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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第二部:一筆啓上故郷が見えた!
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四十七話:施設でのフィリシア



 フィリシアたちがサブローの世界にやってきて二か月が経った。

 最初はどうなることかと思った天使の輪の訓練だが、ここ最近はまともに動けるようになっていた。まだ自由自在とはいかないが、空中機動で暴走するようなことはなくなった。今週に入ってようやく本格的な戦闘訓練に入り、ミコやサブローに相手をしてもらっている。

 フィリシアの世界への突入も本格的に計画を立てられるようになった。エリックの活躍によりサブローさえいれば行き来ができることが証明され、話がトントン拍子に進んでいったのだ。

 逢魔にこれ以上力をつけさせる猶予を与えないため、近いうちにイチジローやミコ、そしてサブローとともに向かうことになりそうである。とりあえずドンモたちと協力体制を整える方針で話はついていた。

 イチジローはここ最近は特に忙しくなっていた。逢魔の残党を監視し、警戒するためにあちこち支部を回っている。サブローや施設のみんなに会えなくて寂しいと、たまに職場で顔を合わせるフィリシアに愚痴っていた。

 そういえば給料というものを始めてもらった。まさかガーデンに職員として扱われているとは思わず、最初はびっくりした。正規職員ではなく、研修職員としての扱いらしく、若いこともあって額もそれなりだと長官が謝っていた。

 とんでもないと答えて、その帰り道に額を確認してもう一度目を剥いた。フィリシアはサブローの一件もあり、この国の貨幣単位、価値、銀行やカード払いといった制度を把握していた。それらから考えると、明らかにもらいすぎのような気がした。フィリシア用という通帳の数字を見て震える。

 その夜に園長に相談し、一部は施設に入れたほうがいいのではないかと提案した。すると彼女はいつかのサブローに向かって言った言葉を、今度はフィリシアに向けてきた。園長が自立したと判断するまで、このお金は自分のために使う結果になった。とはいえ妹や幼馴染たちの生活費は施設によって賄われているため、特に使い道は思い浮かばない。貯金しておくことにする。

 こうして長いようで短くも思えた二か月が過ぎ、フィリシアは来週十五の誕生日を迎えることとなった。


 施設では月初めに誕生日である子たちを集めて祝う方針らしい。

 先月も施設の子たちをフィリシアは祝福し、今月は自分たちの番となったのだ。そういえばいつかエリックが、日付や時間の区切りが二つの世界で似ているのが興味深いと力説していた。フィリシアにはよくわからないため、便利だとしか思わなかった。

 精霊術の一族は一年を十二で割り、それぞれ光にちなんだ名称がつけられていた。フィリシアの生まれた月の夜天光は、ここだと十二月となる。

 とにかく、誕生日を今月に控えたフィリシアは施設のみんなや妹たちに祝われることとなった。この世界で初めての誕生日会はとても楽しく、賑やかであった。

 妹や友人たちの贈り物も胸を暖かくしてくれた。サブローからはエリックたちと一緒に選んだというアクセサリーをもらった。大事にしている。


 ここに来てからの日々は楽しく、どんどん新しい生活に馴染んでいった。今日は早めにガーデンでの訓練が終わったため、妹や施設の低年齢の子たちの迎えにやってきた。後でサブローに自主訓練を付き合ってもらう予定である。


「おねえちゃん!」


 通学路の向こうからマリーが声をかけてきた。アイや施設の子も一緒である。


「迎えに来ましたが……アレスくんたちは?」

「男子はサッカーやって帰るって。いっつも勝手なことばっかりする」


 マリーが腹を立てているが、妹自身もたいがいなのは黙っておく。


「フィリシアおねえちゃん、ガーデンの帰りなの?」

「ガーデンの制服だ、かっこいー」


 アイに聞かれてフィリシアは肯定した。妹たち二人より一つ年下のナナコと手をつなぎ、歩幅を合わせる。彼女は最近懐いてきたかわいい子なのである。


「ナナちゃん、おねえちゃんはおこると鬼のようにこわいよ……」

「怒られるような真似をするマリーが悪いんです」


 すげなく返すと、その対応に慣れているマリーは笑ってナナコに抱き着く。お姉さんぶれるのが楽しいらしく、妹は彼女によく構っていた。そのおかげもあってフィリシアも仲良くなれたのである。

 ナナコのようなかわいい子に「フィリおねえちゃん」と無垢に慕われるのはとても気分が良かった。つい世話を焼いてしまう。


「今日はもうお仕事おわったの?」

「はい。師匠さんたちが忙しいそうなので、後は帰ってサブローさんに訓練を見てもらいます」

「サブおにいちゃんもかえってくるの! ナナも訓練をけんがくしたい!」


 ナナコの顔が一気に明るくなる。フィリシアは「構わないですよ」と穏やかに答えながら、彼女がギフトを暴走させた日を思い出した。




 ある日フィリシアがサブローとともに施設に帰ってくると、爆発音が聞こえて急いで中を確認した。

 壁に隠れている職員や子どもたちになにがあったかと聞くと、部屋の中のナナコがギフトを暴走させていると聞いた。

 彼女の周囲の床や壁が小さく火を噴きだす。ナナコが爆破という危険なギフトを持っていることをフィリシアは思い出す。今のところは花火より少し強め程度の威力だが、将来はわからない。

 感情が高ぶると制御を離れるらしく、両親にすら疎まれていたらしい。まだここにきて日が浅いため、不安が爆発したのだろうと職員は推測した。

 このまま放っておくわけにもいかず、フィリシアは風の壁をまとって近づこうと精霊を呼び出したとき、サブローが全く無防備に歩み寄ったのだ。


「こないで!」


 ナナコが忠告し、サブローの顔面が爆発する。職員や子どもたちが息をのむが、サブローはケロッとして鼻血をぬぐってからまた近寄った。

 あちこち身体から火花が散るが、全然苦にもしない。座り込むナナコを抱っこしながら、優しくゆすって背中を撫でた。


「いたく……ないの?」

「痛くありませんよ。それよりもどうしましたか? なにか悲しいことがありましたか?」


 優しく顔を覗きこむサブローに安心したのか、ナナコは胸に泣きすがった。その間のあちこちを爆破によって焼かれていたのだが、身じろぎ一つすらしない。


「サブローくん、相変わらずですね……」

「え、相変わらずって……魔人になる前からですか!?」

「身体が焼かれようが壁に叩きつけられようが平然としていましたよ。実際は大怪我負っていて園長が心配していました……」


 フィリシアは思わず額に手を当ててため息をつく。風の精霊に守りを頼み、駆け足で近寄った。サブローが心配なのもあったが、この時点ですでにマリー絡みでナナコと話をしてたため、力になりたかった。


「フィリおねえちゃん、だめ!」


 ナナコが忠告するが、起こった爆発は風に包まれて霧散する。小規模の範囲の空気を取り除き、弱い炎系魔法なら無効化できる守りだ。規模が小さすぎるため実戦には向かないとされていたが、天使の輪の強化込みなら物になったため訓練でも使っていた。サブローにもかけて、ようやく爆発は収まる。


「大丈夫ですか、ナナコ。私たちなら怪我をしませんので、安心してください」


 風の一族なら全員使える初歩的な術だ。微笑んで頭を撫でると、ナナコはより激しく泣き出す。新しい妹が泣き止むまで、フィリシアはサブローと一緒に慰め続けた。




 割と懐いていると思っていたナナコが、より後ろをついてくるようになったのはその日からだ。フィリシアやサブローを見つけてはよく甘えにくる。愛らしくして仕方ない。


「サブおにいちゃんひさしぶりだなー。うれしいなー」

「うん、わたしもサブローおにいちゃんとおはなししたい」


 ナナコとアイの言う通り、ガーデンと施設を毎日行き来しているフィリシアと違い、サブローが帰ってこない日も珍しくなかった。

 訓練詰めのフィリシアと違い、彼は立派にガーデンの戦力として数えられていたのだ。魔人として逢魔にいた経験もあって、残党との戦いでは多くの功績をあげているらしい。ミコともよくタッグを組んでいるらしく、少しだけ気になった。

 いや、本音を言えば少しどころかかなり気になる。ミコはサブローと組んだ仕事をあまり話したがらないのだ。理由は彼に勝てる気がしないという、なんとも色気のないものだったが。それでも間違いが起きるかもしれない。


「フィリおねえちゃん、どうしたの?」


 ナナコが不安そうに見上げていたので、頭を振って嫌な考えを追い出す。笑いかけると彼女は安心したのか、フィリシアの手を引っ張って施設へと急いだ。




「フィリシアさん、来週の誕生日にどこか出かけますか?」


 自主練も終わりに近づいたとき、サブローが急に提案する。フィリシアは言葉を理解するのに少し時間がかかった。硬直が解ける前に、ナナコが興味津々な様子で尋ねる。


「サブお兄ちゃん、デート?」

「いや、誕生日に個人的な贈り物をしようかと思っていまして。マサトとマトイは追加のプレゼントでいいとおっしゃっていましたから、フィリシアさんはどうしようかなと。エリックさんたちにどこかに誘えと言われましたが、なにか物がいいですか?」


 先月も似たようなことをやっていたのを思い出す。他にお金の使い道がないとぼやいていた。そしてフィリシアは幼馴染たちの援護に深く感謝した。


「いいえ! どこか、連れて行ってください! 二人きりで!!」

「まあ他に誕生日の子もいませんし、自然とそうなりますけど。どこか希望があるならいつでも伝えてください。最大限叶えるように努力します」


 フィリシアは満面の笑みでなんども頷く。ナナコやアイに「よかったね」と言われながら身体をほぐすストレッチを続けた。


「いいなー。マリーのときもどこかつれてってね、おにいちゃん!」

「はい、もちろんです」


 ねだる妹の頭を撫でるサブローを見上げながらふと思う。もしかしてフィリシアはマリーとそう扱いが変わっていないのだろうか、と。



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