二十四話:魔人衝突
山頂に続く道から背高いスーツ姿のメガネをかけた男と、なにかを引きずるタンクトップ姿の野卑な男が現れた。
サブローにとっては見覚えありすぎる姿だ。
「けっ、誰かと思えば弱虫三郎じゃねーか」
「しらじらしい。とっくに見えていたはずでしょう」
タンクトップの男――斉藤が見下しながら下品に笑う。
サブローは彼がこちらに近づきながら、確認して落胆した姿を目撃していた。
隣の鷲尾はメガネの位置を調整し、ため息をついた。
「よせ。確かに洗脳組なのは戦力的に残念だが、奴は水中活動が得意な怪魔人だ。また使える」
見下した物言いなのはこちらも変わらない。
洗脳を受けた魔人は確かに、戦闘面では劣ったものが多かった。
よって彼に限らず物のように扱っていた連中は多い。
「で、斉藤さんと鷲尾さんがここにいらっしゃる理由をお尋ねしてもよろしいですか?」
「はぁ~? なんでお前に説明しないといけねーんだよ。殺すぞ」
「斉藤、こいつはいずれ召喚するだろう竜妃のお気に入りだ。傷つけるのはともかく、殺すのはまずい」
斉藤は舌打ちをし、忌々しそうにこちらを睨む。相変わらずこらえ性がない。
鷲尾は冷たい視線のままピンと背筋を伸ばした。
「まあキサマは説明しないと納得しないタイプだったな。いいだろう。ケースKを覚えているな?」
自分もかかわっていた異世界にわたる研究だ。
無論、サブローはうなずく。それを確認した鷲尾は淡々と続けた。
「眉唾物と思われていた研究が実を結び、あちらの世界を脱出することに成功したというわけだ。とは言っても一度きりの奇跡、連れ出せた魔人は五人だけ。そんなとき、組織を逃げていた猿田が呼ばれた」
あれは別件だったのか、と内心苦々しく思う。
隣のドンモもより顔を険しくする。
「たかが人間に倒される愚か者だが、役には立った。戦力が足りないなら、こちらの人間に召喚してもらえばいい。首領はそう判断した。まずは首領がどこからか調達したシェイプシフターという魔物を利用し、この国の王を殺害、姿を取られせて入れ替えた」
フィリシアたちが顔を青くする。
サブローもまさかそこから関わっていたとは思っていなかった。
「次にここの兵士を使い魔人召喚用の魔法陣を探した。見つけたのはいいが、使える人間が限られることが分かった。ようやく見つけた召喚術師に猪狩を呼ばせたものの、あいつは貴重な召喚術師を殺し、またも脱走したあげくに殺された。まったく、逃げ出すような愚か者はどいつも勝手な行動をとる」
鷲尾は憤慨して吐き捨てる。猪狩を呼び出した魔法陣は風の一族のように、安全のための術式を施していなかったようだ。
サブローは嫌な予感がする。そしてそれはほぼ的中することを確信していた。
「まあ過ぎたことは仕方ない。我々は次に風の一族にも魔人召喚の魔法陣が伝わることを知った。一族の族長と王しか知らないことらしいが、都合がよかったな。それで追いつめて魔人を召喚させることになった」
「そんな理由で私たちの里を滅ぼしたのですか!?」
「しょせんは人間だ。娘、なにか問題はあるのか?」
それが当然という鷲尾の態度にフィリシアは絶句する。
元人間なのに、そんな過去は忘れたかのように人を見下す。ほとんどの魔人はそうだった。
沈黙をもって彼女との会話が終わったと判断し、スーツ姿の魔人はサブローに対して話を続けた。
「この作戦は万が一、魔人を召喚しなくても族長一族を捕らえればどうとでもなる。どう転んでもうまくいく展開だ。ただ……族長自身はそこのバカが殺してしまったがな。誤魔化すのに苦労したぞ」
「ひゃはは、だって娘がいるって聞いたんだぜ。男はいらんだろ。それによ、王宮でもその娘は綺麗だって聞いたしな。どれどれ……ハハッ、評判通りじゃねーか」
好色な目で見られ、フィリシアは一歩下がりながら自分の両腕を抱いた。
その視線に彼女が晒されることに我慢できず、サブローは間に立ちふさがる。
「あ? 邪魔すんな。さっさと俺にその女を渡せ」
「バカが、あの海神だぞ? 首領の命令であっても女子どもを害する命令を受けなかった、本物の愚か者だ。渡すわけがない。それに貴重な召喚術師をお前にくれてやるものか。その女のように壊されてはたまらん」
鷲尾が呆れると、斉藤は引きずっていたなにかを持ち上げた。
その手に、傷だらけの女性が力なくぶら下がっている。
「さすがにこれと違って大事に使うくらいの分別はあるぜ」
「そんなものは分別と言わん。なんのために私がついてきたと思っている? その女のようにまた適当な村からさらえばいいだろう」
「つまみ食いくらいいいじゃねーか。処女は俺にくれよ」
斉藤は聞くに堪えないことを喋りながら、女性の死体を無造作に投げ捨てた。
我慢できずにサブローは触手を伸ばし、傷だらけの女性を手元に引き寄せた。
身体はとっくに冷たくなっている。恐怖に満ちた目を閉じて、自分が使っていた毛布を取り出し、身体を包んだ。
その様子を斉藤が笑いながら馬鹿にする。
「相変わらず甘ちゃんだな、臆病者の三郎」
「ねぇ、サブロー。もういいんじゃない?」
ドンモが腹に据えかねるといった様子で尋ねてきた。
サブローは立ちあがり、怪訝な顔をしている鷲尾と目を合わせる。
「もう一つだけ。僕がここにくる直前、逢魔は壊滅寸前でした。今から魔人を召喚したところで、とっくに全滅しているのではありませんか?」
「そのことか。猪狩で確認したが、どうやら我々は生きている時間から呼び出されるらしい。こちらに来た時間が若干ずれている。事実我々は三か月前にこちらに来たが、キサマはその娘に最近呼び出されたはずだ。お互いが向こうにいた日付はそう離れていないだろう」
「なるほど。どの道ここの逢魔をつぶさない限り、平和は来ないということですか」
「あぁ!?」
斉藤は威嚇するが、鷲尾は驚きに目を見開く。
彼は呆然とこちらを見ながら疑問のままに口を動かした。
「そんなはずは……海神、どういうことだ?」
「あん? 鷲尾、おめえはなに言ってんだ?」
「バカが、海神は洗脳組だぞ。逢魔をつぶす発想を思い浮かぶのはおかしい」
斉藤が言われてみればという表情をする。とことん鈍い男である。
サブローは満面の笑みを浮かべた。
「鷲尾さん、感謝します。おかげで希望が持てました」
「なに?」
「いえいえ、途方に暮れていたんですよ。フィリシアさんたちを再び故郷に連れて帰るのはどうすればいいのか、って」
「サブローさん……」
フィリシアのつぶやきを背に、サブローはより笑みを深める。
怒りがある。嫌悪がある。だがそれ以上に解決策を得た喜びが大きい。
「逢魔をつぶせばいい。思ったよりシンプルな答えでした。おまけにフィリシアさんたちのお父さんの仇まで連れてくるなんて、あなたには感謝しかありませんよ」
「キサマ、洗脳が解けているのか!?」
「はい。愚かにもすべてを教えていただき、ありがとうございます」
鷲尾がメガネを握りつぶし、その姿をワシの魔人に変えた。
斉藤も面倒くさそうにサイの魔人になり、戦闘準備を終える。
その二人と対峙したまま、ドンモがやけにすっきりした表情でサブローにより近寄った。
「いや~、やるじゃない。皮肉を返すなんて」
「皮肉……?」
「え、天然で返したの? それはそれで怖いわ……」
ドンモがなぜか戦慄しているので、サブローは首をひねっていると服の裾をつかまれた。
振り返らずとも、フィリシアとマリーが不安そうにつかんでいるのがわかる。
「それではフィリシアさん、マリー。あなたたちのお父さんの仇をとってきます」
「……仇なんていりません。ただ、無理はしないでください」
「大丈夫ですよ。あの二人、僕より強いはずなんですが……」
サブローは一回り大きいサイの魔人をのんきに見つめながら、フィリシアたちの手を優しく離して前に進む。
「なぜか昔からちっとも怖くなかったんですよね。今もどうにかなるんじゃないか、って思っていたりします」
身体を魔人に変える。いまいち緊張感がないと思われるかもしれないが、戦闘前で気負うことがないのは鬼教官の仕込みである。
最強の魔人である彼は、サブローの最大の武器が殺気の薄いところと教えてくれた。
割とまともな方だったため、死んだのは洗脳が解けたいまでも悲しい。
彼は首領個人に恩義があるため、生きていても敵対する結果になっただろうけども。
そんなサブローの感傷が、明るく打ち切られる。
「おにいちゃん、がんばれー!」
マリーの応援が心地いい。一度頷き、ドンモを伴って背中の触手触腕をすべて開放する。
さあ、戦いの始まりだ。




