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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第一部:あんたこの異世界のイカ男どう思う?
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二十五話:タッグバトルと鬼畜生



 ドンモが神速をもって鷲尾の翼に斬りかかり、サブローが予備動作に入った斉藤を束ねた触手で殴り飛ばす。

 予想以上の速さだったのか、敵対する二人の魔人は目を白黒させた。


「バカな……」


 ワシの魔人が半ばまで切れた片翼をバタつかせて宙に逃げ、いまだ戸惑いを隠せずにいる。立ち直りが遅い。

 こちらは勇者と目も合わせず、次の行動に移っている。

 サブローの触手を踏み台に上を取ったドンモが大ぶりの一撃で鈍いワシの魔人を地に叩き落とす。


「クソがっ!」


 サイの魔人が突進の体勢を作るが、またも次の動作まで遅い。

 片足を触手でつかんで転ばせる。


「この、捕まえ……ぎゃあああ!?」


 触手をつかんだ斉藤の手を、幾重にも巻き付けてつぶした。粉砕したため五指があらぬ方向に向いている。

 いちいち捕まえた宣言をしないで握力でつぶせば助かっただろうに、とサブローは呆れる。

 それにしても起き上がるまでに時間をかけすぎであった。

 いや、二人とも行動が全体的に拙い。こんなものだったろうかとサブローは疑問を浮かべる。

 斉藤の足をつかんで振り回し、鷲尾にぶつけた。


「キサマ、足を引っ張る……」


 鷲尾が最後まで喋り終える前に、ドンモが二人同時に切り裂いて悲鳴に変る。

 その傷を触手でえぐり広げた。


「鷲尾、邪魔だ!」


 苛立ちからワシの魔人を突き飛ばし、斉藤が地響きを上げて突進してくる。

 遅すぎて隙だらけだ。一歩前の地面を触手で叩き穿って穴を作り、土砂を巻き上げる。

 視界を奪われた斉藤はそのまま穴にハマって身体を泳がせ、無防備な顎をカウンター気味に打ちぬいた。

 こういう時にあらゆる角度で攻撃できる触手は、我ながら便利だと思う。


「な、舐めるな!」


 鷲尾が残った翼から羽を飛ばす。一つ一つは威力が小さいが、まとめて食らうと厄介な代物だ。

 しかし、サブローは意に介する必要はないと判断して斉藤をより攻めたてる。

 ドンモが間に立ちふさがったからだ。予想通りに羽をすべて叩き落とした。

 鷲尾が驚いて固まるが、相手は勇者である。それくらいできて当然だ。

 むしろその隙は致命的であり、また刀傷を増やしている。


「なんでだよ! なんで弱虫三郎にこんなに苦戦を……」

「斉藤さん、鷲尾さん、弱くなりました?」

「ふざけるなっ!」


 純粋に湧いてきた疑問からの言葉だったが、相手を怒らせる結果になった。

 まあ拍子抜けしている場合ではないため、サブローは斉藤の後ろに回り、触手を数本支点にして、てこの原理で左腕を逆に曲げる。

 またも相手は苦悶の声を上げるが、あっさり関節を取れて意外だった。

 斉藤はサイをモチーフにした怪魔人であるため、外皮は厚い。

 それゆえに関節を狙って攻撃しているのだが、思った以上に警戒が薄かった。

 鬼教官から関節を守れと耳にタコができるほど言われていたサブローからすると、敵ながら油断しすぎだろとあきれ果てる。


「ぐ……あ……あああぁぁぁぁ!」


 斉藤が発狂したかのように角を向けて突進してくる。先ほどから驚くほど足元を見ていない。

 ドンモのときはあれ程遠かった両ひざの皿を、束ねた触手で砕いた。

 敵は後のことを考えていなかったのか、盛大に頭から地面に突っ込んだ。

 大量の土埃と雑草が宙に舞い、無様に転がるサイの魔人に降りかかる。


「いてぇ、いてぇよ……」


 その程度で、とサブローは目を丸くする。もっとひどい状態で戦わされたことがあるからだ。

 しかも『限界まで追い込んで、死中に活を求めろ』とか言い捨てる教官の訓練のせいで。

 いや、油断してはいけない。これは演技かもしれない。

 慎重にいつでも対応できる距離を取り、構えをとる。


「ま、まだやるつもりかよ」

「鰐頭さんの訓練だとそこからが本番でしょう。あなたも受けたのでは?」

「訓練……? なんで、魔人が訓練なんかする必要があるんだ」


 こいつはなにを言っているんだ、とサブローは戸惑った。

 人の形態であれば眉間にしわを寄せていただろう。

 二年と半年前、鰐頭に首根っこをつかまれて『他の連中はとっくに終わっている』としごかれた。

 とある理由から半年くらい隔離されていたため、一人訓練が遅れていたとずっと思っていたのだが。


「鰐頭さんが魔人の訓練をつけていたのですよね?」

「あんな戦闘狂、誰が付き合うか……」

「戦闘狂なのは否定しませんが、あなた方よりはよっぽどマシな人だと思いますよ。……うん? もしかして鰐頭さんに騙されました? えぇ~……」


 サブローはなんだか気が抜けて、斉藤の首に触手を巻き付けて引き寄せた。

 表情の読み取りにくいはずの魔人の顔色が、明らかに変化する。


「お、俺を殺すつもりか?」


 答えずに両手で敵の首を回し始める。四肢すべてがなんらかの負傷をしているため、触手で巻き付けばろくな抵抗ができていない。


「な、なあ! 人を殺すのは苦手じゃなかったのか! それとも魔人だから殺すのか?!」

「まさか。そんな理由で殺しまわっていたら、兄さんも殺さないといけませんよ」

「な、なあ頼むよ。俺、死にたく――」

「彼女もそう思ったでしょうね」


 毛布にくるまった死体を一瞥し、さらに力を込めて首を回す。

 魔人の外皮がブチブチと音を立てて千切れ始めた。

 サイの魔人は目線だけをせわしなく動かす。おそらくワシの魔人に助けを求める気だろう。

 もっとも、あてにしているだろう魔人はとっくに首をはねられているのだが。


「それに斉藤さんもご存じでしょう。僕は人を殺すのが苦手ですが……あくまで苦手なだけです」


 事実、この手は血で汚れている。

 辛うじて女子どもを直接害することだけは避けられたが、それすらも間接的に何人も犠牲にしただろう。

 直接手をかけた相手も、善悪問わずだ。結局、目の前の魔人と同じ穴の狢である。


「たのむ――――」


 なにか言おうとしたが、どうせろくでもないことなので斉藤の首をねじ切る。

 四肢を固定していた触手を緩めたため、噴水のように血を吹き出す魔人の身体がゆっくり倒れた。


「先に逝っていてください。――いずれ、僕も向かいます」


 鬼畜生。

 人にしろ魔人にしろ、他者を楽しみで手にかける相手には容赦したことがなかった。

 いつもは罪悪感でいっぱいになる心も、そういった相手の場合は揺らぐことはなかった。

 だからだろう。濁っていく瞳に映るイカの魔人に対し、フィリシアたちの前では決してしない冷たい眼差しを向ける。

 きっと自分も、いずれ地獄に落ちる鬼畜生だ。




「やっぱり楽勝だったじゃない、サブロー」


 ドンモがワシの魔人の首を持ってきながら声をかける。

 変身を解いたサブローは複雑そうに二人の死体を交互に見た。


「三年前は手も足も出ませんでしたよ、僕」

「……それだけあれば力関係を逆転させるのに充分でしょ」


 そんなものだろうか。サブローはいまいち納得がいかず、サイの魔人の首を手渡した。

 魔人の首なんてどうするのだろうか、と口にする前に、フィリシアたちが近寄ってくるのを確認した。

 あまり死体を見せたくないため、隠すように身体を割り込ませてから振り向く。


「皆さん、ちょっと見せられないものがありますのでもう少ししてから――」


 突然フィリシアが唇をかみしめ、顔を伏せたまま走り出す。

 危ないから受け止めようとして、サイの魔人の首を持っていたため手が血に汚れていることに気づく。

 結果、サブローは立ったまま彼女の額を胸に押し当てられた。


「フィリシアさん。今僕の手が汚れています。手を洗うか拭くかするので少し離れてください」


 対応に困って懇願するのだが、フィリシアは力なく頭を横に振るだけだった。

 よく観察すると、彼女の肩が小刻みに震えているのが分かった。怖かったのだろう。


「大丈夫ですよ、フィリシアさん。彼らは倒しましたしもう安全です。お父さんの仇はとりましたので、もっと喜んでください」

「父の仇をとっていただき、ありがとうございます。ですけど……たしかに彼らは怖かったのですが、でもそれ以上に……」


 今度はフィリシアが額だけでなく全身を押し付けてきた。

 柔らかい上にいい匂いがし、一気にサブローの顔が赤くなって焦る。


「いや、それ以上になんですか! 僕、なにかしましたか! え、あの」


 手が汚れていなければすぐに距離をとれるのに、とサブローは斉藤を恨めしく思った。

 フィリシアはますます身体を預けてくる。


「あなたがあんな魔人のところに居なければならなかった昔が、悲しいです」

「……フィリシアさんは優しいですね」

「そんな! 優しいのは……」

「いや、でもですね、割とよくしてくれた人もいたんですよ。僕と同じく洗脳された方々とは仲が良かったですし、人間の構成員だっていましたし、教官の鰐頭さんだって……。あ、そういえば鰐頭さんには騙されていたことが発覚したんでした。あの地獄の特訓……他の魔人は受けていないじゃないですか……」


 あの世に行ったら文句の一つでもぶつけねば気が済まない。心に刻んで一生根に持つことにする。あと礼も忘れないようにしよう。

 これで誤解は解けたはずだ、フィリシアも落ち着いて離れてくれるだろうと思ったのだが、いっこうにその気配がない。

 無言でずっと胸の中にいて、サブローはいろいろまずい気がしてきた。

 周囲に助けを求めようとするのだが、早々に裏切られる。


「おー、いいぞーキスしろーキスー」

「ゾウステさん、怒りますよ! エリックさん、なにか拭くものをください」

「後で持ってきますね。フィリシアさんが落ち着くまでそのままがいいと思いますよ。邪魔しないように離れますので後はよろしく」

「ん。あたしたちはオコーさんを手伝ってあの女の人を埋葬してくる。サブローさん適当にやっといて」


 エリックとアリアは煽るゾウステを捨ておいて、インナのもとへと向かった。

 サブローも手を合わせたいのに、薄情な二人である。

 よく見ればクレイとアイはとっくにインナの手伝いに入っていた。


「えーい。しないの、ちゅー?」


 ご機嫌な様子でフィリシアとサブローに抱き着いてきたマリーに、「しません」と返して天を仰いだ。

 少しでも女性の匂いから離れないと熱で頭がどうにかなりそうだからだ。

 そんなサブローの様子に焦れたゾウステが再び煽る。


「絶好の機会だししちゃえば? キース、キース、キース」

「できるわけがありません! キスですよ。そういうのは、その、あの、場の雰囲気……そう、場の雰囲気に流されてはダメでしょう!」

「おぉう、いまどき珍しいくらい純情少年だ。カイジンの旦那なんでそこまで……」

「十九の割に恋愛観が子どものまま止まっていない? アンタ」

「はぁ!? 十九!! マジでなんでカイジンの旦那、手を出さねーんだ? ヘタレかよ!」

「外野うるさいです!」

「サブローにーちゃんすごいところはほんとにすごいけど、ダメなところはとことんダメだよなー」


 アレスにさえ呆れらえて威厳なんてあったものではない。

 激闘を終えたはずなのに、もはや乾いた笑いしか浮かばなかった。

 顔を上げたフィリシアが目の端に涙を溜めつつも、明るく笑う。

 その顔を見ているとまあいいかという気分になり、姉妹を汚さないように手を慎重に自分の背中に回す。

 恥ずかしさと興奮で自分が倒れるか、フィリシアが満足して離れるかの勝負が始まる。

 真に勝ち目の薄い予感がするのに、サブローは無謀な戦いに挑まざるを得なかった。



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