幕間その一:勇者たちと将軍
ガドス・アドーニン将軍は途方に暮れていた。
もはや王の命令通りに風の一族を根絶やしにし、族長一族を捕らえることが不可能になったからだ。
そもそも確保していたはずの族長はいつの間にか無残な姿になっていた。
食料庫も燃やされ、馬も全部逃がされた。回収は遅々として進まない。
怪我人は足を折られ、行軍も不可能となっている。
族長の死以外はすべて白い魔人によるものだ。せめてあの魔人だけは討伐してもらわなければならない。
依頼を頼んでからすでに二週間近く経っている。
一部兵を王都へ戻したが、食料も乏しく士気も低い。
本日何度目かのため息をついたとき、伝令兵から勇者の帰還の知らせを受けた。
ようやく希望が出てきたことを知り、ガドスは向かった。
外は大いに盛り上がっていた。
兵士の興奮に満ちた歓声を耳を向けると、どうやら魔人の首を持ってきたようだ。
さすが勇者にして古き友のドンモ・ラムカナである。
ガドスは喜び勇んで勇者一行を迎えに行くと、ドンモの刺すような視線を受けることとなった。
「ドンモ……?」
「ガドス……いえ、アドーニン将軍。アナタにはもう名前で呼ばれたくないわ。風の精霊術一族を襲撃なんて、とんでもないことをしてくれたわね」
瞬間、沸き立っていた場が一気にさめる。
ガドスは知られてしまったか、と少しだけ安堵した。
彼がそんな非道を無視するような人間でないことは知っていた。
責任は部下になく、すべて自分が負うべき責務だった。
ひとまず世界を乱す魔人が討伐されたことは喜ばしい。
「言いたいことはわかる。すべては私が行った外道だ。申し開きをするつもりはない」
「そう、潔いところは変っていないようで安心したわ。アタシたちが倒した魔人よ」
ドンモが乱暴に魔人の首を二つ置いた。
そう、二つだ。ガドスは目を見開いて確認する。いずれも魔人そのものの首だ。
しかしガドスたちを襲った白い魔人の首はなかった。
「ドン……勇者ラムカナ。確かに魔人だが、我々を襲った魔人とは違う」
「そりゃそうよ。そっちの大きい首はその白い魔人がアタシと一緒に戦って倒したもの」
兵たちからざわめきが広がる。
ガドスが訳が分からず困惑していると、ドンモは視線をますます険しくする。
「そもそもなんでアタシたちがアンタらの悪行を知ったと思っているの? 全部生き残りの子たちから聞いたのよ。まったく、あの魔人がいなければ大変だったわ。なにせ、あの魔人は……サブローはずっとアンタたちから風の一族の子どもを守っていたものね」
「そんな馬鹿な!? 魔人が人を守るなど……」
「たしかに普通はありえないわよ。その二体の魔人は一般的に知られている醜悪な連中だったわ。けどね、アイツは違う。なにせアタシの聖剣を持てたんだからね。この意味、アンタならわかるでしょ」
「勇者ラムカナ! 私の行為を責めるのはいい。しかしその作り話はいくらなんでも意地が悪すぎる!」
「作り話……アドーニン将軍、よろしいですか?」
聖女と名高いインナが前に出た。王国で一大勢力を誇るシンハ教の次期幹部候補であり、勇者に認められる随行者。
聖剣を最も軽く持てる数少ない人物の一人である。
「我が主神マナーに誓って証言します。白い魔人であるカイジン・サブローこそあなた方に襲われた風の一族を守り通した、高潔な人物であることを!」
「主神マナーに誓う……オコー様、貴方がそれを告げる意味を、ご存知ですか!?」
「当然でしょう。私は常に神に仕え、感謝を捧げ続けています。いまさら言われることではありません」
インナがキッと顔を上げる。その瞳は怒りに燃えていた。
「魔人をかばうことを奇特と思うなら思えばよろしい。勇者一行にふさわしくないと貶めるなら貶めるとよろしい。ですが、あの優しい魔人を、そして彼と過ごした子どもたちの想いを踏みにじることだけは、私が決して許しません!!」
ガドスは言葉を失う。聖女の言葉は本気であった。
勇者の随行者としての迫力があり、兵士はすっかり委縮してしまった。
その間を取り成すようにレンジャーのゾウステが動く。嫌悪の浮かぶ目を向けながら。
「まあまあ、ラムカナの旦那もオコーも落ち着いて。ちゃんと将軍に伝えないといけないことがあるでしょ。けどまあ不思議に思わなかったんすかねー。兵士に死者が出ていないって事態に」
「……あの魔人と話をしました」
一人、無傷で帰った男が思わずといった様子で手を挙げた。
話していいのか迷っている男に、ガドスは頷いて先を促す。
「こ、こんなことを好きでやったわけでないと信じる。もともと殺すつもりはなかった。風の一族が無事なら助けに行きたい。たしかそんなことを言っていました。それに、その……」
「構わない。なにを言っても不問とする」
「……魔人に食料庫と馬屋を案内すれば、無傷で帰すと言われて思わず案内してしまいました。それで、俺、無傷なんです。将軍、申し訳ありません!」
「…………気にするな。魔人に逆らえる者などいない。それに今回の件を進んでやりたがる方がおかしいんだ」
ガドスはため息をつく。
王が強権を使わなければとつくづく呪った。
そんなガドスに、ゾウステがとどめを刺しに来る。
「そのあんたらにこんなことを命令した王様だがね、魔人のこいつらにすげ替えられてるぜ」
「!? なにを急に……」
「こんな命令を下す時点で疑っておくべきだったのよ。そこの魔人が証言したわ。シェイプシフターを使って王をすげ替えて、自分の都合のいいように王国を使っているってね」
ガドスは開いた口が塞がらない。
兵たちも戸惑いの声が大きくなり、混乱が部隊に広がる。
否定のために口を開こうとしたが、思い当たることが多すぎて結局沈黙してしまった。
「そんな! 魔人に国を乗っ取られているなど……」
「ポール、いい。シェイプシフターという魔物は知っている。だが人や魔人などに従うような存在とは思えないのだが?」
「連中は心操の魔法で魔人や魔物を操ることができるわ。実際、元の世界だとサブローがそうだったみたいだしね。解き方はえらい簡単らしいけど、わかる?」
ガドスが部隊の魔術師に解呪が可能か確認する。
あっさり可能だと言われ、重々しくうなずいてから勇者に向き直す。
「了解した。至急、無事な者だけを連れて王都に戻り、確認しよう」
「姫様の安全だけは確保しなさいよ。言うまでもないとは思うけど。ねぇ、アドーニン将軍。今アナタがこの聖剣を持てるか、試してみる?」
ガドスは首を横に振る。もうきっと持てないし、触れる資格もないからだ。
勇者の言葉をうのみにしたわけではないが、真実ならもう取り返しのつかないことになっている。
これ以上被害を広げないため、失礼を承知で解呪の呪文を王に向けるしかないだろう。
覚悟を決めて出立の準備をするガドスに、インナが提案をする。
「……負傷者の治療は私が引き受けます。後で兵たちに私のもとにくるように伝えてください」
「よろしいのですか!?」
「カイジンさん……魔人に負傷兵の治療を頼まれましたからね。やむを得なかったとはいえ、仕事を奪うような傷を負わせて申し訳ない、とのことです」
「いくらなんでもそれは!?」
「いや、俺らも初めて聞いたときは怒ったぞ。お人好しすぎて魔人でもないとつり合いが取れんわ、あれ」
顔をひきつらせたゾウステが疲れた声を出す。
ガドスも口をパクパクさせるが、なにを言えばいいのかわからなかった。
ただ、兵士に死者の出ない状況と、無傷で帰ってきた兵の証言が重くのしかかる。
ため息一つでガドスは言葉にすることを諦め、側近に後を任せて負傷兵を集めるように指示をする。
「勇者ラムカナ、迷惑をかけた」
「……こんなことになって残念だわ、アドーニン将軍」
自業自得であるため、ガドスは受け入れた。
解呪のための魔術兵を部隊に組み込み、王都に向かう。
半信半疑とはいえ絶望的な真実を突き付けられたのに、将軍の心は晴れやかだった。
あの優しい王がこんな非道な命令を下すわけないと、ずっと信じていたかったからだ。
ガドスが犯した罪は消えない。一生背負って生きねばならず、場合によっては命を絶つ必要があるだろう。
だけど今はやることがある。すべての償いは真実を確かめ、事を解決してからだ。
回収を終えた数少ない馬を集め、王都へ戻る道をとる。
かつて友と呼んでくれた勇者を背に向けながら。
次回の更新より第二部に入ります。




