三十九話:潜入救出またトラブル
毛利は人格はともかく、仕事はしっかりした人物のようだった。
彼とミコの誘導にフィリシアはついていき、時には固く閉ざされた扉も彼の活躍で開けてもらった。
どう手を出したのかは知らないが、穏便な手で進めるのは非常にありがたい。
そもそもサブローの居場所さえ知らないのだから、彼らの指示に従うしかないのだが。
エレベーターというものに行くように指示され、乗りこむと落下する感覚を受けた。
来るときも乗りこんだが、転移の魔法陣もなしにしばらくしてから景色が変わる部屋というのは不思議なものである。
ダンジョンを行く冒険者が似たような話をしていたが、こんな感じだろうか。
『うし、そっから保安部専用の地下通路につながるッスけど、自分ができるのはそこまでになるッスね。いやサポートはするッス。でもこれまでのように進むってことは出来ないので心苦しいッス』
「いや、上等。後はあたしがなんとかする」
『ミコっちが素直だと違和感すごいッスね。けど今回に関しては自分もガチなんで意気込みはありがたいッス。それで保安部の協力者を探してほしいッス。ミコっちのスマホにそいつの顔写真を送るんで気をつけてくだせー』
ミコがスマホを取り出して写真を確認したため、フィリシアも一緒にのぞき込む。
サブローを助けるためにその男の顔を必死に覚えた。驚く様子もないフィリシアの姿にミコが疑問を抱く。
「異世界から来ているのにスマホ知っているの?」
「サブローさんが向こうに居たときから使っていましたから」
「……なんのために?」
ミコにサブローがプリントしたと言っていた写真を見せる。
すると彼女は感心して顔を綻ばせた。
「……サブ、施設にいたときみたいに笑っている。あのバカ、異世界で記念写真とか変わっていない」
「嬉しそうですね。あの、やっぱり……いえいいです」
フィリシアが目を伏せると、ミコは余裕の笑みを向けた。
「なにが聞きたいかわかるけど、教えてあげない」
不満に口をとがらせると、彼女は人好きのする笑顔のまま頭をくしゃりと撫でた。
「ま、機会は平等にって奴かな。小娘は一応、妹ってことだし」
「妹って……そこまで子どもではありません」
「そういう強がりは可愛いだけだよ。あざとい」
『お、百合の花ッスか! 義理姉妹百合ッスか!』
「うるさい後で殴る」
一瞬でミコを不機嫌にできる毛利にある意味感心する。
百合とか言う花の名前がいきなり出てきたのは意味が分からないのだが。
『――――自分が言うのもなんスが、おふざけは終了ッス』
「……みたいね」
『ミコっち、開いたら見張りが二人いるので制圧お願いッス』
エレベーターが止まり、扉が開くと毛利の言う通り二人の屈強な男が現れた。彼らが驚いている虚を突いてミコが飛び出す。
一人は膝を蹴り飛ばしてから顎を打ち抜き意識を奪う。続けてもう片方の男の首を絞めて落とした。
いずれもフィリシアが反応する暇もなく終わる。
「もう終わりました……」
『はやっ!? さすがガーデン内の格闘能力二位ッスね。ちなみに一位は彼女の兄で魔人なんで実質トップッス』
「感心していないで縛り上げるのを手伝って。空いている部屋にぶち込むよ」
『じゃあちょっと待つッス。今調べ――』
「ちょうど目の前の部屋が空いているようです。鍵もかかっていません」
毛利に先んじてフィリシアは探索術の結果を教える。今度はミコが感心する番だった。
「精霊術だっけ? 便利ね」
『使い道が地味な気もしますが、ありがたいッス。そちらの通路だと管理先が違うんで、いくら有能な自分でも時間かかるッスから。リアルタイムで情報を得られるのは強いッス』
自分で自分のことを有能と言った件に関しては、無反応のミコに倣う。
おそらく触れたら面倒なことになると、短い付き合いでフィリシアは察した。
「それとサブローさんも発見しましたが、間の扉が閉まっているようです。師匠さん、もう一度スマホの絵を見せてもらっていいですか? 精霊たちが気に入っているサブローさんと違って、そちらは顔を覚えてもらってから探してもらわないとなりません」
「人だけでなくファンシーなものにまで好かれ始めたか、あいつ。わかった」
フィリシアは気絶している男たちを縛り上げながら、スマホの画像を精霊たちに覚えさせて探させる。
あっという間に見つかったことを空き部屋に隊員を放り投げるミコに報告した。
「じゃあさっそく向かう。小娘のためにもう一度確認するけど、監視カメラは気にしなくていいんだよね?」
『ういーッス。フェイクの映像を映しているからしばらくはバレないッス』
なんだかよくわからないが、安全が確保されているらしいことは理解した。
そのことを伝えると、それだけ分かれば充分とミコに保障された。
あらためて二人は協力者に会いに向かった。
フィリシアの探索術の活躍もあり、人目を避けて協力者に出会うことができた。
下山と名乗った彼は逢魔に洗脳されていたころ、他の魔人からサブローに助けてもらったことへの感謝を告げた。
そのままサブローが監禁されている部屋へと足を運ぶ。
部屋には見張りがいなかったが、ちょうど下山が引き受けているらしい。用意周到だ。
彼が扉を開けるために離れたとき、毛利が通信機から話しかけてきた。
『それにしてもフィリたんが意外と役に立って助かるッスね』
「そうね。出番はもっと後だと思ったんだけど」
「どういう出番なんですか?」
「万が一見つかって大騒ぎになったらあたしが天使の輪で大暴れするから、その隙にサブを連れて逃げるのが小娘の役割」
「……私はもともとこれを使うつもりだったから構わないのですが、師匠さんたちはいいのですか?」
「良くないけどサブを失うよりはマシ」
『そうなったら失業祭りッスね。こっちルートはバレなきゃ問題ないッス!』
「見張りの人に顔を見られましたよね?」
『ハッハッハ、向こうさんもこれは後ろめたいやらかしなんでどうとでもなるッスよ』
特攻思考の二人を信用しきれるのかフィリシアは不安になった。
すごい人たちなのは確かなのに、思った以上に短絡的だ。
下山に扉を開けたので救出に向かってほしいと頼まれる。
どうやら彼は見張りを引き受けるらしい。
感謝を伝え、とうとうサブローの待つ部屋につながる扉を開いた。
薄暗く窓の一つもない部屋だった。
頑丈そうな床と壁に囲まれ、息が詰まりそうになる。
部屋の中央では拘束されて座らされているサブローの姿が目に入った。
「サブローさん!」
フィリシアが声をかけて近寄ると、サブローは驚いたように目を丸くした。
声を発しないのは黒いマスクで口を隠されているからだ。
いや、口元だけではない。全身を黒いベルトのようなものに拘束され、首輪をはめられている。
腕は目の前で交差され、身じろぎすら難しいありさまだった。
フィリシアはたまらず駆けよって触れようとする。
「ひどい、今すぐ――」
『おぉっと、フィリたんちょっと待った! ポチポチっと……警報装置を切ったんでもう大丈夫ッス』
毛利から許可が出たため、遠慮なく口を覆うマスクを外そうとした。しかし構造が分からず苦戦する。
「どいて、あたしがとる」
ミコが両手に巨大な籠手を展開させ、器用にマスクを引きちぎった。
サブローの口元が自由になり、さっそく怒声が飛ぶ。
「ミコ、フィリシアさん、いったいなにを考えて――」
「それはこっちの言葉です! なにを考えて大人しく捕まったんですか!!」
フィリシアは身を乗り出して怒鳴り返す。勢いを失って情けなくなる顔を見ると、みるみる視界が歪んでいった。
強く身体を抱きしめ、体温を確認してようやく安心する。
「でも、無事でよかったです……」
「心配かけたことは申し訳ありません。ミコは――」
天使の輪を腕輪に戻したミコがサブローの自由な頭を愛しそうに包み込む。
「サブだ……ちゃんと生きている。四年ぶり……ああ、本当によかった」
彼女は強い女性だと思っていたので、その涙声にフィリシアは驚いた。
肩も小刻み震えてこぼれ落ちた涙がフィリシアの手を濡らしていった。
ミコもずっと溜まっていたものがあったのだとようやく理解する。
『感極まっているところ悪いッスけど、自分も隊長と話させてもらっていいッスかー!!』
キンキンと耳が痛くなる。不機嫌に鼻を鳴らしたミコは、涙目のままインカムの予備をサブローに装着した。
『隊長、覚えているッスか! 自分ッスよ、自分ー!!』
「ケンちゃん!? やはり保護されていましたか。元気なようで安心しました」
『はぁー!? この状況でそれを言うッスか、相変わらずッスね。隊長は恩人なんだから、そんな目に遭わせてむしろ申し訳ないッス』
「そうですか? 僕の方がずいぶんお世話になったはずです。口座の方ありがとうございました。おかげで買い物に不自由しませんでした」
『あーたりまえッスよ! 自分たちを守るためにサンドバックにまでなった人のお金ッスよ。ガーデンなんかに手を出させるわけにはいかないッス!!』
「いやガーデンなんかって言うのはマズいでしょう」
呆れて窘めるサブローの声を聞いていると、だんだん心も落ち着いてきてフィリシアはようやく身体を離した。
ミコの方はまだ密着しているため、もう少し身体を預けていたかったのだがそうもいかない。
「サブローさん、魔人の力で抜け出せないのですか?」
「あーそれは無理。この首輪は最近開発された魔人の力を封じる奴だから」
『今更完成しても後の祭りッスよねー』
「そうなんですか。……一つ欲しいですね」
フィリシアが思わず本音を呟くと、ドン引きするミコの顔が目に入った。
「小娘、それはちょっと引く」
『隊長その手の性癖に多分トラウマあると思うんで、勘弁してあげてほしいッス』
「し、失礼なことを言わないでください! たしかに誤解されるような言い方をしましたが、そういう意味ではありません!」
フィリシアは顔を真っ赤にして必死に弁明する。
「二人ともサブローさんをご存じならわかるはずです。この人は魔人の力に任せて無茶をする人なんですよ。封印されているくらいじゃないと安心できない人です!」
「ああ、そういう意味か。うん、サブはそういう奴だ」
『そういうお人ッスねー隊長は』
「今だって自由になった途端に私たちを拘束して、自分一人で罪を被るつもりです!」
フィリシアが強く主張すると、サブローの目がせわしなく動いた。本当にそうするつもりだったらしい。
「サブ、あんたって奴は……」
『出会って間もないはずのフィリたんにすっかりパターン読まれているッスね。単純明快でなによりッス』
「フィリたん……?」
毛利の妙な呼び方に顔をしかめているサブローに気にしないようにいい、椅子とつながっていないことを確認する。
「師匠さん、運べるみたいです」
「じゃあとっとと回収するか」
「師匠? なんの師匠になったんですか、ミコ」
「これよこれ、さっき見せた天使の輪。小娘は選ばれたばかりだけど」
手首の腕輪を見せながらミコが答える。サブローは指示された物を凝視してから、フィリシアの左手首に視線を移す。
「は、え、選ばれた?」
「ギフトだけじゃなく、魔法でもいいみたいねこれ」
「はぁ、ん? 魔法……やはりガーデンは異世界を認識していたわけですか」
「はい。長官さんのおかげで園長先生にも全部打ち明けられました」
『あのー、おしゃべりは後にしないッスか?』
毛利にもっともなことを言われて、ミコとうなずき合う。
通信機からの下山に運ばせた方がいいのではないかという意見を無視して、ミコが担ぎ出した。
フィリシアも運搬用の精霊術を使い、風でサブローをある程度浮かせて、運び出す準備を終える。
「魔法いいなー。これだいぶ助かる」
「あの、僕はやっぱり残っていた方が……」
『ダメ!!』
三人に同時にダメだしされ、ようやくサブローはうなだれる。諦めてもらわなければならない。
それにしても助け出すのに、本人に残ることを諦めてもらうとはどういうことだろうか。
もっと自分の身を大切にしてほしい。
フィリシアはあらためて探索術を起動して周囲を確認し、血の気が引いた。
「え、どうして……シモヤマさんが見張っているはずなのに」
「どういうこと?」
「部屋の前に誰かいます……。シモヤマさんともう一人」
「ハメられた?」
『はぁ!? 下山が裏切るとかありえないッス』
「下山さん? いるんですか?」
『あー隊長は黙ってて!』
毛利が焦って通信機の向こうでカチャカチャなにかを鳴らす。
そうしている間に下山と誰かは扉の前に立っていた。
「……来ます」
「仕方ない。小娘、いつでも天使の輪を起動できるようにして。あたしが天井に穴をあけるから、サブを連れて逃げなさい」
「師匠さんは?」
「……園長や長官に迷惑をかけたくないから、お叱りを受けるかな」
ハハ、と力なく笑ってミコは投げやりになる。
扉が開くと同時に眼前の彼女が機械腕を展開し、リングを背負った。
「ハァ、満足したか? 明光寺光子」
呆れた顔で仁王立ちする男は、長官と呼ばれていた男だった。




