三十三話:おうちに帰ろう
施設に帰る途中、サブローは当然のようにケーキ屋に入る。
久々に兄弟に会えるため、浮かれていたのだ。
「このケーキはケンジが好きでした。タマコはクリームたっぷりなのが好きでしたが、太るのを気にしていましたね。こっちはマサトが……ああもうこれとこれとこれください。あ、マリーたちも選びます? 今は食べられなくても、明日がありますし」
「おにいちゃん、そんなにたくさん買うの?」
マリーにさえそう聞かれ、サブローは思わずひるんでしまう。
フィリシアやエリックはいつもの呆れ顔だ。バツが悪くて後頭部をかく。
「だってようやく帰れますのに、手ぶらなのもなんですし」
「そういう人ですよね。わかっています」
フィリシアが仕方ない、と視線を落とした。クレイが荷物を持つと言ってくれたので断ろうとしたが、包まれたケーキを強引に奪われた。エリックも手分けして持ち、意図せず手が空いてしまう。
「ただでさえ買い物の袋やあちらからの荷物を持たせていますのに……」
「だれのせいだよ。いいからにーちゃんはなにも持つな。みてらんねーよ」
不機嫌なアレスに強く言われ、サブローはしゅんとしてしまう。
アリアが向こうからの荷物を背負いなおし、目線を合わせる。
「サブローさんなんでもかんでも自分で持とうとしすぎ」
「でも、僕は魔人ですし、せっかくの力をちゃんと使わないと……」
「街中であの触手を生やすわけにはいかないでしょ。いくら魔人でも今の腕は二本しかないんだよ」
「それはそうですけど……あ、なんならレンタカーを借りましょう。荷物を積めて楽に移動もできますし」
「レンタカーがなにか知らないけど、近いんでしょ? そう言ったじゃない」
「言いましたけど、みなさんに荷物を持たせるのは心苦しくて……」
「フィリシアさん、お願い」
「サブローさん、いいから案内をお願いします」
不穏な空気を声色から感じ取り、サブローは慌てて了承する。
なにも持っていない両手がさみしい。
店を出て、異世界の友を連れて懐かしい帰り道を進む。
量は少ないが買い与えた服が入っている袋をご機嫌な様子で持つマリーに持とうかと提案するが、
「だーめ」
可愛く断られた。悲しい。
四年ぶりの施設の門を前にサブローは思わず足を止めた。
「誇りの園学園」と刻まれた文字が、夕日に照らされながらも変わらずに出迎えてくれている。
自らの生まれを卑下せず、誇りをもって育ってほしいといつか聞いた言葉が蘇る。
今の自分は誇りを持てるだろうか。今更帰るのが不安になってしまった。
「大丈夫ですか、サブローさん」
背中を撫でてくれるフィリシアに、すぐは頷けなかった。
心細くて仕方ない。魔人であることで大切な家族に拒絶されることが、嫌で仕方ないのだ。
「おいおい、うちの前でいちゃつくなよ。今日は久々に大事な人が帰って……」
懐かしい声が聞こえた。いや、四年前はもっと幼かった気がする。
声変わりを終えてはいるけど、ちゃんと面影のある声に不安を忘れてサブローは振り向いた。
「……サブ兄貴……」
「えーと、ケンジですよね?」
ケンジは部活帰りなのか野球のユニフォームを着ている。
最後に見た九歳のころから、ずいぶん背が高くなっていた。
もう中学生だろうから当たり前だ。ケンジは一度顔をくしゃっと歪め、腕で拭ってから笑いかける。
「んだよ、帰ってきたんなら早く入れよ。カガミからきいてずっと待っていたんだからな」
「カガミさん、です。年上の上にお巡りさんなんですから、失礼ですよ」
「――――ハハッ、懐かしい。やっぱサブ兄貴だ」
サブローはケンジの言葉に少し泣きそうになった。
誤魔化すためにエリックからケーキを受け取り、目の前に差し出す。
「これ、お土産です。ケンジが好きな奴も入ってます」
「……バカッ! サブ兄貴は祝われるほうだろ、普通。なんで買ってくるんだよ! アンタたちも止めて……いや悪い。その顔は止めたんだな」
エリックたちのやっぱりという表情を見て、ケンジが勢いを失う。
サブローはまたも威厳が減った気がした。
「まあいいや、早く中に入ろうぜ。園から出ている連中にも連絡しないとな」
「けど、ケンジ。僕の身体は……」
「怪魔人だろ。んなもんみんな知っているよ。あ、そういや洗脳はどうしたんだ?」
「……この子、フィリシアさんと言います。彼女のギフトのおかげで解けました」
「はじめまして、紹介されましたフィリシアと申します」
折り目正しく挨拶をする彼女の手を、ケンジは感激して取った。
「俺、佐藤健二です。サブ兄貴の洗脳を解いてもらって、ほんとーにありがとうございます!」
「いえ、解けたのは私も偶然でした。それにサブローさんにはそのあと助けてもらって、こちらの方が感謝しています」
「はー、こんな美人な姉ちゃんに洗脳解いてもらうとか、ドラマチックだなー」
「……フィリシアさん、ケンジと一つしか違わないんですよね」
「えっ!? 十四!」
「……再来月、十五になると言ったではありませんか」
「それでもタマコ姉と同い年……美人すぎて見えね……」
「あんまりじろじろ見ると失礼ですよ」
窘められたケンジは「それもそうだ」とエリックたちに自己紹介をした。
朗らかに言葉を交わし、弟は案内を買って出てくれた。
「そういやサブ兄貴が連れてきたってことは、みんなギフト持ちなのか?」
「はい。ぼくらは全員同じギフトが使える一族なんです」
「マジか! 初めて聞いたけど、どんなの? 俺は頭が光るだけのしょぼい奴だけど」
エリックの発言に驚いたケンジは、おでこを光らせて情けない顔をする。
ギフトだなんだと言われても、役に立たないのが八割であった。
説明をしていたエリックが精霊を呼び出し、風を巻き起こす。
「このように風の精霊を呼び出して、風を操ったり天候を予測したり物や人を探知します」
「え、色んな事が出来てすごいんだけど……」
「あまりいいものではありませんよ。一族ごとオーマに狙われましたから」
痛ましい事実にケンジはやらかしたという顔をする。
エリックは急いでフォローに回った。
「あまり気にしないでください。ぼくらはサブローさんに助けてもらって、こうして無傷で逃げることが出来ました」
「はー、なんでも言えよ。見たところ歳が近そうだし、相談に……ん? 逢魔?」
ケンジが逢魔という単語に引っかかる。サブローはその反応に思い当たる節があった。
「やはり滅んだことになっていますか? だとしたら急いでガーデンに連絡を取らないとまずいですね」
「……まあイチ兄貴が浮かない顔で壊滅宣言を聞いていたし、そんな気はしていた。しぶてー」
「やっかいなところに逃げ込んでいます。とはいえ弱り切っていますので、早いうちに対処すれば問題はないでしょう」
ケンジを安心させるため笑顔で答えたのだが、彼の顔は晴れない。
むしろ心配そうにサブローを見ている。
「サブ兄貴。事が事だから仕方ないけど、一人でガーデンに行こうと思うなよ。絶対園長先生かイチ兄貴と一緒じゃないとダメだからな」
「ガーデンは洗脳された人も保護しているのではありませんか? サブローさんからそう聞いていますけど」
「人間はな。魔人の洗脳が解けたって聞いて、信じられる奴がどれだけいるのやら」
「そうなんですか、ありがとうございます。……サブローさんの嘘つき」
ケンジの答えを聞き、フィリシアが責める。こんなに早くばれるとは思っていなかったため、サブローは困ってしまった。
「はあ、仕方ありませんね。えーと、サトウさん?」
「名前でいいよ。こっちは名前しか教えてもらっていないし」
「わかりました。ケンジくんも気にしないでください。私たちは姓がありませんから。親の職業で区別できるくらい、規模が小さい里でしたので」
「いろんな国があるな。じゃあ遠慮なくフィリシア姉、なんか用か?」
「はい。そのガーデンに私もついていくことはできないでしょうか? 洗脳を解ける証明をしないといけませんし」
エリックが解呪の魔法を使えるのなんとなく察していたが、フィリシアもそうらしい。精霊術に似たようなものがあるのだろう。
「ああ、なら園長先生に相談しなよ。ガーデンに顔が利くしな」
頭を下げるフィリシアを見届けながら、サブローは複雑な想いだ。
逢魔の理不尽にさらされた彼女たちを、ようやく一息つけそうなところまで連れてこられた。自分のせいで面倒をかけるのは申し訳なかった。
「あの、もともと誰も連れていくつもりはなかったですし、休んでいてもらった方が……」
「嘘つきは黙っていてください」
「……すみません」
フィリシアにそっけなくされ、あっさり撃沈される。一連の会話を聞いていたケンジが驚いて振り返った。
「サブ兄貴……相変わらずなのは充分わかっていたけど、フィリシア姉にもう頭が上がらねえのか?」
「まだ出会って二週間のはずなんですが……」
情けない思いでいっぱいになりながらサブローが答えると、フィリシアが力いっぱい睨んでくる。
「その二週間でどれだけ無茶をしたか、サブローさんは覚えていますか?」
「無茶?」
とんと覚えがない。サブローのその様子にフィリシアが呆れて肩を落とす。
「この調子ですよ。あんなに傷を負って、いまだ完治していないことをもう忘れています。オコーさんだって全身大やけどで、取り返しのつかないところまで行ってもおかしくなかった、って言っていましたよ!」
「そういえばそんなこともあった気がします」
「気がしますで済ませていいことじゃねえよ。その辺ぶっ壊れているのもそのままかよ。フィリシア姉……マジでお疲れ様」
初対面のはずのフィリシアをケンジが労わり始めた。サブローはなぜだかわからず混乱する。
よく観察すれば、エリックたちもフィリシアやケンジと似たような表情をしていた。あんなに明るいマリーでさえだ。
訳が分からず頭をひねっていると、敷地内の庭を抜けて入口にたどり着いた。
白くて大きく、そして温かいサブローの家がそこにはあった。
「ほら、サブ兄貴。ちゃんと入れよ」
ケンジに促され、一度深呼吸をしてからドアを開け、いくつも下駄箱が並ぶ懐かしい玄関へたどり着く。
「ただいま戻りました」
後ろでケンジがお帰り、と涙声で応えてくれた。




