二十話:和解と協力
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「星の輝きを受けて、まだ立ち上がれるというの?」
ドンモに対し、いやいっぱいいっぱいだとサブローは心の中で告げる。
言葉にする余力は一切なかった。
ずるずると足を引きずり、どうにか花畑を出た。
血で汚してしまったが焼かれずによかったと、一度振り返ってから勇者に対峙する。
すると、ドンモは構えも取らずに立ち尽くしていた。
どうしたのだろうかとサブローが首をかしげる。
「まさかアンタ……この花畑を守った?」
「ここがお気に入りだそうです。僕もそう思うので、つい」
声はかすれていたが、どうにか答えを返せて満足する。
姿を魔人に変え、サブローは半ばから焼失している触手を数本前に出す。
残された触手の中では、まだ武器に使える方だった。
「そんな状態でまだ戦うの!?」
「一、二撃打ち込めます。ならば、最後まで諦めるつもりはありません」
可能性は低いが、接近した刹那をついて膝の皿を砕く。
残っている希望はそれだけだ。だけど、この心はずっと熱い。
いつでも対応できるように腰を沈め、取り柄の目を凝らす。
勇者はただただ驚愕の表情で見つめるだけだった。
「どうしてそこまで……」
「大切なんです。たった一週間で、僕が失ったものをすべて取り返してくれましたから」
「ねぇ、誰なの? アンタほどの魔人をそこまで必死にさせる召喚術師って、いったい!?」
風向きが変わったことをサブローは感じた。
もともと話が分かる方だとは思っていた。これならもう一度交渉に入れるのではないだろうか。
サブローの心が躍る。一撃を叩きこむよりも希望に満ちた選択肢だ。
再び言葉を交わそうと変身を解きかけた時だった。
「だめーーーーーーーーーーー!」
マリーがいつかのように間に割って入った。
ドンモが子どもに手をかけるとは思わないが、それでも戦いの場に居てほしくない。
「マリー、危険ですから離れてください」
「やだ! やだやだやだやだ!」
マリーは必死に縋りつき、傷ついたサブローでは振りほどくことができなかった。
「おとうさんもおかあさんも死んだよ。おにいちゃんまでいなくなるなんて、いやだ! 勇者なんてだいっきらい! あっちいけ!」
彼女の母親の死はフィリシアと協力して黙っていた。
それでも敏い娘だから気づいてしまったのだろう。
力の入らない手で撫でようとして、血でぬれているのに気づく。
慰めることもできない。
「待って!? まさか……子どもがアンタを召喚したの!?」
「違います。サブローさんを召喚したのは、姉である私です」
凛とした声が聞こえるとともに、肩のあたりが温かくなった。
最初に出会った時のように、精霊が光を与えて傷を癒していく。
フィリシアが回復術を使いながら、サブローの傍に立った。
「やはり子どもじゃない!?」
「……私は風の精霊術一族の族長の娘、フィリシアと申します。勇者様、お願いがあります。魔人を召喚した罪で私をとらえることは構いません。ですが、サブローさんは見逃してください」
「フィリシアさん、やめてください」
彼女は穏やかな笑顔を浮かべたまま首を横に振った。
そんな真似をさせるわけにはいかない。
「精霊術一族!? 生き残りが居たの? いや、その一族が魔人を召喚? え?」
「フィリシアさん、冷静になってください。勇者ドンモ・ラムカナとお見受けしました。ぼくは風の精霊術一族の裁判長の息子、エリックと申します。父の名にかけ、証言したいことがあります」
エリックがフィリシアだけでなく、サブローも守るように立ちはだかる。
「サブローさんは魔人でありながら、誰一人殺していません。事実、敵対しているはずの王国兵で命を落としたものはいないはずです。怪我を負わせたのも、王国兵に追われるぼくらを助けるために行った、やむを得ない行為です。魔人とはいえ無実の相手を討伐することが、勇者のするべきことでしょうか?」
ふと、サブローの背中が温かくなった。
魔人の視界に映るアレスとアイがフィリシアと同じく回復術を使ってくれている。
「サブローさん、エリックとアリアが時間を稼いでいるんだな。合図をしたら変身を解いて。ぼくが担いで逃げるんだな」
サブローだけに聞こえるよう、声を潜めたクレイが教えてくれる。
よく見るとアリアが隠れて弓矢をつがえている。
これでは立場が逆だ。
サブローを、魔人を守るために子どもたちは必死になっている。
嬉しくて涙が出そうだ。
サブローは回復術によってある程度の長さを戻した触手を動かし、子どもたちを捕まえて背中に回す。
抗議の声が聞こえるがあえて無視をして、一部を残し変身を解いた。
「ラムカナさん、話を最初に戻しましょう。見ての通り彼女たちはやむを得ず魔人を召喚しただけであって、この世界に混乱をもたらせる気は一切ありません。ですから、今から条件をのんでもらえませんか? 僕の首で彼女たちを見逃してください」
「ふざけんなよ! サブローにーちゃん、約束を破る気か!?」
「ダメです! 私が巻き込んだのに……」
「やだーーーーー! やだーーーーーーーーー!!」
背中のフィリシアたちが一気に騒がしくなる。
正直傷だらけで立つのもやっとなので、暴れないでほしかった。
ガシャン、と物が落ちる音が聞こえた。
勇者が呆然とこちらを見ながら、剣を取り落としていた。
サブローがつい親切心で拾い、柄の方を向けて差し出す。
その間、ドンモは一切無反応だった。
「聖剣を持てるの?」
「? 羽のように軽いですし、簡単に持てると思いますが」
サブローは不思議に思いながら剣を返す。
しかし、相手は一向に受け取ろうとしない。
どうしたのか尋ねようと思ったとき、ドンモはドカッと地面に勢いよくあぐらをかいた。
「アタシが全面的に悪かったわ!」
深々と土下座になりかねないほどに頭を下げ始めた。
「もともとこの依頼は不可解なことが多すぎたのよ」
とりあえずサブローは聖剣を彼の前に置き、話を聞くこととなった。
怪我で限界を迎えたため触手は自然と緩んでおり、フィリシアたちはとっくに開放されている。
油断すれば倒れかねないサブローの身体を、彼女たちは支えてくれた。
「近場の依頼を終えたアタシたちパーティーに、顔見知りのアドーニン将軍が緊急の連絡を取ったのよね。来てみれば魔人が現れた、精霊術一族を皆殺しにして召喚術師と逃亡しているから、討伐してほしいと依頼されたのよ」
「そんな! 私たちを襲ったのは王国兵なのに、理不尽です!」
「……不自然なのはアタシたちも感じていたわ。魔人が現れたにしては王国兵の被害が少なすぎたもの。まあ魔人が本当にいるかどうか疑っただけで、まさかお人好しの魔人が召喚された結果とは夢にも思わなかったけども」
褒められたのだろうかとサブローは頭を悩ませる。
その割にはドンモの笑顔はどこか疲れているように見えたのだが。
「ガドス・アドーニン将軍はけっこう古い付き合いでね。王国との今後もあったし、魔人が居た痕跡だけはあちこち見えたから、とりあえず受けることにしたの。まさか冒険者ギルドの禁忌の一つ、民族浄化の依頼につき合わせるだなんてね。裏切りもいいところだわ……」
「え? そうなんですか?」
「サブローさん、冒険者ギルドの成り立ちは説明しましたよね? 多種多様な種族が存在するので、特定の人族を一方的に滅ぼすことに加担するのはタブーの一つとなっています。勇者といえど、そのことが露見してしまえば聖剣を取り上げられかねません。この件に関してはあくまで魔人討伐という体裁をとっているので、冒険者ギルドに加担したと判断されるかは微妙ですが」
「エリックさん、可能性が低いとはいえ、聖剣が没収されたかもしれないんですよね? そうなるともっと早くそのことを伝えたほうがよかったわけです。気が回らず申し訳ありませんでした」
「いやいやいや、どこまで人が好いのよこの魔人。こっちの裏取りの甘さを責めるべきでしょ?」
「こういう人よ。諦めて」
アリアが盛大にため息をついている。諦めてとはひどくないだろうか。
しかしサブローが見まわすとほとんどみんなが同意の頷きを返している。
少しショックだった。
「まあサブローを発見したときは驚いたわよ? 存在を疑っていた魔人が居たもの。おまけに挨拶してくるし、交渉から入るし、態度は柔らかいし。今思えばあの時点でもっと詳しく話を聞いておくべきだったわ。アタシもまだまだ未熟ね」
「いえ、さすが勇者と言うだけあってすごく強かったですよ。手も足も出ませんでしたし」
「手も足も出なかったぁ? 謙遜はよしてよ。アンタ本当に魔人かってくらい強かったわよ。ドラゴンより強いんじゃないかしら?」
「本当に魔人かってくらい強い? 魔人って基本的につえーんじゃねーの?」
「先に二体倒したけど、伝説ってほどじゃないとは思ったわね。少年、性格だけじゃなくて戦闘力に関しても大当たりよ、アナタたちは」
「うん? 猿田さんも猪狩さんも、スペックは上のはずですが?」
「なんかの間違いじゃない? 比べ物にならないくらい強いわよ、サブロー」
「なんだよ。魔人の中じゃ弱い方って、にーちゃんの勘違いかよ」
「そんなはずはないのですが……」
サブローは納得いかずに首をひねる。
「格上と戦うのに慣れていると言っていましたが、それでマヒしていたのでは?」
エリックが笑って告げた。その姿を見てもう一つ不可解なことがサブローにはある。
彼らもそのことを前提に動いているからだ。
「ところで気になりますが……どうしてこう、魔人である僕を信頼してくれるのですか?」
「今更いう? 色々あるけど……まあとりあえず、アンタ聖剣を持てたじゃない」
「どういう意味ですか?」
「ああ、サブローさんは知らなかったはずです」
「聖剣は、勇者をえらぶだけじゃない。きよらかな心を持つものがもてばおもさを感じさせず、邪心をもてばもつほど、おもくなる」
「そう、よく知っていたわね、お嬢ちゃん。えらいわ」
褒められてアイが照れる。サブローは感心して星が散らばる刀身を見つめた。
「実際サルタ? イカリ? どっちかしら? 猿の魔人が破れかぶれアタシの剣を奪ったけど、重すぎて身動き取れなくなったのよね」
「……ああ、簡単に想像できます。猿田さんはたいがい、その……」
「クズよね、あれ」
「…………はい。しかし僕が清らか? えらいこそばゆいのですが」
「自慢していいわよ。羽のように軽いなんて言ってのけたの、サブローを含めて五人しかいないんだから。
しかも知らなかったんでしょ? まったく、話してその善良さに気づけなかった自分が憎いわ」
ドンモは後悔するように息を吐いた。サブローはそんなことを言ってくれる目の前の勇者こそが善良だと思うのだが。
なにはともあれ、フィリシアたちの安全は確保できた。
自分の目的が達成されたことを知り、一気に力が抜ける。
さすがにそれなりに鍛えている男をフィリシアが支えることはできず、崩れかけた。
そこをすかさず、ドンモが助け起こす。
「ごめんなさいね。そんなに傷つけちゃって……」
「いいえ、分かり合えましたのでむしろ儲けものです」
「ホント、アンタって男は……。ん?」
マリーがサブローに身体を寄せて、ドンモを睨みあげた。
いまだ警戒をしているらしい。勘のいい彼女にしては珍しかった。
サブローが間を取り持とうとする前に、ドンモが視線をマリーに合わせた。
「アナタの大事なお兄ちゃんを傷つけてしまって、ごめんなさい。アタシが悪かったわ。ちゃんと休めるように運ばせてもらえないかしら?」
「……おにいちゃんをいじめない?」
「これからはぜひ手助けをさせて。だからお嬢ちゃん、アナタのお兄ちゃんがどれだけ勇敢で優しかったか、アタシに教えてもらえないかしら?」
マリーが少しだけ嬉しそうに、身体を離した。さすがは勇者である。子どもの扱いは慣れたものだ。
サブローはドンモの肩を借りようとしたが、一気に担がれた。
立派な鎧が血で汚れるのが申し訳なく、そう伝えると、
「んなバカなことを言っている暇があるなら、大人しく寝ていなさい」
と、注意を受けてしまった。
なんとも締まらないものである。




