三十話:お買い物をしよう
ひとまずは現代日本の服装に変えて目立たないようにしようと、庶民の味方の大規模ファッションチェーン店へとやってきた。
地方であるためそこまで大きな店舗ではないのだが、里から出たことのないエリックたちは驚いていた。特にはしゃぐマリーを押さえるのに苦労した。
王都や魔法大国の首都に行ったことのあるフィリシアでも、ここまでの規模は珍しいらしい。大量生産万歳である。
それにしても明らかに日本人でないうえに、美形であるフィリシアたちを連れていると視線が集まる。
格好も格好で目立つものだから、平均的日本人男性のサブローとしては肩身が狭かった。フィリシアたちも居心地悪そうにしている。
まあ服を買う服がない、なんてお約束を言っている場合ではないため、コインロッカーに旅の荷物を預けてやってきたのだ。この際視線は無視するに限る。
店内の明るさと清潔さに一行が感嘆のため息をつく。走り出したくてうずうずしているマリーとアレスに注意しながら慎重に進んだ。大人びているエリックとアリアも興奮を隠しきれないのか、珍しくそわそわしていた。
「それではサブローさん、どうしましょうか?」
「男女に分かれて行動しましょう。男性陣の服はまあ僕が選びます。女性陣は……店員さんにお願いしましょう。はっきり言うと僕にわかるわけがありません」
「胸を張って言わないでください。……本当に大丈夫ですか?」
「まあ基本的に店員って親切ですし。あ、そこのお姉さん、すみませーん」
手近に居た店員にフィリシアたちのことを頼み込む。海外から来たばかりのため、この手のことに疎いという旨を伝えると、快く請け負ってくれた。
仕事である以上に世話好きな性格に見てとれて、フィリシアたちを案内し始めた。さて、とサブローは男性陣を見回して気合を入れる。
「じゃあみなさん、買い込みますか」
戸惑うエリックたちを連れて、買い物を開始した。
自分の買うものは簡単に決まるのだが、エリックたちの分はけっこう悩んだ。なにせ素材の良い子どもたちである。あれこれ選んでもなんだか物足りない気がした。連れまわし、試着室でチェックし、とっかえひっかえしていると、とうとうアレスが音を上げた。
「なあサブローにーちゃん。もう適当にきめね?」
「いやしかし、もったいないですよ!」
「もったいないって……なにをそんなに必死になっているんだな?」
「しかも自分の買い物はあっさり済ませたのに……」
あんなに興奮していた三人が、今ではすっかりいつもの呆れた視線を送ってきた。またもや株が下がっている予感がして、サブローはしょぼんと肩を落とす。仕方ないと、先ほどチェックしていたものをすべて手に取った。
「え、サブローさんそんなに買うんですか?」
「はい。生活に必要な分はまだ足りませんよ」
「いやわるいんだな」
「いえいえ、いろいろあってお金はあるんですよね。いやー口座が生きていて助かりました」
ちゃんと明るく教えてもエリックたちの顔は晴れない。
むしろどんどん心配そうになっていく。なぜだろうか。
「あの、本当にお金持っているんですよ?」
「いえ、そこではなく……」
「? まあ会計を済ませる前に、フィリシアさんたちのところ寄っていきます。あそこのベンチで待っていてください」
そう約束してサブローはフィリシアたちのもとに向かう。
おかげでエリックの答えを聞きそびれてしまった。
「サブローさんにお金持たせるのって、怖いですね……」
エリックたちと別れ、フィリシアたちを探すとすぐに見つかった。なにせあの美形っぷりである。客の視線をたどればすぐだった。
子供服のコーナーでなにやらマリーが迷っている。フィリシアはいわゆる説教モードで仁王立ちしていた。微笑ましそうな店員に目線であいさつしてから、声をかけた。
「どうしましたか?」
「あ、サブローさん。マリーがどちらを買うか迷っ……そんなに買うんですか!?」
「え? これだけしか買いませんけど。マリー、両方買うんで迷う必要ありませんよ」
「え、ほんと!」
「むしろあんまり買っていないのにびっくりです。もっと買い足しましょう!」
顔を輝かせるマリーに返すと、フィリシアがため息をついた。
「あまり甘やかさないでください」
「でもしばらくは身動き取れませんし、買えるだけ買っていた方が面倒は減ります。あ、エリックさんも心配してましたが、ちゃんとお金はありますよ」
「……おそらくエリックくんもですが、そこは心配していません。サブローさんが甲斐性ありそうなのは見てきましたし。問題は別です」
どういうことだろうかとサブローが首をかしげる。フィリシアが心配そうな目を向けた。
「サブローさん、大金を持っているようですが、誰かに騙されてとられたことはありませんか? あるいは誰かの借金を肩代わりしたとか?」
「えー……さすがにだまし取られたことはありませんよ。肩代わりは……」
ごにょごにょと口を動かすと、フィリシアの目線が厳しくなる。
「そっちはあるんですね」
「いや、まあ……三百万ほどなら、友人の賭けの負け分を」
「三百万円も!?」
ぽろっと出した事実に、店員が思わず驚いていた。
その反応を見て、フィリシアがますます正義は我にありという確信を得ていく。
「こちらに来たばかりなのでどれほどの額なのか判断はつきませんが、店員さんの驚き方を見るに大金ですよね? そんな調子のサブローさんにお金を持たせるなんて怖くて仕方ありません」
「人のことになると理性がぶっ壊れるからね。あたしたちのためにいま貯金使い果たしても驚かない」
「さ、サブローさん、むだ遣いは、めっだよ」
「おにいちゃん、だいじょうぶ? マリー、がまんできるよ」
もう勘弁してほしかった。逢魔時代に出会ったギャンブル狂のバカのせいで酷い風評被害を受けている。割と面白い魔人で善人とも言い難かったが、悪党でもないのでそこそこ関係が続いていた奴だ。
まさかこんな目に遭う布石になってしまうとは。どんな相手だろうと魔人は敵だ。
すべての魔人を倒す!
サブローは決意を新たにする。それにしてもなぜ庶民の隣人であるファッションチェーン店で懐を心配されないといけないのか。
悲しくなって今まで選んだ服の会計を頼むと、
「本当に大丈夫ですか? 警察に相談なさった方が……」
人のよさそうなその店員に心配された。




