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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第二部:一筆啓上故郷が見えた!
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二十八話:僕が帰ってきた故郷



「フィリシアさん、ここ、僕の故郷です」


 サブローは戸惑いを隠せず、命の恩人に明かした。

 見覚えのある店、見覚えのある道、見覚えのある公園。

 いまどき個人で経営している古本屋が見えた。老夫婦が営んでおり、本の虫である妹に付き合って買い物をした。

 よく利用したゲームのチェーン店がある。弟たちが羨ましそうに見ているので、貯金を切り崩してこっそりプレゼントしたりもした。

 兄によく連れられたバッティングセンターもある。

 幼馴染がストレス発散と連れまわしたボウリング場に懐かしくなった。

 間違えようがない。サブローが十五年間暮らし、帰りたいと願い続けた故郷であった。


「どうして、今、ここに……」


 思わず声が揺れる。涙がこぼれ落ちそうになったため、必死に堪えた。

 そんなサブローの背中にそっと手が添われる。


「サブローさん、大丈夫ですか?」


 フィリシアが心配そうにこちらを見ている。

 サブローは腹に力を入れ、頭を振って正気に戻る。


「問題はありません。唐突に巻き込まれたみなさんの方が戸惑いは大きいというのに、取り乱して申し訳ありません」

「いえ、心配には及びません。しかし、この状況はどうして?」

「とりあえず腰を落ち着けて話しませんか? サブローさん、そういった場所に心当たりは?」

「……公園に移動しましょう。あそこの東屋ならそこそこの広さでしたし。ついでに自販機でジュースでも買いますか」


 エリックに答え、サブローは案内を始める。

 油断すればあらゆる感情で混乱しそうになる自分を、常に助けてくれる少年には感謝の言葉しかなかった。




 東屋の椅子にみなを座らせ、自販機でジュースを買うついでにスマホで日にちを確認した。

 ニュースサイトを確認する限り、転移前の日付から二週間以上も経っているようだ。

 ちょうど異世界で過ごした日々を足したような時間の経過具合だ。

 異世界はリアルタイム進行でよかったらしい。だとすると一つ疑問がある。鷲尾の言う通りだとズレがあったはずだった。しかしいくら考えても結論つかないので放置する。


 次にネットで口座を確認するが、カードの支払いがちゃんと行われており、口座もカードも問題なく使えそうだった。

 逢魔はいろいろブラックな割に金払いが良く、それなりの金額が残っているためしばらく不自由をしなさそうである。

 それにしてもよく逢魔とかかわりがないと判断されたものである。

 そういえば仲良くしていた電脳工作部門のケンちゃんに『他の魔人連中と違って口座が関連付けられないようにしたッス』と言われた気がする。

 感謝しかない。彼は人間であったが洗脳を受けていたはずだ。

 きっと今頃ガーデンで保護されているだろう。


 重要事項の確認とアホな思考を続けてから、異世界の友人たちにジュースを振舞った。

 マリーとアイ、そしてアレスにはプルタブも開けてあげる。

 アリアは確か甘いのは好きでなかったので、お茶にしておいた。


「飲み物……あの箱から出るのですか?」

「お金を払うと出てくるようになっています。ようやくこちらのお金が使えますしね」

「あれ? リンゴの味がしておいしー!」

「ほ、ほんとだ。あまい」


 アレスやクレイも似たような反応であった。

 アリアも甘いと聞いて少し警戒していたが、お茶の渋さを気に入ったようである。


「お金を払う箱を放置するなんて、治安がいいんですね」

「そういえば海外ではあまり見ませんね、自販機」


 考えてみれば、逢魔の仕事で回った国は自動販売機を置けそうにない物騒な国ばかりであった。

 もっともそんなくだらない話ばかりをしていられない。エリックを促し、本題に移った。


「それではなぜこの世界に来てしまったのか……今ある材料で判断できますか?」

「一つ一つ検証していきましょう。まず議題にするのはなぜ魔法陣の行き先を干渉されたか、です。たしか転移する直前、フィリシアさんがそうおっしゃっていました」

「はい。魔法陣の行き先が強制的に変更されました。ですが、魔法陣の中の人物でないとそういった干渉は行えないはずです。あの中でここに行きたがる方は……」

「…………僕? しかしそんなやり方なんてわかりませんよ!?」


 エリックは「知っています」とうなずいてから、精霊術を起動する。

 彼の眼前に丸いエネルギーの塊が風船のように浮いていた。


「サブローさん、これに触れてみてください」

「触れればいいのですか? わかりました」


 エネルギーの塊に躊躇なくサブローは触れる。すると目の前の玉は激しく形を変えていった。

 これでいいのかとエリックを見ると、やっぱりという顔をしている。


「ま、まずかったですか?」

「いえ、サブローさんが原因ではありますが、悪いことではありません。ついでに聞きますが、オーマの異世界の研究を知っていたということは、その手の仕事を任されていたということですか?」

「え、今聞きますか? その通りです。鰐頭さんの訓練が終わってからですが」

「……なるほど。だとすればオーマは把握していたということですか」

「エリックくん、それはどういうことですか。サブローさんの過去に現状が関わっているのですか?」

「はい、まずはサブローさん。あなたに転移の魔法に関する才能があります」

「――――はい?」


 寝耳に水で思わず間の抜けた返答をしてしまう。


「今使った精霊術は相手の持つ得意な魔法の系統を調べるものです。指導用の魔法で、精霊術にも存在します。今の魔法の反応と、ぼくに流れてきた情報を組み合わせると、サブローさんに転移系統に長けた才能があるという結論になります」

「おお! ちょっとうれしい……って喜んでいる場合ではありませんね。みなさんを生まれ故郷どころか、生まれた世界すら引き離す結果になったわけですし」

「そう悲観したものではありませんよ。ここに来ることが出来たということは、戻ることも簡単です」


 サブローは呆気に取られた。断言したエリックはのんきにジュースを一口飲んで喉を湿らせている。


「そもそも行き先を干渉されるだけでたどり着ける難易度ですからね。階位の高い召喚術の魔法陣だと、世界の壁を超える高度な術式が組み込まれていたりしますが、転移の魔法陣はそんなことはありませんし。そうなるとサブローさんの世界は行き先を変更するだけで行けるほど、僕らの世界と近しいのではないか、と結論付けられます」

「そんなものですか?」

「魔法を習っていもいない人が才能だけで世界を超える術式を生みだすとか、無理ですからね。だいたいそういう干渉が行われたのなら、発動者であるフィリシアさんが感知するはずです」

「そういった反応はありませんでした」

「となるとまあ、魔法陣さえあればどうにかなります。そして魔法陣ならサブローさんのスマホにあります」


 そういえばそうだ。異世界移動とはいったい、とサブローは肩の力を抜く。

 帰りたいとは願っていたが、こんなにもあっさりと方法が見つかるとは思っていなかった。

 おまけにフィリシアたちも戻すことが可能とは、至れり尽くせりである。

 問題がほぼ解決したようなもののため、サブローは新たな事実を喜ぶ余裕が出てきた。


「しかし才能があるということは、魔法を習得できるということですか。転移の魔法……使いながら攻撃すると戦術の幅が増えますね!」

「喜んでいるところ悪いですが……もう一つ判別用の魔法を使いますので、触れてください」


 今度は別の精霊術を使い、キューブ状のエネルギーを生みだした。

 先ほどと同じように触れるが、沈黙したままだ。

 エリックの目がどんどん同情の色を強めていく。


「あの、エリックさん?」

「サブローさん、気をしっかり持ってください。あなたは転移の魔法の才能を持っていますが、魔力がありません」

「…………え?」

「たまにいるんですよ。魔法の才能はあるのに、魔力がからっきしな人は。ぼくらの世界だと皮肉を込めて『魔道具使い』と呼ばれています」


 試しにエリックがキューブに触れると、その大きさが変わった。

 サブローにもわかりやすい判別方法だ。


「え、え~。なんですかその残念な才能は?」

「まあおかげでオーマがぼくらの世界に渡るのを長年阻止できたわけですし、結果的に良かったかもしれません」

「ああ、なら構いませんか。しかし連中は僕の才能を把握していたのですが……怖い話です」


 つくづく厄介な組織である。しかし、異世界へフィリシアたちを戻せるとわかった途端、サブローは不安が薄れた。

 なんならしばらくは逢魔に追われないこちらで匿っていいのかもしれない。

 今後の方針はどうするべきだろうか、と頭を悩ませた時だった。


「君たち、こんなところでなにをしている?」


 声の方向に振り向くと、若いお巡りさんが声をかけてきた。

 サブローは笑顔になる。


「奇妙な格好をした外国の子どもばかり集まっていると近所の人間から通報があってね。君たちの親御さんはどこにいったのかな?」

「カガミさん、お久しぶりです。四年も経ったのにまだ出世していないのですか?」


 サブローが気安げに話しかけると、相手は少しの間怪訝な表情をしていたが、やがて大口を開けて身を乗り出した。


「海神……三郎!? お、お前、逢魔に誘拐されたんじゃなかったのか!?」

「……苦労しましたが、帰ってこれました!」


 ずっと夢に見ていた帰還の報告を、知人の警官は涙を浮かべて喜びに肩を抱いて聞いてくれた。



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