最終話:あんたこの異世界をどう思う? どうってことねえか
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サブローは洞窟に仕掛けられたトラップを乗り越え、奥へとたどり着いた。不自然にくりぬかれ、整然とした四角い部屋は明らかに人の手が入っている。なにより室内には特殊な機械が所狭しと置かれてあった。
特に目を惹くのは、奇妙な生物を培養しているカプセルだ。中身には見覚えがある。
「サブ、あっちは全滅させた。もちろん魔人も」
別ルートから敵を追っていたミコが合流し、そう伝える。サブローは頷いて、逢魔の残党の手が異世界まで伸びている現状に頭を痛ませた。
ここは生き残りの魔人を追いかけ、遭遇した場所だ。逃亡犯のような立場の割にやたら顔艶が良いと思ったが、どういうことかサブローたちの世界の残党と結びつき、再起を計っていたようだ。
サブローは鋭い視線を部屋の隅で顔を青くしている白衣の男に向ける。
「さあ、すべてを話してもらいますよ」
「くそ! そうはいくか!!」
男が叫ぶとカプセルの水が引き、化け物が覚醒した。自らを隔てる透明な壁を割ってはいずり、サブローたちと対峙する。
ゴリラと牛を掛け合わせたような怪物であり、筋肉を膨らませてこちらを威嚇する。白衣の男が興奮から叫んだ。
「やれ! 倒せ!!」
化け物――業魔と呼ばれている――は指示を送られるが、白衣の男にも悪意を向けた。まずい。
「なんで私の方に……うわああぁぁあぁ!」
業魔が太い四肢を駆使して駆け、男との距離を詰める。拳が彼に届く前に、サブローは創星の光を使った。
「創星、頼みます!」
「あいよ!」
打てば響く。そんな様子で白衣の男を生かすことに成功し、一部変化で呼び出した触手で加速して間に割って入った。
続けて創星の柄を触腕でつかみ、業魔の腕を斬り飛ばす。痛みで叫ぶ獣の頭と胴を斬り離し、黙らせた。
怪物の死体が倒れ伏すのを見届け、振り向く。おびえる白衣の男のあごを触手でかすめさせて意識を奪った。後はガーデンに引き渡し、報告を済ませれば仕事は終わりだ。魔人に変る必要すらなかった。
「じゃ、戻ろっか」
ミコに頷き、調査を専門の部隊に任せ、水の国のガーデン支部に帰った。
二人は夜ごろ、水の国へと戻っていた。ガーデンの活動用に与えられた屋敷で報告を済ませ、広間に降りてきたサブローとミコは談笑する男たちを発見する。
一見笑い合っているように見えるが、かすかに緊張感を孕んだ会話を耳にし、またかと呆れて声をかけた。
「また来たのですか? イ・マッチさんに、へい……パルさん」
「連日押し掛けるようで申し訳ありません。いやあ、ここが居心地よくてつい」
「当然だ。余が整えた環境だぞ。心地よくもなろう」
ハッハッハ、と二人は声を合わせた。目が少しも笑っていないことをサブローは見逃していない。
「イ・マッチ殿下と話すお父様って、少し苦手……」
「クルエ様! しっ! 陛下が傷ついてしまいます…………」
今日はついてきたらしく、クルエとノアの主従コンビが後ろで呆れていた。そしてノアの言葉通り、パルミロの笑顔が固まっている。これでけっこう繊細なのだ。
「そうそう。ミコさん。フィリシアさんと綺堂さんともども、正式に聖乙女に任命されたそうです。おめでとうございます」
「え!? なにそれ?」
「逢魔……魔王軍との戦いを目撃した人が、あなた方を聖乙女だと主張しているのはご存知ですね。あまりにもその声が多かったので、シンハ教が動いたのですよ。主神マナーへの神託を頂いたところ、先行タイプを使うあなた方三人を聖乙女と認めたそうです」
「たぶんノリで決めたな、神の連中。まあ天使の輪……ミコやフィリアネゴが使っている先行タイプな。あれらは神具に近いから当然だけど」
「スズキさんはどうなるのでしょう?」
「スズキさんとイチジローさんはまた別の称号を与えるとのことです。決めたら創星様に伝えると言い残したとか」
「げ、オレがおにーさんに称号を任命するの? 身内にとか恥っず」
創星の悲鳴に一同笑みがこぼれた。しかしサブローはすぐに沈み、なごやかな空気を壊さないようにそっと離れてため息をつく。
それらの行動をクルエが見逃さなかった。
「サブロー、どうしたの? そんな顔をして」
「クルエ様……いえ、少し、業魔について厄介だなと思っただけです」
「業魔? なにそれ?」
クルエの疑問はもっともであった。説明をするために姿勢を正す。
「業魔は僕たちの世界で生まれた、魔人の劣化品です。逢魔の研究者が開発したそうですが、魔人の細胞さえあればいくらでも量産の利く厄介な生体兵器です」
「サブローさんたちの世界では数か月前から各地で目撃されていました。どうにも逢魔と組んでいた国があったようです。今では摘発されましたが技術が流出してしまい、しらみつぶしをしている段階です」
イ・マッチの引き継いだ説明を受け、クルエが不安を見せる。それを察しサブローは明るく話しかけた。
「大丈夫ですよ、クルエ様。一番弱い魔人にも負けるような代物です。魔物と似たようなものだと考えてください。実際、僕は日本で大量に相手をして、倒しています」
これが日本にいたころ、サブローやミコが各支部に飛んでいた理由だ。
「なんだ。じゃあ大丈夫か」
「……信頼をしてもらえるのは嬉しいのですが、あっさりとしすぎではありませんか?」
「だってサブローがどうにかするんでしょ? 魔王まで倒したんだし、なんとでもなるわ」
信じ切っている笑顔がまぶしかった。期待に応えようとサブローは気を引き締める。
「まあこちらに来たということは、魔王軍から逃げた魔導士が暗躍しているわけだ。まったく、厄介なものだな」
「そちらの方は特定がまだのようですね。イ・マッチさんと同席しているということは、そのことについて話をしていたのでしょう?」
サブローが確信をもって尋ねると、二人はぱちくりと目を瞬かせ、互いの顔を見合った。一気に不安になる。
「お父様はそんな話をしていないわ。ニホン?の技術をどこまで手に入れているのかとか、ケーザイセンソウを黙って仕掛けていたなとか、つまんないことばっかり」
「お二人とも…………」
言葉もない。頭をかく二人を前に、ミコと一緒にため息をつくのだった。
「……ということがありました」
『パルミロ様もイ・マッチさんも相変わらずですね』
さわやかな朝の空気の中、電話の先でフィリシアがころころと笑っていた。ガーデンの支部は自分たちの世界と通話ができるようになっている。
ドローンに使っていた魔法と機械を組み合わせた送信機を、大型化して置いてあるためだ。実に便利でいい。
「イ・マッチさんの諜報部隊も動くようですしこちらは順調ですね。フィリシアの方はどうですか?」
『学校がとっても楽しいです!』
それから楽しげにフィリシアは学校生活を語った。タマコと同じクラスになったこと。彼女のつながりで新しい友達が出来たこと。運動も勉強も頑張り、褒められていること。
ずいぶんと充実した学生生活を送っているようで、とても喜ばしかった。サブローが得ることのできなかった学生生活だ。存分に楽しんでほしい。
『それから私、けっこう告白されたりしているんですよ。もちろん、サブローさんのことがありますので断っていますけど』
「フィリシアはモテるでしょう」
『む~』
なぜだか不満げな声が返ってくる。サブローは訳が分からず戸惑った。
『もっとほかにありませんか? こう……俺のフィリシアに手を出すなー、的な』
「けっこう子どもっぽいことを考えていたのですね」
可愛くてなごんでいると、電話の向こうで不機嫌になっているのが伝わってきた。
これが怖いときと怖くないときがある。今回は後者であった。
「嫉妬なんてしませんよ。だって僕はフィリシアが他の人になびかないって信じていますから」
『それは嬉しいのですが……』
「もっとも、そんなことをしたらお仕置きですよ? 僕でないとダメだって、身体で分からせますからね」
からかうと電話越しにドタバタと崩れ落ちる音がした。予想通り面白い反応をしてくれる。
『だ、大丈夫です。園長先生、タマちゃん。あ、あの……さっき言ったことって、具体的にはなにをするのでしょうか?』
「内緒です。近いうちに帰りますので、それまでいい子にしているんですよ。フィリシア」
あちらでは夜だと思い出し、おやすみとささやく。フィリシアは多少不服そうだったが、『身体に気を付けてくださいね』とだけ返して通話を切った。
フィリシアが浮かべているだろ表情を想像し、にやけが止まらない。そのサブローをミコが呆れた顔で出迎えた。
「サブもずいぶん大胆になってきたね。てか女の子慣れしすぎ……」
「人聞きの悪いことを言わないでください。ミコとフィリシアを相手にした時だけですよ」
「だいたい、可愛いフィリシアになにする気?」
「具体的にはなにも考えていません。でまかせです」
正直に明かすのだが、ミコは警戒を解かない。疑惑のまなざしをより強める。
「ホント? サブって結構いやらしいし……」
「いやらしいって……キスのことを言っているのですか? あれは謝ったでしょう?」
ミコが拗ねてそっぽを向いた。一月近く前のことを根に持っている。普段は竹を割ったようにさっぱりしているのに、この手の行為に関しては引きずるようだ。
積極的すぎるフィリシアも問題だが、奥手すぎる幼なじみも厄介である。
とはいえ、拗ねる姿が可愛いのでつい気が緩んでしまう。もう少し愛でて楽しみたいのだが、嫌われては元も子もない。
ミコの手を取り、手の甲を優しくなでた。
「あっ……」
「ミコがそういうのに免疫がないことは、付き合いが長いから知っています。あのときは暴走してすみません。合わせますから嫌わないでください」
「むぅ……嫌えないってわかっているくせに…………」
まだ拗ねているかのようなことを口にするが、手を握られたため、ミコは機嫌が直りかけている。なかなかのチョロさに心配になるものの、いたずら心が湧いて額に口をつけた。
「サ、サブ!?」
「これもダメですか?」
目を合わせて尋ねると、彼女は顔を赤くして俯いた。これくらいなら機嫌を損ねないようである。
サブローとしては背伸びしないと額に口づけが出来ないためいくらか悔しかったが、このミコの顔が見れて眼福であった。
「さて、残りの仕事を片付けますよ。兄さんに引継ぎをしないとなりませんし」
「う、うん……」
そのまま彼女の手を引いてサブローは仕事場に向かう。手を放すのが名残惜しいようで、人の目があるまではこのままだろう。
少しでも長く手の感触を楽しむため、ゆっくり歩むのであった。
報告書を仕上げ、一息ついた頃に海老澤が現れた。彼は基本的に水の国支部に身を置くつもりのようだ。支部長が歓迎していたのを思い出す。
「よっ。順調?」
「海老澤さんの分も仕上げておきましたよ。書類作成くらい覚えて……無理ですよね」
「ムリだわ」
笑い合い、当然の確認を終える。サブローの笑顔は苦笑の類だったが。
「僕がいないときはどうするつもりですか?」
「イチジローに手伝ってもらってる。てかまあ完全にこういうこと向いていないから、専用の職員を寄こすってさ」
「それは僕の負担も減るので助かります。……こちらに残るのは、サンゴちゃんを探すためですか?」
当然だろ、と言わんばかりに海老澤が鼻を鳴らした。愚問だったようだ。
「なにかあったら仰ってください。僕もサンゴちゃんを見つけたいですし」
「まあ、必要なら頼むわ。あー、ノアさん口説こうと思ったのに見つからねー」
「女を探しているのに別の女を口説くとか、すごい度胸だな……」
腰の創星が呆れている様子だった。よく考えれば確かに大胆な話である。サブローも付き合いの長さで慣らされたようだ。
書類をまとめ、兄への引継ぎの準備を終える。海老澤はそれを待っていたようで、飲みに誘ってきた。
ちょうどいいかと受け、ミコも一緒に誘いに向かった。
「んじゃ、後は任せろ」
休暇で日本に戻る日、入れ替わりになる兄に見送られ、サブローとミコは転移の部屋へと向かっていた。途中、ミコが浮かない顔なので声をかける。
「ミコ、どうしました?」
「うん。わかっていたけど、逢魔を倒しても簡単に平和にならないね」
悔しそうな顔に胸がチクリと痛む。覚悟していたのだろうが、それでもまっすぐな幼なじみには堪えるのだろう。
逢魔がつぶれ、訪れたのは良い結果ばかりではない。むしろ厄介ごとが多く、業魔はその一つに過ぎないのだ。自分たちの世界だけにとどまらず、異世界の悪意まで混ざって対処は難しくなる一方だった。
「そうですね。逢魔の残した傷跡が深すぎて、どっちの世界も平和から遠いでしょう」
「……五百年前もそうだったな。魔王を倒した後の方が、それまで以上にきつかった」
「今でさえ王国が苦労しているくらいです。当然でしょうね」
逢魔によって蹂躙された王都の復興は苦労している。なにせ政治にかかわる主要人物のほとんどが消された上、破壊によって都市機能をマヒさせられているのだ。
国をまとめるべき王族も女性であるシュゼットしかおらず、侮られることもある。王都を取り返す兵を借りるためとはいえ、領土を取られたことや、王国に不利な条約を結ばされたことが一部貴族の反感を買っている。復興にガーデンの力を借りていることさえ、嫌味を言われている始末だ。
アドーニン将軍や新たに任命した宰相たちの力を借りているものの、王国の平和はまだ遠い。この間のやつれた顔をしたシュゼットを思い出して心配になる。
彼女の負担を減らすために自分ができることをすべてやるつもりだ。そして、サブローにはもう一つ大きな目的もある。
「でも僕はこの苦労をマリーたちに味わわせる気はありません。僕の代で全部片づけます。幸い、頼れる人はたくさんいますから」
ミコに向けて手を差し出す。ぱちくりと不思議そうに見る彼女が愛しい。
「ミコ、創星。手伝ってくれますか?」
「もちろん。サブの……ううん。みんなのために、あたしのために戦う」
「オレもだぜ! 妹さん、いや、ガキどもに苦労なんてさせねーよ」
竹刀袋の中で創星が激しく動いた。ポンポンと叩いて頼りにしていることを示す。
より興奮している聖剣を担ぎ直し、ミコと並んで未来を思った。
思えばサブローは出会いに恵まれていた。
どんなに絶望的な状況でも、信頼できる人を見つけることができた。けっこう自分は運がいいのだろう。
そう車の助手席に座るミコに言うと、盛大にため息をつかれた。
「逢魔に連れていかれて魔人にされている時点で、運がいいとあたしは思えないけど?」
「前向きだなーアニキは」
カラカラと創星が笑い、サブローはハンドルを握りしめたまま肩を落とした。
施設の駐車場に自分の車を停め、食い下がる。
「ですけど、それがなければフィリシアにも創星にも会えなかったわけです。その点だけは首領に感謝しますよ」
「そうかな。まあ…………」
ミコが人影を見て言葉を切り、口の端を持ち上げる。
サブローが来たことが分かったのか、元気いっぱいにマリーが走ってくる。その背後からフィリシアたちがゆっくりとついて来ていた。
「みんなと会えたのは、確かにいいことだね」
「でしょう」
頷き合い、マリーを怪我しないように受け止める準備をする。予想通り活発な彼女は地面を蹴って軽く跳んだ。
「おにいちゃん、ミコおねえちゃん、創星、おかえり!」
「ただいま。……危ないですよ」
前と変わらず飛び込んできたので忠告するのだが、サブローの顔が崩れたままだ。これでは効果はないだろう。わかっているのにうれしさを抑えきれない。
「もう。サブローさんに迷惑をかけてはダメですよ、マリー」
「迷惑じゃないもんねー」
無邪気にマリーは言って、力いっぱい抱き着く。サブローはフィリシアの笑顔の質が変わったことを敏感に察知した。
「マリー。少しお話ししましょうか」
「えー、やーだー。今日はもうお兄ちゃんから離れたくな……ひぇっ」
「まったく……あれほど危ないと教えているというのに。今日は本格的にいきますよ」
顔を青くしたマリーをフィリシアは引きはがし、とつとつとなにか説いている。相変わらず妹には塩対応であった。
仲がいい証拠でもあるため放っておく。そのことを分かっているため、ついてきたアイやエリックは呆れつつ、笑顔が浮かんでいる。
「マリー……いい加減に学習しよ?」
「まあ、フィリシアさんも楽しそうですしこのままにしましょう」
「エリックもたいがいイイ性格してきた」
幼なじみの変化にアリアが戸惑いを見せていた。そんな全員の様子を見てクレイがぼそりと呟く。
「フィリシアさんも奇行を見せてきたから、エリックも強くなっているんだな」
悲しい真実であった。思わず黄昏ていると、姉妹のやり取りに慣れているタマコとアレスがそっちのけでサブローの車を見ていた。
「なあサブローにいちゃん。この車買ったのか?」
「はい。……なぜか長官に絡まれてあちこち見る羽目になりましたが」
「上井さんだからね。それにしても六座席かー。みんなで出かけるための車を選んだんだ」
タマコに首を縦に振って肯定し、まとまった休みにどこか出かけたいと伝えた。アレスとハイタッチして喜ぶ彼女を見て、自分の判断は正解だと実感する。
やがてフィリシアが言いたいことを終えたのかぐったりしているマリーを離して、こちらに向いた。
「ごほん。それでは気を取り直して……お帰りなさい。サブローさん」
「はい。ただいま戻りました」
フィリシアが少し顔を赤らめてはにかんだ。妹の前だから喜びを必死に抑えているのだ。その姿を見れただけ、役得だと思う。
「それで、私たちの世界はどうでしたか?」
笑顔にわずかな不安が混ざりだした。問いかけは短いが、いろんな意味があることをサブローは知っている。
王国のこと。逢魔の残党のこと。自分だけが平和を享受していいのかという罪悪感。
どんなに言葉を飾っても、彼女を完全に安心させるのは不可能だ。
だから自分は強いのだと見栄を張り、任せろと示すためにこう答える。
「どうってことありませんでしたよ」
― fin ―
これにて本作は完結します。
今までありがとうございました。
今後の活動予定などは活動報告で知らせします。
それではまたどこかでお会いしましょう。