二十一話:説教を食らいました
ドンモは小屋についてサブローを寝かせると、ふもとで待たせている仲間に合図を送ると言って出て行った。
手に持って行ったハンドルベルは魔道具らしく、特定のワードで起動して鳴らすと、対になっているもう一つのベルも呼応する。
エリックがそう解説してくれたので、サブローは感心した。
「それにしてもラムカナさんが話のわかる方で助かりました。予定通り明日には転移の祭壇にたどり着けそうですね」
「――なにを言っているんですか? サブローさん……」
いつか聞いた地の底を這うような声を耳に、サブローは恐る恐るフィリシアの顔を覗く。
背筋が凍るような迫力のある笑顔が出迎えてくれた。明らかに彼女は怒っている。
「そんな身体でまだ動く気ですか?」
「いや、回復術を使ってもらいましたし、魔人の自己回復機能も順調に働いていますので、明日には動ける程度には回復できます」
「動ける程度? そんな治り始めですと言っているような状態で向かうつもりだったのですか? 怒りますよ」
「も、もう怒っていませんか?!」
「黙りなさい」
ぴしゃりと言われ、サブローは口をつぐむ。なにが相手の逆鱗に触れたのかまったく覚えがなかった。
身体が万全なら訳も分からず正座をしているところである。
「その顔はなんで怒られているかわからないって言いたげですね」
「鋭い!? 心でも読んだのですか?」
「たった一週間でそこまで読まれるサブローさんが単純なだけです」
家族にもよく言われていたことなので、思わず懐かしくなる。同時に情けなくもなったのだが。
仲間と連絡を取り終えたドンモが室内に入ってきたが、場の空気が妙であることに戸惑っていた。
もうすっかり慣れているエリックたちは無言で肩をすくめている。
どうやら救援は期待できないらしい。
「ラムカナ様が戻ってきましたし、ちょうど聞きたいことがありました。ラムカナ様、サブローさんが自分の命と引き換えに私たちを見逃してほしい、とおっしゃっていましたが、最初からでしたか?」
「様はいらないわよ。そうねぇ」
サブローは必死で黙っていてほしいと目で訴えた。知られるとなぜかはわからないがまずい気がする。
ドンモはそのサブローの視線を受け止め、にやりと笑う。
「言ってた言ってた。そもそもアンタたちの前でも話を最初に戻そうって言い出したしね」
またも裏切られてしまった。勇者を魔人が信じるのに、なんと厚い壁が存在することか。
フィリシアはドンモに礼を言い、再度こちらの顔を覗き込む。
サブローは顔をつかまれたため、強制的に目線を合わされた。
中学生時代、同じクラスの委員長(男)にも耳を引っ張られて小言を食らったことを思い出す。
確実に彼女は委員長気質だと場違いな感想を抱いた。
「なんでそんな勝手な真似をしたのですか?」
「だって、一番平和な解決法ですし……」
「平和? サブローさんが死ぬのが平和だというのですか? ふざけないでください」
「あう……すみません」
「すみません? サブローさん、理由はわからないけどとりあえず謝って場をやり過ごそう、なんて考えていませんよね」
あわあわとサブローは狼狽える。フィリシアの目がやっぱりと言っていた。
なんてことだ、逃げ場がない。
「なんか手慣れているわね。前もやったのアレ?」
「ええ、まあ。サブローさんはあの調子ですから……」
「つかにーちゃん、おれとマリーの次に説教をくらってねーか?」
「アレス、それは気づいても黙っていてあげるんだな……」
「ぶっは! ちょ、やめてよ。お腹痛い!」
好き勝手に言ってくる外野が恨めしい。
サブローの頭がフィリシアの膝に乗る。
美人による念願の膝枕のはずだが、少しも嬉しくない。
「さて、ゆっくりとなにが悪かった、ちゃんと理解してもらいますからね。サブローさん」
神は死んだ。
二時間くらい経った頃だろうか。
エリックがさすがに傷に障ると仲裁を買って出てくれた。
「……わかりました。今日はこのくらいにしておきます。サブローさん、話は終わっていませんからね?」
「了解しました。それにしても十九になってもここまで叱られる羽目になるとは……」
「まったく、本当にもう。……十九? え、もしかしてサブローさん、十九歳なんですか?」
「そうですが、どうしましたか」
フィリシアはみるみる驚愕の色を顔に広げていく。
本当にどうしたのだろうか、とサブローは疑問に思った。
「い、五つも年上だったんですか!? てっきり同い年かと」
「童顔だとはよく言われますね。海外だと子ども扱いされるのも珍しくな……え? 五歳も年下ということは……十四!? 子どもじゃないですか!?」
「……あと二か月で十五の成人を迎えます」
フィリシアがムッとして答えるが、サブローは気づかずに続ける。
「えらい美人さんだから一つか二つ年下だろうと思っていました。まさか十四……」
「び、美人……」
フィリシアの雰囲気が変わったことにサブローはようやく察し、また怒られるだろうかと怯える。
顔が赤いのが怒っている証に見えてきた。
「し、仕方ありません。今日はもう身体に障りますし、大人しく休んでいてください。マリー、食事の用意のお手伝いをお願いします」
なんだかわからないが、フィリシアは赤い顔のままマリーを連れて急いで調理場へと急いだ。
先ほどまで説教モードの姉を見ていたマリーは、びくびくと素直に従う。
戦うよりもつらい苦行を乗り越えた気がして、サブローは解放感に満たされた。
「十九も十四もアタシから見たらまだまだ子どもなんだけどね。アンタ、女に苦労するタイプね」
「なんだかとても嫌われたようです」
「うわ、気づいていない。……いい加減にしないとそのうち刺されるわよ。それにしても出会って半日も経っていないのに、なんなのかしらこの距離感」
ドンモが呆れたようにぼやいていると、アレスが笑いながら近寄ってくる。
「まあしゃーねー。サブローにーちゃん馴れ馴れしいうえに、ちから抜かせてくるんだもん。けどまー、マリーのねーちゃんもそりゃ怒るぜ」
どこか遠いところを見ながら、アレスがサブローの傍でかがんだ。
「おれさ、にーちゃんは間違わないって勝手に思ってた」
「それは買い被りですよ。僕は間違ってばかりですよ」
「うん。それは今回でじゅうぶん実感したよ。おれ、にーちゃんが死んでもいいと思っていたのがすげー嫌だった」
「……約束、破りそうになって申し訳ありません」
「いや、それはいいんだよ。そんなに嫌じゃなかった。さっきもいった通り、サブローにーちゃんがいなくなる、かーちゃんたちみたいに死ぬのが怖かった。かっこつけんなよバカって、いまでも思っているよ。けどさ、安心もした」
アレスはすっきりした顔を見せる。
「にーちゃんくらい強くても、優しくても間違うことはあるんだなってわかった。サブローにーちゃんが死ぬこと前提って話は、こどもの俺でも間違っているってわかるよ」
「……そうですか。そこが間違っていたのですか。でも、間違っていても押し通したかったんですよね。そういう時って結構あるんですよ」
「そっか。間違っても通したいことがあったか……」
「間違わずに済むのが一番ですが、誰だってそうはいきませんから……」
実際サブローの兄も間違うことがあった。魔人を殺す魔人は、罪を重ねる前に自分を殺すべきだった。
それをせず、間違う道を選んだ優しい兄だった。
「そういえば説教されている間に聞いたわよ。アンタが魔人になったいきさつ。……勇者って持ち上げられていても、結構アタシはもの知らずだわ。傷つけてごめんなさい」
「いえ、お気になさらずに。それに悪いことばかりでもありません」
ドンモが興味深そうに先を促す。
サブローも笑みをいっそう深めてアレスを見る。
「皆さんを守れますからね。魔人の力は気に入っています」
「はっ! 言うじゃない。アンタ面白いわ」
「は、恥ずかしいことを平気でいうなよ、にーちゃん……」
つい半日前まで敵対していたはずの勇者と、サブローは笑い合う。
この人ならきっとこの世界を守り切れるだろう。
そう確信できる存在だった。




