三十二話:食事と打ち合わせと小さな嘘
ドリンクバーで粘ろうとしていた弟を叱ったものだと回想しながら、サブローは店員に八人であることを告げた。
昼を少し過ぎたためか客席はまばらであり、人数の割にすぐ案内してもらえた。
里から出ることが少なかったためか、アレスやマリーが興味津々でキョロキョロしている。
フィリシアに嗜められたものの、好奇心は抑えられないらしい。
ショッピングモールのように視線を集めつつ、どうにか席に着いた。
「それにしてもここの世界のお店ってだいたい清潔ですよね。サブローさんの世界ってすごいです」
「いや、正確には『この国は』になります。恵まれたいくつかの国の一つなんですよ、ここ」
海外での物騒な仕事を思い出しながら、フィリシアに答える。
離れて分かったが治安が良く街並みが綺麗であることは、それだけ恵まれている。
恵まれた国と恵まれない国、どちらも強制的に知ることになった。
いろんな国があるというただそれだけなのだ。その辺はきっと世界が違っても一緒だろう。
実際「こちらで言う魔法大国みたいなものですね」とフィリシアが笑って納得していた。
「はー、ようやく視線から解放された気がする。じろじろ見すぎなのよ」
「みなさん美形揃いですし、仕方ありませんよ。……ひとり肩身が狭い」
「サブローさん、そんなことないと思うんだな。ぼくだっているし」
「魔人になった後ならともかく、そこまで卑屈になるほどとは思いませんけど。あ、でもよく考えたら魔人の姿も可愛いかもしれません」
「いやフィリシアさん、それはどうかと思うよ」
アリアが少し引いた声色でツッコんだ。サブローも同意の頷きを返す。
見た目が格好いい魔人だって確かに居る。
エビの魔人なんてエビの意匠は兜状になっている頭部しかなく、鎧武者のようで格好いい。
なれるならああいう感じになりたかったが、サブローはまんまイカだ。
美味そうと思う時はあるが、それだけだ。
同じ海の魔人同盟なのにひどい格差だ。
「マリーはだいすきだよ! おにいちゃんの魔人の姿」
「ほら、マリーもこう言っていますし」
「旗色悪くなったからってマリーに頼るフィリシアさん、初めて見ました」
「えーと、魔人だと知られるとすごくまずいので、声を小さくしてほしいのですが……」
「す、すみません!」
フィリシアが身を小さくしているが、念のためという意味であるためサブローは逆に申し訳なくなる。
魔人が元人間という情報は一般人に知られていないため、聞かれても理解されないからだ。
兄はそもそもヒーローなので別枠である。見た目も。
「どうでもいいけど腹へってきた。メシたのまね?」
アレスの言うことはもっともだ。サブローはメニューを広げてどれが欲しいか尋ねる。
フィリシアたちはここの世界の文字が読めないので写真だけで判断してもらったが、みな物珍しそうに選んだ。
いろいろ目移りしていたが、空腹に耐えきれないのか次々決めていく。
そんな中、好奇心の強いマリーが決めかねていた。
「まだ決まんねーのかよ」
「だって、だって~、これとこれが食べたいけど……」
「ダメですよ、お腹壊します」
フィリシアが呆れ顔で注意する。サブローもさすがにマリーの体調にまで影響が及ぶ真似はさせたくない。
どうしたものかと悩んでいると、アイが解決策を出す。
「じゃあ、わたしがこっち頼むから、はんぶんこ、しよ」
「いいの、アイ!」
仲が良い二人にサブローは微笑ましくなる。
ブザーを押して店員に全員分の注文を告げ、他愛無い会話に興じた。
ちなみにサブローは先ほどの恨みを込めてエビフライ定食を頼んだ。
イケメンは敵だ。
食べ終わり、ドリンクバーで入れたジュースを配ってから今後の相談に入る。
何事も打ち合わせが重要だ。特に彼らは異世界からやってきたのだから。
「フィリシアさんやエリックさんは気づているかもしれませんが、この世界に魔法はありません」
「最初に会った時、サブローさんが珍しそうに精霊術を見ていましたので、そうではないかと思いました」
「それに心操の魔法を解呪できないと言っていました。これだけ材料があれば察します」
二人に頷いて再確認を終える。アリアとクレイも話についてきているらしく頷いている。さすが頭の良い子たちだ。
「なので精霊術は人前では使わないでください。今更ですがちゃんと言っていませんでしたし」
「まあ問題はマリーとかアレスくんですからね……」
「気をつけるよ、さすがに」
「マリーだって!」
年少組の二人が抗議する。フィリシアからよく注意を受けるのはサブローも同じのため、気持ちは痛いほどわかった。
「そして前言を撤回するようですが、施設では精霊術を明かしましょう」
「え、いいんですか?」
サブローはエリックに肯定してから続ける。
「僕の過ごしていた施設は特殊なんです。逢魔から人々を守っていたガーデンという組織が出資していまして、少々変わった子どもを集めています」
「変わった子ども?」
「ギフトと呼ばれている力を持っている子どもです。一人一つ、なんらかの特殊能力を持ちます。例えばちょくちょく話題に出す幼馴染は炎を操れます。まあ一種類しか使えない魔法のようなものですね」
「そんなものがあったのですか。……あれ? でもサブローさんは……」
「もちろん僕にそんな力はありません。園長先生が厄介な事情の子どもを集めるという方針なんで、たまたまギフト絡みが多かったのではないかと」
ガーデンがそれを知って出資する形になったのだ。もっともギフト持ちは貴重であるため、あちこち見つける人脈はどこから来たのだろうか。
離れてそう疑問に思ったこともあった。なので、とサブローが後を続けようとした時、エリックが察して継いだ。
「なるほど、精霊術はギフトという説明をするわけですね」
「さすがエリックさん。……みなさんの精霊術は数種類の力を使えるギフトって扱いになりますので、ガーデン以外に知られると面倒なんですよ。厄介なことに巻き込まれる前に、施設でしばらくは腰を落ち着けましょう。そのうえで元の世界に帰りたいのなら、逢魔を倒した後に戻します」
「いろいろ助けていただいてありがとうございます。でも、本当にお邪魔してよろしいのですか?」
「遠慮はいりませんよ。あの園長先生なら喜んで迎えると思いますし。……それにフィリシアさんたちは恩人ですからね」
そう笑うと、フィリシアはむくれて「もう恩なんて返し終わっていますのに」とぼやいた。
エリックたちも似たような顔だったが、サブローとしてはそこは譲れない。
「それでみなさんのことですが……施設のみんなは異世界なんて知りようがないので、外国で知り合ったということにしませんか?」
「ぼくもそれがいいと思います。里のことはどう説明しましょうか?」
「一族で同じギフトが使えるってかなり珍しいです。血のつながった家族でさえギフトが受け継がれることは稀ですから。ですので、その貴重なギフトを狙われて逢魔に襲われた、ということにします。嘘はついていませんし」
「わかりました。みんなもそれで構いませんか?」
エリック以外の意見を代表し、フィリシアが首肯する。
「……それにしても、オーマなんて嫌いです。私たちだけでなく、サブローさんもひどい目に遭わせていますから」
自分たちだけでなく、サブローも含めている優しさが嬉しい。
もちろん逢魔のことを忘れるわけがないため、温めていた案を出した。
「その逢魔ですが、ガーデンに助けを求めましょう。奴らが異世界を研究していたことは知っているはずです。再び力をとりもどして戻ってくることは、ガーデンとしても阻止しなければなりません。異世界に渡ったことを伝え、協力を仰ぎましょう」
「あの、ガーデンという組織は逢魔と戦っていたのですよね。操られていたとはいえ、ずっとそこに居たサブローさんは大丈夫なんでしょうか?」
「洗脳されていたからそう酷い扱いにはならないと思いますよ。魔人でなく人間ですが、洗脳された方は保護されて、ガーデンで働いたり日常生活に戻ったりしていますし」
説明を受けてホッとするフィリシアに、サブローは少しだけ罪悪感を抱いた。
先ほど言っていたことは嘘ではない。洗脳された人間はいま告げたような扱いを受けている。
しかし、基本的に魔人は洗脳が解けないという認識だ。
その上、魔人による被害は膨大で、洗脳されていたという事情を考慮してもあまり扱いは良くないだろう。
もともと償うつもりでいたサブローにとっては早いか遅いかでしかないので、そこは構わない。
ただ、目の前の優しい友人たちや、施設の家族を悲しませないといけないのは辛かった。
「サブローさん、本当のことですよね?」
「安心してください、エリックさん。ガーデンは僕の兄さんがいる、完全無欠の正義の組織です。酷いことなんてしませんよ」
「……ガーデンのことはよくわかりませんが、お兄さんを信頼しているサブローさんの言うことなので、信じます」
「サブローさんはお兄さんのことが大好きなんだな」
「はい」
どうにか鋭いエリックをやり過ごせたことに、サブローは内心安堵する。
盾に使った兄にひそかに謝罪しながら、細かい内容のすり合わせを開始する。
会計に出るまで一時間は話し合いが続いた。




