四十二話:防衛組織へ入隊しよう!
ガーデンに到着し、さっそくフィリシアは洗脳が解けることを証明しないといけなかった。
まだ洗脳が解けていない人を前に、解呪の術を精霊に頼むだけの簡単な仕事ではあったのだが。
二、三人を解呪すると感心され、サブローとイチジローが待つ部屋に戻された。
「やるもんだな、フィリシアちゃん」
「助けてもらってばかりですっかり頭が上がりません」
サブローがとんでもないことを言っているのであわてて訂正する。そもそも彼の頭が上がらない理由は別だ。
こちらの方が助けられているとフィリシアが説明していると、イチジローは「お疲れ様」と可笑しそうにしながら飲み物を差し出した。
「ありがとうございます。……温かくて美味しいです」
「サブが甘党だから同じジュースにしたけど、気に入ってもらえてよかったよ」
「それにしてもいろんな人に見られて緊張しました」
「こちらでは時間を置くしか解決方法がありませんでしたからね。注目もされます」
「おかげでサブが信頼できると多くの人への証明にもなる。本当に助かったよ」
サブローが信頼されるのはこちらとしても願ったりかなったりだ。力になれてフィリシアはとても嬉しかった。
「あ、でも解呪と言えばサブローさん、ちゃんとかけておきますか?」
「ん? サブの洗脳は解けたんだろう」
「ああ、今のサブローさんは別の術で心操の魔法を上書きした状態なんです。そっちの方を解いてもいいのではないかと」
「へぇ、どういう術なんだ?」
召喚者を傷つけられない術であることを説明し、再びサブローを見る。彼自身は面倒くさそうな反応をするだけだった。
「別にこれがあったところで不都合ありませんし、そのままでよくありませんか?」
「でもなんだか私がサブローさんを信頼していないみたいで嫌なんですよね。解呪しますので動かないでください」
必要ないのに、とぼやくサブローに解呪を施す。もともと時間に余裕ができればやっておこうと思っていたことだ。呪印はあっさり消えてサブローにかかった魔法はなにもなくなった。そのことをサブローの襟を引っ張って確認して、フィリシアは満足げにうなずく。
「なにやってんの……」
いつの間にか入ってきたミコが顔をしかめて尋ねてきた。フィリシアはその表情の意味が分からず、説明も忘れて疑問符を浮かべる。
「なんで部屋に入ってきたら小娘がサブを脱がそうとしてんの?」
「ち、違います! 術が解けたのを確認していただけです!!」
顔に熱が集中してフィリシアは慌てて跳び離れる。イチジローがのんびりと本当であることを証明してくれた。
「まったく紛らわしい」
「ミコが早とちりをしすぎなんですよ。フィリシアさんは子どもです。そんなことをするわけないじゃないですか」
明るく笑い飛ばすサブローにがっかりする。フィリシアは後ろから半眼で念を送った。通じる相手でないのはわかっているのだけども。
「……気づいていない? あれ、こんなに鈍かったっけ?」
「鈍い?」
サブローが全く心当たりないという顔をする。なんだか腹が立ってきたので根に持つことにした。
しばらくしてまたフィリシアは呼び出されて、今度は自分の世界に関することを質問され続けた。
こちらの暦やお金の単位から始まり、魔法の種類や数、国や魔物に歴史や宗教、果ては食事など一家庭の生活様子まで細かくだ。
上手く説明できなかったり、こちらが知らない質問があると、なにか隠していると思ったのかしつこく食い下がってくる。
こんなことなら同行を申し出てくれたエリックを断るのではなかった。フィリシアは軽く後悔する。
「自転や公転の周期がこちらとほぼ同じなのはわかっていたが、日付の区切りも似通っているとは……」
「科学の代わりに魔法を取り入れているおかげか、けっこう文明のレベルが高いな。近世から近代レベルまでは発展しているようだ」
フィリシアにはよくわからない会話を右から左へと聞き流す。
繰り返される質問に機械的に答えながら、早く解放してほしいと願っていた。
部屋に戻るとフィリシアはぐったり机に突っ伏した。
時間をサブローに確認するとせいぜい数時間しか経っていないらしい。
もう一日中あそこにいたような気がしていた。
「君たちの世界を観測することしかできなかったからね。研究している人たちが張り切りすぎたようだ。こちらから注意しておくよ」
イチジローが優しく請け負ってくれたので、心から感謝する。サブローやミコも労ってくれた。
それにしてもタマコに話したときはとても楽しかったのに、ここで事務的に語らされると苦痛で仕方ない。
話す相手というのは大事なんだなとフィリシアは再認識をした。
「さて、次は俺たちの番だな、サブ」
肯定するサブローになにをするのか尋ねた。するとイチジローと模擬戦を行なうという答えが返ってくる。
どうやら魔人同士の戦闘記録を取りたいという申し出があったらしい。それはフィリシアの興味をそそられた。
サブローが戦う姿は見てきたが、イチジローの方は初めてとなる。あの魔人としては異質な姿で、どのように力を振るうのか見てみたい気がしていた。
ミコが見学するか尋ねてきたので、同行を願い出た。フィリシアの訓練に入る前に魔人の全力を見ていた方がいい、と師匠らしいことも言う。
たしかにサブローの全力らしい全力は見ていないかもしれない。勇者のときは最後の瀕死状態しか目にせず、サイとワシの魔人はだいぶ余力を残していた。
最強と称されるイチジロー相手なら、訓練といえど全力にならざるを得ないだろう。少し楽しみになってくる。
ガーデンで働いている兄妹の案内で廊下を出て、訓練ルームとやらに向かう。この二日間嫌ってほど目にした廊下を渡り、たどり着いた部屋の扉が横にスライドして室内に招かれた。
中には白衣という衣服を羽織った職員と長官が待っていた。イチジローたちに続いてサブローと一緒に挨拶をする。
そのあとフィリシアは部屋の中を見回した。部屋のいたるところに施設で目撃したテレビとかいうのに似た機械が置かれている。こんなところで娯楽を楽しむとは思えないので、フィリシアには用途が見当もつかない。
「おー隊長、こんちゃッス!」
「ケンちゃん、声は聞いていましたが、ひさしぶりに顔を見れてうれしいです」
いつの間にか現れた背の高い男がサブローと握手を交わす。声で毛利だとわかったのだが、思った以上に年上で困惑した。
「生フィリたんも可愛いッスね! こんちゃ!」
丁寧にあいさつを返しながら、フィリシアは敬う気を一気に失くした。なお毛利は直後にミコの叱りを受けて聞き流している。
長官によってサブローの首輪が外され、イチジローと二人でエレベーターに乗りこみに行った。別の部屋の訓練をどうやって目撃するかのかと毛利に尋ねると、モニターという目の前の機械で見るらしい。感心した直後、頑丈そうな大きな部屋がモニターとやらに映し出された。もうしばらくしてサブロー達が現れる。
『こんなに落ち着いてサブと向かい合えるとは思わなかったよ』
『僕もです』
兄弟が嬉しそうに笑顔を交わす。姿を同時に魔人に変え、巨大モニターの周りの小さな機械がなんらかの数値を映し出す。
そのデータを見て白衣の職員が感嘆の声を上げる。観測されたサブローの力が思ったより大きかったらしい。
「ま、隊長ならそれくらい余裕ッス」
「なんであんなに自信がないというか、自分が強いって自覚がないんでしょうか」
「……それは仕方ない部分があるッス。隊長が弱いってことにしておかないと都合が悪いくそ野郎がいたからッス」
珍しく毛利が声に嫌悪をにじませていた。あの軽い彼にここまで言わせるような出来事とはいったいなんだろうか。
そしてサブローの自己評価の低さに理由があったことが、フィリシアは意外であった。弱音を全く吐いてくれない彼を寂しく見つめる。
『あの、これっていわゆる訓練でいいんですよね』
『……うん? そのつもりだけど』
『なら鰐頭さんのやっていた訓練を久々にできそうです』
「え、隊長、マジで? こんな状況で? つ、通信を入れるッス。隊長がこれテストって認識をしていないッス!」
職員をはじめとして部屋の全員が不思議そうに毛利に視線を集中する。答えはゴキッという生々しい音とともにやってきた。
『……サブッ!?』
戸惑いに声を上擦らせるイチジローを前に、サブローは触手で両肩の関節を外していた。さらに左足を上げて、そこの関節も外す。
『これでよし、っと。兄さん、この三本の触手だけ使うので覚えてください。さて、いきま――――』
『いけるかバカッ!! 医療班、医療班―――――――ッ!!』
遅かった、と毛利が頭を抱えている。長官が珍しく大口を開け、ミコが身を乗り出してモニターにかじりついていた。
フィリシアも他人事でなく、おそらく顔を引きつらせているだろう。相変わらずサブローは放置しているとろくなことをしない。
「回復術を使います。早く私をあそこまで案内してください!!」
反対するものはいない。慌ただしくフィリシアはサブローの元へと案内された。




