み物に手を付けることも、タマコのアドバイスで手を握ることも忘れて、フィリシアは画面に食いついた。
映画が終わり、興奮さめ止まないフィリシアはサブローに連れられてファミレスで昼食に入った。夜は夜でどこかのレストランの予約を取っているらしい。楽しみにしておく。
「それにしても前に見たときより映像技術が進歩していましたね。四年も経てば当たり前ですか」
「オーマに居ましたから、見に行く機会がなかったんですね」
「誘えば付き合いそうな方々もいましたが、そんなことを考える余裕もありませんでした。……4Dってどんなものなんでしょう?」
今度毛利でも誘おうかとサブローは結論付ける。フィリシアも個人的にタマコやマリーたちと来るのもいいかと思った。ただ、マリーに関しては映画館で騒がないか心配事がある。
「次は水族館です。楽しみにしてください」
「はい。そういえば動物に避けられると言っていましたが、水族館は大丈夫なんですか?」
水族館は海の生き物が飼育され、それらを見て楽しむ場だと教えてもらっていた。そのため魔人の体質をもつ彼に疑問を持つ。するとサブローは右手にはめている武骨なブレスレットを見せた。
たしか彼の意見を取り入れて、改良した魔人の力を封印する腕輪だ。時間表示機能が付き、目の前の人物が便利だと喜んでいたことを思い出す。
「こいつが機能していると魔人の気配も封印されるようでして、動物たちに避けられなくなります。気づいたのは偶然ですが」
「……いいこともあったんですね」
心の底から嬉しそうなサブローにつられて、フィリシアも微笑む。たしかガーデンでの活動も認められ、今では長官だけでなくイチジローの権限でも外せるとのことだ。
サブローは兄をはじめ、いろんな人の尽力だと言っていたが、フィリシアは彼本人の人柄あってのことだと思っている。ミコやイチジローたちも同意見だ。
腹ごしらえも終え、映画の話題も出し尽くしたため、サブローが会計をすませて店を出る。県内一を誇る水族館へと、二人は足を運んだ。
サブローと訪れた水族館は別世界のようだった。
水槽の中で色とりどりの魚が泳ぎ、暗い室内で切り取られた海中かのように独立している。音もなく巨大な生物が行き来する様に目を引かれ、感嘆の息を吐いた。
「あ、サブローさん、お仲間がいます」
小さなイカを発見し、隣のサブローに声をかける。彼は少し困ったような笑顔をただ静かに浮かべた。なんだか親近感をもったフィリシアはイカに手を振る。とても小さくてかわいらしい。
「白いのだけでなく、少し暗めの色の子もいます」
「環境に応じて色が変わるみたいですね。透明な奴もいるそうですよ」
脇に書かれている解説をサブローが読み上げて、フィリシアは感心する。もしかして目の前の彼も変化できるのではないかと期待にじっと見ると、頭を横に振られる。
「できませんからね」
フィリシアは少し残念に思って眉根を寄せる。小さなイカたちも遠ざかり、寂しくなった。
「水族館でこう言うのはどうかと思うのですが、イカを見ると今夜食べたくなりますね」
それは共食いに当たらないのだろうか。よくわからない。次の展示へと移動しながら、フィリシアはずっと頭をひねっていた。
深海の星。
そうとしか表現できないものが目の前にあった。パンフレットには海のプラネタリウムとあったはずだ。プラネタリウムとは夜空を機械で再現したものだと聞いていたが、こちらは自前で光る魚やサンゴなどが展示されている。流れ星とも違う、不規則に動く光に目を奪われた。
「海って光るものが多いんですね」
「かなり深く潜らないとそうそう見つかりませんけどね。僕もあまり見たことはありません」
実際潜れるものの意見は貴重であった。淡く輝く魚が眼前を横切り、目で追ってしまう。
「海ってあまり見たことはないんですよね。お父さんに連れられた水の国で、一回か二回見たきりです」
「水の国?」
「水の精霊術を使う一族です。あそこだけ規模が大きくて、国と呼べるほどの国土を維持しています。精霊術一族のなかで二番目に大きな地の里ですら比べ物になりません」
「国となるまで大きく発展したのですか」
「はい。水に通じているというのはそれだけ大きな財産になりますから。あと回復術がとても得意なため、大きな医療機関をいくつか運営して、冒険者ギルドもお世話になっています」
精霊術格差という奴である。各一族の会合でも一番権力がある人たちだ。まああそこの現国王は気さくな人で、父とも対等に接していた。むしろ親友とすら呼んでくれていたはずだ。娘の方も仲良くしていた。
あの世界に帰ったら一度あいさつしなければならない。そのときはかの国に水族館みたいな場所があるか聞いてみるのもいいだろう。
なんとはなしにフィリシアはサンゴに目を移しながら、水の国もサブローと回ることを望んでいた。
建物すべてが海中に沈んだかと錯覚するほど大きな水槽が天井いっぱいに広がり、フィリシアは感動をしていた。
大きなサメや平べったいマンタと呼ばれる魚に、群れで規則正しく移動している魚など、目を引くものが数多くある。この様子を観察しながらカフェを楽しんだり、水槽の上からスタッフの解説を聞いたりできるらしい。
「ジンベエザメという、プランクトンしか食べない大人しい鮫のようですね。まるでクジラみたいです」
「クジラ……この世界にはいるんですか?」
「この世界には? というと、フィリシアさんたちの世界にはいないのですか?」
「伝説上の生き物です。水の国では神獣と崇めていますが、存在が確認されたことはないそうです」
「ドラゴンとか魔物はいるというのに、不思議な話ですね。僕は海の活動で何度か遭遇しました。あの大きさは感動ものでした」
あの水の国のお姫様なら騒がしく問い詰めそうだ。軽く噴き出し、天井から目が離せずにいる。前を見ずに歩くのは少し不安だったが、なにかあればサブローがいつかの洞窟のように助けてくれると信じていた。
このまま時が止まればいいのにと、フィリシアは願っていた。




