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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第二部:一筆啓上故郷が見えた!
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四十五話:死んだ仲間/フィリシアたちの日常



 その日はフィリシアも身なりを整えた。

 サブローが自分と同じく洗脳された魔人の家族に会いに向かうのだ。死者を悼みに行くと言っていた。

 園長もついていくので、フィリシアは自分も同行したいと希望した。死者を悼む特別な日というわけではないので、ラフな格好で構わないとは言われている。

 けれどもあのサブローがきちんとした格好をしていたため、フィリシアも倣うことにする。毛利とミコが乗っている車が迎えに来たので、三人は乗りこんだ。

 いつもは騒がしいサブローと毛利が大人しいので座りが悪い。確認した限り、家族は逢魔に拉致されて行方不明になり、死亡が確認されたということになっている。

 魔人と変えられ、利用されたとは知らないらしい。サブローも世間では似たような扱いだった。その魔人の家族は自分の息子と話をしたことがあるサブローの来訪を歓迎しているとのことだ。

 重苦しい車内の中、毛利が運転して道を進んでいった。




 フィリシアはこの国の文字をどんどん学習していったが、表札の『知名火』を読めずにいた。サブローに「ちなか」と読むことを教えてもらう。珍しい苗字らしく、教えられないとわからない人が多いらしい。

 園長が呼び鈴を鳴らすと、細いやつれ気味の年配の女性がドアを開ける。園長とは知り合いらしく、久しぶりとあいさつを交わしてからサブローとフィリシアを紹介してくれた。


「いらっしゃい。今日はうちの子の話を新しい子が聞かせてくれるってうかがっていました。あなたが逢魔から帰ってこれた海神三郎さんでしたか」

「はい。元雄(もとお)くんにはとてもよくしてもらいました」


 サブローは知名火に対して寂しそうに微笑んだ。家の中を案内してもらい、仏壇と言われる死者の写真が飾られている場所へ線香をあげてから、手を合わせた。事前に教えてもらっていたことだ。

 独特な線香の匂いの中で目を開けて、知名火へと全員身体を向けた。


「毛利さんはよく来てくれて、うちの子の話をしてくれているんですよ」

「自分とたい……海神さんは元雄くんとよくつるんでいましたから。あんな連中に囲まれている中、安心できた数少ない場所でしたね」


 毛利がさすがに丁寧に対応をする。違和感があるが、それほど彼にとっても心を許した相手なのだろう。


「僕も元雄くんに何度か助けてもらいましたから、感謝してもしきれません。とても優しくて、勇敢な人でした」

「優しい子ではありましたが、勇敢……でしたか?」

「海神さんとはとても仲が良かったんです。彼が危ないときは、勇気を振り絞って助けに向かっていました」


 あの臆病な子が、と知名火は驚いていたが、やがて誇らしそうに遺影を見つめる。


「ありがとうございます。海神さんが生きているだけで、この子がしてきたことは無駄ではなかった。そんな気がします」


 彼女はそう感謝を述べた。それからは逢魔での息子の様子を、サブローの口から知名火は穏やかに聞いていた。




 知名火の家を出てしばらくして、毛利とサブローは顔を突き合わせる。


「青空の姐さんと、久慈多(くじた)のおっさんの遺族はまた別の日に会いに行きましょう。話は通してあるッス」

「サンゴちゃんの家族は見つからなかったのですか?」

「明らかに日本人ではなかった上に偽名ッスからね。残念ながら見つかっていないッス。まあ彼女は遺体も形見も見つかっていないッスから、家族を見つけてもどうしようもないんスけど」


 そうですか、とサブローは肩を落とした。先ほど名前を上げられた人たちは知名火の息子と同じく洗脳された魔人なのだろう。二人して難しい顔をしている。

 そんな様子を見てミコがサブローを心配する。


「ん、大丈夫?」

「ミコ……はい、大丈夫で――」

「うそつき」


 彼女は問答無用でサブローの頭を撫で始めた。悔しいがさすが付き合いが長いだけはあった。


「小娘も撫でる?」

「ミコ、さすがにそれは恥ずかしいのですが……」

「どうせ取り繕うものもないでしょ。サブは嘘をついてもすぐわかるよ。それは小娘だって一緒」


 力になりたいのもね、とミコはフィリシアを招く。少しだけ迷ったが、彼女の厚意に甘えることにした。

 最初は羞恥に身を縮めていたサブローだが、やがては穏やかな表情へと移り変わる。


「両手に花ッスね」

「からかわないで止めてくださいよ」

「茶化しているわけじゃないッス。……隊長は無駄に自分に厳しいんだから、もっと甘やかしてくれる人を増やすべきッス」


 フィリシアは初めて毛利の顔が年相応に見えた。無茶をする弟を心配するような、そんな表情だ。


「さて、みなさん食事に向かいましょうか。ここの美味しいお店、知っているんですよ」


 園長がまとめて、全員付き従う。彼女のおごりだと聞いて毛利がはしゃぎ、フィリシアはミコと一緒にサブローの手を引いた。




 数日後、この世界のことを勉強していたフィリシアたち異世界組は、急にやってきた園長からスマホを渡された。

 マリーはサブローの持ち物と同じだと言ってはしゃいでいたが、エリックと一緒に本当にいいのか確認をする。


「この施設だとみんな持ってもらう決まりになっています。位置情報で居場所を把握させてもらいますが、よろしいですか?」


 断る必要なんてあるはずがない。フィリシアたちは同意してありがたく受け取った。


 自室に戻ってタマコに支給されたことを告げると、四年前に出来たルールだと教えてくれた。

 サブローが誘拐されてから、そのことを気に病んだ園長によっていつでも助けに迎えるように渡したらしい。

 居場所を把握するということはそういうことかと納得した。物事はつくづくつながっている。フィリシアはスマホを持ち上げてじっと見つめた。


「タマちゃん。これの使い方がわからないのですが……」


 タマコが明るく笑って、丁寧に使い方を教えてくれた。




 朝のトレーニングにフィリシアは精を出している。指導する立場のはずのミコはじっとしていられないという理由でいつの間にか参加していた。

 ミコはこの施設の人間らしく面倒見もよくて、年下のアレスによく声をかけていた。


「師匠とかフィリシアさんが呼んでいたからどういう人か気になっていたけど、いい人そう」


 隣を走るアリアがミコへの印象を語ってくれた。この世界に来てから身体がなまりそうだと愚痴っていた彼女は、朝のトレーニングを知って参加を希望したのだ。

 さすが身体を動かすことに長けているだけはあって、フィリシアを上回る運動量をこなしても涼しい顔をしている。いつか追いつこう。

 などとフィリシアが考えていると、ミコが間に割って入ってアリアに問う。


「そんだけ動けるならなんかスポーツやらない?」

「同じ部屋のリナに弓道を一緒にやらないか誘われている」

「弓道か。一回やったことあるけど、動作が決まっているのが堅苦しくて苦手だった。動ける方があたしはいい」

「ミコさんはなんかそれっぽい。まあやり方が決まっているなら従うよ。ルールなんだし」


 おしゃべりをする余裕のある二人をフィリシアは羨ましく思う。先ほどから息が切れてただアリアに頷いているだけだった。サブローと毛利は鍛えられるように体力ギリギリのノルマを課してくれたようだ。必死になって足を動かし続ける。

 サブローの応援してくれる声が耳に入った。そういえば彼はガーデン以外での訓練を禁止されていた。別に元逢魔だからというわけではなく、相応の施設でないと魔人の力に耐えられないという理由からである。事実イチジローも似たような状況らしい。魔人に変わらなければ、二人とも特に制限はないようだが。

 もっともサブローがガーデンの課す訓練に満足したことはなく、兄との模擬戦以外は温いとこぼしていた。例の訓練をさせて欲しいと希望してはイチジローやミコ、場合によっては長官に叱られていた。


「今日もがんばるなー」

「ケンジ、これから朝練ですか。君も頑張ってくださいよ」


 野球のユニフォームという服に身を包んだケンジが返事をして、自転車という乗り物に乗って離れていく。

 この国の学校には部活と呼ばれる、生徒たちを集めた活動があるらしい。ケンジのようにスポーツや、絵や裁縫の部活もあるとタマコに聞かされた。実に興味深い。

 必死にフィリシアが身体を動かしていると、やがて妹たちがやってきて騒がしくなる。まとわりつくマリーを相手にしながら、サブローが休憩を知らせた。




「エリックさんモテるみたいですね。妹たちによく彼のことを聞かれますよ」


 嬉しそうに教えるサブローを、フィリシアは不思議なものを見る目で見てしまう。視線の意味が分からないのか、相手は首をかしげた。


「他人のことはよくわかるんですね」

「ん? どういう意味ですか?」


 別に、とうわの空で返事をする。少し意地悪な態度かもしれないが、フィリシアは不満でいっぱいだ。

 サブローが少し焦り始めると、噂のエリックがマリーとアイを連れて現れた。


「エリックくん、もしかして告白とかされました?」

「急になんですか。来たばかりでされるわけないでしょう。それに、いまされても応える余裕なんてありません。いろいろ興味深いことを勉強中ですし」


 割と残念なことを言う幼馴染にフィリシアは呆れた。この世界に来てからもエリックは施設や市内の図書館に通い詰めだった。幼馴染の中で一番に日本の文字を理解してからである。フィリシアでさえまだ怪しい部分が多いというのに。

 サブローは自分の膝を占領するマリーと、隣に座るアイの頭を撫でながら会話に加わる。


「エリックさんはもう少し遊んではどうですか。こっちに来てから勉強詰めですから、息抜きになりますよ」

「そういわれてもずっと楽しくて仕方ありません。アイの家以上にあちこち本がありますから、文字が読めると退屈する暇もありませんよ」

「いいなー。わたしも早くいろんな本を読めるようになりたい」

「マンガってのならなんとなく読めるよ!」

「マリー、絵がついているから読めなくても理解できる気になっているだけです」


 フィリシアが勘違いを正すと、マリーは不満に頬を膨らませた。可愛がろうとするサブローを視線で自重させる。


「それにしてもエリックさんが読んでいる本って、僕が一度も読んだことのないような専門書とかその辺なのですが……」

「この世界の技術ってとても面白いですから、概念だけでも知っていると勉強になります。それに辞書も魔法大国並かそれ以上の精度で作られていますし、スマホも理解すると便利で調べものに困りませんね」

「え、もうスマホを使いこなせているのですか!?」


 フィリシアが目を剥いてエリックに詰め寄った。目の前の賢い少年はなんてことないといった様子で肯定する。


「もともと興味は持っていましたら、ケンジに聞きながら把握しました。でもぼくらの中だとマリーが一番理解しています」

「マリーが!?」


 信じられないと思わず凝視されたマリーは、不満げにスマホを見せる。色んな通知で振動するそれを、妹は苦も無く対応して見せた。

 フィリシアなんて鳴りだすとテンパってしまい、タマコにすぐ助けを求めるというのに。


「サブローおにいちゃんと一緒だって、マリーはずっといじっていたから使い方わかったみたい。らいん?ってのでここで出来た友達や園長と連絡したりしているよ」

「おねえちゃん、まいったか。わからないことがあったらマリーに聞いていいよ! タマコおねえちゃんとも連絡しているし」


 いつの間にかサブローをお兄ちゃんと呼んでいるアイに説明されて、フィリシアは混乱する。


「も、文字はどうしているのですか?」

「マリー、ひらがななら読めるもん。みんなマリー相手だとひらがなだけで返事くれるし」

「わたしはカタカナと、漢字をすこしおぼえたよ。サブローおにいちゃん、えらい?」

「はい。アイは頑張り屋ですね」

「むぅー、マリーも勉強する!」


 アイが褒められたのを見て、マリーもやる気を出していた。そういえばこの前のアレスもそうだったが、いつの間にかサブローはアイを呼び捨てにしている。

 施設の兄弟たちは基本そうなので、本人も無意識なのだろう。だとするといまだ「さん」付けのフィリシアはどうなのだろうか。

 いまだ敬称をつけるアリアやエリックに対しては特に他意を感じないのだが、少し不安になる。ちゃんと親しくなれているだろうか。


「フィリシアさんたちここにいたんだな。ちょうどよかったんだな」


 食堂から現れたクレイがフィリシアの一つ下のリンコと一緒に現れる。彼らはケーキをテーブルの中央に置いた。


「リンコさんに教えてもらって作ったケーキなんだな。よかったら食べてもらえると嬉しいんだな」

「クレイは才能あるよー。このリンコお姉さんが保障してあげる。ほら、サブにーさんも」


 マリーに自分の分を与えないようにサブローに注意してから、切り分けてくれたリンコに礼を言う。さばさばしている彼女はニカっと笑い返した。サブローが一口食べてから、顔を輝かせてクレイに感想を送る。


「クレイ、美味しいですよ。いつの間にこんなに上手に作れるようになったんですか?」

「朝に運動しているみんなのために軽食を作っていたら、リンコさんに声をかけてもらったんだな」

「ボクも趣味でお菓子作っていたからね。もしかしたらそっちの方もできるんじゃないかって誘ったら、案の定だよ。ミコねーさんみたいにボクも弟子持ちだね」


 たしかにクレイが作ったケーキは美味しかった。アリアにも食べてもらえるようにか甘さは控えめであるが、口当たりがよく夢中になってしまう。

 後で自分も教えてもらおうとフィリシアは心に誓った。


「あれ、だれからだろ」


 マリーが珍しくケーキとフォークを置いて、スマホを取り出す。少し操作してから、内容を報告し始めた。


「アレスがイチジローさんと一緒にバッティングセンターってのに行くんだって」

「え……アレスくんもスマホを使いこなせるのですか?」

「ゲームはたまに遊んでいるけど、そんなに。でもマリーはおねえちゃん以外とはスマホでも連絡取り合うようにしているよ」

「私、仲間外れだったのですか……」

「だっておねえちゃんスマホつかっていないじゃん。せっかくタマコおねえちゃんがアカウント作ったみたいなのに、こっちからラインをとばしても返事こないし。ほかのみんなはちゃんと返すよ」


 知らなかった。そもそもラインを飛ばすとはなんだろうか。スマホはなにかを勝手に投げてくれるのだろうか。見覚えがない。


「まあまあ、タマさんがちゃんと教えると言ってたし、フィリさんもそのうち慣れるって。ドンマイドンマイ」


 慰めてくれるリンコがとても優しい。フィリシアはさっきまで美味かったケーキが途端にほろ苦くなった気がした。



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