三十四話:親代わりの私を頼りなさい
事前にカガミから話を聞いていたらしく、次々現れて懐かしい顔がサブローに挨拶をしてくる。
成長していても変らず迎えてもらい安心した。職員や先生方も覚えていてくれて喜んでいる。新しい顔の子どもには弟たちが自分が誰か教えていた。手間をかけさせるのも悪いため、自ら前に出る。
「ハッハッハ、四年ぶりに帰ってきた痛いOBです。海神三郎と申しますのでよろしくお願いします」
「もう、サブお兄ちゃんは相変わらずなんだから!」
タマコが嬉しそうに肩を叩いた。四年前はメガネをかけていなかった。やはり失った月日は惜しい。
そのタマコは先ほど自己紹介をしあって意気投合していたフィリシアに向き合う。
「フィリシア、本当にありがとう。サブお兄ちゃんが戻ってきてくれて嬉しい!」
「タマコ、気にしないでください。結局私たちはサブローさんに助けられましたから」
歳が近いせいかもうお互い名前で呼び合っている。友達を失って泣いていたフィリシアを知っているだけに、サブローは嬉しくなる。
「それでね、おにいちゃんがデカイ魔人をバシーンって!」
施設のみんなが話を聞きたがったため、マリーがご機嫌な様子であの時の戦いのことを語っている。
この世界に勇者や魔法がないことは説明したのでその辺は省略しているが、いつうっかり漏らすか気が気ではない。
まあエリックとアイがフォローについているから大丈夫だろう。
クレイやアレスの精霊術を見て、ギフト組が感心している。
アリアは賑やかなのが苦手なのか一人距離を取ろうとしたが、構いたがりの妹たちにつかまっていた。
それぞれが上手くやっているのを見届け、サブローは園長のもとに向かうことに決めた。
「ケンジ、園長先生は部屋にいますか?」
「サブ兄貴、主役なんだからそこで待っていろよ。今園長呼んでくるからよ」
ケンジがそう離れようとした時、園長の部屋に続く廊下から人影が見えた。魔人の感覚に頼らなくても誰だかわかる。上品な歳の取り方をした見覚えのある女性が笑顔を浮かべる。
「サブロー、お帰りなさい。背、少し伸びました?」
「園長先生、ただいま戻りました。……残念ながら四年前からちっとも伸びません」
園長はたった四年にしては記憶よりやつれたように思えた。
もともと忙しい人なのに、よけい迷惑をかけてしまったのかもしれない。
相変わらず眼鏡の奥の瞳は優しく、園長は目の端に涙をためてサブローを抱き寄せた。
「ああ、本当にサブローです。帰ってきてくれて、とてもうれしい」
「すみません。いろいろ迷惑をおかけしたようで……」
「なにを言っているの、サブお兄ちゃん! 悪いのは逢魔じゃない」
「サブ兄貴が迷惑なわけないだろう。俺ら、ずっと待っていたんだからな!」
タマコとケンジに次々同意の声が上がる。
魔人になったのに家族が態度を変えなくて、サブローは嬉しさから泣きたくなった。
「サブローさんのそういうところ、悪い癖でもありますよ。もうすこしぼくたちに恩を着せてくださいよ」
「おにいちゃんがどれだけ格好よかったか、マリーはちゃんというよ!」
異世界からの友人たちも穏やかな笑顔を向けてくれている。彼らのことも話さなければならない。
「園長先生、彼らは……」
「そうですね、その子たちも私に紹介してください。けどその前に、今までの話が先です。……イチジローとの戦いからどうしていたのか、話しにくいこともあるでしょうし、応接間に行きましょう」
サブローはもちろん承諾する。頼むこと、やらなければならないことは山ほどある。
園長と二人きりで話すことを家族と友人たちに頼み、応接間に向かった。
「私は一族の族長の娘フィリシアと申します。私たちの里では姓はありません。その代わり親の職業を含めて名乗ることになっています」
「これはご丁寧にありがとうございます。私はこの施設の園長をしております、林康子です。フィリシアさん、よろしくお願いしますね」
園長の差し出した右手を、隣のフィリシアは握った。
なぜ彼女がいるのか疑問だった。サブローは園長と二人で話をすることを希望したはずである。どういうことか尋ねることにした。
「あの、フィリシアさん……」
「差し出がましい真似、申し訳ありません。ですがサブローさんに任せておくと、ガーデンに一人で向かうと主張しそうでしたので」
「そうですね。サブローは昔からそういう子でした」
園長が昔を懐かしみながらフィリシアに同意する。
さんざん言われているため単純なのは思い知っているのだが、二人してそこで分かり合うのは複雑だった。
サブローは居心地悪く応接間のソファーに座り直す。
「二週間くらい前に私が出会った時のサブローさんは瀕死でした。そこからなら話せます」
「ちょうどイチジローがサブローを見失った時期になりますね。フィリシアさん、続きをお願いします」
「はい。まず話は私が里に伝わる儀式とギフトを組み合わせて、魔人のサブローさんを呼び出したことから始まります」
あらかじめ打ち合わせしておいた内容の出会いをフィリシアは語りだした。
精霊術を見せながらの説明になったが、園長は疑う様子もなく受け入れていく。
本来はサブローが行うべき説明を続けるフィリシアを横目に、手持無沙汰になってしまった。
もともと彼女は頭が回るため、自分よりうまく説明ができている。
年下に頼りっぱなしで情けなかったのだが、口にすると睨まれるだろうとさすがに学習して任せることにした。
話はフィリシアたちを連れて逃亡し、逢魔の魔人倒したところまで進む。
ドンモたちは途中助けてくれた人間で、戦った魔人は一人と話を改変している。
仕方がなかったとはいえ、活躍を削った申し訳なさから内心勇者一行に謝った。
「それでサブローさんに連れられて、日本までやってきました」
「……大変でしたね。逢魔にそのような目に遭わされて、さぞ辛かったでしょう」
「最初はそうでした。ですけど、サブローさんに助けられましたので、今はなんとか持ち直せています」
「サブローは昔から優しい子でした。あなた方の力になったのなら、とても誇らしいことです。そしてフィリシアさん」
園長は目の前のフィリシアの両手を握り、穏やかにほほ笑む。
「こちらで私たちと一緒に暮らしませんか? サブローを助けていただいたあなたたちの力に、私にならせてください」
「そんな! そういうことは私が頼む立場です。ハヤシさんが頭を下げる必要なんてありません」
「構いません。これは私が勝手に申し出ていることですから。それに引き受けないという道もあります。その場合は逢魔に襲われた故郷の復興の力になりますので、ご安心ください」
フィリシアは言葉に詰まる。少し泣きだしそうに見えたが、どうにか堪えたようだ。
園長の手を握り返し、まっすぐに目を見つめ返す。
「では、これからよろしくお願いします。エリックくんたちも私に任せていますので、意見は同じです」
「良かった……今は旅の疲れを癒してください。諸々の話は落ち着いてから済ませましょう」
「……なんだかサブローさんが優しい理由が分かった気がします」
フィリシアの言葉にサブローはむず痒くなりながら、当初から考えていたことを提案する。
「フィリシアさんたちに必要な出費は僕が出しま……」
「言っておきますけど、サブロー。あなたのお金は一切受け取りませんからね」
言葉の途中で園長に強い様子で告げられて、サブローはひるんだ。
逢魔で稼いだのが悪かったのだろうか。
「で、でも兄さんは……」
「イチジローのように自立して、その上でここの家族が好きで好きでたまらない、なにかをしたいというのなら構いません。ですがサブローはこちらに帰ってきたばかりなんですよ。彼女たちのことは私に任せて、ちゃんとそのお金は自分のために使いなさい」
「強制的とはいえこの四年間は働いていたようなものですし!」
「それは働いたとは言いません。むしろ連中に賃金を払うという発想があったことに驚きます。……四年間も失ったのですよ。サブローはまだまだうちの子どもです」
「いや、でも僕はもう十九……」
「十九なんてまだ子どもでしょう。四年間のこともありますから、きちんと自立できたと私が判断するまで、ここに居てもらいますからね」
「こちらに来たときから思っていたのですが、サブローさんの金銭感覚っていつもこうなんですか?」
「……ちょくちょく新聞配達したりとかしてお金や小遣いを貯めますし、自分のために無駄遣いはしないので、計画的に貯金ができる子ではありました。ただ、兄弟のためなら後先考えないで使おうしていましたね」
「やはりそうでしたか。ハヤシさ……園長先生、聞いてください。サブローさん誰かに三百万のお金を貸しているみたいです。私にはどれくらいの大金なのか判断できないのですが、どうなんですか?」
「三百万……サブロー、後でお話があります。フィリシアさん、教えていただきありがとうございます。少し気合を入れないといけないようですね」
園長に叱られていた幼い日を思い出し、サブローは目を泳がせた。
フィリシアはもう慣れてしまった、呆れた視線を送っている。
もうとっくに忘れていると思っていたのに、とんだ不意打ちである。
「そ、そんなことより園長先生、逢魔のことです。連中はまだ生きています」
「サブローさん、誤魔化そうとしていませんか?」
「そんなことはありません。優先順位の問題です」
傍からならそうとしか見えないだろうとはサブローも自覚している。
若干そんなつもりもあるが、説教でこの話題が流れるのはまずいだろう。
「まあたしかにサブローのことは後に回しましょう。良いですね、忘れませんよ」
「は、はい。それで園長先生、ガーデンにそのことを伝えてください。やっかいなところに逃げ隠れしていますので、僕も説明に向かいます」
「もちろん私も同行します。サブローさん一人だとなにを言いだすかわかったものではありませんし、洗脳が解ける証明をしなければなりません」
「なにを言いだすかわからないって、そこまで信頼を失っていたのですか」
サブローががっかりしていると、園長は思わずといった様子で吹き出した。
「信頼がないのではなく、サブローを理解しているから心配なんですよ。そうですね、わかりました。ガーデンの信頼できる人物に取り次ぎましょう。私に任せてください」
「お願いします。園長先生、それとケースKの案件とも伝えてもらえますか?」
「ケースK?」
「逢魔の研究コードネームの一つです。たぶんですが、ガーデンはその研究について把握しています」
サブローの説明にわかったと返し、園長は立ちあがる。
先にサブローとフィリシアに大広間に戻るように指示して、連絡に向かった。
「それにしても園長先生って素敵な人なんですね」
「はい。僕のお母さん代わりですから、そういってもらえると嬉しいです」
フィリシアが穏やかな笑顔を返す。自慢の家族が褒められて嬉しくない人間はいない。
自分の心が浮き立つのをサブローは感じた。
「ちゃんとサブローさんを叱れる人のようですし、私もホッとしました。園長先生の言うことを聞いて反省をしてくださいよ」
そしてすぐ沈んだのだった。




