二十二話:ドンモの愉快な仲間たち
早朝に目覚め、サブローは外に出た。
さすがに戦闘でボロボロになった服を着るわけにもいかず、風の一族の旅装束に着替えている。
傷に少ししみたが、朝風呂もすませてすっきりした。
後顧の憂いもなく、空気が美味い。
「サブローさん、おはようございます」
「おにいちゃん、おはよー!」
朝の支度を済ませていた姉妹が声をかけてくる。
怒っていないだろうか少しだけ不安のまま挨拶を返したが、なぜかフィリシアは機嫌がよさそうに見えた。
頬も少し赤くなっている。
「傷の具合はどうですか?」
「魔人の回復力を甘く見ないでください。もう全快もいいところですよ!」
「ほんとう? やったー!」
マリーが突進してきてサブローは喜び迎えた。
しかし当たり所が悪く、身体をくの字に折って痛みに呻いた。
心配する妹をしり目に、フィリシアは言わんこっちゃないという態度になる。
「やっぱりダメじゃないですか」
「め、面目ない……」
「ごめんね、おにいちゃん」
マリーに気にしないでくださいと弱々しく返し、サブローが立ち上がった時だった。白いシスター服に似た衣装の美しい女性が信じられないものを見たという表情で現れた。
「こんなところに子ども……? もしかして風の精霊術一族の生き残りですか!?」
「は、はい。風の精霊術一族の族長の娘、フィリシアです。こちらは妹のマリー。そして……」
「姓はカイジン、名はサブロー、護衛を務めています。もしかして後ろの人も含めてラムカナさんの仲間ですか?」
さすがに場をややこしくするわけにはいかず、魔人を明かすのは後にする。
なのに長い黒髪をなびかせて近づく彼女は驚いていた。
「ゾウステのことよく気付きましたね。ご存知の通り私はラムカナのパーティーメンバー、プリーストのインナ・ゲン・オコーです」
「よろしくお願いします。あの、サブローさん。もう一人いるのですか?」
「はい。男の人がいますね」
フィリシアに説明すると、サブローの感覚を信頼している彼女は周囲に視線をさまよわせる。
茂みから音が鳴り、背が低いががっちりした坊主頭の男が姿を見せた。
「はー、すげーな。探索術も使わずに俺の存在に気づくとか、ラムカナの旦那並に鋭いんじゃないか? 風の一族を守っていただけはあるわ。おっと、俺はレンジャーのゾウステだ」
「よろしくお願いします」と答えてサブローは差し出された手を握る。
しかし、身体の痛みで思わず顔をしかめてしまった。
「わりぃ、どっか調子が悪いのか?」
「サブローさんは今傷だらけなんです。それで小屋で休んでもらっています」
「傷だらけ……お二人を守るために勇敢に戦ったのでしょうね」
「あ、生き残りは二人だけではありません。サブローさんのおかげで、私たちを含む七人も生き残りました」
「七人も!? そりゃすごい。尊敬するぜカイジンの旦那」
「いえ、こんな状況でも諦めなかったフィリシアさんたちの頑張りのおかげですよ。僕は少し手助けをしただけにすぎません」
サブローがそう告げると、ラムカナの仲間は二人そろって目を丸くしている。
どうしたのだろうかと見まわすと、少し不機嫌そうなフィリシアと目が合った。
「またそうやって謙遜を……。サブローさんがやったことはすごいことなんですよ。もう少し私たちに恩を着せてください」
「そうだよ。おにいちゃんはとっても強いし、やさしいもん」
そうは言うが最初に助けてもらったのはサブローである。
そのことを感謝しようとした時、ラムカナが姿を見せて爆弾発言をする。
「アタシにも勝ったことだしもっと胸を張ったら」
「お、ラムカナの旦那、おはようござ……ラムカナの旦那に勝った!?」
「いや、あれは僕の負けだと思いますが」
「それよりも聞き捨てならないことが。ラムカナ、まさかとは思いますが彼の傷の理由は……」
「アタシ以外ないじゃない。だってサブローはそれまでずっと無傷で守り通していたのよ。まあ、下手な奴じゃ傷すらつけるのは無理でしょうけど」
買いかぶりすぎないか、とサブローはドンモを困惑した目で見る。
相変わらず堂々としている勇者に、インナが目を据わらせて詰め寄った。
「こら、ドンモ。あんた、どういうつもりよ? 風の一族を守ってくれた恩人みたいな子を傷つけた? ふざけているんじゃないわよ。申し開きがあるならいますぐしなさい!」
インナの口調が変わっていないだろうか。
とりあえず誤解を解くためにサブローは動いた。
「仕方ありませんよ。だって僕はこうですし」
魔人に変ると、ゾウステとインナが口をあんぐりと開けて驚いた。
ドンモが悪戯を思いついたように笑い、聖剣を放り投げる。
うそ発見器のような使い方でいいのだろうかと疑問を持ちながら、サブローは軽々と受け取った。
「ラムカナさん、聖剣の扱いが雑じゃありませんか?」
「だって手っ取り早いもの。オコー、ゾウステ、サブローは重さをほとんど感じないのよ」
「え? だって……魔人が聖剣を持てる!? 重さを感じない!? てかカイジンの旦那が魔人!? 頭が痛くなってきた」
「……ラムカナ、フィリシアさん、カイジンさん、ひとまず事情の説明をお願いできますか?」
さすがにインナは冷静のようだ。サブローは人に戻りながら頷く。
「とりあえず小屋でお話しませんか? サブローさんの傷のこともありますし」
「まあ、アンタらもサブローがなんで魔人になったか聞けば納得するわよ。少なくともアタシは信頼している。オコーたちだってアタシの星の輝きを見たでしょ? サブローったら花畑を守るために軌道をそらしたのよ」
「は? 昨日見たあれを、そんな理由で!? マジすかラムカナの旦那」
「マジマジ。そんな素敵な理由で防がれちゃったら、負けを認めるしかないわよ」
持ち上げられすぎてサブローはむず痒く思った。
小屋に案内するとインナとゾウステは生き残った風の一族を確認し、素直に喜んだ。
そして事のあらましと、サブローが魔人になった事情を知ると怒りを示した。
「王国の連中、なんてゲスな真似をしてくるんだ? 自分たちがやったことを無実の魔人に押し付けて、俺らに丸投げとかふざけんじゃねえぞ!」
「オーマ……なんて邪悪な組織なのでしょう。魔人を生みだすだけでなく、兄弟で殺し合わせて利用するだなんて!」
やはり勇者の仲間だけあって、善良な二人であった。
理不尽に怒りをあらわにし、協力を申し出てくれた。
「アタシらの方針としてはサブローと一緒に風の一族を送ってから、魔法大国クトニアの冒険者ギルドに今回の報告をする。これで問題ないかしら?」
「ラムカナの案で構わないわ。フィリシアさん、カイジンさん、苦労を掛けました。この程度しか手伝えないことが心苦しいのですが……」
「いえ、皆さんがついてくれるなら心強いです。僕だけですと地の一族の方々を不安にさせますからね」
サブローが前から思っていたことを述べると、ゾウステがまじまじと見つめてきた。
「カイジンの旦那、お人好しすぎて大丈夫か? あっさり騙されそうで見ていられない」
「正直アタシもだいぶ危機感を感じているわ」
「えー……酷くありません?」
サブローの抗議に同意するものはいなかった。少し泣きたくなる。
「でも安心しました。サブローさんのことだから私たちを送ったらどこかに出ていく、と主張しそうだと思っていましたし」
「あ、その手がありま……」
「ないですよ。サブローさん、本当にいい加減にしてくださいよ?」
フィリシアの機嫌が一気に悪くなったため、サブローは慌てて前言を撤回した。
エリックに救援を頼もうと視線を送るが、彼もこめかみを押さえてこちらを睨んでいる。
マリーたちも大なり小なり怒っており、肩身が狭くなった。
「うわ……尻に敷かれている魔人なんて初めて見た」
「昨日もやっていたわね。そろそろ学習したら?」
出会って日も浅いのに勇者一行に呆れられている。この扱いはなんだろうか。
ただ一人、インナだけがころころと上品に笑っていた。
「仲が良いのはよろしいことですが、カイジンさんの身体を診せてもらえませんか? 傷を癒しましょう」
その提案に反対するものはなく、サブローは助け舟を出してもらった形となった。
心の中で盛大に感謝をしながら、インナの指示に従った。
◆◆◆
フィリシアにとってインナのような大人の女性はあまり見ないタイプだった。
里には似たような年上の女性は居なかったし、父に王国や魔法大国へと連れていかれたときは、その手の人物とはあまりかかわりがなかった。
身近にいると垢ぬけた雰囲気と、成熟した大人の佇まいに圧倒される。
フィリシアは胸の大きさに割と自信を持っていたのだが、彼女を前にすると一気にしぼんだ。
正直彼女がサブローの身体を診ていたときは気が気でなかった。
しかしインナはフィリシアにもよくしてくれたため、あっという間に心を開く。
「フィリシアちゃん。ゾウステが用意した食べられるキノコや野の野菜、そしてアリアちゃんと協力して手に入れたウサギのお肉があるから、煮込んでスープにしましょう」
「はい、お願いします」
「マリーもてつだう!」
「わ、わたしも……」
妹たちの元気のいい返事を聞きながら、テキパキと作業をこなしていく。
昨日までは自分やクレイが調理していたからお手の物だ。
食材も尽きてきて、優れた目をもつサブローが怪我を負ったため、ゾウステの活躍はありがたかった。
「ねえ、インナおねえさん。おにいちゃんの身体、きれいにはできないの?」
「……ごめんね、マリー。今の傷はともかく、昔負った傷は無理なの」
インナが目を伏せてマリーに謝った。フィリシアの顔も思わず曇る。
先ほど彼女が詳しく傷を見るために、サブローが服をまくり上げた。
彼の身体は古傷だらけで、初めて見るフィリシアたちは言葉を失ったのだ。
一度見たはずのエリックたちも悲痛な表情であった。
なお当人は『この傷はあなたたちが倒した猿田さんにつけられた傷です。懐かしいですね』と和ませようとして滑っていたのだが。
「それにしても彼、いつもああいう調子なの?」
「……はい。人の傷は心配するのに、自分のこととなると途端に無頓着になる人です。魔人だからって何日も寝ないで見張りを引き受けていたり、自分の首の代わりに私たちを見逃してくれとか言ったりするんですよ」
「…………たまにいるわ。身体が壊れるまで自分でなんでもしなくちゃって追い込んじゃう人。下手に魔人という強い身体があるせいで、普通の人より気づきにくいのかもね。それであんなに心配していたのか」
インナは苦笑して、手をぬぐってからフィリシアの頭を撫でた。
サブローに撫でられて照れて拒否していたアレスやエリックの気持ちが少しわかる。
気恥ずかしい思いをしているフィリシアを、インナは可愛いと抱きしめた。
「あ、あのっ!?」
「ふふ、ごめんなさい。微笑ましくてちょっとね。私はフィリシアちゃんを応援しているからね」
「お、応援って!?」
「たぶん、カイジンさんは今、余裕がない感じだから落ち着いてから攻めたほうがいいわよ。お姉さんからのアドバイス」
フィリシアは否定する気にはならず、沈黙を返す。
それにしてもサブローに余裕がないとはよく言ったものだった。
彼は単純で常に一生懸命だったため周りが見えない傾向にあった。
それを余裕がないと表現するのはしっくりくる。
せめてなにか見返りを求めてほしい。サブローには難しいことだろうと思いながら、フィリシアは肩を落とした。




